――見る人によっていろいろな捉え方、感じ方ができる絵のように感じます。その後、絵をTシャツとして販売しようと思ったのはなぜですか。
熊本での活動をもっと広めたいと思ったのと、古木家さんもまだ復旧中なのでTシャツをチャリティーとして販売することで、少しでも手助けができればと思って決めました。テーマは「BACK TO NORMAL」。僕はこれまで震災の時などに助けたいと思っていても、自分の中で助ける理由を見つけられなくて動けない部分がありました。
実際に困っている人とつながれていなかったし、助けに行くこと自体の優越感に浸りたくもなかったんです。今回の熊本に関しては直接的に自分が被害に遭ったわけではないですが、人と人とがつながることで依頼を受けて、求められて行くっていうところが自分の中では大きかった。
――情報が溢れている分、それを取捨選択するのが難しい時代だと思います。同時に行動する人への賛否もありますし、ただそれは昔からあったとは思います。いまはネットやSNSで目に見える、もしくは聞こえるようになっただけで。
人のアクションへのリアクションが複雑になってきていると思います。ただ巻さんは実際に熊本に住んでいて、震災後は自然とそういうことをしていたと仰ってましたが、でもなかなか普通の人は重い腰が上がらないものです。大変な思いをしていてもそれを口にしない巻さんの姿には、心打たれました。
――震災などの復興に関する行動は、“初速”よりも“継続”が大事だと思うのですが、これからはどのような展開を考えているのでしょうか。
Tシャツにするってことは、期間の差はあれ誰かの家のクローゼットに残るということ。こうやってカタチにすることで、震災に遭った人たちの想いを風化させず、日常的に思い出すキッカケになればいいなと思っています。あとは洋服として人の手に渡ることで、いろいろな人とつながっていければ嬉しい。僕も答えがないところに走り出しているので、これを1年、2年、3年と続けていった時に、何か違う動きができるのかもしれません。今回感じたのは、カタチにしたことでいろいろな人が反応しやすくなったのかなと。
「絵を描きました!」とSNSにUPしたところで、周りの人からしたら反応しづらいですよね。Facebookだと「いいね」って押せばいいんでしょ、みたいな。それをTシャツというプロダクトにすることで、共感してくれる人にとってはアクションを起こしやすく感じてもらえたのかなと思います。
――並河さんの最近の活動を見ていると、熊本での活動に限らず、常に“人”の存在を感じます。自分のなかで大事なものが変化している感覚はありますか。
僕は若くして得てしまったものが多かったんです。18(歳)とかで自分のブランドを始めて、なぜかそれがよく売れてチヤホヤされて。若い時に自分がやりたい感情を味わってしまったんです。だから年を重ねれば重ねるほど、モチベーションを探すのが大変だった。
ただ40(歳)を過ぎて、これまで“カウントアップ”だったのが、いまは“カウントダウン”なんですよ。「あと何年できるんだろう?」「あと何年、このクリエイティブの良さがわかるんだろう?」と考えます。そう思った時に残りの数字がリアルに見えてきて、無駄な時間を過ごしたくないと思うようになりました。お金は戻ってくるかもしれないけど、時間は戻らない。だから熊本の件にもすぐ反応したし、巻さんの絵を描くことに不安もあったけど覚悟を決めて行った。いまは考える時間がムダで、反応した自分に素直にいようと思っています。
――将棋の世界では熟練の域に達すると「考える前に最良の一手を指せる」といったことがあるといいます。並河さんもこれまでの経験から、直感で最良の行動を選択できているのかもしれませんね。
そうなのかもしれない。若い時はこれをしたら、こうなるだろうって考えてばかりいた。失敗したくないからね。ただ悩んでいた分、どんどん時間は過ぎていってしまった。そういう意味でいまは悩まずに動く癖はついたのかもしれない。
最低限、他人に迷惑をかけないっていうルールだけは持って、自分の衝動に素直に、いろいろな人とつながっていきたい。熊本に関しては、“忘れられる”ということが被災者の方たちが一番恐れていること。なので忘れさせないためのアクションを、これからも続けていきたいと思っています。
インタビュー終了後、並河氏は四谷にあるライブハウスへと向かった。その日の夜、あるバンドに頼まれてライブペイントをすることになっていたのだ。
そしてそこに至る経緯も、実に並河氏らしかった。あるイベントで描いた絵をFacebookで告知したところ、バカバッカスというバンドのMc・Takutoさんがほしいと名乗り出た。そしてライブの日に手渡すことになったのだが、Takutoさんからぜひライブペイントをしてほしいと頼まれ、並河氏が快諾したのだという。
その日のライブでバカバッカスの出番はトリの前。前のバンドが終わり、セットチェンジのタイミングで並河氏も準備を始める。白い模造紙を壁に貼り、徐々に集中力を高めているようだった。普段ライブペイントは何時間もかけて行なうもの、今日はバカバッカスがライブを行う数十分で仕上げなければならない。
ライブが始まるとバカバッカスがピースな音と言葉で観客を盛り上げる一方で、並河氏は一心不乱にペンを走らせる。そしてライブが終わる数分前にはすでに絵を完成させ、最後は自らの絵を背に、バカバッカスのライブに歓声を上げていた。演奏が終わり、Takutoさんに呼ばれて、ステージに上がる並河氏。奇しくも2人は「BACK TO NORMAL」のTシャツを身に付け、ステージ上から熊本への想いを観客に届けた――。
全てのライブが終了し、トリのバンドがライブ中にぶっ放した花火のスモークがフロアに立ちこめる中、並河氏はバカバッカスの面々をはじめ、そこに集まるすべての人たちと丁寧に言葉を交わしていた。誰よりも人との出会いに感謝し、そのつながりから生まれる“何か”に期待を膨らませる純粋な男の姿が、そこにはあった。
《並河一則プロフィール》
高校在学時に大阪文化服飾学院主催のイラストコンクールにて数々の賞を獲得。その後、 大阪文化服飾学院に入学し、在学中にインディーズブランド【NALSIS】を立ち上げ、 日本各地でショーを展開。ブランドは全国のセレクトショップで取り扱われる。卒業後、ファッションブランド【beauty:beast】にてイラスト、デザインをはじめ販売、マーケティングを学ぶ。2002年【MICHIKO KOSHINO JAPAN】のオリジナルブランド【YEN JEANS】 [ONEHUNDRED]の マーチェンタイザーとして勤務。 2007年にアートデザイナーとして独立。 以後、【beauty:beast】【asics】【bianchi】【オニツカタイガー】など、さまざまなブランドとコラボレーションするほか、 【Mr.Children】のツアーTシャツや、仮面ライダーの衣装デザインなどに 携わる一方で、日本各地で ライブパフォーマンスも行なうなど、精力的に活動している。