A24による映画『Never Goin’ Back/ネバー・ゴーイン・バック』が12月16日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開。2018年の<サウス・バイ・サウスウエスト映画祭>(SXSW)でゲームチェンジャー賞にノミネートされた本作は、監督のオーガスティン・フリッゼル(Augustine Frizzell)の長編映画監督デビューとなる自伝的作品だ。

この度Qeticでは、オーガスティン・フリッゼル監督へインタビューを敢行。自身のテキサス州ダラスで育った暗黒時代を笑い話に変えようと挑んだ本作について、彼女本人のストーリーとともに迫った。

※本記事は映画『Never Goin’ Back/ネバー・ゴーイン・バック』のいくつかのシーンに対する具体的な言及を含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

INTERVIEW:
オーガスティン・フリッゼル(Augustine Frizzell)

インタビュー:「A24がスペシャルなのは、普遍的な経験とは言えないようなストーリーを求めていること」『Never Goin’ Back』監督オーガスティン・フリッゼル interview221215-nevergoinback-08

2018年の<サンダンス映画祭>でプレミア上映されA24が注目し、配給権を買い上げた『Never Goin’ Back/ネバー・ゴーイン・バック』は、アンジェラ(マイア・ミッチェル)がジェシー(カミラ・モローネ)の顔にペニスを書くところから始まる。目が覚めてアンジェラにされたいたずらに気づいたジェシーは、笑いながらすかさずやり返す。どうやらこれは、テキサスの小さな町のダイナーで働きながら一緒に暮らすふたりの日常のようだ。

アンジェラはジェシーの17歳の誕生日を祝うために、ガルベストンのビーチへのサプライズ旅行を計画する。旅行費用の支払いで金欠に陥ったふたりは、家賃の支払い期限までに稼ぐべく、バイトのシフトを増やして乗り切ろうと企てる。しかし、しばらくは真っ当に生活を送ろうと誓った矢先、突然強盗に入られ、さらには駆けつけた警察に部屋のドラッグを見つけられ、あっさり逮捕されてしまう……。一攫千金を狙った浅はかな計画は破綻し、“ビーチでドーナツを食べる”というふたりのささやかな夢は、カオスな状況に遮られる。これらは、脚本監督を務めるオーガスティン・フリッゼルの実体験に基づいている。

「この映画のアイデアは、冒頭の強盗事件から生まれました。彼女たちの家がディーラーから勘違いされてテレビを盗まれるシーンがありますが、実際に似たような状況を体験したんです。

私は、親友と、彼女の兄、そして彼の友人のブランドンと一緒に暮らしていました。ブランドンはオーバードーズで亡くなってしまいましたが、映画の中と同じような同居構成でした。あるとき、親友の兄がディーラーの友人を泊め、その彼がドラッグを売ろうとして、取引に失敗してしまった。その直後、ドラッグディーラーは住んでいないにも関わらず、なぜか兄たちがお金を盗んだと勘違いした泥棒が朝7時に侵入してきたんです。

狂った事件だったけど、それがこの映画に関する最初の出来事でした。それ以外にも、ビーチに行きたかったこと、親友同士の関係、小さな町から抜け出したい気持ち、ダイナーで働いていたこと、16歳で親元を離れて暮らしていたこと、これらすべて私自身が実際に経験したことでした。なので、多くが実体験ですが、バケツに下痢をするようなことをしたり、あのような吐き方はしていません(笑)」

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学園映画の巨匠ジョン・ヒューズをはじめ、これまでのティーン・ムービーでは、郊外に住む中産階級の白人少年たちのヴァージンからの卒業が主眼とされてきただろう。異性とのセックスが主な関心事だったが、ジェシーもアンジェラも想いを寄せる男の子などいなければ、彼女たちは労働者階級で、高校を中退して保護者なしで友人と共同生活を送る。女性自身の経験を反映させた本作は、結果的にこのジャンルの慣習を覆す試みがなされているように思える

2000~2010年代にかけて学園コメディを発展させたジャド・アパトー以降、異性間の恋愛よりも少年同士の親密な関係に重点を置いたブロマンスが潮流となったが、近年、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019)『Unpregnant』(2020)『Plan B』(2021)など、女性監督による少女同士のバディコメディ、あるいは『ブロッカーズ』(2018)含め、女性も男性と同じように下品なジョークで盛り上がれることを証明する作品が次々と生まれている。

ジョン・ヒューズやジャド・アパトーが描く男性中心の10代の世界には現実を反映していないと思われる部分はあったかと問うと、フリッゼルは「確かに時々そう思うことはありますね」と答えた。

「ただ、世界には様々な経験があるので、見ている人によるとは思います。A24がスペシャルなのは、普遍的な経験とは言えないようなストーリーを求めていることだと思う。大多数の人は、ジョン・ヒューズが描く思春期と同じような環境で10代を過ごしていて、彼の映画と関係しているでしょう。でも私は違った。それは私とは関連しないことでした。だからちょっと違うと感じるところがある。人それぞれで、その人の育った環境にもよると思いますが、ジョン・ヒューズやジャド・アパトーと同じような経験をすることもあれば、全く違う経験をすることもある。なので、もし私が過ごした思春期であっても、きっと他の誰かにも関係があるはずで、もし誰も関係がないとしても、少なくとも楽しませることはできるはずだと思いながら作りました」

また、通常、この種の映画では、後半に友人同士の間に一度喧嘩が起こり、彼らの友情が試されるだろう。しかし彼女たちの間に争いの瞬間は訪れない。フリッゼルは、「それは意図的だった」と主張する。

「映画でのそういう瞬間が嫌いなんです。ドラマを盛り上げるために付け足される、リアルに感じられないような偽物の葛藤や危機が好きではないのです。私自身もたまに喧嘩をしたことはありますが、女友達とお互いに激怒するような大喧嘩をしたことはない。

若いときは少し感情的になったりもするかもしれませんが、今回、彼女たちの衝突はすべて外部に求めていました。最初からこのふたりの友情は固く結ばれ、そこには何か葛藤みたいなものはなく、彼女たち対周りの世界という構図で描きたいと思っていたのです。私の青春時代には、対立しなければいけないものはすべてが外部にあり、安全な空間は彼女とともにあると感じていました。なので、私はそれを表現したかったのです」

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日々マリファナを嗜むアンジェラとジェシーは、自堕落で無責任な若い女性であり、映画は、その場の思いつきで行動しては、ことごとく失敗と不運を重ねる彼女たちを陽気に描き出す。特にアメリカではストーナー・コメディが多く作られてきたが、長らくそれは男性キャラクターのみに許された特権だった。女性たちにその権利は与えられず、楽しいことを優先する気まぐれな快楽主義者であることは認められてこなかったかもしれない。しかし、本作は女性キャラクターでこのジャンルに挑戦するものでもある。女性のストーナー・コメディは映画ではそれまで『スマイリー・フェイス』(2007)ぐらいしかなかっただろう。

「確かにグレッグ・アラキが監督した『スマイリー・フェイス』は、ある意味、当時、女性を主人公にした唯一のストーナー・コメディで参考になりました。実は、本作は一度、2014年に超低予算で制作しましたが、気に入らず作り直した経緯があります。二回目に作る際に、『Broad City』(2014~2019)というドラマを知りました。一回目のときは見たことがなかったんですが、そのドラマを見たときに、最初に映画を作ったときにやりたかったけど、ナーバスになって入れられなかったものがすべて入っていると感じました。『Broad City』を見て、これならできる、やりたいことは何でもできると思ったんです。当時のプロデューサーたちは、便秘や下痢のジョークを映画全体にわたって続けることを危惧し、私も彼らの助言を聞き入れてしまった。

二回目に作るときは、彼らを解雇し、私をサポートしてくれるプロデューサーたちと一緒に映画を作りました。自分のやりたいことを観客が気にいるかどうかはわからない。でも、私自身が気に入っていれば自分にできることはすべてやったことになる。映画全体で下痢のジョークを最後の10分で清算するというのはリスキーなことだとわかっていた。でも気にしなかったのです。だって、それは私を笑わせ、ハッピーにさせるから。そのように考えることができたのも『Broad City』に出会ったからで、女性によって作られた女性のドラマという意味でも、私にとって大きな参考となりました」

劇中で少年たちがキャスリン・ビグロー『ハートブルー』(1991)をテレビで見る場面があるが、それも女性が手がけた犯罪映画という文脈でのリファレンスなのかもしれない。

さらに特徴的なのは、本作は女性同士の友情を主題にしているが、アンジェラとジェシーの親密な関係は、親友なのか恋人なのか曖昧なままにされていることである。性的なシーンを直接描くことや、レズビアンのカップルだと露骨に表現するかどうか、フリッゼルは、当時の実際の親友との関係を定義付けすることに慎重だったと語る。

「正直なところ、それは私にとって大きな自問であり、大きな決断でした。現在も親友とは仲がいいですが、当時、私と彼女は、完全に恋人同士でもありました。でも、それが何であるかは定義していなかった。クローゼットな状態ではなく、公然と性的な関係を持ちながら、他の人ともデートをしていました。なので、その関係を定義するのは難しいことだったのです。

いまは何年も経って、ふたりとも完全にバイセクシャルだと自覚しています。私は、多くの女性と関係を持ちましたが、現在は男性(『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017)『グリーン・ナイト』(2021)で知られる映画監督デヴィッド・ロウリー)と結婚しています。私はLGBTコミュニティの一員で、そのことを隠そうとはしませんが、この映画の焦点ではありませんでした。もちろんそれは私という人間の一部で、私は自分のそういう側面を誇りに思うし、幸せだと思っています。でも、映画の中でふたりの関係性が何なのかを説明するには時間がかかりすぎる気がしたのです。

何度も考えましたが、何であるかを本当に理解するための適切な時間がないまま、不当だと感じてほしくなかった。そのような場面も撮影自体は行っていましたが、編集段階で入れてみても余計に見えてしまったため、私はそれを省くことにしました。私はゲイライツの大支援者で、自分が何者であるかを知ることは、オープンで表現豊かなことだと思う。だから未だにそれが正しい判断だったかどうかはわかりません。でもこのストーリーを語る上では余計に思えてしまう部分があったのです」

このようなセクシュアリティの仄めかしは、クィアベイティングというよりも、男性の視線を煽るよう客体化することを回避した表象にしたかったという意図でもあるだろう。

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劇中で、アンジェラとジェシーは、ふたりの空間で下着にTシャツ姿のまま出歩く。例えばレナ・ダナムも『タイニー・ファニチャー』(2010)で家の中で下着のまま若い女性が歩き回る姿を収めているが、フリッゼルは、少女たちをセクシュアライズすることなく、性の対象の文脈と切り離すと同時に、日常の光景として女性たちの振る舞いをスクリーンに映し出す。しかし、彼女によれば、このような描写に対する一部の観客の反応は「不思議なものだった」という。

「少女たちがTシャツとパンツ姿であることに居心地悪くなる方がいました。それは、私にとって、大きな疑問でした。もし彼女たちの胸やお尻があまり発達していなかったとしたら、そこまで大ごとにならなかったのかもしれない。でも女性をどう見ているか、セクシュアルに見ているかどうかは、判断される側の女性本人の手には負えないことだと思う」

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ほとんど下着しか身につけていない状態の彼女たちは、一方で、兄の友人ブランドン(『ブリグズビー・ベア』(2017)のカイル・ムーニー)からは、性的な妄想──寝室でいつもいちゃつく彼女たちに3Pするという願望──を広げられる。彼女たちの関係は、勝手に彼に性的な空想の材料とされてしまうのだ。あるいは、スーパーで試食をした彼女たちを盗人だと誤解したミソジニストの老人は、薄着のジェシーを淫売だと罵る。彼女たちはそれらに怯むことなく、むしろしたたかに利用しようとするが、映画はそのように周囲の男性から寄せられる視線も織り込んでいく。

「例えば、本作の舞台であり、私の出身地で現在も住んでいるテキサス州は本当に暑いので、女性が成長して大きな胸とお尻を手に入れても、暑い気候に適した服装として、普通にタンクトップとショートパンツを着用します。でも、そういう格好をすると、劇中のように、そんなふしだらな格好をするな、もう少し服を着なさいと言われてしまう。そのような体型になったのは彼女たちのせいではないし、本当に不公平だと思う。

私も寝るときは下着にTシャツで寝ます。もし朝7時に起こされて、急いで外に出なければならないとしたら、あのような格好をしているし、それを見て、他の人たちが勝手に性的なレッテルを貼っているに過ぎないですよね。実際は私たちの身体であり、不公平だと感じていました。なので、私はできるだけ正直に、正確にそれを表現したかった。人生において女性であること、そしてそれに貼られるすべてのレッテルというのは外見的なもので、ただ生きている彼女たちとは何の関係もないものなのです

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本作は、経済的に不安定な境遇にある若者たちの犯罪やドラッグにまつわる話でもある。ジェシーの便秘は貧困(衛生設備の停止)に起因している。しばしばこのような物語は、社会批判を込めたシリアスなソーシャル・リアリズムで描かれるが、フリッゼルは何か教訓的な物語には仕立てない。あくまでも困難な状況でも悲劇ではなく喜劇を見出す

「私が最も好きなドラマ『となりのサインフェルド』は、いつもエピソードごとに、ハグなし、成長なし、教訓なしという目標を掲げていました。それはとても面白く、素晴らしいことだから、私はその考えが大好きなんです。人生の大きな教訓というものはなかなか数値化することができないと思います。後から何かを学んだり、何かが自分を変えたというように振り返ることはできるかもしれませんが、特に若い頃に、何かを経験しているその瞬間にそれを学びとして感じ取れることは稀だと思う。

個人的には、映画であれ実生活であれ、目標を立てるということは、人間として生産的になる重要なことですが、人生の不幸や苦悩を乗り越えるためには、幸せな瞬間を見つけること、そして幸せをもたらす目標、人生を生きることを意味するような目標を見出すことが必要だと感じています。特に私は野心家なので、いい作品を作りたいと思い、仕事漬けになってしまうこともあるので、仕事だけが人生ではないと自分に言い聞かせることもあります。生きる上でそのバランスを見つけなければなりません。

彼女たちにとって、そして私にとっても、若い頃は、悲惨な状況を乗り越えるために、ビーチに行ったり、ドーナツを食べたり、猫を撫でたりして、少し気持ちを軽くする幸せな瞬間を経験することができる。そういう時間を自分自身に与えなければ、人生を楽しむ自由を自分自身に許さなければ、あまりにもダークなものになってしまいますよね」

12/16公開 映画『Never Goin’ back ネバ―・ゴーイン・バック』予告編

INFORMATION

インタビュー:「A24がスペシャルなのは、普遍的な経験とは言えないようなストーリーを求めていること」『Never Goin’ Back』監督オーガスティン・フリッゼル interview221215-nevergoinback-07

Never Goin` back ネバ―・ゴーイン・バック

監督:オーガスティン・フリッゼル
出演:マイア・ミッチェル、カミラ・モローネ、カイル・ムーニー、ジョエル・アレン、ケンダル・スミス、マシュー・ホルコム、アティーナ・フリッツェル
2018年/アメリカ/英語/86分/カラー/シネスコ/5.1ch/原題:Never Goin’ Back/日本語字幕:安本 熙生
配給:REGENTS
提供:REGENTS、AMGエンタテインメント
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