弱った心に重なり合う声の持ち主、シンガーソングライター・にしな。その声は、風景をも描いてしまう。ときに冷たい風が吹くような、もしくは、マジックアワーの一面の光のような。

Spotify「RADAR:Early Noise 2021」に選出され、4月にデビューアルバム『odds and ends』をリリース、その後ZeppTokyoにて初ワンマンライブを開催、さらにドラマ『お耳に合いましたら。』のエンディングテーマや新垣結衣出演「GMOクリック証券」のCMソングに起用されるなど、活躍の場を着実に広げている。多くの人を惹きつけるにしなの魅力とは、PARKGOLFパソコン音楽クラブShin Sakiuraくじらなど様々なアレンジャーとサウンドメイクを施しながら、その繊細な声色、些細な声の震え、語尾の伸ばし方と切り方のバランス、息遣いなどが生きて、とてもリアルに生々しさをもって、彼女が綴る鋭い言葉が耳から心の奥にまで突き刺さってくることだ。アルバムでは恋愛模様を描く歌詞が多かったが、彼女が深く洞察し歌にするのはそれだけでなく、様々な世の中の事象や人間の在り方であることを、アルバム以降に証明しつつある。

10月13日には、新曲“夜になって”をリリース。この曲は、LGBTQ+含むこの世のあらゆる愛の形について、にしなが自己と向き合い綴ったもの。ミュージックビデオとジャケット写真を手がけたのは、香港出身の写真家/ディレクター/美術監督で、ルミネのブランドビジュアルなども担当する、Miss Bean。日常の中で“違和感”とされてしまうようなものも美しく撮る写真家だ。世の中にはびこる“概念”が自分を追いかけてくる中で生きてきたこと、そして、にしなが曲を作る際に映像にもこだわる理由について、その素敵な声で語ってくれた。

INTERVIEW:にしな

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誰が誰を好きになってもいいし、
その気持ちを大切にしたい

──2021年はデビューアルバムリリース、ドラマのエンディングテーマ担当、CMソングの書き下ろし、さらに11月には映画『ずっと独身でいるつもり?』の主題歌が決まっているなど、にしなさんの音楽が多くの人に聴かれる機会が増えた年だと思います。どんなことを感じながら2021年を過ごしてきましたか?

まだ10月ですが振り返ると、楽しかったことも多かったし、つらかったことも多かったかなって思います。今まで一人で曲を作って自分のできる範囲だけで活動していたんですけど、制作においても届けることにおいても周りにいろんな人がいてくださるようになって、アイデアの幅も広がったし、それはすごく楽しかったです。つらかったことは、みなさんもそうだと思うんですけど、コロナ禍でメンタルが落ちていたときがありました。

──アルバム『odds and ends』(2021年4月リリース)以降に発表された楽曲は、アルバムの曲よりも歌っているテーマが幅広くなった印象があります。恋の儚さとかだけでなく、世の中の事象や大きな意味での人間の生き方などにも目を向けられているなと。なにかご自身で意識されていることはありますか?

そうですね、意識はしています。小さな世界を歌うよさもすごくあるし、広い世界を捉えるよさもあると思っていて。アルバム以前は、小さな世界や心の中に入りやすいものを書くほうが好きで得意だったのもあって、そういうものを多く書いていました。でも、にしなの曲を一緒に流していただける機会があればそのものが生きる音楽にしたいなと思ったり、どんなシーンにもハマるような曲にしたいなと思ったりして、少しずつ広げてみた感じですかね。

──最新曲“夜になって”は、男女の愛に限らない“さまざまな愛”というある種、社会的なテーマを扱いながら、でもそれをとてもパーソナルな世界観に落とし込まれていますね。

これを作ったのは20歳頃なんですけど、書いたきっかけは、当時好きだった人と、異性愛も同性愛も含めていろんな愛の形について話していているときに、その人が「同性愛が生まれるのは遺伝子のバグなんだよ」と言ったことで。その発言が正しいか間違っているかということよりも、ひとつの愛情の形を“バグ”っていう、その言い方がすごく嫌で。好きな人だったからより嫌悪感と悲しみがあって、そこから曲を書き始めました。自分にとっては、伝えたいという前に、“自分が考えたかったから書く”っていうのがあったと思います。

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──この曲を書きながら、どんなことを考えました?

なんで女の人が男の人を、男の人が女の人を、好きじゃなきゃいけないんだろうと考えたときに、その理由のひとつは子孫繁栄なのかなと思って。でも、子孫繁栄のために人を好きになっているわけではないし、誰が誰を好きになってもいいと思っていて。その気持ちを大切にしたいなという想いで書きました。

──歌詞の《もしもいつか人類が絶滅したとしても 私は別に構わない》という一行もそうですし、《私は失敗作でしょうか》など、ぼやかすことなくはっきりと言葉を綴られているのが印象的です。歌詞を書くとき、言葉選びに迷うことはなかったですか?

この歌詞を書いてから時間が経っているんですけど、そんなに悩んだ記憶はなくて。この曲は私から見た同性愛を捉えるというよりも、自分自身が見えるものを書いているので、「私から見える世界だから、私の感じたことをどう言ってもいいかな」という気持ちがあったかもしれないです。

──大学生のとき、ゼミでジェンダーのことを学ばれていたそうですね。それはどんな想いがあったからですか?

この曲を書いたのもきっかけではあるんですけど。もともと、ジェンダー以外においても、生活したり人と関わったりする上で、誰かに概念を押し付けられるのがすごく苦手で。さらに、その中で自分を生かすのが苦手だという意識があって。概念にとらわれないこととか、概念にとらわれる苦しみといったことに興味を持って学び始めました。

──具体的にどんなことを学ばれたんですか?

LGBTQについてもそうですし、女性と男性の歴史もそうですし、あとは私たちがメディアからどれだけ影響を受けて概念が作られているのかということを学びました。

──にしなさんが「概念を押し付けられて生きるのが苦しい」と思うようになった背景を聞かせてもらうことはできますか?

かっこよく言ったら“概念”なんですけど、たとえば「あなたはこれだからこうでしょ」って言われるのが嫌だ、くらいなものだとは思います。なにか大きなきっかけがあったというよりも、小さい頃から、「女の子だからスカートを履きなさい」って言われるのが嫌だみたいな感覚がずっとありました。

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自分自身を愛したいからこそ
どんな形の人も愛すべき存在

──“夜になって”は、弾き語りバージョンを2019年8月にYouTubeにアップされていますが、このタイミングで改めて音源として完成させてリリースしたいと思ったのはなぜですか?

もともとDメロがない状態で完成していたんです。時間が経ってDメロを書き足したんですけど、ある種、そうしたことでちゃんと完成したというか、すごく意味を持たせてくれたなと思って。だからこそ今なのかもしれないです。

──《生き難く恨み孕むたびに 溢れるのは産み落とされた愛で 誰よりも美しい名前をくれた 今恥じることはなく》というDメロのフレーズは、どういったことを考えながら生まれたものですか?

Dメロがなかったときも、私にとっては、悲しみと絶望だけではなく愛のある曲だったんですけど、より自分自身をちゃんと愛せる言葉を書きたかったというか。自分自身を愛することもそうですし、きっと産んでくれた人もたくさんの愛を注いでくれていると思うので、それが確かにあることを書きたかったです。

──サビの《息を吸って息を吐いたすべてが奇跡なのに》という一行もそうですけど、にしなさんが書く歌って、すべてに人間愛が滲み出ていますよね。どんな生き方も肯定して、すべての人へ“大丈夫だよ”って祈りを捧げるようなところもあるというか。

自分ではあまり考えたことなかったですけど、そう言っていただけて嬉しいです。私、仏になりたいって思ってた時期があったんですけど(笑)。欲求があることによって自分が苦しんで、自分の精神が肥大化していく感覚があるし、人に対してももっと優しくなりたいし、ということが、当時の私にとっては「じゃあ仏になればいいんだ」という発想で。

──人間はどれだけデコボコでも愛すべき存在だ、みたいな気持ちもあったりします?

あります。「仏になりたい」「私利私欲を捨てた完成形の人になりたい」と思っていたところから、なにか大きなきっかけがあったわけじゃないんですけど、時間が経って、気づいたらデコボコのほうが人間味があって可愛いなあって思うようになりました。完成しすぎちゃったら、嬉しいも悲しいもなくなっちゃうし、人間味はすごく大切なんだなと思うようになって。自分自身を愛したいからこそ、どんな形の人も愛すべき存在だなと思います。

──自分自身も完璧じゃないし、っていう。

うん、はい。

──にしなさんの曲には、切ない恋愛模様を描いたものがいくつかありますけど、自分を傷つけた人にすら愛が滲み出てるというか。実際のにしなさんは、自分を傷つけてきた人やムカつくことを言ってきた人に対して普段どういった行動を取りますか?

悪意なく傷つけてくる人に対しては、そっと離れますかね。感情的になってそういうふうになったんだとしたら、どちらかというと分かり合いたいタイプで。そのときの自分の気持ちのバランスによるんですけど、話すと思います。

──“夜になって”は、当時分かり合えなかったその相手に聴かせたんですか?

聴いてくださいとは言ってないですけど、きっと聴いたことはあると思います。そのときも本当は分かり合いたかったんですけど、「これはもう別々の考え方だから、話しても分かり合えないな」と思ってこの曲を書いたんです。なので、もしかしたら曲を聴いても「それはそれ、これはこれ」って思うかもしれないですね。

MV にしな – 夜になって

自由に理解してほしいし
理解しなくてもいい

──“夜になって”のミュージックビデオの中でも多様な愛の形が表現されています。そもそも、毎回アートワークもクリエイターの選定や中身にすごくこだわって作り込まれている印象がありますが、にしなさんにとってミュージックビデオはどんなものだという意識があるんですか?

自分の中で曲を映像的に作っていく部分もあるので、映像作品はしっかり作りたいんです。音と言葉だけで伝わるよさもすごくあると思うんですけど、それだけだと自分の中で思ってるものをこぼしちゃう部分もあると思っていて、それを表現できるのが映像でもありますし、自分の曲になかった部分まで広げてくれるものなので、すごくパワーがあると思っています。なので誰かに「お願いします」って投げるよりは、一緒にしっかり作っていきたいという想いがありますね。

──“夜になって”は、どういったところにこだわりました?

“夜になって“は、撮り終えて完成してくださったものに対して、監督の意図を尊重したい気持ちもすごくあったんですけど、どうしても入れ込みたい要素があって、どうにかお願いしてやっていただきました。そうやって最後まで粘って迷惑かけちゃうようなことはあります(笑)。

──話し合ってベストなものを作っていくというのは、迷惑とかじゃなくて純粋に丁寧な物作りですよね。にしなさんとしてはどういう要素を入れたかったんですか?

もともとは人が出てくるシーンのみで構成されていたんです。もちろんそこで精神面も表現できるんですけど、もっと混ざり合う感じとかを、人じゃない部分でも表現したいと思って。具体的に色を混ぜる演出をしてもらいました。

──そもそも今回Miss Beanさんに監督をお願いしたいと思ったのは、なぜ?

作品を見させていただいて、表現している世界と、自分自身が楽曲に対して思っている世界観がマッチしそうだと思ったのが一番の理由ですね。すごく繊細さもあるし、その上で大胆な強さみたいな部分がある方だなと思ったので、そこが合うかなって。

──“繊細さと大胆な強さ”って、ご自身も持っているという自覚はありますか?

曲に対してのイメージとかであったりはするんですけど……自分自身に対しては分からないかもしれないです。

──今、ご自身のことを的確に表現されたなって感じました。にしなさんの声ってすごく繊細で弱った心に重なり合う声色でありつつ、じわじわと熱量を帯びていく感じもあるし、歌詞には大胆な強さが表れていたりもするので。

嬉しいです(笑)。

──ミュージックビデオの中で、年の差のある男女が登場していることにはどんな意図があるのでしょう?

もともとは、いろんな愛の形を表現した曲だから、異性愛も同性愛も誰も愛せない人がいてもいいし、そういう大きいものにしたいというのがあった上で、この楽曲を聴いた方から「父と娘の曲に聴こえる」と言われて「そういうふうに聴こえるんだ」と思って。見え方の幅がより広がって面白いものになったらいいなと思ってこういう表現にしました。

インタビュー|にしなが曲に綴った さまざまな愛のかたち interview211008_nishina-010

──ジャケットでは、どんなことを表現したいと思いましたか?

他にも何枚か候補をいただいたんですけど、最初の段階からこの写真が素敵だなと思ってセレクトしました。印象的でもありますし、色味やぼやけ方も含めてやっぱりすごく繊細だけど、女性の顔が繋がっているくらい近づいている大胆さがある。そういう面で自分の心にフィットしました。

──普段にしなさんも写真を撮られるんですよね? 小学校の卒業文集には将来の夢として「フォトグラファー」と書いていたそうですが。

見る方が多いんですけど……上手くなりたいなとは思っています(笑)。前まではチェキが多かったんですけど、最近フィルムカメラを入手して撮っています。

──どんな瞬間を見ると、写真で切り取りたいなと感じますか。

景色も撮りたいですけど、人のふとしたときに出ちゃう感情ってあるじゃないですか。変なのも面白いのも含めて、そういうのが撮れる人になりたいです。

──やっぱりそこも、人間のデコボコさに惹かれるんですね。

そうですね、ちょっと変なもののほうが好きですね。

──写真を見たり撮ったり、曲や映像を作ったりする行為が、にしなというひとりの人間にはどういった作用をもたらしているんだと思いますか。

まだ上手く言語化できていないんですけど……上手く人に言えなかったこととか、気を遣った部分が、曲に言い換えるとさらけ出せるというか。空に向かって放つだけなので。それは映像も写真も同じで、そこに言葉はなくても、作品を見ていると上手く表現できないものを感じられるし、自分にとっても表現できる場所。だからやめられないのかもしれないです。

──“夜になって”は、アレンジにおいても、言葉にならないものをしっかりと表現されているなと思います。アレンジャーの横山裕章さんとはどういったことを話されたんですか?

普段からアレンジャーさんにはお会いして、雰囲気やニュアンス、映像的なことをお伝えさせていただくんですけど。色、感覚、匂い、質感、湿度とか、そういう感覚的な部分をギュッとお伝えさせていただいて、そこから一緒に作っていく感じです。今回は赤、青、黒とかがグチャーと混じっていく感じ、湿度はすごく高くて、音はアダルトな感じにちょっと寄せたくて、重厚感があって……という感じでお伝えさせていただいたら、一発目に返ってきたものが自分のイメージにすごくぴったりハマっていて感動しました。

──この1年でにしなさんの音楽を受け取る人の数がものすごく増えたと思うんですけど、にしなさんの音楽がどういうふうにリスナーに受け取ってもらえたら嬉しいなと思いますか。

自由に理解してほしいし、理解しなくてもいいです。大胆に裏を返すと、好きだったら聴いてほしいけど、嫌いだったら別に聴かなくてもいいよ、というマインドがあって。全世界の人に聴いてください、という想いはあんまりないです。

──やっぱり、自分が言えなかったことなどを吐き出すために音楽や表現を作ってる、というのが強いから?

そうですね。やっぱりそれが始まりで、根本にもそれが強くあるんだと思います。でも聴いてくれる人がいて、誰かに寄り添えるんだったら、もちろんそういうものも書きたいとは思います。

──次にリリースされる楽曲は、田中みな実さん主演映画『ずっと独身でいるつもり?』の主題歌で、私は一足先に聴かせていただきましたが、これまたすごく詩的な表現で大胆な言葉のフレーズが並んでいますよね。映画に対してどんなことを感じられたのか、ネタバレにならない範囲で聞かせていただけますか?

映画は「女性は結婚しなきゃいけないのか」といったことがテーマになっていて。疑問に思うこと、納得いかないことを言われたときに、「なんでそんなことを言うの?」という話し合いをする正義について考えました。NOをNOと言う正義ももちろんあるけど、それを柔らかく受け止めて、そのときは傷ついてでも、その先を求めて行動していける強さにすごく共感したしリスペクトを持ちましたね。

──まさに今日話してくれた、世の中の“概念”とどう生きていくのか、というところと繋がってきますね。今は、今後どんな音楽を作っていきたいと考えていますか?

すぐ「あれもやりたい、これもやりたい」ってなっちゃうタイプなので先が読めないんですけど(笑)。意志がしっかりある曲ももちろん作りたいですし、もっとラフに聴ける軽やかな内容の曲も書いていきたいです。

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Text:Yukako Yajima
Photo:Naoki Usuda

PROFILE

にしな

新時代、天性の歌声と共に現れた新星、「にしな」。やさしくも儚く、中毒性のある声。どこか懐かしく、微睡む様に心地よいメロディーライン。 無邪気にはしゃぎながら、繊細に紡がれる言葉のセンス。穏やかでありながら、内に潜んだ狂気を感じさせる彼女の音楽は、聴く人々を徹底的に魅了する。Spotifyがその年に注目する次世代 アーティスト応援プログラム「RADAR:Early Noise2021」に選出。ゆっくりとマイペースにリ スナーを虜にしてきた彼女の声と音楽が、静かに、そして、より積極的に世の中へと出会いを求 めに動き出す。2021年最重要ニューカマー、「儚さと狂気」を内包する才能が、ここに現る。

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RELEASE INFORMATION

インタビュー|にしなが曲に綴った さまざまな愛のかたち interview211012_nishina-02

夜になって

2021年10月13日
にしな
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