活動15周年を祝し、「⽇⾷なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳-」というキーワードを掲げ、今年1年間を通して5⼤企画を展開中の日食なつこ。第一弾として未発表楽曲のみを披露するツアー『エリア未来』の開催が決定、この新しい試みに全会場ソールドアウトというかたちで多くの反響が寄せられている。
続く企画に期待が寄せられるなか、第二弾として3月9日〜17日にかけてCCAAアートプラザ 四谷三丁目ランプ坂ギャラリーで開催された展覧会『エリア過去』は、《表も裏も混ぜこぜな過去15年間の私がそこらじゅうにばら撒かれます》というステートメントそのままに、あらゆる「日食なつこを成したものもの」を公開することでこの15年間を“友”とともに総括する試みだ。
日食自らが制作ディレクションを手掛けた本展では、会場内を「楽屋」「制作部屋」「プライベートルーム」の3区画に分け、フロアごとのコンセプトに則った内容が展開された。会場ロビーを兼ねた「楽屋」には、過去にステージや映像作品で着用した衣装・アイテムを、「制作部屋」には直筆歌詞ノートの拡大パネルやMVコンテを展示。そして「プライベートルーム」では日食の私生活が垣間見える写真と併せて自宅での様子をおさめた秘蔵映像を上映。膨大な資料から15年の活動を振り返るとともに、“日食なつこ”という存在を再発見し、楽曲に新たな側面を見出す貴重な機会となった。
今回、本展覧会『エリア過去』初日である3月9日、「プライベートルーム」で日食なつこ本人に話を聞くことができた。活動15周年を迎えた孤高のアーティストが語る過去と現在、そして未来をここに共有したい。
INTERVIEW
日食なつこ
15周年というタイミングでヒヨってちゃダメだ
──まずは『宇宙友泳』と題された今回の15周年企画、そして自ら制作ディレクションを手掛けられた本展の構想について聞かせてください。
この15年間を振り返ると、まったく変わらずにあったものって「日食なつこ」という名前だなと。改めてこの名前を見つめ直すなかで“宇宙”というテーマにつながりました。今ではこの名前で電話に出ることが多いくらいだし、もう何百回何千回と言ってきたから違和感がなくなっているけど、「日食なつこ」という人物をロールプレイしている感覚っていうのはやっぱりずっとあるんです。この15周年のタイミングでみなさんにも日食なつこという人物を振り返ってもらえたらという気持ちがありました。せっかくならハデにやろうということで、この展覧会に向けて積極的にやるスイッチを入れました。それが去年の秋ごろでしたね。
──本展を鑑賞して、迷いのない筆致で綴られた歌詞や初めて目にする直筆のイラスト、MVの映像に重なる絵コンテなど、展示された膨大な資料のひとつひとつに発見があり、それらを目にすることで「日食なつこ」というアーティストの輪郭がはっきりしてくるような感覚がありました。同時に、生々しさすらある制作の裏側がここまで公開されていることへの驚きもあったのですが、ご自身としては躊躇などなかったのでしょうか?
基本的には、制作の裏側にあるものなんて見せたくないです。絵を描いていることも誰にも言っていなかったので、素材として提出した時点でかなり驚かれました。私としては「まあこういうのもあるんで、小さく出すくらいだったら」という感じだったんですけど、結果的に「これもデカいパネルにしましょうよ!」ということになってしまって。でも、スタッフさんの声とかを聞いていると求められているのはこういうことなんだろうなと。そう思ったら15周年というタイミングでヒヨってちゃダメだ、ここはちょっと身を削って歴史の裏を見せるときだと。腹を決めさせていただきました。
──「腹を決めた」という言葉で思い浮かぶのが、あるインタビューで語っていらっしゃった「チャンスを待っているだけじゃダメなんだと気づくのに15年かかった」というお話で。個人的にはこの展覧会も、そこに対するご自分なりの表明なのかなと感じました。
それはあると思いますね。音楽をやってる人間だから楽曲は一番大事ですけども、その楽曲を作るまでの道とか作った先を見せるチャンスを待つんじゃなくて、そこさえも創作の一部として見せていかないと広がらないよね、っていう。これまでは日食なつこが何年からどれくらい活動しているのかを本人含めて誰も重要視してなかったし、「まだなにもやりとげていないのになにを祝えばいいんだろう?」みたいな気持ちがあって。今年もまったく同じことを考えてはいたんです、15周年といっても別にまだなにもできてないんじゃないですかって。でも自分で能動的にやっていかないと、結局私以外がお客さんを盛り立てる火種にはなれないわけで。そういう意識改革をしながら今歩いているところです。
──少し遡って、活動10周年はアルバム『永久凍土』がリリースされたタイミングでしたね。当時のインタビューでは、「《神様の診断書によれば、僕の人生は残念ながら時既に遅し 手遅れなんだそうです》という“お役御免”の歌詞が私の人生です」と仰っていました。5年経った今、なにかその部分での変化はありましたか?
私のなかに「お役御免マインド」が今もあるのかどうかっていうと、むしろ強まっています。相変わらずなんの役にも立たないし、本当に自分で自分の好きな曲を書いて好きに生きているだけ。今年で33になる年ですけど、地元の岩手でがんばって会社をやっていたり自治体に関わっていたりする同じ歳の人と喋っているとすごいなって。他者に働きかけていく力というところでは、やっぱりお役御免のままだなってずっと思いながらやっているところはあります。
でも、もう私はこのルートに入ってしまったので。悲観的になろうとも、これを手放したらもうあとが無いから、ここでやるしかないんだっていうのが現段階での結論。これが20周年とかになってくると、そこから抜け出している可能性もあるし、スーパーお役御免まで深まっている可能性もあるし。
──スーパーお役御免!
それこそ、この展示に向けていろんな素材を集めていくなかで、すっごい昔の日記とかも出てくるんですよ。20歳のころの日記なんかを読み返してみると未熟で浅すぎる。それでも自分ではそれなりにコミュニティに参加して、家族ともうまくやって明るく生きてこれたんじゃない? って記憶を書き直してしまっていたんですよね。ただ、当時の日記を読んでみると、もう全然うまくいってなかったりして。まだ発表していない曲のなかには、そういう部分が窺い知れるものもまだまだいっぱいあるんですけど、なんかやっぱり自分の基盤のひとつとして「お役御免マインド」があって。そこからひっくり返すことをずっと夢見て15年目、みたいなところなのかなって思いました。
私がこのワードを引っ込めたら誰が言うんだよ
──制作の裏側とあわせて、「プライベート」フロアで上映された私生活の様子も非常に興味深いものでした。除草機で草刈りをする日食さんと雪が降りしきる窓辺でピアノを弾く姿がとくに印象に残っています。
「山奥で暮らしています」ってずっと言ってきたんですけど、実際どういう生活をしているのかって視覚情報を見ないことにはイメージがつかないだろうなと。今回あの映像を観たあとに改めて日食なつこの曲はどう聴こえるんだろうって、自分の中ではちょっと実験的なところもあるんです。あれ、観てみてどうでしたか?
──これまで耳にしてきたメロディや言葉の背景にある生活を垣間見ることは新鮮でしたし、個人的には台所に立つ後ろ姿とピアノに向かう後ろ姿を続けて映し出されたときに「日食なつこ」という人物への自分なりの解釈と一致したような感覚もありました。しかし本当に山奥で暮らしていらっしゃるんですね。
制作の環境としても人の目があると気になっちゃうので、あそこでピアノを弾いて暮らしているっていうのを誰にも気付かれない場所なら一番集中できるかなって。山奥だと人との関わりも町と比べて全然ないんです。地域の人からすると、ずっと家にいるかと思えば2週間いなくなるし、なにをしている人間なのか一切わからないっていう(笑)。なにも言わないと探られちゃうので、月に一度の回覧板を渡しに行くときなんかに満足してもらえそうな情報をぼんやり伝えてみたり。こういうことに頭を悩ませるのもいい制約なのかもしれないな、なんて思ったりしています。
──ある意味では自分ひとりで生活が完結する環境に身を置いているのに、それでも音楽として発出する感情やエネルギーが湧き起こるのは、少し不思議にも思えます。
誰とも会わない環境に身を置いて、一日くらいお風呂入らなくても誰にもバレないし掃除をしなくても困らないみたいな生活をしていると、どんどん原始的な思考に戻っていくんですよね。ほっとけばいくらでもだらしなくできる場所だから。本当に自分で管理しないと足を踏み外すぞ、ちゃんとしないと終わるぞっていうギリギリにいることの恐怖、そこから生まれるものが本物なんだろうという感じはしています。
──そうして楽曲が生み出されるなかで受け手を意識することはあるのでしょうか?
「こう受け取ってほしい」みたいな気持ちはまったくないですね。活動をはじめて5〜6年目くらいのときに一瞬だけ「これだけデカい声で歌うんだったら人のためになるものを」って思いながら曲を書いた時期が一瞬あったんです。けど、そのときの曲は面白くなくて。普通に人と喋っているときって気をつかうじゃないですか。同じように曲を書くときも人のことを考えるべきじゃないかと気にしていたら、言いたいことも言えなくなってしまうんです。
──では、制作においてはなにが指標になっているのでしょう?
曲をつくっているときに迷ったら「私がこのワードを引っ込めたら誰が言うんだよ」っていうところは指標にしています。「なんでそんなこと言うの?」って批判されるところまでが私の仕事なのかなって思うところもあるし、ある意味嫌われ者でいないと続かない。そこがいわゆる「日食なつこをやっている」っていうことだと思います。あとは、日食なつこになる前の16歳くらいの私が今の自分を見て離れる可能性があることはしない、とか。ライブでも制作でももう1人の自分にずっと見張られているような感覚はあります。
F1のように駆け抜ける、この1年。
──ここまでは15年間を振り返ってきましたが、現在とこれからについても聞かせてください。まず、昨年末『M-1グランプリ』のPVに起用された“ログマロープ”をきっかけに日食なつこの音楽に触れたという方も多くいらっしゃると思います。こうしたかたちで反響が寄せられることについては、どう感じていらっしゃいますか?
一見すごく遠いところにいそうな「お笑い」と「日食なつこ」ですけど、SNSで千鳥のノブさんが「“水流のロック”のロケ地に行ってきました。場所ここであってる?」って言ってくださったり、ラランドのサーヤさんが雑誌のコラムで“エピゴウネ”を取り上げてくださったり、いろいろな芸人さんが私の曲を聴いてくださっているということも耳にしていました。
『M-1』に関しては、それまでCreepy Nutsさんやウルフルズさんのガツっとパンチのある轟々とした曲が選ばれてきたなかで、“ログマロープ”を聴いてくださった方が「ジリジリと静かに燃え続ける、こういう熱さもあるんだ」って反応してくださった方もいて。自分が絶対に行くこともできなかった入口からこちらに来てくれた方が沢山いたというのは素直に嬉しかったですね。
M-1グランプリ2023×日食なつこ「ログマロープ」
──日食さんご自身は、これまであまりお笑いに触れてこなかったそうですね。
そうですね。ただ、本当に切羽詰ったなかでそれでも人を笑かそうという芸人さんと、山奥に身を置いてギリギリ踏み外しそうな限界で出てくる言葉を音楽にしている私とはなにか通じるところがあるのかなって。そういう目線でお笑いを見てみようかなっていう気になりました。
──お笑い然り、今回の『宇宙友泳』というアプローチ然り、15周年という節目の年が新しい出会いや試みに溢れていることは、この先の活動にも影響をもたらすのではないでしょうか。そして5〜6月には未発表曲ツアー『エリア未来』も控えています。全曲バンド編成で未発表曲のみという、こちらもかなり斬新な試みです。
知ってる曲はひとつもやらねーぞ! と(笑)。でも新曲は毎回すごく評判いいし、自分でも曲のクオリティだけは絶対に確約してきているので、全曲新曲っていうところでもお客さんがついてきてくれる自信があります。この展覧会にしてもツアーにしても、「一体なにを見せられるんだろう」ってドキドキしながら来る方が多いんじゃないかなと思うんですけど、わりとラフに「とりあえず、日食なつこ今こんな感じです」っていうのをみなさんにお披露目するぐらいのテンションなので、あんまり構えずに来ていただければ。ライブハウスでごまかしのきかない新曲をやるっていうのは、自分にとっても刺激になりそうです。
──未発表曲ツアー、そしてその後に続く第3〜5弾も非常に楽しみです。最後に、15周年以降の日食なつこ像をご自身はどう描いていますか?
半熟状態のままゆらゆらしていたこの15年は、ここから20年だったり25年後も固まることはないんだろうなあっていうある種の裏付けでもあるんです。やめちゃおうかなって思ったことだって何度もありますけど、それも結局は踏ん切りがつかなかっただけ。単純なだらしなさの結果なのかなって思っているんです。原動力とかマインドが特にあるわけでもなく、しいて言えば自分の発言を受け入れてもらうための土台づくりとしてずっと活動しているような感じ。ただ、今は外部からのブーストが溜まっている状態なので、それをちゃんと燃料に変えてこの一年をF1のように駆け抜けて行きたいなと。それに、これだけのことをやった次の年になにもないと本当に終わってしまうんじゃないかなって。気づいたら誰もいない山奥で果てていた……みたいな。それはそれでちょっと面白いんですけど、この15周年と同じ熱量で来年以降もなにかやっていけたらいいんじゃないかなとは思っています。
日食なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳-
特設サイト
INFORMATION
日食なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳-
展覧会『エリア過去』〜日食なつこを成したものもの〜
会期:2024年3月9日(土)〜3月17日(日)
会場:CCAAアートプラザ 四谷三丁目ランプ坂ギャラリー
日食なつこ15th Anniversary -宇宙友泳-
未発表曲ツアー『エリア未来』
全公演sold out
5月31日(金)大阪|BIGCAT
6月1日(土)愛知|ボトムライン
6月7日(金)札幌|cube garden
6月14日(金)福岡|DRUM LOGOS
6月15日(土)広島|Reed
6月21日(金)東京|EX THEATER ROPPONGI
6月23日(日)新潟|LOTS
6月29日(土)仙台|Rensa
追加公演
7月6日(土)東京|duo MUSIC EXCHANGE
日食なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳-
盛岡3DAYS『エリア不変』
10月12日(土)岩手 the five morioka
10月13日(日)岩手 盛岡Club Change
10月14日(月・祝)岩手 盛岡CLUB CHANGE WAVE