天の裂け目──天空に現れる鮮やかな色のカーテン──の壮大で幽玄な美しさを目に、フランスの天文学者ピエール・ガッサンディは、それはまるでローマ神話の暁の女神アウロラ(オーロラ)のようだと喩えた。最初にオーロラと言ったのは誰なのかについては諸説があるのだが(ガリレオだという説も)、いずれにしても暁の女神に由来しているとは、とてもロマンティックな語源である。人類が大気の発光現象に暁の女神を連想したように、ノサッジ・シング、つまりLAを拠点に活動するジェイソン・チャングのサウンドは、我われに美しく、官能的で、そして神秘に満ちたイマジネーションを喚起させる。そう、ボーズ・オブ・カナダやネイサイン・フェイクたちの作るサウンドがそうであるように、いつまでもその幻想的な響きの中を漂っていたくなるような……、そんなミステリアスな魅力をもったサウンドなのだ。
その稀有な音楽性と才能はすでに多くのミュージシャンたちを惹きつけており、レディオヘッド、フライング・ロータス、ザ・エックス・エックス、デイデラス、エリオット・リップらがこぞって彼にリミックスをオファー、また地元LAのシーンを代表するクラブ・パーティ<Low End Theory>においてもすでに常連アーティストとしての人気とポジションを確立している。彼のこうした躍進は2009年のファースト・アルバム『ドリフト』がとにもかくにも素晴らしかったからであるが、この度、新たに作り上げたセカンド・アルバム『ホーム』は、彼の評価をさらに高いものに押し上げるだろう。本作においてノサッジ・シングのサウンドを特徴づけているのは、フライング・ロータスやケンドリック・ラマーも認める斬新で先鋭的なビート・プログラミング(地元のLAタイムスは「ノサッジ・シングのスタイルは、アート・ミュージアムにいても不思議ではないし、ドレイクのレコーディング・セッションで彼がミックスボードを操っていたとしても驚かない」と評している)、そしてネオン・インディアンやウォッシュト・アウトあたりのチルウェイヴ勢にも通じるメランコリックな抒情性と美しいメロディだ。なかでもブロンド・レッド・ヘッドのカズ・マキノをヴォーカルに迎えた幻想的なダンス・トラック“Eclipse/Blue feat. Kazu Makino”やソリッドなテック・ハウス“Glue”の美しさは筆舌に尽くし難いし、先鋭的なビートのプログラミングが冴えわたる“Snap”や“Tell”も秀逸だ。またチルウェイヴ・シーンで人気のトロ・イ・モアが参加した“Try feat. Toro Y Moi”も本作のハイライトのひとつと言えるだろう。
オーロラは寒い日によく見られるそうである。ここ数日は東京でも息が真っ白になる寒さだ。さすがに日本でオーロラを見ることはできないけれど、ノサッジ・シングの『ホーム』は冬のどこか幻想的なムードを助長してくれる。今日の東京の最低気温は氷点下1度だそうだ。こんな日に『ホーム』はより魅力的に聴こえるに違いない。さあ、今日も白い息を吐きながら、『ホーム』を聴いて外に出かけるとしよう。
Interview : Nosaj Thing(Jason Chang)
“Eclipse/Blue”
――ずっとLAに住んでいるのですか?
そうだよ、ここで生まれて育ったんだ。
――フライング・ロータス、あるいは<Low End Theory>を拠点として、現在、素晴らしいビートメイカーたちが集まっているLAは、いまや世界中のビートメイカーたちの憧れの地だと思いますが、あなたにとってLAとはどんな街ですか?
LAが評価され始めていることを嬉しく思うよ。正直……、ここまでの道のりはとても長かったしね。でもロンドン、グラスゴー、ニューヨーク、モントリオール、デトロイトでもLAと同じようにすごいことが起こっていると思うよ。
――そうしたシーンからからインスパイアされることはありますか?
もちろんだよ。僕が小学生くらいの時から多くのビートジャンキーたちがラジオでを中心に活動していて、僕も金曜の夜はそのラジオをよく聴いていた。<Low End Theory>は僕に沢山インスピレーションを与えてくれたね。特に僕が好きだったのは『ビートインビテーションズ』っていう番組だったな。
――あなたが13歳のときに、お父様の持っていた古いPCを改造してDIY的に音楽制作をスタートしたことはすでにその筋の間では有名な話になっていますが、その頃の話を詳しく教えていただけないでしょうか?
その話がそんな広まっているなんて知らなかったよ……、ハウス・ミュージックをプロデュースできるプロダクションソフトウェアを友達からもらったんだけど、僕はパソコンを持ってなかったから父親のパソコンにそれをインストールしたってわけさ。
――その頃に目指していた音楽はどんなものでしたか?
ただランダムに作ってただけだよ。ハウスだったり、ヒップホップだったり、ギターをレコーディングしてみたり、誰かから多大な影響を受けたかどうか正直よくわからないけど……、敢えていくつか名前を挙げるとしたら、ボーズ・オブ・カナダ、ベック、ステレオラヴ、コーネリアス、プレフューズ73、エイフェックス・ツインかな。
――いまやあなたは若くして世界的に注目されるプロデューサーのひとりになったと思いますが、いま振り返って、大きな転機となるようなタイミング、要因というのは何だったと思いますか?
正直『ドリフト』にあれほどの反響があると思わなかったんだ。でもこの反響はとてもありがたいことだと思っているよ。転機は良いレヴューを書いてもらってライヴの予定が決まった時かな。
――新しいアルバム『ホーム』は本当に素晴らしいですね。もう何度も聴いています。『ドリフト』から3年ぶりのアルバムになるわけですが、本作ではどのようなサウンドの方向性/コンセプトを考えていましたか?
ありがとう。サウンドとコンセプトは自然に出来上がったものなんだ。とてもパーソナルなレコードだから僕の日記のようなものだよ。
――2曲目の“Eclipse/Blue”ではカズ・マキノをフィーチャーしていますが、彼女との出会いはどういうものだったんですか?
最初に曲を作って、頭に浮かんだのがカズだったんだ。ブロンドレッド・ヘッドのファンだし、彼女の声は僕のお気に入りなんだ。彼女の事務所に曲を送ったら翌日に彼女から電話がかかってきたんだよ。
――あなたの作るメロディは、いつもどこかセンチメンタルで、ある種のメランコリーのようなものを漂わせていると感じます。その独特のアトモスフェリックなメロディ、サウンドがいったどこからくるものなのかとても興味がります。音楽制作におけるインスピレーションの源は何ですか?
うーむ、自分ではよくわからないけど、自然に出てくるものなんだよね。曲を書いてるとき考えすぎるのがあんまり好きじゃないし、音作るときは頭の中を空っぽにしているんだ。
――前作『Drift』には“Light #1”、“Light #2”という楽曲があり、本作『Home』には“Light #3”という曲があります。これらの楽曲にはどういった関連性があるのですか?
これらの楽曲には同じようなエネルギーが秘められているような気がしたんだ。意識的に関連した曲を作ろうとしたわけではないよ。
――9曲目“Try feat. Toro Y Moi”にトロ・イ・モアが参加していますが、彼と一緒にやった理由は? またチルウェイヴと呼ばれるようなシーン/サウンドについてはどのように思っていますか? 共感する部分があれば、それがどのようなものなのか教えてください。
Chazとは一緒にツアーを回って仲良くなったんだ。彼が僕の家の方に来る機会があったから一緒にやろうっていう話になって実現したんだ。でも僕はチルウェイヴにはあんまり馴染みがないかな。
――“Eclipse/Blue”のミュージック・ヴィデオを真鍋大度が手掛けていますが、ご覧になってみていかがだったでしょうか?
ここ数年、大度とはコンタクトを取っているんだけど、僕はずっと彼のファンだったんだ。もともとは“Drift”のビデオを作る予定だったんだけど、上手くいかなくて。だから今回やっと一緒にできることになって本当に嬉しいよ。
――あなたはこれまでにレディオヘッド、フライング・ロータス、ザ・エックス・エックスなどなど錚々たる顔ぶれにリミックスを提供してきました。ロックのフィールドからも熱い支持を受けているのが面白いと思うのですが、あなた自身はロックにシンパシーを感じることがありますか?
もちろん、感じているよ。ロックからは大きな影響を受けているからね。僕がまだ小さかった頃、父がビートルズやサイモン・アンド・ガーファンクルなんかをよくかけてくれてた。まあ、そこまでさかのぼる必要はないかもだけど(笑)、自分にとってずっと身近にある音楽のひとつだと思う。
――最後になりましたが、日本からLAに遊びにいく人も今後増えていくかもしれないので、LAに行ったら「これだけは食っとけ!」と「ここだけは行っとけ!(パーティでも観光名所でも)」を教えていただけないでしょうか?
食事だったら、Bulan ThaiとGolden Deliが僕のお気に入りのお店だよ。観光場所は……、僕はただ夜中のLAをドライブするのが好きで、高速の110号線がお気に入りかな。アメリカで初めてできた高速道路だし、僕の家の方へ行く道だしね。
――ぜひLAへ行ってみたいです! 今回はありがとうございました!
こちらこそ、ありがとう!
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