台湾のR&Bシンガーソングライターの新星・吳獻Oseanが、2021年10月22日にEP『Sundial Ⅱ』を配信リリースした。

R&Bシンガー・9m88らの登場によってにわかに注目を集めつつある台湾のR&B音楽シーン。その中でもZ世代を代表する吳獻Oseanは、2019年に楽曲“溺溺”を公開し世間から多くの注目を集め、その中で<金曲獎>(GMA、中華圏のグラミー賞と称される)で何度もベストアルバムプロデューサー賞を受賞した音楽プロデューサー・陳建騏(ジョージ・チェン)の目に留まり、台湾の音楽レーベル〈好多音樂(forgood music)」と契約。2020年には初となるEP『Sundial』をリリースした。

今回、約一年の時間を経て新たにリリースされたEP『Sundial Ⅱ』は、前作とのつながりを感じさせるタイトルではあるが、本来は一枚のアルバム『Sundial』として制作されていたという。2枚にスプリットされて生まれた最新作に込められた思考、そして彼というミュージシャンについて、メールインタビューで話を訊いた。

INTERVIEW:吳獻Osean

台湾R&Bシンガーソングライターの新星・吳獻Oseanが語る、他人の視点を得た演技から生まれた最新EP『Sundial Ⅱ』 interview211105_osean.wu-main-SP

──まず、吳獻Oseanさんが音楽を始めたきっかけから教えてください。幼少期から音楽に触れる機会が多かったのでしょうか?

自分の音楽の脈絡は、小さい頃から色々な音楽の影響を受けてきたと思います。小さい頃は家の中でクラシック音楽が流れていたし、母親の車の中ではラジオでポップミュージックが流れていたのを覚えています。その中で最も僕を惹きつけた音楽が、HIPHOPとR&Bなんです。音楽を始めようと思った時期にちょうどこのふたつの音楽にハマっていたので、最初はHIPHOPもやろうと考えました。こういった音楽的趣向は僕の楽曲にループを多く盛り込んでいることにも繋がっているし、自分の音楽が簡単そうに繰り返されているものの、その実決して退屈な曲ではないと思っているので、僕自身も満足しています。

──HIPHOPとR&Bの影響が大きかったんですね。ご自身では楽器も演奏されるんですか?

僕はギターとキーボードを弾けるのですが、決して得意というわけではありません。僕は楽器の概念を理解できれば十分だと思っていて、残りの部分はパソコンと自分の想像力に任せています。今でもスタイルの異なる先生を探して音楽を学んでおり、日々インターネットで音楽をディグり続けています。先生の技術や作曲の仕方を学ぶだけではなく、彼らの音楽に対する心持ちや理念、自分を省みる気持ちなども観察しています。

でも、僕にとって最も重要な楽器はやはり自分自身のボーカルですね。僕は自分の歌声をもとにサウンドデザインをしており、声を楽曲の一部とすることを重視しているんです。音楽を始めてから現在まで、自分の部屋の中でレコーディング、全ての作品を完成させてきたために、上述のことで学んできたことを自由に試すこと多くの時間を費やせてきているんですよ。

──なるほど。そんな吳獻Oseanさんが最も影響を受けたミュージシャンはどなたなんでしょう?

フランク・オーシャン(Frank Ocean)は、僕の中での音に対する美的感覚に大きな影響を与えたと思います。彼はその歌声を通して「皆それぞれの歌声に美しさがある、それに対して最適な方法を使うだけでいいんだ」ということを理解させてくれました。彼の良い音楽の中には映像と音の変遷を感じることができますし、彼の歌詞もとても深く自分の物語を語っていますよね。彼の存在は今でも僕を突き動かすものだと思っていて、自分自身の脈絡をたどっていくべきだということ、自分自身の創作に対して誠実であるべきだと再認識させてくれるんです。

──最新EP『Sundial Ⅱ』は前作『Sundial』と合わせて元々一枚のアルバムとして作る予定だったそうですね。なぜ分けて発表したのでしょう?

確かに『Sundial』は、本来1枚のアルバムで完成する予定だったんです。でも、制作期間の中で新たな感情が生まれてアルバムを2枚のEPに分けることにしました。イメージとしては、レコードのようにA面とB面のあるアルバムです。1年多くの時間をかけてレコードの盤面をひっくり返し、再生しているだけなんですよね。『Sundial Ⅱ』の完成によって、今回のプロジェクト「Sundial」に句点を打ったということになります。一作目『Sundial』では自分が求めるものはよりリアルな成長の軌跡を記録することだと思い、内から外への自分ということを意識しました。なので、今回はゆっくり制作することにして、自分の生活を楽しむことを意識しました。

制作を休んだ半年の間、僕は絶えず自分の身の回りに起こることや人を意識するようになったんです。『Sundial Ⅱ』を制作する時、チェキカメラを購入して、一緒に仕事をする仲間の過程を記録したり、目を閉じて他人の視点に立つ練習もしました。

──他人の視点?

前作には足りないものに気づいたんです。当時の自分は自身の考え方、感情だけを意識して、自分の判断だけを信じていました。今となっては、内面的な部分から技術的な部分まで僕はとても成長できたと思うのですが(笑)。音楽という道の中で、音楽プロデューサーの陳建騏とも出会ったし、〈好多音楽〉と契約することもできました。この期間に得た収穫は大きくて、制作スタッフともより親密になり、完成時には彼らは僕にとって家族ともいえる存在になっていました。

創作の部分でも、自分の注意を他のコラボ対象、友達、家族に向けることを学んだおかげで、他人の視点から曲を書くことができると気づきました。そのために、自分が想像する中のキャラクターの思考を用いるようになったのかもしれません。自分自身を本の中に出てくるメインキャラクターだと想像したり、身の回りの人に自分を投影して想像してみたり。

創作というのは少し演技に似ている部分もあると思っていて、自分の信念や知っていることを吐き出すだけではなく、「こういう信念を持つ人はどんなことを話すだろう?」と想像するようになりました。例えば、収録曲“小林緑”は村上春樹の小説『ノルウェーの森』に出てくるキャラクターである小林緑の思考を想像したものです。曲を作るときには、目を閉じてキャラクターの中に溶け込んでいき、例えばもし僕が小林緑だったら、どんな話をするだろう? ということまで考えたり。他にも、収録曲“A Letter From The Pale Blue Dot”は自分の奥さんという視点を意識して、自分に書いた手紙であったりもします。

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──他人の思考を考える=演技、ということが本作の中でも一つの大きなポイントですね。

制作し始める前には目を閉じてモードを変えて、自分自身を想像中のキャラクターとして飾り始めるんです。自分だけに気を配るような人は演技は下手だと思うし、まして創作も下手だと思います。結果として、より多く自分のことを知るようになったし、徐々に自分の中の不要なものを捨て去ることができました。作品も当初想像した通りにはならなかったし、完全な1枚のアルバムとして出すことができませんでしたが、この作品は僕の成長の記録ですし、『Sundial』からずっと伝えたかった「自分の生活を記録している」ということと同じなんです。

──ご自身の中でも、音楽的な変化がありましたか?

あります。今作の中で僕はR&Bとチルの要素は薄くなりました。例えば楽曲“小林緑”にはより多くの電子音楽的要素も加わっています。また、楽曲“Greenhouse”は、よりエクスペリメンタルの要素が強いと思います。でも僕の周りの人は今作について「もっとポップになったね」と言う人もいて。僕自身は自分の好きなものを全てうまく融合させただけなので、なんと称されても構わないんですけどね。

──作曲家・プロデューサーの陳建騏はあなたの音楽を「A fresh new sound」と称していましたが、あなた自身が作曲する時に目新しいものを作ることを意識していますか? 

僕は創作の過程でしっかりと自分を省みることができれば、すべての作品は新しくなるものだと思うんです。一人のアーティストとして僕は創作過程の中ですべての力を使って自分というものを感じるようにしています。なので、作品の中に現れてきて得られる形容詞というのは必然的な結果なんですよね。色々なものをから想像できる場面の中からインスピレーションを吸収するのがとても好きで、僕が自分自身の中に入っていく中で最も重要なエネルギーになるんです。

──色々な視点を持つようになって、その結果として自分自身の中により溶け込んでいった結果が今作なんですね。

結局、アルバム『Sundial』は2作に分かれただけではなく、僕が最も意識した部分は映像感です。台湾人はよく、過保護に育てられた人のことを「溫室裡的花朵(温室の中の花)」と言うんです。自分自身が作り出した空間の中では安心感を得られますが、そういった空間は自分が作り出した温室といえますよね。僕も自分が作り出した温室の中でリスナーを覆って、同じような安心感を味わってほしいです。

──現在、台湾ではR&Bジャンルは9m88やLINION、雷擎など多く台頭して盛り上がっているシーンだと思っているんです。このような盛り上がりの背景には、どんなきっかけがあると思いますか?

僕も台湾のR&B音楽シーンは本当に盛り上がっていると思います。これには時代背景も関係があるのかなと思っていますね。今の時代、僕自身も深くインターネット世界に没頭していますよね。インターネットの世界は別に醜いものではなく、美しくしかできない虚栄心の領域なんです。今の僕たちは、美しいスタイルを選択して快楽、狂気、痛み、無力感、悲しみ、野心など様々な感情を伝えることができるようになりました。リスナーも横たわりながら曲の美しさを感じたり、身体を揺らしたりしながら情緒を感じることもできるようになった時代というのが一因かなと思います。

──最後に、同じくZ世代でもある吳獻Oseanさんは、世界で活躍する同年代のZ世代のミュージシャンにシンパシーを感じることはありますか?

いますね。例えばデブ・ネヴァー(Deb Never)、070シェイク(070 shake)、ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)、ヒョゴ(Hyukoh)など。彼らから、様々な音楽スタイルがぶつかり合い、融合しているのを感じています。しかも、それらの要素は全部僕も好きなものなんです。彼らの音楽の要素の使い方一つ一つが僕を啓発してくれていて。日本のR&Bやヒップホップの歌手の方々、例えばFriday Night PlansKid FresinoJJJMiyachiらに共感を感じることがあります。歌詞の内容はあまり分かりませんが音楽的な美しさに共鳴しています。いつか共演できるといいですね。

──ありがとうございました。

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吳獻Osean – Sundial Ⅱ

執筆:エビナコウヘイ(@SW_ebina
編集:中村めぐみ(@Tapitea_Rec
監修:Taiwan Beats