父親であるサイモン・ジェフス(Simon Jeffes)の遺志を引き継ぎ、2009年からアーサー・ジェフス(Arthur Jeffes 以下、アーサー)が始動させたペンギン・カフェ(Penguin Cafe)が、2年ぶりの新作『Handfuls Of Night』をリリースした。このアルバムは、アーサーが環境保護団体「グリーンピース」の依頼を受けて“南極のペンギン”に着想を得ながら書いた曲をもとに組み立てたもので、言うなれば擬人化されたペンギンたちの生きる様を描いた壮大な映画のサウンドトラック。そこからはアーサーのペンギン愛も伝わってくるようだ。

このアルバムを携え、ペンギン・カフェは10月半ばに来日。出演するはずだった<朝霧JAM>は台風接近のために中止となってしまったが、10月15日(火)の東京・キネマ倶楽部の公演では新曲でかためた前半とオーケストラ名義の曲も演奏された後半の2部構成でファンを魅了した。台風の爪痕がまだ残る14日(月)、東京でアーサーに話を聞いた。

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Interview:Arthur Jeffes(Penguin Cafe)

━━ペンギン・カフェのライブを<朝霧JAM>で観ることを楽しみにしていたのですが、台風接近のため中止になってしまいました。残念でなりません。

うん。写真を見て、すごく楽しそうなフェスだなと楽しみにしていたので、本当に残念だよ。

━━やはり自然の力は恐ろしいものですね。

そうだね。ときどきそうやって自然が猛威をふるい、その怖さを人間に思い出させるんだね。

━━あなたは2005年にBBCの企画のため北極圏のグリーンランド氷床で3ヵ月過ごしたそうですが、そのときも自然の力を実感したんじゃないですか?

そう、あれはすごい体験だったよ。体重が25キロも減ったからね。初めは8人のチームだったんだけど、2週目で1人脱落。環境はハードだし、天候は読めないし、未知の要素が多すぎて思うように動けないんだ。で、2週目に嵐が来て、もう無理じゃないかと思ったりもしたんだけど、それを切り抜けたら少しずつその環境にも慣れていった。とにかくあれは自分にとって忘れられない体験になったよ。

━━そのときの体験がずっと頭に残っていて、それが今回のアルバムに繋がっていったところもあるんですか?

あるけど、初めからあの体験と今作とを結びつけて考えていたわけではないんだ。このアルバムは2018年にグリーンピースからの依頼を受けて作ることになった。それで南極ペンギンをイメージした曲を作るべく、スタジオで極地の映像を繰り返し見ていたんだけど、そのときに“この映像、前に見た記憶があるな。あ、そりゃそうだ。自分自身の目で実際に見てきたんだから”って思いあたってね。そうしたら2005年に実際見た雪や氷の音と匂いがブワ~っとよみがえってきたんだよ。

━━なるほど。でも、そこにペンギンはいなかったんでしょ?

そうなんだよね。グリーンランドにはペンギンもシロクマもいなかったよ(笑)

━━グリーンピースからの依頼を受けて作ることになったということですが、そもそもどういった依頼だったんですか?

グリーンピースが「プロテクト・オーシャン」というプロジェクトを進めていて、それは世界のあちこちの海を保護しようと各地のエージェントに働きかけるもので、今回は南極海がその対象となった。石油などの資源を掘り起こしにいくひとがたくさんいるけど、なんとかそれを守ろうという働きかけだね。その一環で僕のところにも話がきた。「南極を守り、ペンギンを守ろう」ということを音楽で伝えてほしい、と。それでまずは、そのテーマ絡みのコンサート用の音楽を作るところから始めたんだ。

Gentoo – Penguin Café

━━グリーンピースはあなたのペンギン愛をわかっていたわけですね。

そうそう。いままで不思議とこういう話はどこからも来なかったんだけどね(笑)。それでグリーンピースが現地の映像と音を提供してくれて。それを見たり聴いたりしながらいろいろリサーチしていくなかで、4種類のペンギンの個性なんかがわかってきた。厳密に言うとペンギンは17種類に分けられるんだけど、アデリーペンギン、ヒゲペンギン、コウテイペンギン、ジェンツーペンギンの4種は違いが明確で、その4種について調べたり考えたりしていたら、それが物語の登場人物のように思えてきたんだ。

━━その4種類のペンギンが、あなたの頭のなかで動き出した。

うん。だからその4種類のペンギンの名前を冠した曲を作ってみたんだよ。そして“彼ら”が冒険する様も曲にしてみた。例えば“At the Top of the Hill, They Stood…”は、狩りにでかけた相方が戻るのを丘の上で待つペンギンをイメージして、遠いところから故郷を見ている僕自身を思い浮かべながら曲にした。また“Chapter”は、ペンギンが刑事になって犯罪を解決すべく動いているイメージを思い浮かべて作ったんだ。

━━アルバム1枚が一編のストーリーになっているというよりは、1曲1曲にいろんな情景、いろんなイメージが反映されているということですね。

そう。広大な極地で撮ったスナップを並べてみた感じだね。

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━━あなた自身がペンギンと同化するような感覚で書いた曲もあったりするんじゃないですか? 例えば“Adelie”という曲。これはあなたがアデリーペンギンになって海の底を泳いでいる感覚なのかなと思ったんですが。

ああ、なるほど。僕がアデリーペンギンと同化しているわけではないけど、アデリーペンギンと一緒に泳いでいるという視点は確かに入っているかもしれないね。アデリーペンギンはとても小さなペンギンなんだけど、陸上ではなく水の中で生きていて、僕には4種類のペンギンの中でもっともマジカルに感じられる。そんなアデリーペンギンの、ある1日を曲にしたんだ。

━━アルバムは“Winter Sun”で始まり、“Midnight Sun”で終わります。“ある1日”といまおっしゃいましたけど、まさに日が昇って沈むまでの1日を描いたアルバムという捉え方で合っていますか?

イエスと言いたいところなんだけど、ちょっと複雑でね。“Winter Sun”という曲での太陽は北半球を中心とした考え方であって、南極の12月は真夏なわけだよ。南半球と北半球とで季節が逆になるから。で、“Midnight Sun”で表現している南極の夏の太陽は、日の出前には空の低い位置にあって、水平線に沈まない。白夜だね。要するに太陽は昇って沈むとは限らないってことで、それを僕自身が2005年にグリーンランドで体験した。それってなんだか夢の世界にいる感覚なんだ。暗くならなくてもおかしくないって頭では理解できるんだけど、どうしても“これは現実じゃないんじゃないか”って気がしてしまうわけ。その感覚をアルバム1枚通して表現したかった。“Midnight Sun”という、普通はありえないタイトルの曲で終わりたかったのはそのためなんだ。

Midnight Sun – Penguin Cafe

Winter Sun – Penguin Cafe

━━1日が始まって終わるという感覚がなくなってしまうわけですね。

うん。ずっと地に足がついてない感覚というか。終わりがなく、続いていく感じというか。

━━話は変わりますが、今作のサウンドに関してはどういったことを意識しましたか?

明らかにオーケストラとわかる音とか明らかにエレクトロニックとわかる音ではないものにしたかったんだ。誰もが聴いたことあるはずだけど、なんだか正体不明な音というか。“これって、もしかしてシンセ?”みたいな感じ。前作もある程度はそういうものだったけど、今作のほうがその傾向が強まっている。

━━あなたがグリーンランドで体感した“非現実ではないけども、現実とは思えない感覚”を、そういう音で表したかったからなんですかね。

うん、そうだね。そういうことだと思う。所謂、道しるべ的な音は一切入れないようにしたんだ。

━━ところで、このアルバムを聴いたうえで過去の作品を振り返ってみたとき、ペンギン・カフェ・オーケストラが1993年に最後のスタジオレコーディング作として残した『Union Cafe』(2017年にサイモン・ジェフスの没後20周年でリイシュー)にどこかで繋がっているような感覚があったりもしました。そう言われて思い当たるフシはありますか?

うん。2年前のクリスマスに父であるサイモンの没後20年ということで『Union Cafe』を再現するコンサートをロンドンでやったんだ。もちろん僕は全曲よくわかっているつもりだったんだけど、いざ演奏してみたら、「あれ? この曲のここってどうなってるんだ?」って戸惑ったりする部分がけっこうあってね。わかっていたつもりだったけど、完全にわかってるわけじゃないってことに気づいて、あのアルバムの奥の深さを改めて知ることができたんだ。その経験は自分でも面白かった。確かにそれが今作に繋がっていったところはあるね。

Union Café – Penguin Cafe

━━まだまだお父さんの音楽は探り甲斐があるなと。

そうそう。新しい発見がまだまだたくさんあると思う。

━━ところで、今作のジャケットのアートワークですが、これってあなたが2005年にグリーンランド氷床で過ごしたときの写真なんですか?

そう。これが嵐を耐えたテントだよ。ここにいるペンギンはあとから足したものだけどね(笑)

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Interview,Live Photo by Ryo Mitamura
Text by 内本順一

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Penguin Cafe
元々はイギリスの作曲家サイモン・ジェフスによって結成された楽団。民族音楽、フォークサウンド、現代音楽などを取り入れた楽曲で1976年にブライアン・イーノ運営のOBSCUREからデビュー。6枚のアルバムを発表後1997年にリーダーのサイモンが死去。その後2009年から息子のアーサー・ジェフスが父の遺志を引き継ぎメンバーも一新し活動を再開。2011年には復活後、初のアルバムをリリースし、2012/2014年には来日も果たす。そして2017年にニルス・フラーム、ピーター・ブロデリック、オーラヴル・アルナルズなどが所属するErased Tapesより新作『ザ・インパーフェクト・シー』をリリース。2018年にグリーンピースより依頼を受けた南極のペンギンをイメージした楽曲を発表。その楽曲制作から構想が始まったアルバム『ハンドフルズ・オブ・ナイト』を2019年10月4日にリリース。

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RELEASE INFORMATION

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Handfuls of Night

2019.10.04(金)
Penguin Cafe
AMIP-0189
Erased Tapes
¥2,300(+tax)

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