ここに一枚の皿がある。中心にレコードアダプター大の穴が開いた、7インチレコードサイズの皿だ。表面にはポップなイラストが描かれており、裏返すとQRコードが印字されている。こちらを読み込むと特定のプレイリストにアクセスできるのだという。
見た目にもユニークなこのレコード皿を手がけたのは、2015年に立ち上げられたマルチメディア・プロジェクト「PEOPLEAP」。「日用品×デジタル・コンテンツ」をテーマに掲げ、デザインと音楽とアートを横断するものづくりを提唱している。2020年7月からは新シリーズ「THE SWEETEST TABOO」をスタート。各界のミュージック・フリークが「禁断の甘さ」をテーマにプレイリストを作成し、それをもとにさまざまなデザイナーが作品を制作。それを波佐見焼(長崎県波佐見町)の工房で製造するという、ものづくりの新たなフレームを打ち出している。
日用品によって日常と表現を結びつけ、人と人を繋ぐPEOPLEAP。彼らが今、めざしているものとは何なのだろうか。メンバーである須田伸一、河村慶太、比留間太一、石峰英徳、内山尚志の5人に話を聞いた。
INTERVIEW:PEOPLEAP
姉妹プロジェクト「TALKY」で発見した波佐見焼の魅力
PEOPLEAPには姉妹プロジェクトがある。それが比留間以外の3人による民芸プロジェクト「TALKY」だ。プロダクトの持つ可能性をビースティー・ボーイズ(Beastie Boys)世代の解釈で探求するこのプロジェクトでは、スケボー型の箸置きやマーク・ゴンザレス(Mark Gonzales)のイラストをあしらった掛け軸をリリース。当時TALKYのいちファンだったという比留間は、彼らの試みをこのように説明する。
比留間太一「陶器の世界には表面にちょっと傷がついたB品という不良品があるんですけど、通常は検品で弾かれて捨てられちゃうんですね。でも、TALKYはサンドブラストっていう機械を使ってB品の表面を削り、その上にさらにデザインを施して製品としてリユースしていました」
その発想はレコードショップの100円コーナーからジャンクを拾ってきてサンプリングするDJと近しいもの。TALKYはそうやってストリートカルチャーと伝統工芸・民芸の世界を繋いできたのだ。メンバーのひとり、石峰は伝統工芸である波佐見焼で知られる長崎県波佐見町の出身。彼の同級生が波佐見焼の窯元を経営していたため、ごく自然な流れでTALKYと藍染窯はタッグを組むことになった。
石峰英徳「僕らはみんなアパレル出身なんですけど、服じゃないことをやりたくなった。考え方としては古着をリメイクするのと一緒というか」
須田伸一「彼(石峰)の同級生が藍染窯の2代目になるタイミングで、あちらも今までとは違う新しいことがしたいっていう気持ちがあったみたいで。お互いやりたいことをすり合わせながら、こちらからも提案していった感じでしたね」
そんなTALKYの3人に合流した比留間は、レコード会社勤務を経て、ソーシャルTV局「2.5D」の立ち上げに関わったという人物でもある。
比留間太一「2.5Dは海外に向けて日本の情報を発信することをひとつのテーマとしていたので、その方法について自分でもよく考えていたんですよ。でも、日本人があるジャンルのフォーマットで音楽作っても、聞いてもらうまでのハードルがすごく高い。そこをどうやって突破するか。僕としては、アイデアやとんちの話になってくると思っていて。PEOPLEAPのプロダクトはとんちの究極系だと思っています(笑)」
DJの世界ではレコードのことを「皿」と呼ぶことがある。だったら、本当に皿を作ってしまおう。しかも日常的に使うことができて、イラストや音楽、映像などの情報を収めた「皿」を作ることはできないだろうか――。2015年、一種の「とんち」としてPEOPLEAPはスタートしたのだった。
PEOPLEAP=レコード皿×デジタルクリエイティブ
2015年1月、PEOPLEAPは皿を7インチレコードに見立てた「7inch PLATE」を発売。背面に印字されたQRコードを通じて、SeihoやstarRO、OBKR(小袋成彬)らによるオリジナルの音楽とミュージックビデオをストリーミングできるという前代未聞のプロジェクトが始まった。興味深いのは、この「7inch PLATE」シリーズではデザイナー、イラストレーター、ミュージシャン、映像作家という4人1組の制作チームが組織され、テーマをゼロから話し合うところから制作が始められたという点だ。
比留間太一「最初に1回みんなで集まって話すところから始めたんですよ。そこでどういう作り方をするか、それぞれのチームでディスカッションしながら決めていきました。だから、チームによって進め方が違っていて。僕らもディスカッションの中に入ってたりはするんですけど、あくまでも進行役に徹しました」
ゴールを決めず、各クリエイターに多くの部分を委ねる。PEOPLEAPのそうしたスタイルは、クリエイターたちを大いに刺激したようだ。比留間が「学生の方とプロの映像作家がフラットにものづくりをする場をどうやったら作れるのかを考えていました」と話すように、創作のプロセス自体を作り上げることもまたPEOPLEAPの狙いだったという。
須田伸一「楽しめるカオスみたいなものを作りたかった。映像作家にしろグラフィックデザイナーにしろみんな年齢もキャリアもバラバラだったんですけど、そういうチームが各自テーマを決めてフラットにやり合っていて、すごく理想的な関係だと思いました」
日常的にさまざまなデザインやものづくりに携わっているPEOPLEAPのメンバーにとって、そうした制作スタイルはひとつの問題提起という側面もあったようだ。
須田伸一「普通の仕事の場合、納期が決まっていて、お金の使い方や費用対効果も見据えたうえでものづくりが進んでいく。そういうものを1回全部取り払って、新しいフレームでものを作るという実験でもあるんですよ。そこに共感してくれた人たちが集まってくれている感じですよね」
レコード皿を常用することで生まれる新発想
PEOPLEAPのテーマのひとつに「日用品×デジタル・コンテンツ」がある。一点もののアートピースではなく、あくまでも日用品。そこにも彼らのこだわりがあった。
須田伸一「波佐見焼って生活の日用品感がすごく強いんですよ。有田焼は高いけど、波佐見焼は安くてタフ。食洗機にも耐えられるんです」
比留間太一「安くてタフという意味では、レゲエのラフ&タフなイメージからインスパイアされたところもあります」
比留間は「皿って洗うときに裏側が目に入るじゃないですか。皿の裏にはアーティストの名前とか作品に飛べるリンクが印字されてるんですけど、常用していれば無意識のうちにアーティストの名前が記憶されていくと思うんですね」とも話す。自身のプロダクトによって日常と表現を繋ぎ、ユーザーが表現に触れる機会を作る。そこにも彼らの狙いがあった。
PEOPLEAPのプロダクトは一部の飲食店でも使用されている。中心に穴が開いているという特徴的なデザインのため、「みなさんどうやって盛りつけるか悩んでいるみたいですね(笑)」と比留間は話すが、盛り付けに制約のある食器だからこそ、料理人をインスパイアするケースもあったようだ。
比留間太一「日本橋で『かんたんなゆめ』という和菓子屋さんを運営している寿里さんにもPEOPLEAPの製品を使っていただいているんですが、試行錯誤するなかで寿里さんが言っていたのが、『このお皿に合うのは高さがない料理ですね』ということで。『高低差ではなく、なるべく低いものを盛り付けた方が綺麗に見える』ということをおっしゃっていたんです。寿里さんが工夫しながらPEOPLEAPの製品を使ってくださっていると知って、このプロジェクトをやっててよかったなと思いました」
もしもレコードの形をした皿に盛り付けるとしたら?――「7inch PLATE」は料理人に対するそうした問いかけを形にしたものともいえるだろう。料理人をインスパイアすることで、通常の皿にはないグルーヴが生まれる。当然、そうしたグルーヴは食べる側の意識も変えるはずだ。
なお、鮮やかな藍色はPEOPLEAPのテーマカラーでもある。そこには自分たちのプロダクトとクリエイターたちの表現を海外に届けるという明確なヴィジョンが表現されている。
比留間太一「第一弾のときは自分たちの表現を海外に届けるという意識を強く持っている方々に声をかけたんです。僕らのなかでは日本をレペゼンするという意識があって、ジャパンブルーの藍色にしたんです」
PEOPLEAPはヒトをつなぐ潤滑油に
PEOPLEAPの最新シリーズは、昨年の7月からスタートした「THE SWEETEST TABOO」。週に1回のペースで新製品を発売し、約1年間そのペースを継続するという壮大なプロジェクトである。
比留間太一「コロナ禍に入ってから、伝統工芸品の産地も発注が減ってしまったりと、厳しい状況に直面しているというんですね。そうした状況に対して何かしらできないかという思いがありました。僕ら自身の話でもあるし、クリエイターの話でもあるんですけど、一番重要なのはアクションを止めないということだと思う。僕らが関わることで、次に繋げる動きを作り出せるんじゃないかと思ったんです」
藍染窯の職人たちと日々コミュニケーションをとっている石峰はこう話す。
石峰英徳「藍染窯だけじゃなくいくつもの業者が入ってるんですけど、そのひとつが廃業してしまうとすごく大変で。『仕事がないよりも全然助かる』と言ってましたね。工場を回すことが大事なんです」
2015年の「7inch PLATE」シリーズではゼロから音源とミュージックビデオを制作したが、それに対して今回の「THE SWEETEST TABOO」シリーズではさまざまな表現者がプレイリストを作成し、各デザイナーがその世界観を解釈してデザインに落とし込むという制作スタイルが取られている。
比留間太一「昔、好きな女の子に勝手にカセットを作って気持ち悪がられたりしたじゃないですか(笑)。あの文化、めっちゃいいよねという話をみんなでしていたんです。プレイリスト文化が復活したときに、これはもしかしたら昔カセットテープでやってたことができるんじゃないかと。しかもツールとしてはめちゃくちゃ楽で、誰でも使える。その発想から今回のシリーズが始まりました」
選曲を手がけたプレイリスターはさまざま。ミュージシャン、ダンサー、デザイナー、DJ、ライター、落語家、飲食店店主、書道家、スタイリストなどなど、その顔ぶれは音楽関係者だけに留まらない。
比留間太一「プレイリスターのなかには誰か個人に向けて選曲したという人もいるし、もう少し大きなテーマを考えてくれた人もいます。僕らとしては、このコロナ禍の状況のなかで親密な関係作りをめざしたいなと考えていました」
コロナ禍において、対個人の表現が切実さを増している。シンガーソングライターであれば、極端に大きな物語を歌うのではなく、個人に向けられたプライベートな表現がふたたびリアリティーを持ちつつあるのだ。人の繋がりが切り離されたパンデミック以降、多くの人々がそうした表現を求めているということもあるだろう。個人同士でやりとりされる贈り物や手紙のイメージを重ね合わせた「THE SWEETEST TABOO」シリーズは、そうした現状のなかで重要な意義を持っている。
去年の7月から始まった「THE SWEETEST TABOO」シリーズは、この夏ゴールを迎えることになる。その後のPEOPLEAPはどこに向かっていくのだろうか?
比留間太一「全種類のパッケージングを見せるイベントをやりたいと思っています。今回は関わってる方がすごく多いんですよ。代官山の末ぜんという定食屋さんや中目黒のジョイというスナックのように、飲食店も関わってくれています。そういったところと連動しながら、その場に合ったコンテンツを何かしら一緒に作っていく。最終的にはそういうことをやりたいと思っています」
須田伸一「PEOPLEAPの『LEAP』というのは『飛び火する』という意味で、知らない人同士が繋がっていくというイメージがあるんです。僕らはちょっとしたギフトとして人にあげられるものを目指していて、そのギフトを受け取った人がプレイリストを通して新しい音楽と出会うことになるとおもしろいんじゃないかなと思っています。ギフトを受け取ったことで波佐見焼のことに関心が出てきたり、長崎に行ってみたくなったり、いろんな形でおもしろがってもらえたら嬉しいですね」
音楽やアートが潤滑油となって新しい関係を生み出し、さらなる循環を生み出していく。そこに料理を盛り付ければ、新たな関係を生み出すことにもなるだろう。PEOPLEAPのヴィジョンには、そのように表現と関係性が次々に飛び火していくイメージがある。PEOPLEAPのプロダクトはまさに無限の可能性を秘めているのだ。