押しも押されもせぬ王者の風格が漂う歌声。ドメスティックポップにR&B、ハウス/ディスコにロックなどを吸収した多彩な音楽性。そして、陽の当たる場所もダークサイドもとらえた表現力。2020年にアルバム『Re:I』をリリースしてから、今年1月に放送されたドラマ『君と世界が終わる日に』の挿入歌“Not the End”の流れのなかで、安田レイは劇的と言っていいほどの進化を遂げた。
そんな安田が早くも、新作EP『It’s you』をリリース。今作は、JQ from Nulbarich、TENDRE、tofubeats、H ZETTRIOと、キャリア史上初の尊敬するアーティストとのコラボレーション曲のみで構成された意欲作だ。なかでもJQがプロデュースしたタイトル曲と、TENDREがプロデュースを手掛けた“blank sky”は目を見張るものがある。これまでは足し算的な表現のイメージが強かった彼女が、シンプルなサウンドと泣きのサビに頼らないメロディという引き算の発想により新たな魅力の扉を開いている。そこにあった深みや優しさや包容力を増した歌声が向かう未来は、きっと明るいだろう。
INTERVIEW:安田レイ
CDからサブスクリプション
音楽との向き合い方の変化
──安田さんが元気ロケッツに参加したのが2007年。この年は、初代iPhoneが発売された年で、Twitterは2年目。翌年にはスウェーデンでSpotifyのサービスが始まっているんです。そう考えると、インターネット/ソーシャルメディアや音楽シーンの激動期を、メジャーレーベルのアーティストとして活動してこられたんだなと。
元気ロケッツのオーディションを受けたのが13歳で、デビューしたのが14歳でした。当時はまだ子供だったから、世の中が大きく動きそうな予兆みたいなものは感じ取れていなかったですね。iPhoneやTwitterも「言われてみれば確かに」くらいの感じで、Spotifyのようなサブスク型の音楽配信サービスを知ったのも、2010年代に入ってしばらくしてからのこと。でも振り返ってみて、「けっこう激しい時代を駆け抜けてきたんだな」って思います。
──そんな時代のなかで、安田さんにとって最も大きな変化は何でしたか?
サブスクで音楽を聴くようになったことですね。おかげでその後の私の人生が豊かになりました。元気ロケッツでデビューする小中学生の頃は、まだフィジカルが強くて、私も近所のDORAMAというレンタルCDショップに行ってました。そこでCDを借りて繰り返し聴いたり、お小遣いを貯めて買ったCD1枚と毎日何時間も向き合ったりしていたんです。音源を所有することってすごく価値のあることだし、私はCDが売れなくなっていく時代の流れをアーティストとして過ごしてきたから、寂しい気持ちもありつつですけど。
──サブスクのおかげでどのように人生が豊かになったのでしょうか。
私はもともといろんな音楽を聴くことが好きで、それがアーティスト活動にも生きてくるタイプなんです。そのなかでサブスクは、好きなアーティストの関連アーティストを辿ったり、誰かの作ったプレイリストを聴いたり、いろんな楽しみ方ができる。それによって好きな音楽のジャンルや年代が広がったことが、表現に作用している部分はかなり大きくて。あとは、サブスクで安田レイの音楽に出会ってライブまで来てくださったという方もたくさんいらっしゃいますし、「人生が豊かになった」というのはそういうことですね。
──ひとつひとつの音源を購入するよりもはるかに、さまざまな音楽にアクセスしやすくなったことは大きなメリットですよね。
私は自分の好きな音楽を人におすすめすることも好きで、『CITY GIRLS MUSIC』というラジオ番組もやっているんですけど、そこでもサブスクがあることは大きいです。それまでには考えられなかったスピード感で音源を掘ることができる。そして興味が湧いたアーティストがいたら次はSNSに飛んでみると、どこでライブをやっていて、どんなファッションが好みとか、ある程度わかるじゃないですか。それですぐに直接DMを送ってゲスト出演していただくこともあります。
──SNSについてはどうお考えですか?
アーティストが普段の生活や思想をダイレクトに伝えられるツールですね。それによって変な誤解を生む可能性もあるし、「そんな話は聞きたくなかった」と思われる方もいるでしょうから一長一短ですけど、「私からあなたへ」みたいな感じでアーティストとファンとの距離感が縮まるのは、いいことだと思います。
キャラクターイメージとのギャップ
自分に向き合い見つけた表現方法
──そういった安田さんの経験や考え方が、作品に反映されて大きな進化を遂げたのが2020年~2021年だと思うんです。音楽性の幅が大きく広がったアルバム『Re:I』(2020年3月)からシングル“through the dark”、“Not the End”の流れに、明らかなネクストフェーズを感じました。
確かに、2020年前後は変化の時期だったように思います。元気ロケッツのころはまだ右も左もわからなくて、とにかく必死に歌うことが楽しかったし、歌える環境があることがありがたかった。そこから20歳になって安田レイとしてソロデビューして今は28歳。当初と今では聴く音楽もやりたいことも、広がってくるし変わってくる。そんななかで20代前半頃の私って、ポップで明るくて希望に溢れた「太陽が暖かい朝」みたいなイメージと思うんです。
──はい。そういうイメージは強かったです。
もちろんそれは嘘ではないし、今でも明るくて元気な安田レイはちゃんと存在するので、大きなジレンマを抱えながらキャラクターを演じていたわけではないんです。けれど、その一方で私の太陽の部分ではなく、闇のなかにある月の部分を伝えたいとも思っていました。
──ではなぜ月を出さなかったのでしょうか。
ずっと太陽を中心にやってきたからアウトプットの方法がわからなかったんです。そこから精神的に大人の階段を登りながら、サブスクでいろんなジャンルの曲に触れたり、周りの人たちの話を聞いたりすることで、「こんなやり方もあるんだ」って、だんだんと見えてきました。そして私の表現に、それまでよりも大きな変化が起こり始めたのがここ2年くらい。最初はファンの方々に受け入れてもらえるかどうか、少し不安もありました。でも昔も今もどの曲も、私のなかにある真実だし、「そんな一面もあったんだね」ってポジティブな声も多くいただけたので、リリースしてよかったと思います。
──なかでも大きかったのが“Not the End”なんじゃないかと。ドラマ『君と世界が終わる日に』の挿入歌で、ドラマの内容とリンクした、安田レイ史上もっとも生々しい歌詞が響きました。これまで以上に多くの人に安田さんの音楽が届く大きなきっかけにもなりましたよね?
そうですね。本当に感謝しています。この曲はドラマのために書き下ろした楽曲で、人々がウイルスに感染しゾンビと化していくなかでの愛憎劇ですが、コロナ禍と重なる部分もあったから、私なりにコロナに対する想いを歌詞にしたというか。コロナについて言及することを避けられない状況で。事務所の部屋に缶詰め状態で悩みに悩みながら、意味がわからないくらい書き直しを繰り返しました。ドラマの放送が2021年の1月からでしたが、それより前のこの曲を作っていた時期は、もっと先が見えないきつい日々だったじゃないですか。
──私もそうとう辛かったです。
すごくデリケートな問題なので、自分が強く思っていることが正解なのかどうかという大きな自問自答のなかで書かなければいけない。だからと言って慎重になりすぎて、もはや私の言葉ではない当たり障りのない歌詞になってしまったら意味がない。
──そうですね。今になって歌詞を読み返してみてどう思いますか?
しんどかったけど向き合った甲斐はありました。世界の中心で叫んでいるような爆発力や一人ぼっちの寂しさ、どれだけ考えてもどうしていいのかわからない葛藤など、いろんな感情を生々しく描き出すことができたと思います。
──1つの時代の記録が強く刻まれた歌詞だと思います。音楽的にも、『Re:I』~“Not the End”の期間はすごく興味深く、圧倒的な歌唱力をもって、メインストリームもオルタナティブも飲み込んだポップスやR&B、ハウスやロックなどを展開しています。この一連の流れは、シーア(SIA)やホールジー(Halsey)をロールモデルにしているかもしれないと感じたのですが、いかがですか?
シーアも、ホールジーも、すごくリスペクトしています。引き合いに出していただいただけでも嬉しいですし、恐れ多いです。さっき話したことと重なりますが、私はいろんな音楽を聴くことが好きで、世界的なアーティストや国内のアーティストから多大な影響を受けています。そういったインプットの賜物なのかどうなのかはわからないんですけど、最近自分の声が変わってきたように思うんですよね。「声変わりした?」っていうくらい、昔だったら絶対に出せない声が出ている。意識的に声を変えようとしたわけではないのに、不思議ですよね。
表現の幅を広げ制作したコラボEP『It’s you』
──表現の幅を広げた安田さんの次なるチャレンジが、今回のEP『It’s you』。初の外部アーティストとのコラボレーションのみで構成されたEPですが、なぜそうしようと思ったのですか。
1曲ずつ別のアーティストとコラボさせてもらうことで、これまでとはまた違った景色を見たかったし、それを見てもらいたかったんです。そこで浮かんだのがNulbarichのJQさんとTENDREさんでした。お二人の曲はラジオでもよくかけていましたし、JQさんにはゲストでも何度か来てもらっていて。いつか一緒にやりたいと思っていたのでオファーしたら、幸運なことに受けてもらえました。
──では、まずJQさんがプロデューサーを務めたタイトル曲、“It’s you”について。JQさんのどんなところに惹かれてオファーしたのですか?
音楽性やアーティストとしての存在感も含めて、さまざまな音楽/カルチャーへのリスペクトをJQさんにしかできない表現に昇華しているところですね。まさに私の理想。実際に一緒にレコーディングしてみて思ったのは、ミステリアスでいてフランクで、エッジもある、多面的な魅力を持った方だなって。我が道を貫きつつもみんなが納得できるラインを探るバランサー的な側面もあって勉強になりました。
──「プロデューサー」という言葉がぴったりの方ですね。お二人でどのようなイメージを持って制作に臨んだのでしょうか。
サウンドや曲調については、そのときの趣味や起伏が激しかった精神状態もあって、サビが「ドンッ!」とくるような壮大な感じではなく、音数が少なくパーソナルで繊細な曲にしたいとJQさんに話しました。そしたら「今っぽくていいと思う」って、私の気持ちを汲んだトラックを作ってくださったんです。歌詞は、コロナ禍で1人だけの時間が増えたことで気が沈んでいくことが多かったので、自己肯定感を高める曲にしたようと思って取り組んだんですけど……。
──「けど」どうなったのですか?
レコーディングを通して出てくる言葉が変わってきたんです。自己肯定感を高めるために、自分で自分を愛でるような言葉が削ぎ落とされていって、タイトルの“It’s you”とかは、気がついたら「これ、誰かに向かって言ってない?」みたいな言葉ばかりが浮かんでくるように。たぶんコロナという不安を抱えながら1人でいるのが寂しくて、誰かとの繋がりを求めていたんでしょうね。それを私は「自己肯定感が低い」と、ある意味では誤認していたんだと思います。
──その感覚、わかる気がします。人と会ったときに「これだったんだ」と思った瞬間、私にもありましたから。
まさにそういうことかもしれません。たぶん1人で作っていたら、どんどんパーソナルな方向に向かっていたと思うんですけど、そこに新しい風としてJQさんがいたことで、自分がコミュニケーションを求めていたことに気がついた。でも、最初に言っていたこととは違うから「これでいいんですかね?」ってJQさんに聞いたら、「それがきっとレイちゃんのほんとうに言いたいことなんだよ」って。JQさんによって導かれた優しくも強さもあるポップソングになったと思います。
安田レイ – It’s you produced by JQ from Nulbarich
──2曲目はTENDREさんをアレンジャーに迎えた“blank sky”。こういったコンテンポラリーな装いも90年代的なノスタルジーもあるスムースなR&Bは、これまでの安田さんの作品にはなかったタイプの曲ですよね? それによって安田さんの歌声の新たな魅力が引き出されていることが印象的でした。ソフトでナチュラルで、余韻が気持ちよくて。
ありがとうございます。この曲、実はライブでは披露したことがあるんです。その時はシンプルなフレーズをピアノで繰り返してそこにメロディを乗せただけの曲でした。ピアノはぜんぜん上手くないので、よく人前でやったなと(笑)。
──それだけお気に入りだったんですね。
そうですね。ライブを観てくださったお客さんからも「また聴きたい」という感想をいただいたので、いつか音源化したいと思っていました。すごくシンプルで柔らかくて暖かい曲。ここにもしTENDREさんの魔法がかかったら、さらに魅力的な曲になるんじゃないかと思ってアレンジを依頼したら、想像以上のめちゃくちゃかっこいいトラックが返ってきました。
──TENDREさんのコーラスも絶妙に効いています。
TENDREさんの声が大好きなんです。でも、今回はアレンジャーとしてオファーしたのでTENDREさんの声を入れる予定はなくて、そのままレコーディングを進めていたんですけど、どうしても歌ってもらいたい気持ちが抑えられなくなりました。それで、作業も終盤に差し掛かった頃にダメ元でお願いしてみたら、快く引き受けてくださって。中心にある私の声を包み込む上質な羽毛布団のようコーラス。私が求めていた曲の暖かみ以上のものが出たと思います。
──“blank sky”はライブで観るのも楽しみな曲。前半はキックの音が少ないので、そこを安田さんがどう乗りこなすのかが楽しみです。
そうですね。Aメロは頼れるリズムの音が少なくて難しい。でも、それはライブならではのアレンジができる余白が多いということなので、楽しみにしています。11月21日(月)のビルボードライブ東京で初披露するので、期待してください!
──3曲目は既発曲から、BONNIE PINKの“A Perfect Sky”をtofubeatsのアレンジで。原曲より少しテンポが速いくらいの原曲に沿った流れにtofubeatsさんならではのサウンドが光ります。
最初はもっとテンポが速かったんですけど、口がこんがらがっちゃって(笑)。BONNIE PINKさんは10代の頃からずっと好きで、ライブもよくカバーしていました。原曲はアネッサのCMソングとしても使用されていて、私のバージョンも「#アネッサおうちで夏フォトチャレンジ」とのタイアップなんですけど、ラジオで歌ったことがきっかけで、声をかけていただきました。リスペクトするアーティストの曲をtofubeatsさんの力をお借りして音源化できて、ほんとうに嬉しかったです。
──最後はYouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』で披露された、2014年のシングル“Brand New Day”を、H ZETTRIOの演奏によってセルフカバーした音源です。
『THE FIRST TAKE』は本当にやり直しなしの1発録り。しかもそれぞれのブースからの歌と演奏だからアイコンタクトができないんです。私はけっこうあがり症で、自分のライブでもよく歌詞が飛んで「戻ってこい」とか思いながらごまかしたりするので、不安しかなかったんですけど、奇跡的に歌詞も間違えずにピッチもしっかり取れました。よく「ゾーンに入る」って言うじゃないですか。その感覚を始めて経験したかもしれません。H ZETTRIOはジャズの方々なので、言わばこういう状況のプロ。アイコンタクトはできないけれど心の眼を通して、私に合わせながら導いてくださったんじゃないかと思います。
-YouTube-
THE FIRST TAKE
安田レイ-Brand New Day
feat.H ZETTRIO
──初のコラボEPは、それ自体の内容が素晴らしかったことに加えて、安田さんの未来が楽しみになる作品でもありました。なので、これからやっていきたいことについて教えていただけますか?
昔も今もこれからも、一貫してポップスであることは大事にしていきたいと思っています。そのなかで、自分のルーツであるR&Bや、ふだん聴いているさまざまなジャンルの音楽性を打ち出していきたいですね。“It’s you”のところで話しましたけど、JQさんのような、好きなカルチャーへのリスペクトに自分のフィルターを通して、新たな表現を生み出すことができるアーティストになれるように頑張ります。そして今までのファンの方々のことを大切に想うことはもちろん、もっと多くの方々にも安田レイの音楽を知ってもらいたい。私は欲張りなんだなって、つくづく思いますね(笑)。
Text:TAISHI IWAMI
Photo:Naoki Usuda
PROFILE
安田レイ
1993年4月15日、アメリカ・ノースカロライナ州生まれ。 3歳で日本ヘ10歳の頃、母親が聴いていた宇多田ヒカルに衝撃を受けてシンガーを志す。 13 歳で音楽ユニット『元気ロケッツ』に参加。 2013年、「自身の歌声をもっともっとたくさんの人々の心に直接届けたい』という強い想いを胸に、同年7月シングル「Best of My Love」にてソロシンガーとしてデビュー。 その後も、ドラマやアニメ主題歌、CM タイアップ曲など、話題の楽曲を次々とリリース。2015年11月にリリースした「あしたいろ」は、TBS 系ドラマ「結婚式の前日に」主題歌として共感を呼び、 その年の活躍が認められ、「第57回輝く!日本レコード大賞」新人賞も受賞。 2021年2月リリースの「Not the End」が、日テレ・Hulu 共同製作ドラマ「君と世界が終わる日に」挿入歌とし てオンエア。各配信サイトのチャートで上位にランクイン、自身最大の配信ヒットとなる。3月にはアーティストの一発撮りを鮮明に切り取る YouTube チャンネル「THE FIRST TAKE」にも出演し、その歌声に高い評価を受けた。 これまでにリリースしたアルバム 3 作全てが iTunes にて J-POP チャート TOP10 入りを果たしており、さらなる活躍が期待されている。
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RELEASE INFORMATION
It’s you
2021年11月3日(木)
安田レイ
初回生産限定盤(CD+BD):SECL 2710-1 ¥2,500(tax incl.)
通常盤(CD):SECL 2712 ¥2,000(tax incl.)
[CD]
01. It’s you produced by JQ from Nulbarich
02. blank sky produced by TENDRE
03. A Perfect Sky arranged by tofubeats ※アネッサ「#おうちで夏フォトチャレンジ」キャンペーンソング
04. Brand New Day feat. H ZETTRIO – From THE FIRST TAKE
EVENT INFORMATION
Rei Yasuda Live 2021 “It’s you”
2021年11月21(日)
[1st]OPEN 14:00/CLOSE 15:00 [2nd]OPEN 17:00/CLOSE 18:00
LINE UP:安田レイ、JQ from Nulbarich
ビルボードライブ東京
Service Area : ¥6,400 (2) / Casual Area : ¥5,900
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