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──ROTH BART BARONの由来は?

三船 僕が幼稚園のときに『白鳥の湖』を演劇でやったんですね。『ブラック・スワン』っていうナタリー・ポートマン主演の映画があったじゃないですか。お姫様たちを白鳥に変えてしまう悪魔の名前がROTH BART(ロットバルト)なんです。唯一の悪役を幼稚園の先生に「やって」と指名されて、みんなは舞踏会とかで踊っているのに僕だけ死ぬんですよ(笑)。

──あはは。ROTH BART BARONはサウンド面でいうと、フリート・フォクシーズをはじめ、ボン・イヴェール、ベイルートを引き合いに出されますが、ニコ・マーリー、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズなどの生楽器を多彩に使ったチェンバーポップとも親和性があるなと感じていて。

三船 単純に好きですし、僕らの中に共通してあるものですね。僕は古い音楽が好きで、バンドが動き出した頃からアメリカの同世代の若いミュージシャンたちが古い音楽を聴いていながらも、今の解釈でやっているっていう爆発が起きていることを知って。僕にはそれがすごく楽しそうに映ったんです。周りにいわゆるフォーク界隈とかの話ができる友達がいなくて、「おっさんが好きそうな音楽ばかりを聴いていて大丈夫なのかな……。」と思っていたときに、平然とそこにルーツを持って、僕と同じ道を辿っている人たちが売れていて、アルバムを出して、ツアーを回っていた。それを見て、このままでいいんだと勇気をもらったという体験が大きかったのかもしれないです。

Fleet Foxes – “The Shrine/An Argument” – Pitchfork Music Festival 2011

──日本を見渡しても、ROTH BART BARONと同じようなアプローチ、表現をやっているミュージシャンを見つけるのは難しいんですよね。特徴が出ている一方で、どんなシーンでやってきた人たちなのか、その出所はミステリアスな感じがするんですよ。

三船 僕らには「下北沢でやっています!」みたいなシーンがなかったので、色が付いていない感じがあるのかもしれないですね。あまりライブハウスの感覚を好きになれなくて、もちろん沢山いいところもあるんですけれど、ただ音楽を観に来るだけの場所というか。そこに集まるんじゃなくて、その出演者だけを観に来るっていう感覚がします。再入場もないし、対バンで逃げ場もなく5バンドもずっと観なくてはいけない。自分の好きなライブを観たいはずなのに、そこにいるだけで疲れてしまうんですよね。そういうことに違和感を覚えつつやっていたところはあります。

──どんな場所でライブをやっていたんですか。

三船 最初は渋谷のLa.mamaでやっていました。ブッキングマネージャーの方がすごく僕らに良くしてくれて僕らのスタジオ練習を観に来てくれたり、音作りを分からなかった僕らにいろいろとアドバイスをくれたんです。そういう出会いが大きくて、La.mamaでやるようになったんですよね。後になって分かったのは、La.mamaにはそういった色がないということで。

中原 僕らはそういうストリームに飲まれなかったというか。とにかくマイペースにやってきていて。

──どこにも属さない、フラットな感じがありますね。プロフィール上は中原さんと三船さんの2人表記ですが、作品やライブには3人のサポートメンバーが参加しているじゃないですか。バンドをやっているという感覚なのか、デュオをやっているという感覚なのか、どちらですか。

三船 デュオではないですね。デュオとかユニットとか言われますけれど、もうちょっとフィジカルな要素が強いと思っていて。

──他のメンバーの人たちも含めてROTH BART BARONという意識?

中原 そうですね。

──なるほど。ここからは1stアルバム『ロットバルトバロンの氷河期(ROTH BART BARON’S “The Ice Age”)』の話を聞いていきたいんですが、先ほど挙げた固有名詞の有機的な響きの音楽は、日本人ではなかなか生み出せない世界観のものだと思っていて。風景も北の方角の冬の枯れた感じというか。これから緑が色付いていく感じが思い浮かぶんです。それが東京出身の2人から出て来ていることはすごく新鮮なんですよね。

三船 ずっと東京育ちの僕には、正月に実家に帰るとか、それ以前に実家という感覚が分から なければ、上京するという感覚も分からないんですよ。お正月に皆が実家に帰って人がいなく なるような瞬間から、自分に東京という実感が戻ってきたりしますし、 そういう感覚がすごく好きなんです。東京出身でも都心に来ると疲れますし、かといって、下 町とか西東京の商店街ほどの明治時代とか戦後の質感を纏ってもいないですし、東京っぽい明 確なアイデンティティもないんです。

中原 これが東京らしさなのか分からないけど、東京は色んな人がいて、沢山の接点がある場所じゃないですか。

──そうですね。沢山の人が交わるからこそ、新しい流行やカルチャーが生み出されるんだと思います。お話を聞く限り、『ロットバルトバロンの氷河期』から僕が感じた風景描写は、意識していないものですか。

三船 意識していないですね。タイトルは『氷河期』となっていますけど、バンドとして明確に景色を再現しようという意図もないですし、僕らはそういった目的で集まった連中じゃないから、割と「こんないい曲が出来たからやろう」みたいな自然な感じなんです。

──タイトルに「氷河期」という言葉を選んだ理由は?

三船 前作の『化け物山と合唱団』を作った後に、ずっと言葉を泳がせておいたら「氷河期」が浮かんできて、これは考えるに値する面白い言葉だなと。とりあえずタイトルも決めずに曲を作っていったら、いつの間にか「氷河期」に向かっていったというか。その名のもとに一つ筋の通った、映画のような直接感のあるタイトルになっていかざるを得なくなって。

中原 今回のアルバム自体がすごく余白が入っている作品なんですけれど、自分で考える余白であったり、スペース的な広さであったり、「氷河期」って真っ白なイメージで自分がこれから塗っていけるというか。僕はそれをスタートだと捉えて、今回のレコーディングに臨みました。

──曲タイトルには洋題と邦題を併記してありますが、曲は日本語詞で統一されていますよね。

三船 さっきの東京の話と同じで、日本人だからという意識もないですし、日本語で歌うのも僕にとっては自然な行為というか。僕は人が歌う「ソング」が好きだから、クラシックとかも好きだけれど、最終的に行き着くところは人が歌う「ソング」だなと信じていて。言葉と音楽は相反するとよく言われますけど、上手くお互いの歩幅を合わせることで歩いていけるというか。その良いバランスを探していきたいですね。

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Qetic編集部

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