卒園ソングをテーマにした“さくらびより”がYouTubeで話題を呼びメジャーデビュー。その後に瑛人のプロデュースをはじめ向井太一やSIRUPとのコラボレーションなどでも話題の、シンガーソングライターのRUNG HYANG(ルンヒャン)が、5曲入りのニューEP『AROMATIC』をリリースした。
前作『ROMANTIA』から1年ぶりとなる本作には、今年に入って4カ月連続リリースしてきたシングルが全て収録されている。さらに、TENDREこと河原太朗をプロデューサーに迎え、デュエットを聞かせる暖かくソウルフルな新曲“ANY DAY”を追加。「大人よ遊べ」をテーマに、歳を重ねることの楽しさやしんどさ、豊かさを綴った楽曲たちが詰め込まれた1枚に仕上がっている。今回、TENDREとのコラボはどのようにして始まったのか。楽曲制作はどのようなプロセスで行われたのか、2人に振り返ってもらった。
対談:
RUNG HYANG×TENDRE
──そもそもお二人の交流はどのように始まったのですか?
ルンヒャン 最初はSIRUPの家だったよね?
TENDRE そうか、そうでしたね。
──お互いのことは知っていましたか?
ルンヒャン 一方的に知っていましたし愛聴していました。なので、初めて会ったときは「あ、本物だ」と思いましたね(笑)。
TENDRE 僕ももちろん、楽曲は聴いていました。凛としたところがありつつ、すごく澄んだ歌声を持っている方だなと思っていましたね。シンガーとして凄く強固な芯を持ちつつも、作る楽曲にはしなやかなユーモアや柔軟な姿勢があって。お会いした時も、その歌声や作品どおりの方だなという印象でした。
ルンヒャン ありがとうございます(笑)。TENDREさんとは、どこかのタイミングで是非ご一緒したいとずっと思っていたんです。楽曲はもちろん、歌詞もサウンドも歌声も、ただただ好きな人だったので。それに、彼の曲作りにも興味がありました。どんな哲学を持って音楽に向き合っているのか、どんなアプローチであの楽曲たちが生まれるのか、間近で見て勉強したいと思ってずっとチャンスを狙っていました。
TENDRE お互い、誉め倒しですね。
ルンヒャン 今日はこの調子で最後までいきましょう(笑)。
──(笑)。4ヶ月連続でシングルを配信リリースして、最後にTENDREさんとの描き下ろしの新曲を入れてEPで出す、というところまで決めていたのですか?
ルンヒャン はい。ここ最近は「大人」をテーマにずっと作品を作っていたんです。というのも、今の日本って10代、20代で花火のように打ち上がり、あとは落ちていくだけという考え方が主流になっている気がするんですね。私たちのいる音楽業界も、いつまでにデビューして、いつまでにネクストステージを考えなければいけないような風潮がありますし。でも、人って30代、40代と歳を重ねるにつれて向き合う問題や、関わってくる環境も変化していくし、そのたびに心の拠り所となるものが絶対に必要じゃないですか。
──とてもよくわかります。特に日本はルッキズムやエイジズムが相変わらず根深く存在している気がします。
ルンヒャン 大人が心を満たされたり、ハッピーな気持ちになったりするほど、それが次の世代にも受け継がれていくと思うんです。大人になることがつまらないとか、「終わっていく」みたいな感覚になっている若い世代に、大人になることが楽しみだと思ってほしいし、そう思ってもらえるような世界観を、音楽でも作っていきたかったんですよね。
──実際の制作のプロセスは?
ルンヒャン 今年の初夏くらいだったかな、スタジオとかではなく自宅で作業を始めました。「いつもルンヒャンはどこで制作してるの?」と聞くので、「大抵はリビングの食卓に、パソコンを置いて作業してるんだ」と話したら、「じゃあそこへ行って、そこからの景色を見ながら作りましょう」と提案してくれました。「曲調をどうする?」とか、「サウンドはどんな感じ?」みたいな話よりも、まずお互いの思っていること、感じていることを一度すり合わせしましょうって。
「ここ最近はずっと体が疲れてるんだよね」みたいな、ほとんど雑談レベルの話をいろいろしましたね。「SNS疲れ」というか……普段はあまり情報に振り回されたりしないんだけど、最近は急にネガティブになったり。「大抵は一晩寝たら復活するはずなのに、次の日までブルーな気持ちが続いていることが多くて」みたいな話をしたら、「ああ、実は俺もそんな時期だわ」って。
TENDRE その頃は「気合が入んねえな」みたいな時期が続いたんですよ。話しながら、逆に最近は「ポジティブであること」、「自己肯定感を上げていくこと」に疲れているよねって。ルンヒャンさんと話しながら、そういう自分を見つけたし、そういえば周りの友人もみんなそんな感じだったなと気づいたんです。
ルンヒャン お腹が空いたらキッチンで海苔巻きを作ったりしながらね。
TENDRE 韓国風の海苔巻きを「キンパ」っていうんでしたっけ。めちゃくちゃ美味しかったです(笑)。
──今回、TENDREさんにプロデュースをしてもらってどうでした?
ルンヒャン 歌い手でもあるTENDREに、ボーカルディレクションをしていただくのは自分にとってすごく新鮮でしたね。歌詞の言葉一つにしても、例えば〈眠れなくて〉とか〈いつか愛せるよ〉と書いていたものを〈眠れないの〉、〈いつか愛せるの〉と語尾を置き換えた方が、印象が丸くなるし、馴染みがいいかもって提案されたんです。私、普段はどちらかというと中性的に歌詞を書くことが多いのですが、それをどちらかというと女性的な柔らかさを感じる表現にしたり、歌い方もアタックを強めたり弱めたりして。かなり細かいところまでこだわっていただきながら、すごく奥行きのあるプロデュースをしてもらったなと思いました。
──これまでの表現スタイルを変えることに、抵抗はありませんでしたか?
ルンヒャン 抵抗というか、ちょっと恥ずかしいなという気持ちは最初正直ありました(笑)。
TENDRE 「女性らしさ」を出したかったというわけでもないんですよ。僕自身、〈〜なの〉みたいな言い回しはわりとする方なので。例えば〈いつか愛せるよ〉だとすごく強くて自己完結的だけど、〈いつか愛せるの〉だと柔らかく、少しだけ問いかけというか曖昧なニュアンスも残されている気がしたんですよね。それをルンヒャンさんに表現してもらったらどうなるだろう、という興味もあってリクエストしてみたわけです。
ルンヒャン ありがたかったです。というのも、基本的に私は私自身のことを疑っているというか、そんなに信じていなくて。例えば、「この服は自分では似合っている」と思っている、もしくは「この服は自分には似合わない」と思っていても、ちょっと角度を変えると変わるかもしれないと常日頃考えているので、私に対する第三者からの客観的な視点やサジェスチョンには、なるべく乗っかっていきたいんですよね。実際、語尾一つを変えるのも、自分にとってはものすごく大きなことでした。普段着ない服にトライしてみるような感覚というか。しかも、実際にやってみたらすごく良くなったので、さすがTENDREと思いましたね。
──デュエットしてみた感触はいかがでした?
ルンヒャン しっくりくるのは、やる前からある程度わかっていました。以前、私のラジオ番組にゲストで出ていただいた時に、リスナーからのお題に対して一緒に即興で歌うということをやったことがあって。その時にすごくいい感じだったんですよ。ここぞというところではしっかり主張をしつつ、引くところはちゃんと引くというのを絶妙な塩梅でやってくれたし、それが私のバランス感覚と似ていると感じました。なので、今回のデュエットも期待どおりのものになりましたね。
──ところで、この曲が収録されているEPに「香り」を意味する『AROMATIC』というタイトルをつけた理由は?
ルンヒャン 音楽って「香り」に似ていると思ったんです。目に見えなくて形もないけど、いつの間にか人の生活にスルッと入っていったり、曲によっては自分の人生の代名詞にもなったりするところとか。その人にとってはいい香りだったり、意味のある香りだったりしても、他の人にとってはそうでもなかったりするように、このEPに入っている楽曲たちが、それぞれの香りを発していて、それがある人の生活にフィットしたり、またある人の記憶を蘇らせたりするEPになったらいいなという思いからこのタイトルを付けました。
──冒頭曲“オトナの時間”は、「大人よ遊べ」がテーマです。お二人は大人になってよかったことや、大人になったからできることというと、どんなことを思い浮かべますか?
ルンヒャン 例えば「こういうことにお金を使いたい」とか、「こういう場所へ旅に行きたい」とか。子供の頃は、自分の体の小ささとか、親や周りの目を気にしてできなかったことが、自分の力で調整して実現することができるようになったのは、大人になって良かったと感じることの一つですね。こうやって自分の作品を作っている時も「この人とやりたいな」みたいな、実現に向けてただただひたむきに動けることもそう。今日は「いきなりステーキ」を食べたいなと思って、食べに行けることとかもね(笑)。
TENDRE 僕が「大人になって良かった」と思うのは、物事にそんなに動じなくなったことですね。それは、言い換えれば「強さ」にもなるけど、その一方で感動が薄れているんじゃないかと考えることが、最近は多々あります。動じなくなってきているからこそ、自分からもっと探究心を燃やしてワクワクするものを見つけていかなければと。今より若い頃は、無自覚にワクワクするものに飛び込んでいったところもあったんですよ。でも今、大人になって思うのは、意識的にワクワクを見つけて心が鈍くならないようにしたいということですね。
そう言えば先日、直島へ行って美術館巡りなどしていたんです。ライブをやりに地方へ行って、そのまま帰ってくるだけじゃなくて、例えば自分であてもなく「寄り道」をしてみることで、その場にいる人たちとの出会いがあるじゃないですか。そういう「寄り道」は、これからもたくさんしていこうと思うようになったのも、大人になって良かったことかな。
──“Floater”では、〈君にとっちゃ意味不明なんでしょうが こっちにとっちゃもうなんか気分上々Glow up〉という歌詞があります。他人には意味不明でも、自分にとっては最高に大切だしテンション上がることってありますよね?
ルンヒャン 歌詞にも書いたけど、スニーカーを履かずに箱買いする人とかね。家族や周囲からは「こんなの要らないでしょ」と言われても、「いやいや、この集めている行為が楽しいんだから」みたいな(笑)。帽子とか靴は、ちょっとしたデザインや色の違いでいくつも買い集めてしまうことは私もあります。
TENDRE それこそ楽器や機材も、知らない人からすれば「また同じようなもの買ってる」ってことになるかもしれないですよね。実際は一つひとつ全然違うし、その価値がわかる人にとってはめちゃめちゃ貴重なものでも。思えば古着もそういうところがあるかもしれない。現行品にはないデザインや柄、色にテンションが上がったりするじゃないですか。「今、逃したらもう二度と出会えないかもしれない」という一期一会の楽しさもある。
──そういう、自分のテンションを上げてくれるものを主体的に選び取っていけるのも「大人」の楽しみということかもしれないですね。“weakness”は、好きな人との曖昧な関係性に悩む主人公にそっと寄り添う歌詞です。
ルンヒャン 最近、曖昧な関係で悩んでいる人が多いなと感じるんですよ。関係性をはっきりさせたくないと考えるパートナーに悩んだり、自分以外のパートナーがいる人から「都合の良い相手」にされてしまったり。次に会ったら「No」を言おうと思っても、いざ会うと言えない。そんな心の「弱さ」についての曲です。でも、何でこういう曲を書こうと思ったんだろう……。
TENDRE なんかあったんですか?(笑)
ルンヒャン (笑)。でも間違いなく自分の恋愛観が含まれていると思うんですよ。人によってはそれを「正しくない」「間違っている」とジャッジするかもしれないようなことでも、当人からすれば「それは分かっているんだけど」みたいなことってあると思うんです。それに対し、否定も肯定もせずに曲にすることによって、悩んでいる人の気持ちに寄り添うことができるんじゃないかと思ったんです。きれいごとだけが世の中にあるわけではないし、みんな何かしら矛盾を抱えて生きているわけだから。そこもきちんと描きたかったし、これからも描いていきたいと思っていますね。
TENDRE 「弱さ」って、他人から「君は弱いね」なんてジャッジされたくないですよね。他人を「弱い」とジャッジなんてしたくないし。自分の中にある「弱さ」は自分で向き合うべきもの。それを乗り越えるのも自分にしかできないのではないかと。僕がもし「弱さ」について書くとしたら、自分の中にある「弱さ」をどうにか「強み」に変えられないかということを、模索しながら曲にしていくような気がします。うまく言えないですが。
RUNG HYANG 『weakness』(MV)
ルンヒャン そう言えば、最近TENDREがリリースしたEP『IN WONDER』の“COLORS”を聴いて、それを強く思いました。〈やめどきも自分次第〉という歌詞のフレーズとかは特にそう。
TENDRE ありがとうございます。そういうふうにも確かに取れるかもしれない。僕としてはあの曲は、人が思い描く「色」はそれぞれ違うということを歌いたかったんです。例えば人が思い描く「色」はそれぞれ違う。それを混ぜ合わせた時にきっと、それぞれが思っている「青」とは違う色になると思うんですよね。そのことをポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかは自分次第。それを〈やめどきも自分次第〉というフレーズに込めているんです。
ルンヒャン ああ、なるほどね。
──EPの最後に収録された“Our story”は、誰もが避けられない「死別」を歌った曲ですね。
ルンヒャン 私が主催するイベント<OTOGRAPHY>のゲストに、「TODAYFUL」デザイナーの吉田怜香ちゃんを呼んだときがあったんです。その時に「最近、一番悲しかったことは?」と聴いたら、自分の愛犬が病気になり安楽死させなければいけなくなったことだと言っていて。そのことをテーマにしようと思って書いたのがこの曲です。
自分も今ちょうど老犬と一緒に過ごしていて、そこに常に向き合っているので、当たり前の存在がいなくなるかもしれない。犬の代弁なんてできないし、その場しのぎの慰めの曲にはしたくなくて。自分もいつか死んでいくことを想像した時に、たとえ誰かがそばで見守ってくれていたとしても、怖くて仕方がないと思ったんですね。私たちって、生きている間は「見送る側」の体験しかしたことがない。でも、そんなふうに見送られる側の気持ちを考えた時に〈見送るのはお互い様〉というフレーズが出てきました。
──TENDREさんは表現する上で、ご自身の死生観は重要な要素になっていますか?
TENDRE なっていると思います。〈見送るのはお互い様〉は、確かに僕もよく考えることなんですよ。うちの両親はまだ健在で、母親とはよく「死」について話してます。「私が死んだ時は、この曲を歌ってよ」くらいの軽い会話なんですが(笑)。それに、ここ最近はミュージシャンの友人が亡くなることが続いたのもあるんですよね。亡くなり方も様々ですが、そこへ向かっていくことはみんな等しくあるわけで。それを踏まえた上で、そこまでをどう輝かしく生きていくか。ずっと考えていかなければいかないテーマでもあると思っていますし、考えながら作品を作り続けていきたいですね。
ルンヒャン 私、子供の頃に親が死ぬことを考えてメソメソ泣くくらい、昔は自分の周りの人みんなに死んでほしくなかったんですよ。
TENDRE 分かります。そういう時期ありましたね。
ルンヒャン 私の母は体が弱くて、地元に帰るたびに「もしかしたら、会えるのはこれが最後かもしれない」と思っていて。でも、子供の頃と少し気持ちが変わってきました。もちろん、死なれてしまうのは嫌だけど、大人になった今は彼らのことを「しっかりと見送ろう」という気持ちが強くなってきました。そのためにも今をしっかりと生きて、いろんな景色を見せたい。大人になるって、誰かの死を見送ることも大切な仕事なのだなと思うようになりました。
──これからもし、2人でコラボなどする機会があったらどんなことがしたいですか?
TENDRE 今回は落ち着いた、すごくいいムードで作品を作りましたけど、次はちょっとふざけたものもやってみたいですね(笑)。ふざけたというか、遊び心を感じさせるものを。
ルンヒャン そういうミュージックビデオがあったら楽しいでしょうね。今回のミュージックビデオはとてもシックな仕上がりで。TENDREは映画俳優のような趣なので、次はぜひおちゃらけた顔も見せてください(笑)。
RUNG HYANG 『ANY DAY feat. TENDRE』(MV)
Text:Takanori Kuroda
Photo:Nao Chinen
Hair & Make up:Shikie Murakami
衣装協力:YOKE, ALANDALA
INFORMATION
AROMATIC
2023.09.27(水)
RUNG HYANG
1. オトナの時間
2. Weakness
3. Floater
4. ANY DAY feat. TENDRE
5. Our story
AROMATIC RELEASE PARTY 2023
2023.11.22(水)大阪 心斎橋 CONPASS
key.コイチ B.浜崎州平 Cho.bane and more…
2023.12.12(火)東京 下北沢 ADRIFT
key.大樋祐大(SANABAGUN.)Dr,菅野知明 B.Shin Sakaino Cho.bane
開場 19:00/開演 19:30
前売 ¥4,500/当日 ¥5,000(+1D)
一般発売:10/28(土)10:00~スタンディング・整理券番号あり
主催:RUNG HYANG/YUMEBANCHI(大阪公演のみ)
お問い合わせ:YUMEBANCHI(大阪)06-6341-3525 <平日12:00〜17:00>