ストリーミング市場を中心に、急成長を遂げる中国音楽市場。「自分の音楽を中国のリスナーさんにも届けたい」と考えるバンドマンや音楽関係者の方も多いのでは?
今回お話を伺ったのは、中国上海市を拠点とするセレクト⾳楽レーベル〈Luuv Label〉のCEO、盧佳霊(ルー・ジァーリン)さん。
日本留学を経て、日中双方の文化を深く理解する盧さんは、中国国内にて日本、台湾のアーティストのイベントの企画ならびに、大手レーベルによる日本のアーティスト招聘プロジェクトにも参加するなど、中国国内の音楽事情を幅広く知る貴重な存在です。
そんな盧さんに、「中国へ進出したい場合まずは何をすれば良いか?」 「日本の音楽シーンから寄せられた質問」についてお聞きしました。
(聞き手:中村めぐみ @Tapitea_rec)
※当記事は2020年3月時点の情報です。
Profile:盧佳霊(ルー・ジァーリン)
Luuv Label CEO。
中国上海市出身、生年月日非公開。
小学生の頃「打口碟(読み:ダーコウディエ)」を売る闇市(ディープなお店)へ足を運んだのをきっかけに多くの海外の音楽に触れ、数年間「打口碟ディグ」をするのが日常に。
※打口碟とは?…主にアメリカから中国へ廃プラスチックの名目で輸入され、盤面の一部に穴が空けられた状態(=打口)で販売されていたCDのこと。
上海の大学を卒業後、外資大手広告代理店にて勤務する傍ら、自身もバンドマンとして2013年より日本・台湾など国外のアーティストを招いたフェスを企画。その後日本の立教大学大学院へ留学しMBAを取得。
大学院在学中に、2017年頃よりそれまでDIY活動であったLuuvLabelを本格創業し、2018年には坂本慎太郎、PAELLASなど日本アーティストの中国ツアーのブッキングを手掛ける。現在、evening cinemaの日中ソフトマネジメントも担当。
社長業のほか自身もバンドマンとして、Forsaken Autumn(バンド)、盧盧盧(ソロプロジェクト)にて音楽活動を展開する。
レーベル公式サイト|レーベル公式Twitter|Instagram
メディアの後押しにより注目を浴びるインディー・ロックシーン
ーー中国のカルチャーシーンで、インディーズ・ロックはどのような立ち位置でしょうか。
2019年にインディーズを中心としたロックバンドのオーディションテレビ番組『乐队的夏天(英文表記:The Big Band)』がはじまると、刺猬 Hedgehog、新裤子 New Pants、盘尼西林 Penicillin、痛仰 Miserable Faithなどの人気バンドが続々と誕生しました。
またこの番組に出演をきっかけにラグジュアリーブランドの広告に起用されるなど、露出のチャンスを獲得できたロックバンドも。かつて大人たちから「ロック=悪い人がするもの、よくわからないカルチャー」と思われていた中国のインディーズシーンは、メディアの後押しにより徐々に日の目を見るようになった、と言えるでしょう。
ーーなるほど、たとえば中国で人気のヒップホップカルチャーと比較するといかがでしょうか?
ヒップホップシーンの存在感にはまだ及びません。イベントの動員規模もラップアーティストの方が大きいですね。でも『乐队的夏天』のお陰で、相当一般のリスナーを惹きつけました。そして中国では、映画やTVドラマ、アニメのタイアップから新しい音楽に触れるライトリスナー層が大半を占めています。
ーー上海のシーンの聴取傾向はありますか。
国際都市である上海では、海外文化の影響を受けるバンドも多く、日本、アジア諸国でも人気のシティポップなどにも興味津々です。一方、中国ロックのはじまりの地である北京では、P.K.14、RE-TROSなど、ポストパンクの人気が根強いですよ。
ーーそんな中国、上海市場に進出したい日本のアーティストは、何からはじめれば良いでしょうか?
ストリーミングへの登録はマストです。実際、中国ツアーを成功させた日本のインディーズバンドのいくつかは、音楽性や才能に加え、数年前に中国のファンが勝手にアップロードした音源がその火付け役でした。ですが現在は著作権保護の対応が進んでいますので同じ現象は起きにくいでしょうね。日本からぜひアプローチしてもらえましたらと。
そして個人的に叫びたいことは(笑)、中国の有名なストリーミングアプリによる公式リコメンド機能は、海外のプラットフォームと比べて、音楽性そのものにはまだフォーカスされていないのでは!?と感じています。
ーー日本で普及しているストリーミングサービス、たとえばSpotifyとは具体的にどのような違いがありますか。
音楽性に目を向け、無名のバンドを支持する姿勢です。日本Spotifyの公式プレイリストでは、有名・無名を問わず良質な楽曲がピックアップされた結果、そのアーティストに興味を持ったり、ライブに足を運んだりするリスナーさんもいますよね。
一方中国では、プラットフォーム公式のおすすめは現在、既に知名度が高い、人気アーティストの楽曲ばかりです。アルゴリズム、AIロジックがおそらく海外のものとは微妙に違っていて、人気のアーティストばかりがリコメンドされる仕組みになっているものと推測します。……闇だわ! 中国のストリーミングサービスも、知名度ばかりではなく、良質なバンドを発掘する姿勢を持ってもらえると良いな、と音楽好きの一人として思います。
ですので、本気で多くの人に聴かれたい、と思うアーティストはストリーミング配信だけではなく、中国版のTwitterであるWeiboの音楽インフルエンサーセルフメディア「邦摇30s」、「Subjpop」などを用いて地道にプロモーションを重ね、自分の音楽を支持してくれるファンの方と出会う努力が必要です。
ちなみに中国の大手ストリーミングサービスはSNS機能も備えているため、プラットフォームから文字情報、写真など詳しい情報を拡散するのも可能ですよ。
ーーSNSのフォロワーを増やすためのコツは?
「個性を隠さず発信した上で、音楽コンテンツを継続的に投稿する」。たとえば極端な話、ヴィジュアルに自信があるなら自撮りを載せて注目をあつめるのもアリですし、そうではないなら、なりふり構わず自分らしい発信を心掛けると良いでしょう。
私は日中両方のバンドマンとお付き合いがありますが、日本のアーティストは謙虚だなあ、と感じます。控えめなのは美徳ですが、もし中国への進出を考えるのであれば、プライドを捨てて、ストレートに自己表現してもらえましたら、と思いますね。
ここまでを整理すると、日本のアーティストが中国へ進出するためには、(1)英語、中国語をめちゃくちゃ勉強するか、エージェントを探してストリーミングに登録する。(2)Weibo、ストリーミングをはじめてフォロワーを増やす。そして次のステップとして、(3)中国ツアーを企画する。
これが上海をはじめとした中国インディーズ市場に進出するための基本の「き」です。
ーーとはいえ事務面の手続きや言語面により二の足を踏んでしまう方も多いと思います。〈Luuv Label〉に支援を依頼したい場合はどうすれば良いですか?
私たちは日本語が堪能な社員とともに、日中双方の音楽文化の理解を促進するプロジェクトを積極的に進めています。インディーズアーティストの方に使ってもらいやすいサービスとして、「中国三大ストリーミングサービス(Netease Music163・xiami・QQ音楽)+weiboアカウント開設代行」を提供中です。お求めやすい価格ですし、飛び込みも歓迎ですので、お気軽に問い合わせをもらえましたらと。
今年の春節は特別です。コロナウイルスのせいでいろいろ音楽産業だけじゃなく、各々が錯乱している。ただ、中国のみんなでも、我々音楽レーベルでも、諦めず頑張っていきます。 pic.twitter.com/WxEitYHw0i
— Luuv Label (@LuuvLabel) January 27, 2020
ショッピングモール内で存在を示し、若者の娯楽の選択肢になるライブハウス
ーー上海のライブハウスの状況やキャパについて教えてください。数年前は市内に2軒しかライブハウスがない、という情報もありましたが。
現在は上海市内に約10件のライブハウスがあります。
1,000人以上のキャパを有するのは、バンダイナムコが運営する万代南梦宫上海文化中心の1F大ホール梦想剧场 DREAM HALL、2Fには小規模(550人キャパ)の未来剧场FUTURE HALLもあります。メジャーアーティストはもちろんのこと、アニメ、声優さんのイベントも多く開催されます。
そして、大手レーベル、〈モダンスカイ〉が運営するMODERN SKY LAB。ショッピングモール瑞虹天地の中にあり、音響レベルは上海でトップクラスです。また運営母体がレンタルリース事業も営むVAS(ワースー)も1,000人規模です。
中規模のライブハウスは、全国チェーンのMAO LIVEHOUSE SHANGHAIで、キャパは約800~1,000人くらい。もう一回り小さい規模感のLofasは約600人キャパですね。
そして、インディーズアーティストが多く出演する老舗、育音堂の1号店はキャパ200人、複合モール米域・这里内にある2号店は400人です。最初に上海でライブをするインディーズバンドは育音堂を目指すと良いですよ。
上海と東京の違いは、上海ではキャパが200人以上のライブハウスが中心で、ショッピングモール内にあるライブハウスも多いことが挙げられます。
ーー人口が多いとは言え、大箱が前提ですと集客のプレッシャーを感じてしまいそうなものですが、ノルマなどはどうなっていますか。
僕の知る限り、上海では、ノルマ制を敷いているところはほぼないと思います。
収益のシステムは主に2つです。1つ目はチケットの売り上げを主催者とライブハウスで分配する方法で主催者7:ライブハウス3で配分しているところが多いです。sold outが見込める場合は、ホールを貸し切りとしてその費用をライブハウス側へ支払う方法もあります。ドリンク代がライブハウスの収入源になるのは日本と同じですね。
ーーちなみに、日本のバンドがライブを行う際、中国政府や行政への届け出は必要ですか?日本とはどのような違いがあるのでしょうか?
中国で海外のバンドがライブをする場合、アーティストや公演の情報を詳しく政府に申告する必要があります。バンドのプロフィールだけではなく、メンバーの顔がはっきり見えるライブビデオ、歌詞の内容なども求められいて、私たちがツアーのブッキングを行う場合、資料は中国語に翻訳し申請を行っています。さまざまな事情があるなか、中国のプロモーターは担当公演が成立するように努力を重ねていますよ。
ーーありがとうございます。日本のインディーズバンドが中国に進出するための大きなヒントになると思います。
日本音楽シーンからの質問にお答えいただく
ここからは、日本の音楽シーンから寄せられた質問にお答えいただきます。
まずは音楽フェスティバル<ONE Music Camp>主催チームの野村優太さんからの質問です。
ーー2018年、坂本慎太郎さんの中国ツアーを組んだのはどうしてですか?
最初に坂本慎太郎さんを知ったきっかけは、園子温監督による映画『愛のむき出し』のエンディング曲を聞いたときでした。ゆらゆら帝国はもちろん、坂本慎太郎さんの音楽性が好きなのでオファーしました。また坂本さんの楽曲”まともがわからない”が起用されたテレビドラマ『まほろ駅前番外地』が中国でも愛されているのも後押しになりました。
続けて、アジアのロック音楽愛好家、shinobu さんからの質問です。
ーー日本と中国の音楽スタッフのプロ意識に違いはある?
音響スタッフについて言うと、日本にも中国にも優秀なPAはいますが、一番の違いは、中国のPAは音響技術レベルの差が大きいです。中国のPAにはいわゆるJ-POPの理想的な音響バランスが浸透しているとは言えませんので、主催イベントの場合、私たちからアドバイスをすることもありますよ。
シンガーソングライター、マーライオンさん からの質問です。
ーー日本でライブを告知する方法として、紙製のフライヤーがまだまだ人気ですが、中国はやっぱりデジタルでの集客方法がメインなのですか?
中国のインディーズも競争が激しくなっていて、Webだけの告知だけですとなかなかお客さんの興味を惹くのがむずかしいです。ライブハウスでレーベルスタッフがチラシを手渡しで配るのが集客方法のトレンドです。また、ペアチケット、団体購買、プレゼント交換などクリエイティブな販促もどんどん増えていて面白いですよ。
ミュージック・マガジン編集部、村田さんからの質問です。
ーー大手レーベル、DIYレーベルの状況って?
大手レーベルは2つです。ひとつは北京に居を構える最大手、〈MODERN SKY 摩登天空〉。次いで、親会社が不動産事業を営み、チケットプラットフォーム「showstart」を運営する〈TAIHE 太合音乐集団〉です。
大手レーベルの傘下にもレーベルがあります。たとえば太合グループのMaybe Mars 兵马司はポストパンク系が中心です。〈Ruby Eyes Records 赤瞳〉は面白い国内アーティストを中心に展開していますよ。中国国内のアーティストを知りたい方は、このあたりから掘っていくと良いかもしれません。また個人が運営するDIYレーベルもあります。大手と比べると競争力が弱いので、趣味レベルの活動をしている状況ですね。
レーベル勤務、おぎはらさんからの質問です!
ーー国外での活動を志す中国のアーティストはいるのでしょうか?
はい、海外志向のバンドもいますよ。たとえばChinese Footballは以前日本ツアーでリーガルリリーにお世話になり、逆にリーガルリリーが中国ツアーをするときには恩返しとして色々努力していたようですね。
最後に音楽ライター、まいしろさんからのご質問です。
ーーLuuv Labelは、日本とのクロスボーダープロジェクトに強みがありますが、海外事業はどのくらい重視していますか?
中国で安定した収益を上げながら、日本との交流事業も伸ばしていきたいです。今のところ日本事業のシェアは、3割ほどにとどまっています。今後は日本のレーベルさんと直接取引して、著作権管理、デジタルの運営代理分野で貢献出来ましたらと思っています。もっと活動規模を拡大したいですね!
ーー大ボリュームの質問にお答えいただき、ありがとうございました!
Interview&TEXT:中村めぐみ @Tapitea_rec
企画協力:Yuki Lee(アジアのポップスを聴き倒す会 / Bassist at Fontana Folle) @yukiyonghee