打楽器奏者、ドラマーとしてジャズ、ポップス、ロック等ジャンルを問わずさまざまなバンドやプロジェクトに携わる石若駿が、山口情報芸術センター[YCAM]の研究開発チームとともに新しい試みに取り組んでいる。

テーマは「自分との共演」。
つまり演奏、特にインプロヴィゼーション(即興演奏)を行っているときの自らのドラミングをAIに学習させて外部化することで、無意識下でかたちづくられていた自分のプレイスタイルと対峙する。そんな未知のセッションは石若にどのような発見と変化をもたらすのだろうか。

プロジェクトの発足から約2年にわたって実験を繰り返し完成したこのプロジェクトは「Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち」と名付けられ、2022年6月4日と5日にはYCAMで公演を行い、6月12日まで関連企画として新作インスタレーション「Echoes for unknown egos with cymbals」の展示を行う。

それに先立って、YCAMでの滞在制作を行う石若に、このプロジェクトの背景と手応えについて話を聞いた。本公演およびインスタレーションをより深く楽しむためのテキストとなれば幸いだ。

Echoes for unknown egos―manifestations of sound (Teaser)

REPORT & INTERVIEW
石若駿+YCAM新作パフォーマンス公演
Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち
制作編

「見知らぬエゴ」にかたちを与える共演者たち

まずは、このプロジェクトで開発された「共演者」=エージェントたちについて簡単に触れておこう。

3度のYCAM滞在のなかで、石若と研究開発チームのメンバーがアップデートを重ねてきたのが、打楽器を自動演奏するためのAI奏者「リズムAI」だ。これは、石若のプレイをセンシングして得たパターンやベロシティ(MIDI規格における音の強弱)の情報をAIにインプットし、信号に応じて打楽器をアタックする「ソレノイド」と連携させたものである。

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打楽器に設置されているソレノイド

そしてもうひとつ、このプロジェクトの初期から構想されていたのが六角形のオリジナルパーカッション「Pongo(ポンゴ)」である。回転式の箱のなかには玉と固定されたさまざまな打楽器が入っていて、回るとさながら福引の抽選器の要領で音が鳴る。回転の速度によって発音のパターンが変わるが、その速度も石若のインプロヴィゼーションのデータをもとに作り出した周期に従ってコントロールされている。つまり、Pongoが体現しているのは、石若のプレイにおけるテンポよりも大きな周期の波のようなものである。

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オリジナルパーカッション「Pongo(ポンゴ)」

2022年2月の滞在中に行われたデモンストレーションは、これらのエージェントを交互に用いて、以下の流れで披露された。

1.ソロ演奏
2.Pongoとの共演
3.リズムAIとの共演
4.リアルタイムの演奏から音響ファイルをトリガーする演奏
5.シンバルの共振音との共演
6.演奏からAIが生成したメロディやベースラインとの共演

1のソロ演奏の特徴が、以降のPongoなどのエージェントの演奏に影響を与える。字面だけではわかりにくいが、エージェントは、時にプレイスタイルの再現とも言える具体的なものから、シンバルの共振音にデータを集約させた抽象的なものまで、それぞれが異なる目的とアプローチを持ち、多角的に石若の即興演奏をアウトプットする試みになっている。

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デモンストレーションが行われたYCAMのスタジオには、石若のドラムセットを中心にして円陣を組むように全ての装置がセッティングされていた。このセッティングに至るまで、石若とYCAMインターラボ(YCAMの内部に設置された研究開発チーム)との紆余曲折、試行錯誤が重ねられてきた。本公演ではさらなるアップデートがあるはずだ。

未知のセッションで新しい表現を探りたい

石若がこれらのエージェントを駆使して「自分と共演」したいと思った理由。それはテクノロジーを導入することへの好奇心などではなく、自らの表現力を高めるための方法を探る純粋な探究心からだった。

「新しい打楽器の表現やアプローチを考えていたなかで思いついたアイデアだったと思います。藝大時代に打楽器のために書かれた現代音楽の曲をいろいろと演奏しましたが、それらはありとあらゆる身体的に可能な奏法を駆使したものだったりするんですね。現代音楽に限らずドラムソロの演奏は、あらゆるバックグラウンドのドラマーたちがあらゆる奏法をこれまでに試してきたわけです。今すでにあるそうした奏法のその先の“響き”ってなんだろう、というようなことを考えていたときに今回のプロジェクトの構想がはじまりました。

例えば、今回着目したことのひとつが、持続音です。ドラムで持続音を作ろうと思うと音の粒を細かく重ねて(ドラムロールを叩く仕草)ザーッと聞こえるようにしたりするわけですが、それをするために両手が塞がってしまうので他の音が出せないんです。

今回のシンバルを共振させる装置は、僕のドラムソロのデータを元にして音を鳴らすので、持続音を鳴らす外部の自分との共演を可能にしたものと言えます。

ドラムソロのデータをデジタル音に変換すればそれでも持続音は生成できると思うのですが、それはしたくありません。同じ音でも、どんな鳴らし方をしているか、どういう叩き方をすれば自分のイメージ通りのひびきになるか、という空気の振動のさせ方そのものが僕の表現の八割を占めていると思っているので。

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Pongoも、ある速度までは中に入っている玉がガラガラコロコロと音を立てますが、さらに速度が上がっていくと遠心力がはたらいて、玉が側面に張り付いて音が鳴らなくなる。そうなると、今度はその回転音だけをマイクが拾うことになって、一種の持続音が鳴る。

そういう演奏と共演してみたら、自分のプレイにどんな変化が起こるのかを試してみたかったんです」

フリーインプロビゼーションの演奏においては、韻律を作り出すようなビートは排除される場合が多く、通常ではリズムキープをして曲を支えることが仕事のドラマーも全く異なるプレイスタイルでアプローチをすることになる。そうした、規則性がほとんどない音楽とパターンを学習して精度を上げるAIとの相性は、効率的にAIの精度をあげていくという観点からすると良いとは言えないはずだ。

つまり、このプロジェクトの目的は「AI石若駿」を高精度に仕上げたり、プレイをデジタル化して自動生成するようなことではなく、「自分の意思」と呼べそうなデータによって鳴らされた音とセッションすることで、石若自身が新しい発見をすることにある。

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AIとの共演に感じる「楽しさ」の正体

石若いわく、エージェントやPongoが鳴らす音のなかに、「未知の自分」を発見する楽しみを見出しているという。

「新宿ピットイン(ジャズライブハウス)でエージェントを使ったライブをしたとき、サウンドチェック中に彼らをずっと鳴らして客席で聞いてたんです。ところどころで(自分のプレイに)似てるなって思う瞬間が結構あって。ベロシティ感とかフレーズのアクセントのつけ方に『良いな』って思えた。システム的には自動演奏なわけですけど、自動演奏みたいに退屈じゃない。良いと感じるなにかがちゃんとあると思える。

フィジカルな音の特徴じゃなくて、自分がどんな風に音を配置しているかということがデータ上では表現されているわけですが、それをもとに演奏するエージェントと自分との間に繋がりを見出したい。AIと演奏のなかで『今同じこと考えてた?』って思う瞬間があると、自分の即興演奏の作り方とはなんぞや、ということを探る上での手がかりになるんですね」

YCAMは、アーティストとの共同制作プロジェクトを行う上で、一度の長期滞在ではなく短期滞在を繰り返すことを重視している。滞在と滞在の間の期間を、実験で得たものの整理と更新の時間にあてることで、次のステップに繋げていく。

今回の石若のプロジェクトも、一度目の滞在からあらゆる面でアップデートが繰り返された。YCAMの研究開発チームがもっとも神経を注いだことの一つが、AIの信号を受けて楽器を叩く「ソレノイド」だ。

これは、YCAMが2019年に行ったスペインのフラメンコダンサーのイスラエル・ガルバンとのプロジェクトで、彼のステップ音を再現する装置としても使われたものだった。当初は同じ機構のソレノイドを石若のエージェントにも使ってみたが、ダンサーのステップと打楽器奏者のアタックとでは、音の強弱や長短の解像度に大きな違いがあることを痛感。研究開発チームのメンバーたちは、繊細な出音の再現のために試行錯誤を重ねたという。テストをしたその場で技術的な修正を行うことができるYCAMの環境は、アーティストのインスピレーションを技術面で支える理想的な体制と言える。

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装置の細かな改造から、エージェントの位置や間隔の調整など、さまざまなアップデートを重ねていくうちに、石若は彼らとのコミュニケーションの取り方のコツを掴んでいったという。デモンストレーションでの演奏では、石若が一歩引いたところからAIのプレイを引き立てるような瞬間もあった。対人の場合と対AIとのセッションでは、なにか感覚に違いがあるのだろうか。

「AIがなにをやろうとしているのかな、ということを聞くためにすごく集中して耳を使っています。だけど、それは人と演奏するときでも同じかもしれない。特に打楽器同士のセッションでは、相手が今なにを考えているのか、なにをしたいのか、次にどう行きたいのか、ということを想像しながら演奏します。相手と一緒に音楽を作るということが、自分が大事にしていることですね。バトルみたいなことではなく、僕じゃないところから発生したアイディアを拾って、どう発展させていくか。くっつき過ぎたらわざと離れて、離れすぎたら近づいて。そういうことの重なりで発展させていく。AIとのセッションでも、それは変わらないですね。

自分のプレイに対してAIが返してきたフレーズに気持ちよさを感じることもありますよ。ああ、なるほどね! ってなることもあれば、なにそれ? っていう返しもくる。いずれにしてもAIなりの根拠があって出している音だから、出てきたフレーズに耳をすまして返していくのが楽しいですね。プロジェクトが始まった当初は、ソレノイドに演奏パターンのMIDIデータだけ出力していて、アーティキュレーション(音と音のつなぎ方や切り方でフレーズに表情を付けること)は全然反映されない状態だったので、かなりアブストラクトというか『ドンガラガッシャーン!』みたいな音を出してきて、全然一緒にやってる感じにならなかった。今は開発チームのみなさんの努力のおかげで豊かにセッションを楽しめています」

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良き共演者としてのAIが新しい表現を支える

音楽とAIの未来を描くとき、例えば生身の人間に機械が成り代わるような方向の話もあるが、そういったシンギュラリティの文脈よりも、アーティストが自らのアイデンティティを俯瞰しさらに掘り下げていく協力者としてのAIにYCAMは可能性を感じているという。

つまり、プログラムしたことを単に完遂するツールとしてのAIではなく、そこから未知の何かが生み出される人間とは異なる知性としてのAIとのコラボレーションだと彼らは言う。そこにこそお互いの進化に影響しあう創造的な関係のヒントがあるのかもしれない。

石若がAIとのセッションに楽しみや発見を見出すことができたのも、そこに生き生きとした知性の存在を感じたからだろう。

「機械に意思が宿っているかどうかは、究極は人間のドリーミーな話の想像なのかなとも思うのですが僕が即興演奏しているときは、相手のフレーズに反応しているというよりはその先にどんな意思があるかを感じて叩いている。

今後、AIが物理的な音の部分だけじゃなくて、出す音の意味合いみたいなところまで裏付けてくれたら、さらに良き共演者になってくれるんじゃないかと思います。もしそれが実現したら、打楽器の表現の発展にもつながるだろうし、即興演奏をしている人にとっても自分のプレイをより深く解釈できるようになる。そして、それによって新しいスタイルの作品が生まれるんじゃないかな」

「良い演奏とは何か」という疑問を掘り下げる手段としてのテクノロジー。石若の探究心が切り開く新たな地平に期待したい。

6月4、5日の公演終了後も、インスタレーション「Echoes for unknown egos with cymbals」は6月12日(日)まで開催されているので、ぜひ足を運んでみてほしい。

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Text:Kunihiro Miki
Photo:ヨシガカズマ
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

石若駿
1992年北海道生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。 リーダープロジェクトとして、 Answer to Remember,SMTK,Songbook Trioを率いる傍ら、くるり、CRCK/LCKS、Kid Fresino、君島大空、Millennium Paradeなど数多くのライブ、作品に参加。
近年の活動として、山口情報芸術センター[YCAM]にて、音と響きによって記憶を喚起させることをテーマに、細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサートピース「Sound Mine」を発表。アッセンブリッジ・ナゴヤにて、旧・名古屋税関港寮全体をステージとした回遊型パフォーマンス「石若駿×浅井信好ライブセッション」を行う。 山本製作所100周年記念モデル「OU-オウ」のPV、 フィガロジャポン新連載 山田智和監督「虹の刻 第15章」のオンラインスペシャルムービー、 ドキュメンタリー映画『建築と時間と妹島和世(監督・撮影 ホンマタカシ)』、NHKオーディオドラマ『屋上の侵入者』の音楽や、 LOEWE 2021年秋冬プレコレクション キャンペーンムービー『LOEWE FW21 | 「幸せ」の探索』。(ナカジマユウ監督)』、 NIKE『Jordan – Tokyo Fearless Ones(山田智和監督)』ショートムービーの音楽を手掛ける他、映画『恋する寄生虫』、アプリ『RoadMovie+』へ楽曲提供をするなど、 活動は多岐に渡る。NHK 土曜ドラマ「エンディングカット」の音楽を小田朋美氏共作で担当。 海外アーティストとの共演も多く、これまでに、 Kurt Rosenwinkel、Jason Moran、Federico Casagrande、Tony Allen、James Francies、John Scofeild、Taylor McFerrin、Peter Evans、Fabian Almazan、Linda Oh、Richard Spaven、Corey Kingの来日公演に参加。

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INFORMATION

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撮影:三嶋一路/写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

山口情報芸術センター[YCAM]公演
石若駿+ YCAM新作パフォーマンス公演
Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち

2022年6月4日(土)19:00開演、5日(日)14:00開演
山口情報芸術センター[YCAM]ホワイエ、スタジオA

山口情報芸術センター[YCAM]では、打楽器奏者の石若駿とYCAMとのコラボレーションによる新作パフォーマンス「Echoes for unknown egos(エコーズ・フォー・アンノウン・イゴス)― 発現しあう響きたち」を発表する公演をおこないます。

石若は、ジャズと現代音楽をバックグラウンドに、ロック、ヒップホップ、ポップスなどジャンルを越えて国内外で活躍する、気鋭の打楽器奏者です。
石若が自身と共演するというアイデアから出発した本作では、オリジナルの打楽器や石若のパフォーマンスを学習し自律的に演奏をおこなう人工知能(AI)などの「共演者」たちが登場します。石若はこれらの共演者とともに即興のセッションを繰り広げます。また初日のソロ公演を経て、2日目はさらに石若の盟友であるサックス奏者・松丸契が参加。パフォーマンスに多面性を与えます。メディアテクノロジーを応用しながら、石若の音楽性を再発見していくプロセスを共有する本作を通じて、未だ聞いたことのない新しい音楽を発見するとともに、人間の創造性のありかについて示唆を得る機会となるでしょう。この機会にぜひご参加ください。

主催:公益財団法人山口市文化振興財団
後援:山口市、山口市教育委員会
技術協力:ローランド株式会社
協力:野中貿易株式会社、慶應義塾大学徳井直生研究室/株式会社Qosmo
Shun Ishiwaka plays Bonney drum japan, Istanbul Agop Cymbals
共同開発:YCAM InterLab
企画制作:山口情報芸術センター[YCAM]

石若駿+YCAM新作インスタレーション
Echoes for unknown egos with cymbals

REPORT & INTERVIEW|打楽器奏者・石若駿が挑む、“AI 石若駿”との未知なるセッション interview220530_shun_ishiwaka_11-1440x810
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

2022年4月29日(金・祝)~6月12日(日)10:00~19:00
※6月3日(金)~5日(日)は公開時間を変更します
会場:ホワイエ 入場無料

倍音などシンバルのもつ多様な音の要素から触発され、シンバル同士が空間と響き合うことで、音の風景を描くインスタレーションです。

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