今年7月にグランドオープンしたオンラインセレクトショップ「SIXTY PERCENT(シックスティーパーセント)」。“アジアを拠点とするハイエンド・ブランドのみを取り扱う”というコンセプトで話題となった同ショップを立ち上げたのは、ストリートファッションブランド「NERDUNIT JAPAN(以下、NERDUNIT)」代表を務める松岡那苗氏。韓国の人気ブランド「13 MONTH」や「HUPOT」、東コレ常連ブランド「KATO ZIN」など述べ15ブランド以上が出店、スタイルやジェンダーの垣根を超え、服だけでなくアクセサリーやシューズ等ファッションアイテムを取り扱うSIXTY PERCENTは、その感度の高さだけでなく在庫を持たない独自の流通システム、ショップ独自のブランドPRなど、次世代的な運営方針でも大きな注目を集めている。今回はSIXTY PERCENTの展開を軸に、ファッションがアジアにもたらすものや可能性、ショップ名にもある「60%」という数字から読み取るファッションシーンの今について語ってもらった。
Interview:松岡那苗
——取材時点で、SIXTY PERCENTグランドオープンから約2ヵ月ですが、構想自体はNERDUNIT立ち上げ以前から練っていたそうですね。
そうですね。NERDUNITを手掛ける以前から、日本に進出したい」「世界で展開したい」という意欲のあるアジアブランドからご相談いただくことが多かったんです。ただ、まずはNERDUNITを大きくすることを念頭に置いてブランド拡大を進めていました。そのあとも他アジアブランドから連絡をいただくことはあって。そのあいだ具体的に動いてはいませんでしたが、2年ほど構想は練っていました。
——NERDUNIT自体は、立ち上げから1年でAMAZON FASHION WEEKでのコレクション発表、日本1号店オープンと着実にステップアップしてきましたね。
この1年間でスタッフが増えたこともあって、NERDUNITでやるべきことが自分のなかでシンプルになってきたんです。それと並行して、自分がなにをしなきゃいけないのかが明確になってきたというか。NERDUNIT立ち上げのときと変わらないんですけど、次のステップとして前々から構想を練っていたアジアのハイブランドをまとめたものを作ろうということで、SIXTY PERCENTをスタートしました。
——それにしても、このタイミングでまったく新しいことを仕掛けるというのはかなり攻めているなっていうのが正直な感想です。
焦ってる……っていうのが正直なところですね。ファッション業界にいる中で、アジアの熱は日々感じていて。トレンド化している韓国だけじゃなくて、インドネシアやシンガポールといった東南アジアのファッションの動きも目まぐるしいし、「これは誰かがやっちゃうな」って思ったんです。それなら先に自分たちで仕掛けよう、という形になりました。
——SIXTY PERCENTの立ち上げにあたり、パートナーとしてクリエイターのSNS「FREEKS」やファッションメディアを展開する真部大河さんのお名前が挙がっていますね。
もともとファッション業界の数少ない若手起業家として、彼とは縁があり知人として仲良くしていたのがきっかけですね。SIXTY PERCENTでは、私がブランドPRであったりブランディング全般を担当、真部さんは経営側全般を担当していて。これからショップを大きく展開したいと思ったときに、私には1を10にする経験はあっても10を100にする経験はないから、それだったら10を100に出来る人と一緒にやらないと、自分のスピードでしか進められなくなるなと思って。この事業は個人事業という規模を超えた構想だったので、彼と組む形となりました。
——以前、NERDUNITについてのインタビューでは、“ストリートファッションをアジアから世界へ”という視点で語っていただきましたが、ことSIXTY PERCENTで扱うハイブランドを軸にすると、同じ「アジア」と「ファッション」でもまた違ったものになりそうですね。
簡単に言うと、アジアのファッションシーンが日本のバブル時期と同じ状態なんだと思います。SIXTY PERCENTには、2つの由来があって。ひとつは、世界人口の60%をアジア人が構成しているということ。もうひとつが、ハイブランドの消費のうち60%がアジア人によるものだそうで。それくらい実は、ハイブランドにとってアジアという要素は欠かせないんですよね。主要なブランドが生きているのも、もしかしたらアジアがあってこそかもしれない。そういう意味を込めてSIXTY PERCENTというショップ名にしました。
——なるほど。言葉は悪いですけど、個人的には東南アジアあたりのファッション感覚をちょっと舐めていたというか。「服飾」というより「被服」、ファッションにおける役割=生産国っていうイメージが先立っていたこともあり……。
それこそ私もマレーシアに行ってビックリ、タイに行ってビックリで。テレビで見ているよりも遥かに都会だし、1着何十万の服を着て歩いている人で溢れかえってる。同時に、新たなデザインっていうのも出てきていて、しかもそのクオリティが非常に高いのです。ハイブランドのアイテムを生産しているのは、基本的にアジアだったじゃないですか。そこにデザイナーが力を付けて帰ってきて自国でブランドを展開するってなると、生産のノウハウも工場も持っているし、海外配送さえ出来れば世界的な動きはすぐ出来るんですよね。既存で持っている生産技術に合わせてデザイン力を持つ状態となっているアジアに、ベットしない手はないなと思いました。
——ヨーロッパや欧米とくらべて服飾の歴史が浅い“アジア発祥のブランド”のアイデンティティはどこにあるのでしょう。
今はまだ、無いのかなと思います。「アジアが盛り上がるだろう」っていうのはファッション業界の動きとして見えているけれど、まだトレンドにはなっていない前段階の状況なので。私たちが“ハイブランド”として発信しても、そう捉えてもらえないこともあるくらい定義がなさすぎて。なにもないから面白いっていうのもあるんですけど。アジアって言っても、国によって言語も違うし、本当に多種多様で。決まりきったものがないからこそ柔軟だし、いい意味でみんな生き急いでいるから、すぐにトライしてくれる。ベンチャーでもポテンシャルが高いブランドが多いから、そういうところと一緒に頑張れるっていうのは楽しいし、お互いを引き上げていきたいなって思いますね。
——そもそも定義が必要なのか?という気もしてきますね。
そうですね。いつのまにかカッコいいものがアジアからきてる——っていう雰囲気になればいいなとは思っています。パリって言っただけでおしゃれ、みたいなあの空気感をアジアで作れないかなって。それって勝手にみんなが定義づけているものだけど、アジアでも全然出来ると思うし。ここ数年、世界のファッションのビジネススクール卒業生20〜30%がアジア人で構成されはじめているというのを、以前イッセイミヤケの前社長の太田さんにお伺いした時に、業界の方もアジアに注目されているんだと肌で感じました。
——この数年、ずっとファッションを通してアジアを見つめていますよね。松岡さんが考える「ファッションがアジアにもたらすもの」とはなんだと思いますか?
ファッションの持つ力を語るときに「言葉にしなくても伝わる」っていう人は結構多いですけど、私もそのとおりだなって思っていて。結局は表現の世界だし、ムーブメントを起こすっていうのもファッションで出来ることのひとつなのかなって。音楽もたぶんそうだと思うんですけど、カルチャーは自分の本質で闘えるっていうところがあるからこそ強いですよね。ムーブメントを起こしたうえで、アジアへの偏見をなくしたり概念をもっと良くしたり。それはファッションで見せられるんじゃないかなって思っています。
——その使命感が走り続ける原動力でもあるのかもしれないですね。SIXTY PERCENTでの今後の展望は?
まずは、既存の世界5大都市といわれるパリ・ロンドン・ミラノ・香港・日本でポップアップをやりたくて。来年までには100ブランドくらいを扱うので、そこから厳選して出展できればと思っています。
——アジア発のブランドにとっては、SIXTY PERCENTでの展開がひとつの指針になるのかもしれないですね。
それは、望んでいることのひとつでもありますね。そのくらいのレベルまでこのストアを持っていきたいし、アジアのファッションという分野を引っ張る存在でありたいと思っています。ただ、アジアだけで終わらせるのではなく、ヨーロッパであったりアメリカでも周知される存在であること、それがSIXTY PERCENTの求める立ち位置だと考えています。