前作『Damogen Furies』からおよそ5年ぶり、鬼才トム・ジェンキンソン(Tom Jenkinson)によるソロ・プロジェクト、スクエアプッシャー(SQUAREPUSHER)による通算15枚目のアルバム『Be Up A Hello』がリリースされた。その間トムは、ショバリーダー・ワン(Shobaleader One)のアルバム『Elektrac』とのツアーをはじめ、BBCの番組『Daydreams』のサントラ制作や、オルガン奏者ジェイムズ・マクヴィニー(James McVinnie)のアルバム『All Night Chroma』への楽曲提供など精力的な活動を行なっている。

それを経ての本作は、トムの学生時代からの親友が急死したことがきっかけとなり、制作がスタートしたという。彼と90年代に使っていたような古いシンセサイザーやミキサー、エフェクト・ユニットなどを駆使して、直感に従いながらほぼ1週間で仕上げたという本作には、初期スクエアプッシャーのサウンドの質感を持ちながらも、プログレッシヴかつアヴァンギャルドな楽曲が並んでいる。

このインタビューは、本来ならば4月に予定されていたスクエアプッシャーの来日公演に合わせて行われたもの。新型コロナウイルス感染症の影響により、残念ながら公演は延期となってしまったが、話の中でライブに向けての意気込みや、前回の<SONICMANIA>(ショバリーダー・ワン)で起きた驚きのエピソードなど、日本にまつわる話をたくさんしてくれたので、それをそのままお届けしたい。近いうちにまた、彼の素晴らしいステージを目にする日を願って。

INTERVIEW:SQUAREPUSHER

来日公演を見据えるスクエアプッシャーが語る新作『Be Up A Hello』での原点回帰と新たな見地 interview200422_squarepusher_8

『Be Up A Hello』を制作する動機となった親友との別れ

──今作『Be Up A Hello』は、学生時代からのあなたの友人が亡くなったことが動機となって生まれたと聞きました。

彼の名前はクリスというのだけど、90年代の初期は本当によく遊んでたんだ。ただ仲良しだっただけじゃなくて、一緒に音楽を聴いたり、ライブやイベントに足を運んだり。そのうち一緒に音楽を作るようになってね。ちょうどエレクトロニック・ミュージックを制作するための機材が手に入りやすくなった頃だったから、2人で色んなハードウェアを手に入れては「これ、どうやって使ったらいいんだ?」って格闘していた。彼は機材のテクニカルな側面にとても興味を抱いていたし、色んなアイディアを話し合って長い時間を過ごしたから、僕自身の音楽活動の初期段階……1992年か1993年頃にはとても大きな役割を果たしたと思う。

それから月日が経つにつれ、一緒に何かに取り組む機会は減っていき、各々で作品作りをするようになった。彼は僕の一つ年上だから、亡くなった時はまだ44歳。それって、あまりにも若過ぎるだろう? だからこそ今回のアルバムはある意味、彼自身を「祝福」するものにしたいと思ったんだ。なおかつ、僕との一緒の時間をも祝福するようなね。レコーディングで使用する機材も、彼と90年代に使っていたような古いものにしたんだよ。

──ハードシンセやハードミキサー、フィジカルなエフェクト・ユニットなどを用いた、と。

うん。スクエアプッシャー名義でリリースした前作『Damogen Furies』では、ほぼ全てというくらいソフトシンセを使っていたのだけど、今回はそれとは正反対というか。まあ、多少はデジタルを混ぜてはいるけど、アナログ機材がメインなんだ。

──『Damogen Furies』の反動、という側面もありますか?

ある意味ではそうだね。あと、つい最近パイプ・オルガン用の作品『All Night Chroma』(トム・ジェンキンソンが作曲し、オルガン奏者ジェイムズ・マクヴィニーが演奏したアルバム)を作ったのも大きい。フィジカルな機材を用いた作品作りに関心が向いていたんだよ。

Stor Eiglass

James McVinnie and Tom Jenkinson – Voix Célestes

──楽曲そのものも、友人のクリスに捧げるような内容にしたかった?

そもそもの段階では、彼への謝意を込めたトリビュート作品にしたかった。なので、彼とよく聴いていたダンス・ミュージック……つまり実験的でエッジの効いたスクエアプッシャー的な音楽ではなくて、もっとフロア寄りの楽曲を“楽しみながら“作っていた。最初から「レコードを1枚作ろう」という気持ちではなくて。とにかく作業に没頭している感じで始まった。

でも、続けていくうちにそれらの音源がどんどん「他の何か」に発展していってね。そうなってくると、俄然スクエアプッシャー・モードになって(笑)、どんどん肉付けしていった。しかも、そこに行き着くまでのスピードはかなり早くてさ、「じっくりと腰を据え、深く考え込みながら曲を作る」というよりは、とにかくこう(コン・コン・コン、とテンポよく指でテーブルを叩きながら)直観に従って作業を進めた感じ。「うーん、これはやるべきなのかな、どうかな?」なんてグダグダ悩まず、「これで決まり。はい、次!」という感じで敏速に決断を下しながら作っていったんだ。

──じゃあ、作り始めてからはトントン拍子に作業は進んでいったのですか?

曲を書いて仕上げるまでに1週間もかからなかったんじゃないかな。ほら、アナログ機材を使っているから、一度設定したパラメーターを後から完璧に再現するのって不可能じゃない? 一旦その曲に取り組み始めたら最後までそれをやり抜き、その日のうちにレコーディングして次の作業に取り掛かるしかないんだよ。ある意味、日記に近いのかもしれない。

──まさにその瞬間のジャーナル(日誌)であり、レコーディング(記録)ということですよね。ちなみにタイトル『Be Up A Hello』の由来というか、ニュアンスはどんなものなのでしょうか。

うーん、これって説明するのもなんだか妙な感じなんだよね、仲間内で使っていたフレーズというか。まあ、別に“他の人には通じない、自分たちだけの合言葉“とも違うんだけどさ。まあ、こうやって(と、こぶしを突き上げて振りながら)、“楽しもうぜ~!“みたいなニュアンスかな(笑)。

──なるほど、ありがとうございます。制作中はどんな音楽を聴いていましたか?

90年代初期に自分で買った、古い12インチを集めたコンピレーション・シリーズを息抜きによく聴いていたね。

制作の礎となった名機「VIC-20」

──アルバムのアートワークはどのようにして決まりましたか?

あれはコモドールジャパンが80年代に開発したホーム・コンピューター、VIC-20で描いたイラストだ。僕は子供の頃にこれを1台持っていてね。初めて使うコンピューターで、ちょっとしたプログラムを組んでゲームを作ったり、ドラムマシーンを作ったりしてたんだよ。なので、僕の最初期の音源には、VIC-20で組んだドラムマシーンの上にベースギターを乗せたものも結構ある。11歳の頃だったかな、今でも家にあるし、なかなかのクオリティだよ?

──いつか聴いてみたいです(笑)。

(笑)。で、今から2、3年前に「あのVIC-20を音源にしたら面白そうだぞ」と思いついたんだ。VIC-20には、独特の音色が色々入っているからね。それで、VIC-20をMIDIで制御できるようにシステムを組み立てることにした。そして、実際にVIC-20は今作『Be Up A Hello』に収録された、いくつかの楽曲の中に登場する。かなりの数のトラックにフィーチャーされているから、アルバムにおける主要ボイスと言ってもいいくらい。だったら、VIC-20をシンセとしてだけでなく、グラフィックを制作できるように、ソフトウェアに取り込んだんだ。

そうやって制作したアートワークが今回のアルバムと、次にリリースされたシングル「Midi Sans Frontieres (Avec Batterie)」のアートワークの土台になった。さらにVIC-20のプログラムをベースにしたものが、ライブ・ショウで使用するイメージの一部にもなっているよ。

──今回のプロジェクトではVIC-20が大活躍しているのですね。

そう。しかも、従来の使い方とは全く違う方法でVIC-20をフィーチャーすることが出来た。少なくとも自分はまだ見たことのないイメージを自分は作れたと自負しているんだ。すでに使い古された機材で、どれだけ新しいことができるか? というチャレンジに今はものすごくハマっているんだろうね。

“Terminal Slam”のミュージック・ビデオでも、VIC-20で作ったイメージのいくつかを用いている。電車の中のシーンとか、よく目を凝らしてみて欲しいな(笑)。

Squarepusher – Terminal Slam(Official Video)

──あのMVは、あなたの名前や写真が東京のあちこちに散りばめられていて楽しいですよね。今回、スクエアプッシャーとしては5年ぶりの来日が予定されていますが(このインタビューは3月19日に行われたもの)、日本公演で印象に残っているエピソードはありますか?

真っ先に思い出すのはショバリーダー・ワンで前回来日したとき……2017年の8月に開催された<SONICMANIA>だね。それにバンドで出演したのだけど、日本に到着した時に僕の機材が一つも見当たらなかったんだ。

──えええ!?(笑)

笑えるよね(笑)。いや、今でこそ笑い話にできるけど、あのときはとんでもなくストレスを抱える瞬間だったよ。というのも、あの時のショウはショバリーダー・ワンにとって1万人という最大の規模で、かつ重要なものだった。にも関わらず、到着したその日は機材の多くが行方不明のままで、「明日、到着します」と航空会社から確約はもらえたものの、機材なしでサウンドチェックをやらざるを得なかったわけ。しかも、明くる日になっても機材は到着しなかった。航空会社は二度のミスを犯したっていうね……。もう、僕のストレスは頂点に達したわけだよ。

──ですよね……。

僕の機材周りはさ、「アンプにギターを繋いで音を鳴らす」といった具合にはいかないというか。とても高度で入り組んだセットアップだし、機材にはハンドメイドも含まれているから現地調達もできないわけで。そんな中、どうにかしてあのセットアップを日本で再構築しなければならない。ショップやレンタル会社から機材を借りつつ、ケーブル等々の備品も新たに購入するしかないぞ、となって。

で、一旦そうと決まったら、フェスの関係者からレコード・レーベルのスタッフまで、誰もが協力し合ってそれこそ東京じゅうを駈けずり回り、僕のセットアップを作り直すのに必要な機材すべてを探し出そうとしてくれたんだよ。

──え、そんなことがあったんですか!

しかも最終的に、僕ら無事にライブをやりおおせてね。全く驚異的な話だよ。「不可能、絶対に無理」なシチュエーションから、「なんとかやれる」の状況にまで持っていったんだから。実際、自分の本来の機材があったらやれたであろうことの、95%をこなせるセットアップを実際に組むことができたわけだからね。あんな離れ業ができるの、世界中どこ探しても日本以外にはない。あのとき関わってくれた人たち全員に、すごく、すごく賞賛の念を抱いているよ。

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Photo by Masanori Naruse

新たに芽生えたスクエアプッシャー像

──あのライブではヴィジュアル・セットをライゾマティクス・チームが担当していました。

ダイト(真鍋大度)とは、本当にいい関係性を築けている。2013年のスクエアプッシャー x Z-MACHINESのプロジェクトで、“Sad Robot Goes Funny”のための素晴らしいビデオを作ってくれたのが最初で、今作でも“Terminal Slam”のミュージック・ビデオをダイトが監督してくれている。これからも色々とコラボレーションできたらいいな。

──そういえば、2010年代のスクエアプッシャーは様々なコラボレーションに挑戦していましたよね。

確かに。この10年間でコラボの量がグッと増えた。ダイトとのコラボもそうだしオルガン奏者ジェイムズ・マクヴィニーとの共演もそう。バンド(ショバリーダー・ワン)を組んだのだってそうだ。

ただ、意識的にそうしていたわけではなくて、こればっかりは相応しい相手とのタイミングが訪れるか否か、とにかくそこが重要だね。要するに「コラボをやるため」だけに、それが目的で誰かとコラボレーションをするつもりはない。ほとんどの場合、いいタイミングに恵まれ、かつ運がよければ実現するという話であって。もちろん、上手くいかないことだって往々にしてあるし、こればっかりは成り行きを見守るしかないんだ。

──さて、今回の来日公演は、新たなライブセットで行われるとのことですが、その内容を話せる範囲で教えてくれますか?

さっきも話したように、自作のVIC-20ソフトウェアで作ったイメージをベースにしたビデオの要素は使うね。同時に、もうちょっと一般的なソースも一部では使う予定だ。僕が持っていく機材に関しては、まさに今どうしようか見極めているところ。『Be Up A Hello』のサウンドスケープを再現するにはどうしたらいいか? ということだけど、あれを完璧に再現することは不可能だ。僕のスタジオから生まれた「生き物」のようなアルバムだし、もしそのままやるならスタジオごと日本に運ばなきゃならなくなるからね。とはいえ、アルバムで用いたセットアップの一部の要素、もっとモダンで安定性のある機材は持って行くし、それらを使って、今回のアルバムの一部やそれ以外のピースをリクリエイトするつもりだよ。

それと、今回のショウにはたっぷり幅を持たせるつもりでいる。つまり、毎晩インプロで変化させていくような余裕のあるものにしたいんだ。サウンドチェックや本番で新たなアイデアを取り入れ、それを次のステージでまた試すという具合にね。過去2回くらいのツアーに較べても、結末がカチッと決まっていない自由な内容になっているはず。『Damogen Furies』と『Ufabulum』のツアーはアルバム音源をベースにしていたからね。もちろん、あれはあれで満足していたけど、今回はもっとオープンなもの、かつより即興に依ったものにしたい。

──ところで、来日の時に楽しみにしていることはありますか?

最近、ランニングにハマっていてね。どこか行ったことのない街をうろうろと探索するのにランニングはうってつけなんだ。地図を確認してもいいし、地図を見なくてもいい。とにかくホテルの部屋から出て、あれこれ移動してみる。走ると、かなりのエリアを短時間で動き回れるからね。去年の11月に日本にDJをやりに行った時は、京都で鴨川沿いを走ってね。1時間くらい、川沿いの土手を行ったり来たりしたのは楽しかった。川縁で何か楽器を演奏している人がいたり、スポーツをやっている人々を見かけたり。夕方の早い時間のあの雰囲気はとても素敵だったな。川には橋がかかっていたり、ちょっとした滝になっていたり、とても絵画的で美しかったよ。

──健康にも良さそうだし一石二鳥ですね。

そうなんだよ、車移動ばかりじゃ不健康だしね。東京は代々木公園とかも良さそう。また日本で「いい走り」をやれたらいいな!

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Photo by Masanori Naruse

Text:Takanori Kuroda

INFORMATION

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SQUAREPUSHER JAPAN TOUR

大阪公演
2021年2月16日(火)
梅田 CLUB QUATTRO
チケット販売:2020年6月20日(土)よりイープラス、チケットぴあ(Pコード:183-835)*English available、ローソンチケット(Lコード:55574)、BEATINK 他にて
INFO:SMASH WEST 06-6536-5569

名古屋公演
2021年2月17日(水)
名古屋 CLUB QUATTRO
チケット販売:2020年6月20日(土)よりイープラス、チケットぴあ(Pコード:184-240)、ローソンチケット(Lコード:42831)、LINE TICKET、クアトロ店頭、BEATINK 他にて
INFO:名古屋クラブクアトロ 052-264-8211

東京公演
2021年2月18日(木)
新木場 STUDIO COAST
チケット販売:2020年6月20日(土)よりイープラス、チケットぴあ、ローソンチケット、BEATINK、岩盤 他にて
主催:シブヤテレビジョン
INFO:BEATINK 03 5768 1277

OPEN 18:00/START 19:00
前売 ¥7,000(別途1ドリンク代)
*未就学児童入場不可

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RELEASE INFORMATION

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Lamental EP

2020.03.20(金)
Warp Records/Beat Records
Squarepusher

国内盤CD
¥900(+tax)
BRE-59

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Be Up A Hello

2020.01.31(金)
Warp Records/Beat Records
Squarepusher

国内盤CD
¥2,200(+tax)
BRC-624

国内盤CD+Tシャツ
¥5,500(+tax)
BRC-624T

国内盤特典:
ボーナストラック追加収録/解説書封入/NTS MIX音源DLカード封入
*Tシャツセットには限定ボーナストラックDLカードも封入

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