2012年12月12日、2ndアルバム『UR sensation』のリリースを1週間後に控えた矢先のこと。THE GIRLから突如、ベーシスト・林束紗が卒業するという思いがけないアナウンスが届けられた。重度の関節炎と腱鞘炎によるドクターストップという、なんとも歯がゆく、もどかしい理由。今後のさらなる活動を期待させる中での脱退は悔やみきれないが、通常ならば”脱退”と記される言葉を”卒業”と置き換えたのは、結成以来、彼女たちが共に音を鳴らしてきた日々が、何ものにも代え難い時間だったからに他ならない。
『UR sensation』は、彼女たちの意気込みと気概が凝縮された1stアルバム『Lost in wonder』に対して、どこか余裕すら感じさせるバラエティに富んだ作品に仕上がった。前作に引き続いて中尾憲太郎がプロデュースを務めた今作において、直線的かつ鋭角的なサウンドメイキングと思わず口ずさみたくなるヴォーカル&コーラスは健在だが、その彼女たち本来の持ち味に加えて、ダンサブルで横乗りのフィーリングやアコースティックのニュアンスに挑戦している。バンドの新機軸と彼女たちの表現者としての振り幅の広さを感じさせる傑作だけに、事実上、現体制のラストアルバムとなってしまった事実が残念でならない。
今回Qeticでは日暮愛葉、おかもとなおこ、そして林束紗の3人にインタビューを敢行した。THE GIRLをスリーピース、ガールズバンドという視点から捉え、『UR sensation』の制作エピソードと林の脱退について、その胸の内を語ってもらった。
Interview:THE GIRL(日暮愛葉G,Vo/おかもとなおこD/林束紗B)
――まずはアルバムの話から聞いていきたいのですが、率直に2枚目のアルバム(『UR sensation』)が完成した手応えはどうですか?
日暮: いいものが出来たなという手応えはありますね。今回はちょっと長くなっちゃったなっていう感じはあるんですけど、1曲1曲がすごく短くて1分台の曲とかもあるから、パッパッパッと移り変わる映画っぽい感じに聴いてもらえたらなと。私はコンセプトアルバムみたいなものがあまり好きではなくて、コンセプトを立てて曲を書かないから、結果的にアルバム自体もコンセプト立ったものにはならないんですよ。順序立てて作ったり、起承転結があったりっていうことはなくて。だから曲順を考えるのがすごく大変というか、今回は曲数が多いし、1曲ごとに曲調もすごく違うので苦労しました。憲太郎プロデューサー(中尾憲太郎、Crypt City, younGSounds, LOVES.)と一緒に、ああでもないこうでもないと差し替えて。とにかく面白い曲がいっぱい出来ちゃったんで、それを出来た順に録っていったという感じですね。
――たしかにオルタナやパンクの要素を感じさせながらも、1曲1曲の表情が違うので、どこを入口に聴いても楽しめるアルバムだと思いました。
日暮: あぁ、シャッフルして聴いても面白いかもしれないですね。曲順にこだわったのは何だったの?!みたいな(笑)。
――(笑)。そんなラインナップの中でも、アコギの曲(“touch my lips”)は、1stアルバム(『Lost in wonder』)にはなかったアプローチですよね。
日暮: そうですね。その代わり1stの1曲目には、ピアノの“inside you”っていう曲が入っていて。“touch my lips”は箸休めじゃないんだけど、うるさいっちゃあうるさいアルバムなんで、耳を休めて後半聴いてもらえればなと思って入れたんです。あと私はソロでアコースティックもやってるんで、それをTHE GIRLでも出来るんだよって、表現したかったのはありますね。
――個人的には1stと比べると、曲の振り幅が広がって、横乗りの曲が増えたという印象がありますね。
日暮: あぁ、シャッフルっぽいやつですか? 元々私の引き出しの中にあったものから作ったので、それは全く意識していなくて。いつも鼻歌から曲を作ってるんですけど、それをスタジオで2人に聴かせて、鼻歌に演奏を当てていくんです。
林: 「今のかっこいい!」みたいなものをいかに拾えるか(笑)。
日暮: こっちもベースラインとドラムのリズムパターンに反応して、「あ、今のそれ!一個前のやつ!」って言うと、「どれが1個前?!」みたいなことになって(笑)。
林: アンテナが全てというか、鈍い日はみんな、ぼーっとしちゃって。鼻歌に合わせるのはTHE GIRL特有ですね。
――SCARLETやHINTOではないことなんですね。おかもとさんは、つばきではどうですか?
おかもと: 私も鼻歌で作る方式はTHE GIRLだけですね。
日暮: みんな、よくそれに付き合ってくれるなぁと(笑)。バンドを始めたシーガル(SEAGULL SCREAMING KISS HER KISS HER)の頃から、ほぼ鼻歌で曲を作ったことしかないので、それをギターに起こすというか、メロディーが後から付いてくる普通のやり方とは逆なんですよ。メロディーが生まれなかったらボツみたいなこともありますね。
――じゃあ、御蔵行きになった曲もかなりありそうですね。
日暮: THE GIRLを始めた頃から考えると、もう100曲ぐらいあるよね。
おかもと: うん、すごくあると思う。
――先ほどお話に出ましたけど、前作に引き続いて中尾憲太郎さんがプロデューサーを務めていますが、アルバムの制作にあたってはどんなやりとりがありましたか?
日暮: 特にないよね。
林: うん、あんまりないね。
日暮: 曲を聴いて、1曲ずつ「あぁ、こんな感じね」というか、1stの頃は色々と言ったんだけど、今回はなんの反論もしなかったよね。憲太郎Pが言うことは確実なんで、私たちは彼に絶大な信頼を置いていて。
――前回のインタビューでは、林さんが寝ながらベースを弾いたエピソードを話してくれましたが、今回はレコーディング中に何か面白い出来事はありましたか?
日暮: 今回はレコーディングが巻いたっていう。憲太郎Pとしては、今までレコーディングが巻くことはまずなかったみたいで、トータル4日ぐらいで録れちゃったんですよ。リズム録りが2日、歌とギターも2日ぐらいで。もちろん予備日もあったんですけど、それはフィードバックを入れるために使ったりして、ミックスを含めても9日、10日間ぐらいしか掛かってないですね。
林: それで巻いたってすごいよね。
日暮: 空き日が出来てすごく嬉しかったけど、9日あっても「13曲は無理でしょ?!」って思いましたね。そしたらリズム隊が二日で終わっちゃったんですよ。それで私がちゃんとやらないとヤバいなって。
――逆にプレッシャーを感じたわけですね。
日暮: そうですね。あと、これは言っていいのか分からないけど、最初にリズム録りをしていたスタジオが遠くて、私はそこに行きたくなかったんですよ(笑)。
林: すごくいいスタジオなんですけど、何しろ遠いっていう(笑)。
日暮: もう途中でやめようかなと思ったぐらい(笑)。1時間半かけてギターを持って通って、帰りも泥のように疲れてるのに、電車に乗っても席に座れないみたいな。だから半分命がけのレコーディングで作った、魂の籠っているアルバムです。スタジオがある場所へのメッセージアルバム(笑)。
林: まさかのコンセプトが出てきた(笑)。
――(笑)。リズム隊としてはコンパクトなレコーディング期間はどうでしたか?
林: びっくりしました。何より愛葉さんの歌録りとギター録りが異様に早くて(笑)。
日暮: 2人が来たら終わってたよね(笑)。
林: 1枚目は愛葉さんのお家にスタジオがあって、そこで録らせてもらったんで、そんなに時間がギューッとすることもなかったんです。今回は2つのスタジオがあって、片方で録れなかったら遠いスタジオがあるみたいな感じで、だから愛葉さんは頑張って。
おかもと: すごい集中力ですよね。1枚目は和気あいあいとリラックスした感じで録れて、2枚目はレコーディングスタジオではじめてリズムを録ったので、憲太郎さんやみんなとアイデアを出し合って、音作りからきちんとこだわってやりました。
日暮: 最初のベースとドラムしか入ってないリズムトラックが存在するんですけど、それが私はすごい好きでよく聴くんですね。他に何も入ってない、憲太郎となおちゃんと束紗で何回も何回も考えたものを。2人はすぐドラムを叩けちゃうし、ベースを弾けちゃうから、私は「よく言われてすぐに弾けるな」と感心しましたね。だから、こっちも盛り上がって、より熱い歌入れとギター入れが出来ましたね。
――ちなみにレコーディングって何月にしたんですか?
林: 10月ですね。
――あぁ、そうすると、林さんはその頃から右手指に違和感を感じていたんですよね。
林: そうですね。9月、10月がバーッと立て込んじゃっていて、10月ぐらいから「あれ、痛いな」とは思いつつ、その状態がずっと続いていたんです。11月になっても治らないから、病院に行ったり専門の先生に診てもらったら、「駄目でしょ、休まなきゃ」って言われて、ガーンとなって。2人にも涙ながらに話をして。
日暮: 涙ながらに聞きました。
――日常生活に支障が出るほどの症状なんですか?
林: 今はそんなに大丈夫ですね。基本的に指1本がすごく痛くて、他のところで腱鞘炎も起きてるらしいんですけど。
おかもとなおこ
日暮愛葉
林束紗
――お2人は林さんに対してどんなことを話したんですか?
日暮: 束紗の話を聞いて、何日か考えて、束紗が卒業することを許諾しないっていう選択肢はないじゃないですか。だから、それはもちろん応援するっていう意味で、私となおちゃんは「お互い頑張っていこう」と前向きに許諾して。THE GIRLを続けていくか否かを考えて、続けていくことを決めたんですね。束紗もそれを望んでいたし、だから今は前を向いて進むしかないんですよね。
おかもと: 私はびっくりしたのが正直で、気持ちとしてはこのメンバーでずっとやりたいけど身体的なことは仕方ないので、すごく残念だけどしょうがないとしか言えないというか。これから人生はまだ長いんで、束紗ちゃんが考えた結論はすごく尊重したかったんです。一緒にやれないのは本当に辛いんですけど、SCARLETを頑張ってほしいなと思います。
林: THE GIRLのライブに全部行って、物販しようと思ってます(笑)。元メンバーが売るっていう。
――(笑)。バンドを離れるけど、これからも音楽で繋がっていますし、きっとプライベートの付き合いも変わらないですよね。純粋にそういった関係性がうらやましいです。
日暮: 元々、女の子っていっても、ある程度みんな歳くってますからね。私たちは周りと比べても、ベタベタしてないんじゃないですか。他のバンドもやってるし、サポートもやってきたし、私もソロをやったり楽曲を書いたりしている。みんな状況が違うんですよね。ずっと同じバンドをやって、どこに行くのも一緒みたいなのもすごく可愛らしくていいんですけどね。
――林さんの脱退のアナウンスにもありましたけど、現体制でのラストライブは、来年2月23日のリリースパーティー(下北沢THREEにて開催)になりますよね。
日暮: リアリティがまだないんで、束紗と最後のライブっていう感じがあまりしないんですよね。
――きっと当日を終えてから実感するものがあるんだと思います。
日暮: かもしれない。それか新しいメンバーが見つかった時とかに、考えたりするのかなとは思いますね。
――新しいベーシストはオフィシャルメンバーとして迎え入れるんですか?
日暮: 出来ればそうですね。女性じゃなく、男性でもいいですよ。
――THE GIRLはスリーピースというシンプルな編成で、皆さんそれぞれがスリーピースバンドでの経験をお持ちですよね。他の編成にはない、スリーピースならではの醍醐味って何でしょうか?
日暮: そうだなぁ、レコーディングだと、ライブでは再現できない特殊なコーラスやギターのフレーズとかを入れたりするけど、いざステージに立つ時には隙間を如何に上手に表現するかっていうんですかね。隙間を退屈じゃなくて美しいものとして披露するっていうのは、スリーピースの醍醐味だと思うんですよね。例えば普通の4人編成だと、大体ギターが2人いて、その隙間を埋めて掛かっちゃうと思うんですよね。これはそういうバンドを否定するわけじゃなくて、ただ私は隙間を感じさせる音楽がすごく好きなんですよ。自分の鼻歌で作った純粋なものは、スリーピースだから出せるんじゃないかなと思いますね。
林: 4人バンドだと、ギター・ヴォーカルとかヴォーカルとかギタリストとかは花形で、リズム隊は土台みたいな感じでちょっと地味目というか(笑)。スリーピースだと、それぞれ横並びのイメージがすごくありますね。誰かが手を抜いたらすぐバレるというか、そのガチな感じが好きです。
おかもと: 3人だと、変に寄り掛かれないんですよね。
日暮: それはマジである。闘いですね。いい意味で闘うってなんて表現したらいいんだろうなぁ。別にそこで勝負してるわけじゃないんだけど、責任だと堅いなぁ。きちんと自分のプレーをしようって個々が思うんですよ。
――お互いが刺激し合って演奏しているんじゃないですか?
日暮: あ、そうですね。刺激し合うっていいですね。じゃあ、それで(笑)。
――ありがとうございます(笑)。それとTHE GIRLは女性3人のスリーピースで、皆さんはTHE GIRL以外で活動しているバンドでは、男性に囲まれて演奏していますよね。いわゆるガールズバンドを通じてどんな発見があるのか、すごく興味があります。
おかもと: つばきは10年ぐらいやってるんですけど、今は活動休止の状態で、そんな中でTHE GIRLが始まったんですね。私は女の子だけでやるバンドははじめてで、はじめはどういう感じになるのか想像できなかったんですけど、いざみんなとスタジオに入ったりライブを重ねていったりすると、男性プレイヤーとやるのとは違う感覚がすごくあって、同性ならではの息の合い方があるんです。ライブのうわっと行く時のタイミングとか、女性3人でしか出せない感じがすごくあって、しかもそれは自然に出せるんですよね。自分が感じるままにやっていたら、みんなの呼吸が合ってる。そんなところがすごく好きで。私にとってTHE GIRLは深く考えず本能で演奏する感じで、つばきは色々とバランスを考えて演奏するといった感じですね。
林: ベーシストってドラマーとギタリストの間に如何に立って、その2つを結ぶみたいな側面があるんですけど、THE GIRLには全くないですね。
日暮: 私が「前に出ろ出ろ」って言うから(笑)。
林: (笑)。THE GIRLはみんなドカスカやっているように見えて、全員がそれぞれをちゃんと見てるし、気を遣い合ってるし、全員に満遍なく合わせようとする気持ちがあるから、がっちり合うっていう。如何に男が合わせようという気持ちがないか、「独りよがりなプレイしやがって」みたいなね(笑)。
一同: 爆笑
日暮: たしかに、そういう独りよがりっぽいところはないかもね。私は自分のことを客観視できないから分からないけど、なおちゃんと束紗を見ていると、なおちゃんが言ったように、自由に出来るベーシックなところには、女性同士っていう分かり合えるための一線があって、その上で束紗が言ったように、気を遣い合いながらもバーンって出来るんだと思う。ステージの上でゴーする時はみんなタイミングが一緒っていうね。だから束紗、行かないで…!
林: あはは。どうなるんだろうね、男のベーシストが入ったら。
日暮: 尻、叩きまくるよ(笑)。
一同: 爆笑
日暮: 鞭買ってきて「違う!そうじゃない!」って(笑)。
――(笑)。結びの部分になりますが、最後に愛葉さんから現体制での残された日に向けて、一言いただけますか?
日暮: 束紗が抜ける云々っていうことを考えちゃうかもしれないけど、それは仕方ないことだから、なるべく考えないで楽しんでもらいたいですね。アルバムもかなりバラエティに富んだ曲が入っているので、すごく面白いものが出来たと思うし、それを聴いてきてもらって、ライブは全曲やるかは不明ですけど(笑)、いつもどおり楽しんでほしいなって。別にTHE GIRLが終わるわけじゃないから、引き続きっていう感じで見てもらえればなって思います。
text by Shota Kato[CONTRAST]
photo by Masato Yokoyama
★Qetic独占! 急遽THE GIRLべーシストを大募集!?!?
Event Information
SENSATIONAL GIRL
2013.02.23(土)@下北沢THREE
LINE UP:THE GIRL and more…
問い合わせ:THREE(tel 03-5486-8804/3@toos.co.jp)
Release Information
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