ザ・ナショナルがこんなにも理想的な成功を手に入れると予想できただろうか。ファン、そして批評家にも同じように愛され、尊敬され、良作を生み出し続ける稀有なバンドになるとは。今の彼らがあるのは、運や音楽的スキルといった様々な要素があるだろう。でも僕は、彼らの成功はひとえに「期待されていることやシーンの動向・トレンドから類推して目指したほうが良さそうなこと」と「自分たちができること」をしっかり区別できたことに依ると思っている。

ゼロ年代初頭のザ・ストロークスを震源としたR&Rリヴァイヴァルやポスト・パンク・リヴァイヴァルの勃興を始めとした多くのトレンドが行き交うNYで自分たちを見失うことなく活動を続けた。そして2007年の出世作『ボクサー』をきっかけにジワジワと成功の階段を登り、2010年の前作『ハイ・バイオレット』での世界的な成功まで、本当に着実に幅広い音楽的要素を身につけてきた。そして最新作『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』は、集大成的でありながらも成功によって保守化することなく、新しいチャレンジの成果が織り込まれた正に最高傑作と呼ぶに相応しい作品になった。おそらくこれまでになくリラックスした、良い意味でラフな印象を抱く人が多いかもしれない。

事実、レコーディングのプロセスはこれまでの緊張感が張り詰めたものに比べ、久しぶりにリラックスし、楽しめたものだったとのこと。そして、楽曲制作のプロセスも、これまでアーロンがある程度細部まで作り込んだ後にメンバーで構築的に作り上げていたが、今回はかなりラフなデモだけを頼りに、メンバー間のインタラクションを重視して、軋轢を恐れず、バンドのケミストリーを信じたという。エレクトロニクスと生のドラムビートの巧みな融合(“デーモン”)であったり、コーラス・メロディを1曲内で何度も変化させたり(“アイ・シュッド・リブ・イン・ソールト”、“ピンク・ラビッツ”)と、良く耳を澄ますと本当に発見が多い作品にもなっており、これまで以上に柔軟で楽曲のバラエティーも豊かな繰り返し聴く喜びに溢れたレコードだ。

こう振り返るとまるでバンドの歩みは多くの人には順風満帆に聞こえるだろう。しかし、そんな彼らも今作の制作を終えるまで、バンドとして十分に自信がなかったのだという。今作から感じられるリラックスした雰囲気、バンドの結束の強さ、親密さが現れたサウンドは、14年間の間に試行錯誤の末に見つけたメンバー間の関係性の在り方のひとつの答えだと言えるかもしれない。

今回はそんなバンドの14年間の間に起きた変化、そして新作で辿り着いた場所についてボーカルのマット・バーニンガーに聞いた。ロック・バンドのメンバーというよりは、知的な大学教授のように見える彼は前回のインタビューの時と同様、フランクでお茶目に質問に答えてくれた。そして最後に力強くこう語ってくれたのだ。「今の僕らは、メンバーの誰もが思い描いていたより素晴らしいバンドだと思う。」と。

Interview:Matt Berninger (The National)

――実は僕は昨年イギリスで行われた<ATP>に行ったんですよ。リラックスした雰囲気の中、新作からも数曲披露され、バンドの良い状態が伝わって来ました。あの時に感じた新作への期待感がそのまま実現した素晴らしい出来になったと思います。まずは今作を作り終えた感想はいかがですか?

まず言っておかなくてはいけないのは、<ATP>でプレイしたときよりアルバムはずっと良い出来になっているってことなんだ(笑)。あの日、きちんとプレイ出来なかった曲もあるから、期待値が低くなっているかもしれないって心配していたんだよ…(笑)。というのは冗談で(笑)、今作はバンドとして今までで一番頑張ったし、作り終えた充実感に溢れている作品なんだ。アルバムとしては、ダークなレコードで楽しげな雰囲気のものではないけど、バンドとしては本当に、このレコードが作れてとてもハッピーなんだ。

――今作を聴いた最初の印象は、リラックスしたムード、そして自信です。このヴァイヴは何によってもたらされたものですか?

このアルバムは死や混乱、壊れていく関係、上手く行かない恋、といったモチーフを扱っているんだけど、そうした感覚への恐怖を受け入れることについて歌っている。つまりそうしたネガティブな感情があっても良いんだと認めて、受け止めてあげることをテーマにしているんだ。だからピースフルというかどこか落ち着いたムードがあるんだと思う。

――プレスリリースではマットの「自信のなさを打ち消そうとしていたけど、ようやくそこに到達した」というコメントもありましたが、その不安はどこから来ていて、自分たちを誰に対して証明しようとしていたものなのでしょう? メディア? ファン? それともより身近な(NYの)ミュージシャンのコミュニティだったりもするのでしょうか?

自信の無さというのはあくまでも自分たち自身に対してだと思う。ファンやメディアとかミュージック・コミュニティからの評価というのは気にしていていなかったと思うよ。そういった存在との関係っていうのは、結婚とかに似ていて、より高次元な部分での繋がりである気がするんだ。僕が言う「自信の無さ」というのはあくまでもバンドの5人の中のもので、バンドとして互いを信じて、揺るぎない自信を確立するという点において不確かな部分があったということなんだ。

――22ヶ月に及んだ『ハイ・バイオレット』ツアーは、バンドに大きな自信をもたらすきっかけになったのではないかと思います。バンドとしてブレイクスルーを感じたエピソードや瞬間があったなら教えてください。

ツアーの中で特別にそうした瞬間を経験したというエピソードがある訳ではないんだ。あくまでも経験の蓄積、時間の蓄積なんだと思う。バンドとあらゆる時間を共有したこと、素晴らしい夜も最悪な夜も経て、色んなアップダウンを共有したことが全てなんだ。酷い喧嘩をしたこともあるし、信じられないほど素晴らしいこともあったわけで、まるで家族のように時間を共有してきたことが最も重要なんだ。だから特定の出来事を挙げることは出来ないかな。

――今作のタイトルはこれまでの作品とはトーンが変わりましたよね? 『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』というのは、これまでのタイトルような曖昧で解釈の幅が広いフレーズではないと思います。収録曲“シー・オブ・ラブ”の一節ですが、なぜこのフレーズを選んだのでしょうか?

そうだね。ひとつには、君が言うとおり今までと違う何かにしたかった。同じ事を繰り返したくなかったというかね。同時に、クラシカルだけど何か他と違う響きを持つ感じにしたかったんだよ。アイデアの元には、人間はどんな状態であっても、例えば金持ちでも貧乏でも、成功していてもいなくても、必ずトラブルはついて回るっていう考えがあった。『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』にはそんな考えを表すのに合っているなと思ったんだよね。

――あなた達の音楽的な歴史を振り返ると、「継続的な進化」という表現が最も適しているのかなと思います。今作も一聴するとシンプルなサウンドだけど、“デーモン”でのシンセを基調にしたエレクトリック・ビートのように新しい試みもあると思います。バンドとしては、他にサウンド面ではどんな新しいアプローチを行ったのでしょうか?

エレクトロニックな要素というのはまずあるだろうね。スフィアン・スティーブンスが今回も沢山プレイしてくれているんだけど、彼がシンセ・ビートのアイデアを沢山もたらしてくれたことは事実。それとブライアン(Dr)のオーガニックなビートが合わさっているんだけど、それは初めてトライした新しい要素と言えるかな。サウンドの面では、他にもオーガニックなサウンドを出すのにアナログ・シンセを沢山使ったよ。例えば「MOPHO」っていうやつだったかな。僕はシンセなんて弾けないし、詳しくは分からないんだけどさ(笑)。とにかく今回ほど山ほどアナログ・シンセを使ってサウンドメイクをしたのは初めてだったんじゃないかな。あとはリズムの拍子(タイム・シグネチャー)についても新しい試みがあったよ。“デーモン”とか“アイ・シュド・リブ・イン・ソールト”、“ハード・トゥ・ファインド”なんかでは学理的にいっても面白いリズム(拍子)・アプローチを試している曲なんだ。といっても、僕は送られてきた音源に合わせてメロディを考えただけなんだけどね(笑)。でも間違いなくこれまでになかった新しいチャレンジだったと思う。

The National – “Demons”

――あなたは今作を作る上でロイ・オービソンに強くインスパイアされたと聞きました。私はサイモン&ガーファンクルやボブ・ディランの影響も感じましたが、こうしたクラシカルなソングライティングにアクセスしたきっかけは何だったのでしょうか?

他のメンバーもそうだけど、それ以上に僕が特にロイ・オービソンについて強く意識していたんだ。彼ってひとつの曲の中に8つのメロディが存在していて、二度と同じメロディには戻らなかったりするんだ。そんなクレイジーでイノベイティブなことをメロディにおいてやってのけたんだよね。僕にとってはそれが凄く刺激的だった。だからこのレコードでは、今までのどのアルバムより色んなメロディと言葉が散りばめられていて、それはロイ・オービソンにインスパイされたものなんだ。バンドでは、タイムレス(時代に囚われないこと)であることについて話したよ。サイモン&ガーファンクルやボブ・ディラン、キャット・スティーブンスやニール・ヤングなんかのようにね。そして、今回のレコードで僕らは、自分たちのサウンドがモダンだったり、クールに聴こえなくていいことを許したんだ。全然気にも留めなかった。ただそのサウンドがエモーショナルなレベルでどう人に作用するのかだけを追いかけたんだ。サウンドがクラシカルか、モダンなロック・サウンドかなんてことは関係なくね。

――サウンドのリラックスした印象とは対照的に、歌詞には躁うつ的なヴァイヴも感じました。これにはどんな背景がありますか?

部分的には賛成なんだけど、それが厳密に文字通り歌詞に現れているかは分からないな。このレコードで、僕は自分自身の感情の相反する側面を尊重しているんだ。激しい落ち込みも昂揚感もね。一日の中だって人は、両方の感情を行き来するし、その中である種の平安を見つけるものだよね。勿論、極端な感情をあまりにも激しく行き来するのは問題だけど、ある程度は自然だしヘルシーなことだしね。

――アルバムには多くのコラボレーションの要素があると思いますが、同時僕は今まで以上に「バンド」のサウンドに聴こえたんですね。ザ・ナショナルとして14年間の時を経ていますが、バンド内の力学というのはどう変化して、発展してきたのでしょうか?

そうだね、確かにバンドの歴史の中で、一番バンド・メンバー全員が同じ事を考え、同じ事にエキサイトしていたと思う。多分僕らは互いの才能とか価値を尊重することを学んでいったんだ。そして、どう効果的に協働していけば良いのかを理解したんだよね。どう個人のエゴをコントロールするかということを。だからこのレコードはこれまでの中でも特定の誰かが際立ったりしていない作品なんだよ。つまり、誰か一人でやるよりもバンドでやるほうがずっと良いものが創り出せるということに気がついたということなんだ。

――ザ・ナショナルは、音楽的にはゆっくりと着実に変化してきました。しかし、分かりやすくいえばオアシスにとってのビートルズやラーズのように、バンドのルーツといえるようなバンドやサウンドは無いと言える気もするのですが。この意見についてはどう思いますか?

あー、なるほど。個人的には沢山挙げられるんだけどね(笑)! でもバンドの他のメンバーが同意してくれないかも(笑)。バンドとしては、確かに明確にわかりやすい影響というのは聴きとることは出来ないと思う。今回のレコードなんて1曲の中にだって沢山の影響が聴き取れると思うし。バンドの歴史としてもレコードは毎回違ったものだしね。しかもバンドのメンバーも本当にそれぞれ違うバックグラウンドを持っているから、他のバンドより特定の影響を挙げにくいだろうね。

――14年前、バンドを始めた時にはどんなバンドになることを理想として思い描いていたのか教えてもらって良いですか?

何一つ達成できてないかもしれないけど良いかな(笑)? 14年間、僕らはずっと野心的に「他とは違う何か」になろう、「他とは違うもの」を生み出そうとトライしてきた。でも今回のレコードを作って気が付いたのは、この闘いには勝者は居ないということなんだ。僕らはただ曲について心配すべきであって、どんなバンドになりたいかなんてどうでもいいことなんだ。例え今自分たちがどんなバンドであろうとも、路線を変えるには遅すぎるし、どの道僕らは僕らでしかないんだ。何年か前までは、明確にどんなバンドになりたいかのイメージはいくつかあったんだけど、何一つその通りになんてなっていないよ(笑)。

――ではあなた達が今作で辿り着いた場所というのは、過去思い描いていた場所と比べてどうですか?

僕らはとてもラッキーだと思う。でもそれは誰かのコントロール下で得た幸運ではない。時には軋轢を生む異なるアイデアのぶつけ合いが僕らを形作ってきたんだ。それだけ強力なアイデアを生み出せてきたのは幸運だと思う。そうだな、今の僕らっていうのは、バンドの誰もがかつて思い描いていたよりもずっと素晴らしいバンドなんじゃないかな。

(text&interview by Keigo SADAKANE)

Release Information

2013.05.22 on sale!
Artist:The National(ザ・ナショナル)
Title:Trouble Will Find Me (トラブル・ウィル・ファインド・ミー)
4AD/Hostess
BGJ-10173
¥2,490(tax incl.)
●日本盤はボーナストラック、歌詞対訳、ライナーノーツ 予定