日本で生まれた私たちの多くが、日本語で教育を受け、日本のドラマや映画に触れながら育ちます。それでは、子供のころから異文化に触れ、複数の言語で教育を受ける環境の国では、どのような音楽が生まれるのでしょうか?
今回話を聞いたのは、アジア随一の多民族国家マレーシアのインディーズバンド:The Venopian Solitudeのボーカリスト、Takahara Suiko(タカハラ・スイコ)さん。
The Venopian Solitudeは、民族音楽、ジャズ、ヒップホップ、多種多様なパーカッションを取り込み、一風変わった音楽性のバンドです。
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その自由さと楽曲の完成度が評価され、マレーシア国内では、ケンタッキー・フライドチキンのコマーシャルならびにNetflixのプロジェクトに参加。
2019年には、日本からゆずやSuchmosらが招かれた台湾最大の音楽の式典、Golden Melody Awards 金曲奨のショーケースライブにマレーシア代表として出演するなど、海外での活動も目立ちます。
その背景を掘り下げたところ、自国の文化に加え、海外文化の影響を貪欲に受け取り、進化してきた過程について、明るく丁寧に語ってくれたので紹介します。
(聞き手=中村めぐみ @Tapitea_rec)
Profile:Takahara Suiko(タカハラ・スイコ)
1990年12月5日生まれ、スランゴール州シャー・アラム市出身。華僑の祖母を持つ中華系クオーター。The Venopian Solitudeの作詞作曲、ボーカル担当。
高校卒業後、日本(香川県)の高等専門学校へ留学。そのための準備として、マレーシアの準備学校(Prep School)へ通っていた際、勉強によるストレスを発散するために一人で音楽創作を開始。マレーシアへ帰国後、仲間たちとともに本格的にThe Venopian Solitudeの活動をはじめる。
現在、専業ミュージシャンとして生計を立てている。
The Venopian Solitude Official website|Twitter
多民族国家、マレーシアで受け取る異文化
━━今日は流暢な日本語と英語でインタビューに応えてくれていますが、日本語はどこで学んだのでしょうか?
香川県にある高等専門学校へ留学するために、マレーシアの準備学校で日本語を学びました。
━━日本の高専へ、しかも地方の学校へ留学する方はなかなか珍しいような…。
マレーシアでは17歳の頃に試験があって、成績が良い人は大学へ、成績がよろしくない人は高専に行くのですが、私は後者だったのです(笑)そして、都会ではなく、地方の学校を選んだのは、マレーシア人のコミュニティに甘えないようにするためです。高専では電子工学を学んだあと、2013年に帰国しました。
━━日本に興味を持ったきっかけは?子供の頃に触れたカルチャーはどのようなものでしたか?
日本に興味を持ったのは『ドラえもん』がマレー語の吹き替えで放送されていたのを見たのがきっかけです。マレーシアでもドラえもんは人気番組で、『ドラえもんのテーマ』はみんなが歌えるくらい浸透しているんですよ。
それ以外で言うと、国教であるイスラム教の宗教音楽、ナシードをよく聞いていました。とはいえ宗教一辺倒、というわけではありません。マレーシアでは海外のテレビ番組が放送されていて、それらを家族と一緒に楽しむのが日常で、香港や韓国のドラマ、インドの映画、アメリカのテレビ小説など異国の文化をたくさん受容できる環境だったのですよ。
自国の文化にも、多くの異文化にも囲まれるなか、私の一番のお気に入りは日本の音楽で、スキマスイッチと、NARUTOのエンディングテーマで知ったASIAN KUNG-FU GENERATIONの”ハルカカナタ”が好きでした。
━━ありがとうございます。マレーシアでは、マレー語に加え英語、北京語なども話されていますが、スイコさんの育ったご家庭では、いつもどの言語で会話をしていますか?
私の家族は、英語とマレー語をミックスして話します。たとえば、「今日はショッピングモールでご飯を食べたい気分だな~」と思ったときは、「I think I wanna makan lunch kat mall kot.」(=I think I wanna eat lunch at the shopping mall maybe.)と言います。
━━不思議な感じ。
マレーシアでは幼稚園の頃から、一部英語で教育を受けますので、これが日常です。小学校に上がると、国語と社会はマレー語で、数学と理科は、英語で授業を受けますよ。
━━ありがとうございます。留学する直前にリリースした2009年のファーストアルバム「I Stayed Up All Night Doing This」では、フォーク・ソングが多めですが、当時よく聞いていた音楽は?
Kimya Dawson、Laura Marling、Kimbra、Kawehi、Kendrick Lamar、Tune-Yards…など欧米のフォーク系シンガーソングライターが中心です。準備学校の友達からおすすめを教えて貰ったり、YoutubeやLast FMで良いな、と思うものを聴いたりしていました。
創作をはじめたきっかけは、準備学校の宿題に取り組むストレスが限界に達し、これを発散するためでした。ファーストアルバム「I Stayed Up All Night Doing This」を創ったときは、一般的な曲の長さに縛られたくないな、という思いがあり、1曲が短いものが多いですね。
━━日本から帰国後、音楽性がかなり変化していますが、この理由は?
レーベルの仲間たちとバンドを結成し、メンバーチェンジを繰り替えすなかで、異なる背景を持ったメンバーたちが自由にアイディアを出し合って曲を製作するスタイルが確立しました。
━━現メンバーのバックグラウンドについて教えてもらえますか?
ヒップホップとジャズの背景を持つプロデューサー、シークエンス担当のKEMAT、
セッショニストとして経験が豊富で、台湾の張韶涵とも交流があるRUVI、
オーケストラのメンバーとしても活動していたキーボードのADAM、
クラリネットを学んだあと、パーカッショニストに転向したSHAFIQ、
マレーシアン・ポップスとロックが得意な、ギターのIZHAR、
アメリカの名門、バークリー音楽大学を卒業したギターのIRENA、
有名な劇場やメインストリーム、インディーズのバンドの音響技師として活動している、音楽監督と音楽技師のBIJAN。
そして高度教育を受けたテック担当のAPIP、マルチメディアを学んだビデオグラファーのHANが関わって、一人で音楽を創っていたときよりもずっと表現の幅が広がりました。
━━ 一人ひとりが国際性が豊かで、個性的なバックグラウンドを持っているんですね。曲をまとめるのが大変そうですが、創作のプロセスについて教えてもらえますか?
私たちのリハーサルは、ストイックに練習する時間よりも、試行錯誤を繰り返す「遊び」の時間がとても長いです。私が曲、詞と大まかな構成をメンバーに渡した後、メンバーたちから「これをやってみよう」「こうしたら面白いんじゃないかな?」という提案があり、それらを実際にスタジオでどんどん試していきます。
そんな試行錯誤を繰り返して、一番「良い!しっくりくる!」と思ったものを採用していく。だから、ロックも、ヒップホップも、バラードも、電子音楽も1曲でまとめられるのですよ。
━━スイコさん自身が、自分のアイディアに、メンバーのアイディアが加わってブラッシュアップすることを楽しんでいるのですね。そんなアイディアの源泉はなんですか?
私にとって音楽を作るのは、寝なければいけない、ご飯を食べなければいけない、というもので、しないと頭がめちゃくちゃになってしまう。そんな存在です。
今、創作について私が決めているたった1つのルールは、「ラブソングは書かない」ことです。恋愛以外の日常生活で起きたこと…たとえばインターネットの記事を読んで怒りを感じたとしたら、その感情を自分を通して表現できます。
表現力を高めていくためには、新しい音楽を聴いて、自分自身をアップデートすることが重要で、そのために言葉の分からない海外の音楽をよく聞いています。最近のお気に入りのアルバムは、Luedji Luna『Um corpo no Mundo』などのブラジル音楽です。
台湾の音楽の式典で
━━マレーシア国外でも活躍するThe Venopian Solitudeですが、2019年に台湾最大の音楽の式典、Golden Melody Awards 金曲奨に招待された時のことを教えて頂けますか。
Golden Melody Awardsへの出演は、クアラルンプールの独立系レーベル兼コンサート・プロモーターであるSoundscape Recordsの創立者、Mak Wai Hoo(マック・ワイ・フー)さんの手引きにより実現しました。
Soundscape Recordsは、マレーシアと海外の音楽シーンの交流を促進する役割を担っています。彼らが運営するCITY ROARS FESTIVALは、Golden Melody Awardsとパートナーシップを締結していて、2020年1月の開催時には、台湾や日本、シンガポールのアーティストが出演しました。
━━なるほど、海外とマレーシアの交流を作る大きな流れがあるんですね。そのなかで実現したショーケースライブへの出演ですが、当日を振り返っていかがですか?
いつも私たちは、地元の200人キャパくらいのライブハウスで演奏していますが、今回、台湾で出演したのは、それよりも大きい会場でかなり緊張していました。
私たちはマレー語で歌いますので、台湾のお客さんたちは歌詞が分からないだろうな、って。でも実際に演奏してお客さんの反応を見ると、歌詞も音楽の一部として楽しんでくれているのがわかりました。そしてマレーシアで私たちのお客さんは若い方が多いのですが、台湾では、おじいさん、おばあさんくらいの年代の方が、最前列で私たちの演奏を見に来てくれていたのもかなり意外で、なるほど、場所が変わるとこんなにも反応が変わるんだなぁ、と。
━━Golden Melody Awardsで台湾のアーティストで、気になった方はいますか?
原住民シンガーの桑梅絹 Vusanaです!歌と民族のSpilitを持つ歌の力に感激しましたし、民族音楽の演奏を大きな会場でも演奏できることに感激でした。
マレーシアでは民族音楽の歌手をイベントで見られる機会はそれほど多くありません。台湾政府は、地産の文化を大舞台にサポートする姿勢があるのだな、と思いました。
桑梅絹 – 《渲染》- 渲染
━━ありがとうございます。日本からはゆず、Suchmosが出演したことで話題になっていたんですけれども、マレーシアから見た金曲賞のお話が新鮮でした。
マレーシアのトップ・インディーズアーティストとして
━━The Venopian Solitudeはライブに加え、Netflixのプロジェクトにも参加していますが、どのようなお仕事なのですか?
今回私たちが参加した「sicreview」は、Netflix Malaysiaで配信している番組と、4組のアーティストがコラボレートするプロジェクトです。それぞれのアーティストに担当番組が割り振られて、その番組のレビューを音楽で表現します。
その音楽に対してNetflixのビデオプロダクトチームがシナリオを書いて、1本のミュージック・ビデオを作るという内容です。The Venopian Solitudeは2つの番組を担当して、私は殺人鬼として出演したり、お化けとして出演したりしています(笑)
━━なるほど、マレーシアでもNetflixが流行っているんですね。
はい、Netflix、アジア版のNetflixのような立ち位置であるiflix、韓国の番組を多く配信するviuが人気です。
━━なるほど、ご活躍の幅を広げているThe Venopian Solitudeですが、普段応援してくれるファンの存在があってこそだと思います。The Venopian Solitudeがマレーシアのリスナーに応援されている理由を、スイコさんご自身はどのように分析していますか?
多様なバックグラウンドを持ったメンバーたちによる音楽性に加え、幾通りにも解釈できる歌詞が私たちの魅力かな?と思います。たとえば、2014年のアルバム『Hikayat Perawan Majnun』収録の”Tenangkan Bontot Anda”で言うと、タイトルを日本語に訳すると「あなたのおしりを落ち着けて下さい」なのですが…。
━━え、どういう意味?
元々は、「宿題をやりたくなくて憂鬱な日があったとしても、この気持ちはいつか、消えてしまうから落ち着きましょう」という意味を込めて作った曲で、実際に歌詞の本文では、おしりの話題は特に出てこないんです(笑)一風変わっているんですけれども、この曲はライブの定番曲なんですよ!
━━すごくユニーク! ちなみに、10年後にこうなっていたい目標はありますか?
10年後、私は40歳ですが、メインストリームの方はそのまま変わらないんじゃないかな。インディーズシーンはマレーシアから出て活動する方が多いので、私たちもそういう方向にも行けたらと思います。場所にこだわりはないけれど、北米、USAが気になっています。日本でそういう活動をしてるアーティストがいたら、ぜひ話を聞きたいです!
━━はい、日本から海外に出て活動しているバンドの方はいますよ。後ほどいくつか資料を送ります…今日はありがとうございました!
The Venopian Solitude Information
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