2022年にさらに注目されるであろうインターネット発の新世代プロデューサー「TOOBOE(ボカロP名義:john)」と「いよわ」。TOOBOEは2021年12月22日に1stアルバム『千秋楽』を、同日にいよわも2ndアルバム『わたしのヘリテージ』をリリース。アルバム同日発売というふたりの関係、彼らから見る新しいボカロシーンとあえてCDアルバムを出す意義、その一部をあえて対談で切り取っていく。

対談:
TOOBOE × いよわ

千秋楽と遺産
共通する創作への考え方

TOOBOE 僕といよわさんが知り合ったのは2019年頃でしたよね。普段から一緒にゲームをする仲ですけど、今回のアルバム発売日が重なるとわかってからは、しょっちゅう連絡を取り合っていて。

いよわ 2021年12月22日のまったく同じ日に。本当に偶然なんですよね。TOOBOEさんは発売告知時にはすでに作品が完成していたとか。制作ペースが速すぎて、本当に尊敬です。

TOOBOE 僕は慎重派なので。でも、いよわさんの方が告知自体は先にされていましたよね。今回は、TOWER RECORDS 渋谷店に展示する色紙でコラボさせてもらいましたけど、楽曲からイラストまでセルフプロデュースしているボカロPは数えるほどしかいないので、嬉しかったです。

いよわ 親近感というか、シンパシーを感じます。そして、TOOBOEさんのアルバムすごくよかったです。

TOOBOE 今回は、ボーカロイド(以下:ボカロ)名義のjohnではなく、シンガーソングライターのTOOBOEとして発表する初めてのアルバムで、タイトルは舞台などの公演最後の日を意味する『千秋楽』。昔から「明日死んでもいい」や「この作品が最後でもいい」という想いで創作活動をしていますが、もう本当に、いまやれることを出し切って。そういった創作に対する考え方は、いよわさんのアルバムコンセプトとも一緒ではないですか?

いよわ たしかに。僕の2ndアルバム『わたしのヘリテージ』は、タイトルに「ヘリテージ」(=遺産)と入れているくらいなので。自分の作品が聴いてくださる方々の人生にできるだけ長く寄り添えるものでありたいと願って名付けました。

千秋楽 – TOOBOE

「フルコースで暴飲暴食させた後のお茶漬け」のような位置付け

TOOBOE お互いがお互いに影響されている部分もある気がします。それこそ、2人ともコード進行に対するフェチズムの感度が高くて。例えば、変態的なコード進行にすると盛り上がるとか(笑)。

いよわ お互いの作品を深くまで観ていて、それが自然とそれぞれの作品に反映されている部分は確実にあるかなと。『わたしのヘリテージ』でいえば、聴いていて直感的に気持ちいい音や、いい意味で変なパーカッションの音が鳴るあたりとか。

TOOBOE そうですよね。いよわさんのアルバムに、動物は好きだけど人間は嫌いだと歌う“ヘブンズバグ”がありましたけど、僕も本当に一緒で。そのあたりの感情がしっかりと言語化されていて、あとは“くろうばあないと”もそう。感情や欲望を食材のように例えながら、皿に乗せて平らげたり、逆に食べずに残したり。そういった捉え方の感性がすごく近いなと。

ヘブンズバグ – いよわ feat.初音ミク・歌愛ユキ(Heaven’s bug / Iyowa feat. Hatsune Miku & Kaai Yuki)

くろうばあないと – いよわ feat.初音ミク・flower・歌愛ユキ・GUMI(Clover Knight / Iyowa )

いよわ そのコメントが何より嬉しいです(笑)。

TOOBOE それとは別に、いよわさんの構成という概念がないサウンドには、「どうやって作るの?」といつも思わされています。たぶん、音色から作るタイプですよね? 変な音を見つけると、バチっとピースがハマる感覚を覚えるというか。

いよわ その通りで。そのピースがハマる感覚になるまで、いい音を探し続けます。楽曲を作っていると、唐突に物足りない要素が浮かび上がってくるので、その空洞を埋められる音を探していますね。結果的に音がめちゃくちゃになるんですが、「あ、いいじゃん」って納得できる。このポイントは、自分だけでなくリスナーにも刺さるところだと考えています。

TOOBOE いよわさんは本当に天才。凄いとしか言えないです。

いよわ 逆に、TOOBOEさんはjohn名義とは違い、初音ミクではなく男性ボーカルを扱う点で苦労などもあるんですか?

TOOBOE たくさんありますね。最終的に「やっぱり初音ミクの声でいいじゃん」の思考に至りがちで。それこそ活動当初は、自分の歌声をサウンドにマッチさせられずに試行錯誤をして。一生懸命に両者のサウンドのすり合わせをしていきました。

いよわ でも、デビュー曲“赫い夜”は、TOOBOEさんらしいエッセンスをトラックに残しながら、歌声に合うテイストにもなっていました。この話を聞いて、制作の背景には苦労があったんだなと。僕には、TOOBOEさんの醸し出す渋さや、大人の格好よさは出せないので、ご本人が歌っているがゆえの要素がとても羨ましいです。

TOOBOE 僕はむしろ、いよわさんが羨ましいです。もし仮に、いよわさんの楽曲を譲ってもらえるなら、今回のアルバムだと“たぶん終わり”と“アイリスアウト”をお願いしたくて。『千秋楽』では「ザ・J-POP」な楽曲を集めたんですけど、この2曲はそのテイストにも近いポップス感を感じます。

いよわ えっ、嬉しいです! 特に“アイリスアウト”はアルバム終盤に収録するので、普段の奇を衒ったサウンドよりも、聴き手の心に純粋に訴えかける優しい感情や、そっと寄り添える方向性を意識したんですよね。

TOOBOE アルバムの曲順もとてもよくて。いよわさんの作る音楽には満足感もありつつ、同時に悪い意味でなくある種の疲労感も存在していて。ただ“アイリスアウト”は違いましたね。流れるタイミングもばっちりで、本当にグッときました。

いよわ 「フルコースで暴飲暴食させた後のお茶漬け」のような位置付けで(笑)。 それでいうと、僕はTOOBOEさんの“変”をいただきたいです。MVの雰囲気も相まり、頭を空っぽにできるんですよね。人に音楽を勧める時によく言う「聴けば一発でわかるから!」じゃないですが、“変”の音楽的な性質は、そうした感覚だけで伝わってくれる部分にあると思うので……ほしいです。いや、TOOBOEさんの楽曲なら、もう全部ほしいですけど(笑)。

TOOBOE × いよわ|インターネット新世代プロデューサーが語る新しいボカロシーン interview220117_tooboe-iyowa-02

「ボカロPだからすごい」と一括りにされている気がする

TOOBOE 僕が“赫い夜”を作った意図もそこにあるんですけど、ボーカロイドらしい癖の強いサウンドメイクが、2020年頃からの邦楽シーンで一気に「アリ」に変わった瞬間がありましたよね。

いよわ ボカロシーンには、個人の癖を出せば出すほど評価されやすい、個性の文化と言い換えられるような側面がありますから。とはいえ、邦楽シーン全体のトレンドや、人気のある楽曲のタイプは気になりますし、調べるようにもしています。情報をキャッチした上で、自分がその波に乗るのか否かを初めて選ぶ権利が得られるというか。逆張りではないですが、トレンドに乗らないことと、はなから知らないことはまた別次元の話ですよね。

赫い夜 – TOOBOE

TOOBOE まずは実際に人気作品を聴いて、それから「自分はこれまで通りに進もう」と意識付けをすればいい話という。

いよわ それにしても、近年のボカロPにはどんな役割が求められているのでしょうね。メディア全体の傾向としてすごく注目を集めている存在ですが、勢いのあるブームは、同時にすぐ冷める可能性もあると思っていて。僕らとしては単なるブームで終わらせたくない。例えば、いい曲を見つけて調べてみたら、たまたまボカロPが作っていた。そんなふうに、ボカロが邦楽シーンに自然な形で浸透していってほしいです。

TOOBOE 自分も含めて、現状は「ボカロPだからすごい」と一括りにされている気がします。ただそれだと、ボカロの本質的な部分が理解されにくいんじゃないですかね。

いよわ ボカロ文化の本質について、僕は多様性にあると考えていて。それぞれが自由に、好きな表現をできる事実に、もっと光が当たってほしい。創作者それぞれが持つ癖を、すべて同じように扱われるのは少し違うのかなと。ボカロがこれからも愛されるには、そうした理解が広まることが必要だなと感じていますね。

TOOBOE そして「ボカロがトレンドだから」と、安易にその船に乗るのは少し話が違うとも思うんですよ。そんなに甘くない。やっぱりみんな、好きでやっていますから! ボカロが大好きなんです。

いよわ ただ、どんな形であれその作品がよいものであれば、その評価に変わりないわけで。変に仮想敵を作らずに生きていきたいものですよね。「みんなが偉い」の精神というか、ボカロシーンの特徴のひとつに寛容さもあると感じているので。

TOOBOE 間違いないです。

いよわ あと、ユーザーのコンテンツ消費の仕方にも、確実に変化が訪れている時代ですよね。最近は音楽のほか、様々な作品がインスタントに消費されていますが、そうした視聴体験を好む方もいれば、同時に苦手な方がいても不思議ではないのかなとも。だからこそ、特に個人単位で作品を発表するボカロPという存在は、自身の作品と投稿するプラットフォームの相性を検証するスタンスを常に持っていることで、健全な活動を続けられるのではと。

TOOBOE 少し突き詰めて言えば、YouTubeやニコニコ動画を主戦場とするクリエイターが、TikTokなどで簡単にバズれるかと問われたら、そうではないと僕は考えています。もちろん、そういった方々の活動を否定する気持ちはまったくなく、単純に各プラットフォームでのトレンドの生まれ方が別物なだけで。そんな複雑な時代で、偶然にもまったく同じ日にCDをフィジカルリリースする意図は、僕もいよわさんも一緒じゃないですか? やっぱり、作品を一生残したい。

TOOBOE × いよわ|インターネット新世代プロデューサーが語る新しいボカロシーン interview220117_tooboe-iyowa-05

自分の絵柄は自分にしか使えない

いよわ そもそも近年は、CDに対してコレクション的な価値をつける流れが加速していますよね。僕も自分の作品がリスナーの手元に置いてあってほしいし、その人生の一部に溶け込んでいってほしい。それこそが作品をフィジカルリリースする価値だと捉えています。自分自身としても、活動の証を物として手に取れるのはうれしいですし、感慨深いです。

TOOBOE 僕やいよわさんのように、イラストまでを含めてセルフプロデュースをする人間からすれば、「歌詞カードのここに、誰でもない自分が文字を配置したんだ」という細部までの熱量込みで、「作品を作り上げる」行為なんですよね。僕は今回、これまでに描いてきたキャラクターの解説ブック『悪役記(ヴィランノート)』を付録として付けたんですが、それもjohn名義での活動当初から応援してくださっている皆さんに向けてのもので、もうほとんど恩返し。作品がそうした方々の手元に残ることが、作家冥利でしかないです。

いよわ やっぱり、セルフプロデュースなんですよね。僕は2018年2月に投稿した初動画“終末のお天気”から自作イラストなんですけど、最初は単純に……絵師さんや動画師さんなど、初対面の人に依頼をするという行為が怖くて(笑)。

TOOBOE わかります(笑)。

いよわ きっかけはそんな些細なことで(笑)。絵師さんと一緒に素晴らしい作品を作られている方々ももちろんリスペクトです。その上で、ボカロPにとって動画投稿はとても意味のある行為で、それが僕の場合だと、最早ひとつの総合芸術を作っている感覚なんですよね。

TOOBOE 何より自分で描いちゃった方がもう速いので。スキル次第ですけど、表現したい世界観を100%で正しくアウトプットできるのは、他ならない自分だけだなと。

いよわ あ、TOOBOEさんはたまに絵師さんにも依頼をされますよね。

TOOBOE 楽曲の雰囲気によって、自分が描いた時以上の成果を期待する時にお願いしています。でも、最近は「人気絵師に頼む=動画の再生回数が伸びる」方程式が成り立ってか、彼らも取り合いになっていて……。そんな状況下で、僕といよわさんのようにイラストまで自作する人間だけが持つ強みは「自分の絵柄は自分にしか使えないこと」だと思っています。イラストMVがトレンドのいまだからこそ、この強みはもっと貫きたいですね。

いよわ もし仮に絵師さんにイラストを依頼しても、普段から自作の場合であれば新鮮さも桁違いですし、いろんな選択肢が生まれますよね。

TOOBOE いまは、リスナーがクリエイターの生み出す世界観に対してお金を払う時代で。その人の世界観が好きだからという理由で、活動を追いかけている方々が大半だと思うんです。だとすれば、自分の作品の世界観が確立している方がいいのは間違いないので。

いよわ 作品のすべてを作ると、ますます愛着も抱けますからね。

TOOBOE 自分の作ったキャラクターを好きになりますよね、本当に。

TOOBOE × いよわ|インターネット新世代プロデューサーが語る新しいボカロシーン interview220117_tooboe-iyowa-01

今回のアルバムがCDとして形に残る意味はとても大きい

TOOBOE 僕自身、ユニット活動やシンガー転身をステップアップとは捉えておらず、どちらが格上でどちらが格下なのかなんで関係性も存在しない前提ありきでなのですが……いよわさんは別の活動形態について考えたことはありますか?

いよわ 考えた上で、いまは可能性がないですね。現状の活動形態に対する満足度がすごく高いので。どちらかといえば、ボカロシーン全体に光が当たって、よりたくさんのリスナーにボカロの音楽が届いてほしいです。その延長線上の結果として、いまの創作活動を続けられる環境が生まれたらなと。「あの人、20年とか30年くらい動画を上げ続けているよね」って言われたい。

TOOBOE いよわさんはこれから、もっとすごいボカロPになるでしょうし、リスナーの持っている認識すら変えられるはずだと信じています。いわゆるポップス過ぎなくて、不協和音を混ぜた楽曲が認められていく光景は見ていてすごく爽快なので。

いよわ あんなに癖の強い音楽を多くの方々に聴いていただけるとは、当初こそ思っていなかったですが(笑)。でも、僕の音楽を好きになってくれる人が増えたら、それは自分と似た感性を持つ人が近くに増えることにも繋がるし、仲間が増えるのは嬉しいです。それに、先人の作品に影響を受けた恩があるぶん、今度は僕自身が誰かの先人になって、後世にバトンを繋ぐことが理想的な構造とも考えているので。後世への影響が大きいほど、いま活動している意味もありますから。

TOOBOE だからこそ、目の前にある楽曲を作るしかないんですよね。ちなみに、このアルバムの発売後のご予定は?

いよわ それが何も考えていなくて。ひと月くらいはゆっくりしたいですけど、きっとアイデアが突然に思い浮かんで、制作せずにはいられないんだろうなと(笑)。クリエイターとしての自分への信頼感というか、今までもそうだったので。

TOOBOE アルバム発売をひと区切りに、次のアルバムのことも考えられるようになりますからね。作品のコンセプトをがらっと変えられるようにもなるし。僕は次のアルバムはめちゃくちゃ暗い内容にしたくて……って、僕らはたぶん、一生こうして過ごすんでしょうね。

いよわ そうして重ねていった活動の証が、いつかは自分の創作者人生そのものを表してくれると思います。その点で、今回のアルバムがCDとして形に残る意味はとても大きいですよね。

TOOBOE いよわさんの作品じゃないですけど、まさに「ヘリテージ」な感じで。僕のアルバムタイトルも「ヘリテージ」にしておけばよかった……。

いよわ TOOBOEさん、「ヘリテージ被り」はさすがにヤバいです(笑)。

Text by 一条皓太

TOOBOE – 『千秋楽』

いよわ – 『わたしのヘリテージ』

PROFILE

TOOBOE × いよわ|インターネット新世代プロデューサーが語る新しいボカロシーン interview220117_tooboe-iyowa-03

TOOBOE

ボーカロイドプロデューサー「john」による、自身による歌唱・作家活動・イラスト・映像を始めとした様々なクリエイティブ活動を手がけるソロプロジェクト名義「TOOBOE」。
作詞作曲編曲歌唱だけでなく、イラストやMVまでを一人で手掛けるマルチクリエイター。インディーズながら講談社のタイアップが決まる等、既に特徴的な声と詩曲に注目が集まっている。
新世代注目のシンガー「yama」のメジャーシングル『真っ白』『麻痺』への楽曲提供も記憶に新しく、両楽曲のYoutube上での総再生数は2000万再生に迫る。
yamaの1st EP「麻痺」の全楽曲も手掛け、「john」名義の代表曲『春嵐』は500万再生を超え、ネットシーン次世代中心人物である。

TOOBOE Twitter

TOOBOE × いよわ|インターネット新世代プロデューサーが語る新しいボカロシーン interview220117_tooboe-iyowa-04

いよわ

2018年より動画サイトにて合成音声を用いた音楽作品の投稿を開始。音楽とともにイラスト・動画も自らが担当し、ポップさの中にディープな感情が迸る個性的な作品を構築している。三月のパンタシア、初音ミク公式VRワールド「MIKU LAND 2021 SUMMER VACATION」等楽曲提供も多数。はるまきごはん率いるインディー・アニメ・スタジオ“スタジオごはん”のメンバーとしても活動中。

いよわ Twitter