が待ち遠しくなるような、思わず小躍りしたくなるような、素晴らしいアルバムが到着した。チャズ・バンディックことトロ・イ・モワがおよそ2年ぶりにリリースする最新3rd『エニシング・イン・リターン』は、スウィートな歌ものあり、刺激的なサンプリングあり、そして生演奏ならではのグルーヴあり、まさしくトロちゃんの集大成とも呼べる抜群の完成度だ。

トロちゃんといえば、ウォッシュド・アウトやネオン・インディアン、メモリー・テープスといったアクトと同列にチルウェイヴ/グローファイ・シーンのトップランナーとしてもてはやされ、一躍時代の寵児となったきらいもある。しかし、あらゆる音楽メディアの年間ベストを総なめにした前作『アンダーニース・ザ・パイン』(11年)と、同年の<タイコクラブ>および昨年の<Hostess Club Weekender>でのライヴを体験した読者ならば、トロちゃんがそんなシーンやレッテルを軽々と飛び越えた場所にいるということは周知の事実だろう。そのジャンルレスな音楽性は今作でもますます進化しており、世界ツアーで無数のオーディエンスを踊らせてきた反動か、それともLes Sinsなど別名義でのアウトプットからのフィードバックがあったのか、よりハウシーで、ダンサブルで、フロアライクになった印象も受ける。そして何より、曲が良すぎ。

相変わらず不思議な語感を持つタイトルの由来は? 遂に口元だけでなく顔全体が見えるようになったアートワークのコンセプトは?? 2013年最初のマスターピースとなること間違いなしの『エニシング・イン・リターン』について、根掘り葉掘り訊いてみた。かつてはバット・フォー・ラッシェズ=ナターシャ・カーンと共に、ユニクロのCMにも抜擢されたことがあるチャズ君の茶目っ気たっぷりなインタビューをどうぞ。

Interview:Chazwick Bundick(Toro Y Moi)

Music Video : Toro Y Moi “” (『エニシング・イン・リターン』より)

――最新作『エニシング・イン・リターン』はダンス・アルバムとしても、日常のサウンドトラックとしても、これ以上ないほど刺激的でブリリアントな作品ですね! 前作はモータウン・サウンドを想起させるヴァイブがありましたけど、今作はよりハウス、ヒップホップ、ダブステップなどの要素が強まってモダナイズされた印象も受けます。これはやはり、日本を含む世界中の都市でオーディエンスを踊らせてきた自信が反映されているのでは?

うん、それは大きいと思うな。あと、ツアーを通して、前よりもメロディーに比重を置くようになったんだ。歌をしっかり歌うようになったし、自分の声域の限界に挑戦してみたりもしたよ。今回おもににフォーカスしたのはソングライティングとプロダクションなんだ。家でいくつかデモを録って、それをスタジオに持っていって完成させた。アルバムの大部分は、ドラムやキーボードのトラックを元に組み立てていったんだ。

――ダンス・ミュージックからの影響は大きかったんでしょうか?

うん、間違いなくあると思う。僕自身のダンス・ミュージックに対する興味が今までで一番高まっていたから、それがサンプルの使い方とか曲のリズムの作り方とかにかなり影響を与えたね。特にディープ・ハウスあたりかな。

――「Anything In Return(何の見返りも)」というタイトルが意味深ですが、これは何か小説の一節から取られたのですか? 本来は「do not expect anything in return(何の見返りも求めない)」…のように前後に続く言葉があるものですが、この曖昧さもなんとなくトロ・イ・モワの音楽性にぴったりだなあとも思えます。

そう、アルバムに入っている曲の“High Living”の歌詞の一部で、《And I don’t ask anything in return》っていう部分から取ったんだ。何の見返りも求めずに、お願いを聞いてあげるっていうことについてさ。

――前作『アンダーニース・ザ・パイン』はあらゆる音楽メディアで高い評価を獲得し、年間ベストにも多数選出されました。そんなマスターピースの後に作るアルバムということで、プレッシャーはありましたか?

そうでもないな、今回はとにかく自分で楽しんでいたんだ。リラックスしていたし、楽しかった。『アンダーニース・ザ・パイン』の方が大変だったな。2ndアルバムって、デビュー作以上のプレッシャーとかがあるからさ。

――サンプリングと生楽器が見事に融合した、トロ・イ・モワの集大成的なサウンドスケープが描かれていますね。カリフォルニア州バークレーに拠点を移したそうですが、レコーディングは今回もベッドルームとスタジオを併用したのですか。また、アルバムにはライヴ・メンバーも参加していますか?

そうだね。家と、サンフランシスコにあるスタジオでレコーディングした。ライヴ・メンバーは参加していないよ。家で一人で作業して、スタジオでもずっと僕とエンジニアだけでやっていたんだ。

――1年前の<Hostess Club Weekender>では、サポートのギタリスト/キーボディストがドゥームのような轟音やフィードバック・ノイズをぶち撒けていたので、てっきり新作はギター・ロック寄りのアルバムになるんじゃないかと予想していました…。新たに取り入れたアイディアや機材などはあったのでしょうか?

ほんと? うーん、機材とかはほとんど変わっていないな。強いて言うなら、今回はトラックにピアノをたくさん使ったよ。ピアノにマイクをセット・アップしてレコーディングしたりするのは面白かったね。『アンダーニース・ザ・パイン』の時はフェンダー・ローズとかのエレクトリック・ピアノを使っていたから、本物のピアノを使うっていうのは良い経験だったよ。

――“Say That”にてサンプリングされた女性ヴォーカルや、「YEAH!」のリフレインはどこから拾ってきたものなんでしょうか? 何とも言いがたい高揚感がありますよね。

僕はいつもアナログでもデジタルでも色んな音楽を集めていて、いつか自分で使いたいと思うサンプルとかを取っておくようにしているんだ。“Say That” のサンプルはトラックの完成直前に入れたんだよ、あの曲は高音域に空白があったし、なにかヴォーカルっぽいのが必要だと思ったんだ。あのサンプルはロシアのポップ・ミュージックのレコードから取ったやつだよ。もう元のレコードは持っていないんだけど…。たぶん誰かにあげちゃったと思うな。

――“So Many Details”には日本の三味線っぽいサウンドも聴こえますし、ミュージック・ビデオには日本風呂のようなシーンも登場しますよね。過去2回の来日が、あなたにとって大きなインスピレーションになったんじゃないですか?

そう、あれは三味線のサンプルを使ってるんだ。たしかにあの曲は今までで一番日本っぽい曲だし、日本への旅はある意味で僕の音楽の趣味に影響を与えていると思うよ。あのサンプルはどこかインターネットで見つけたやつだったと思うな。日本のサイケデリック・バンドとかも好きだよ、フラワー・トラベリン・バンドとか、古いやつだね。

――シンガー/ソングライター/パフォーマーとしての成長も着実に刻まれているアルバムだと思います。あなたにとってロール・モデルと呼べる人物は誰かいますか? エフェクトを噛ませないあなたの地声をライヴで聴いた時、どことなくエリオット・スミスにも似てると思いました。

エリオット・スミスからはかなり影響を受けてるよ。彼とリヴァース・クオモあたりが、僕が聴いたり、歌い方が似てると思う人たちかな。エリオット・スミスには、作曲面でも影響を受けてるね。僕自身は歌う時にビブラートを使ったりとかするのはあんまり好きじゃないから、彼らの普通の声で歌うやり方に共感するんだ。パフォーマーとしては、ダン・スナイス(カリブー)からの影響が大きいよ、彼はとてもプロフェッショナルで、見ていて面白いね。彼の曲はポップだけど、ステージ上での彼はすごく集中して仕事をしているんだ。

――では、『エニシング・イン・リターン』の制作期間においてもっともインスパイアされたアーティストや、愛聴した作品などがあれば教えていただけますか?

ロイ・エアーズは今回のレコードにかなり影響を与えたね。あとは何だろう…。ザ・トライブっていう70年代のアフロ・コレクションとか……。そんなものかな、特別変わったものはないよ。現代的なプロダクションも好きなんだ、カニエ・ウェストがやっていることとか、<Trax Records>の初期の作品とかね。

――今回もアートワークはあなた自身によるものですよね。個人的にジミ・ヘンドリックスの作品を思い出したりもしましたが、どんなコンセプトがあるのでしょうか

今回も自分でアートワークをやってみようと思って2つくらい作ってはみたんだけど、結局友達に僕を描いてもらったんだ。描いた中からこの絵を選んでジャケットにすることにして、その後ろには僕が作ったコラージュを入れたよ。ジミ・ヘンドリックスって言われるのは光栄だね。最近までジミ・ヘンドリックスはあんまり聴いたことがなかったんだけど…。ほら、高校とかで彼のTシャツを着てる友達とかもいたけど、おじさんの聴くような音楽だと思ってたし、あんまり興味がなかったんだ。でも最近やっと彼の音楽を聴くようになって、すっかりハマったよ。

――また、前2作は口元のアップだったのに『エニシング・イン・リターン』ではやっと顔全体が見えるようになりましたね(笑)。

ああ、たしかにそうだね! 今言われて気付いたよ。あんまり考えてもみなかったな~。

――LAのボイラー・ルームでのDJプレイを収録したミックスも聴かせてもらいました。そういえば、ほとんどMCやチューニングを挟まずインプロも多いトロ・イ・モワのライヴは、どこかDJっぽいなーと思っていたんです。DJとしての経験は曲作りにもプラスに働いていますか?

うん、そうだね。ダンス・ミュージックを聴いてるときって、あんまり意識せずに聴いていると同じフレーズだけが5分も続いているように聴こえるけど、注意を向けて聴いてみると少しずつ変化していっているのがわかって、それを楽しむようになる。そういうところが好きだね。僕は自身を「DJ」と呼ぶことはないけど、趣味でやる分には楽しいよ。特にダンスっぽい音楽を作るなら、それをDJでもプレイしてみたいとは思っていて、それがDJを始めた理由なんだ。

――タイラー・ザ・クリエイターとのコラボ曲“Hey You”も素晴らしかったです。彼との仕事はどんな経験になりましたか?

ありがとう! あれはタイラーが僕のファンで、Eメールを送ってきてくれたんだ。それで一緒にスタジオに入って、2つくらいトラックを作ったんだけど、そのくらいかな、それ以上は特に何も起きていないし、今どうなっているのかもよく知らないんだ。

――あなたはカリブーがキュレートしたATPにも招かれたり、ダフニのレーベル<Jiaolong>からLes Sinsのシングルをリリースしたり、ダン・スナイスと親交が深いですよね。2人とも複数のアウトプットを持っていますけど、彼からもっともインスパイアされたことは何ですか?

彼の仕事に対する美学が好きだよ。いつも新しいことに挑戦していて、アルバム毎に変わっていっているところとか。彼とは2010年にカリブーとツアーをして以来、ときどき連絡を取るようになって、友人同士になったんだ。また彼のレーベルからもシングルとかを出せるといいなと思っているよ。

――あなたはエンニオ・モリコーネなどの映画音楽も好きなんですよね。もし映画のスコアを手がけられることになったら、どの監督の作品に参加したいですか? また、2012年のマイ・ベスト・ムービーを教えてください。

なんだろう、やらせてもらえるなら何でもやってみたいかな(笑)。映画音楽は好きだけど、あんまり映画には詳しくないし、映画監督とかもあんまり知らないんだ。映画のサウンドトラックはやったことがないけど、ぜひやってみたい。
2012年のベスト・ムービーかあ…。うーん、『ホビット 思いがけない冒険』は良かったね(笑)。ちょっと個人的にはCGが多すぎたけど、良いストーリーだと思ったよ。実は『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズはまだ観たことがないんだ。長過ぎて観る時間がなかったし…(苦笑)。でも、『ホビット』を観たからすんなりと世界観に入り込めると思うし、観てみたいな。

――この『エニシング・イン・リターン』が世にリリースされる頃には、もうトロ・イ・モワを「チルウェイヴ」なんて呼ぶ人間もいなくなると確信しています。最後に、今後の展望を聞かせていただけますか?

ははは。「チルウェイヴ」って呼ばれるのは変な感じだったね。僕は純粋に「ポップ・ミュージック」が作りたいだけなんだ。ポップ・ミュージックのことを笑う人も多いけど、僕自身は、特定のジャンルを避けたりはしないよ。とにかく音楽をやりながら、自分自身で楽しみたいのさ。

――ここで言う「ポップ・ミュージック」って、ヒット・チャートのトップ40みたいに大衆向けのポップ・ミュージックでしょうか? そういったポップ・シンガーのプロデュースなどには興味がありますか。

そうだね、プロデュースとかもできるならやってみたいと思ってる。特に誰とやりたいとか具体的なアイデアはないけど…。ザ・ドリームとか、クールだよね。

質問作成・文/Kohei Ueno
インタビュー/Hostess

Release Information

2013.01.16 on sale!
Artist:Toro Y Moi(トロ・イ・モワ)
Title:Anything In Return(エニシング・イン・リターン)
Carpark / Hostess
HSE-50079
¥2,490(tax incl.)

Track List
01. Harm in Change
02. Say That
03. So Many Details
04. Rose Quartz
05. Touch
06. Cola
07. Studies
08. High Living
09. Grown Up Calls
10. Cake
11. Day One
12. Never Matter
13. How’s It Wrong

※歌詞対訳、ライナーノーツ付