コロナ禍での行動制限、そこでの新たな生活様式を受けて、人々の働き方や働く場所への考え方・価値観は大きく変わっていった。そのなかで「働く・暮らす・遊ぶをシームレスにつなぐ」を理念に掲げるトレイルヘッズが、森の中にオフィスを持ち込み、自然の中で働く「森ワーク」を新たに提案。今年秋よりすでにローンチした同サービス。自然の中で働くこと、このスタイルから私たちはどんな体験を得ることができるのか、そして、非日常的な環境が日常をどのように変える機会になるのか。
今回、「森ワーク」の立ち上げにいたる想いについてトレイルヘッズ代表の山口陽平さんにお話を伺った。「働き方の拡張」を追求し続けるトレイルヘッズならではの視点、同サービスの魅力とはーー。
INTERVIEW:山口陽平さん(トレイルヘッズ株式会社 代表取締役)
「働くこと、暮らすこと、遊ぶこと」
どれかひとつを選ぶのではなく、どれも大切に
――まずは、トレイルヘッズとはどんな会社なのか、改めて教えてください。
僕たちの事業は、働く場を中心にその周辺をデザインする”ことをテーマとして、都内でオフィス環境をつくることをメイン事業としています。「働き方」をベースに暮らしや遊びをどう繋いでいくかが軸になっています。他にも、自社で運営している事業がいくつかありまして、ひとつは「OFFICE CARAVAN」というモバイルオフィスなんですが、キャンピングトレーラーを使ったオフィスで、自由にどこでも働けることスタイルを提案ています。都心エリア以外に、僕たちが運営する「HINOKO TOKYO」という会員制のキャンプ場に設置しています。この「HINOKO TOKYO」で現在、「HINOKO SAUNA」や「森ワーク」を体験してもらえます。
――2018年の冬にはアウトドアをコンセプトにしたコワーキングスペースもオープンされていましたよね?
そうですね。代々木公園の近くになるのですが、「MAKITAKI」というコワーキングスペースです。ここは、ただ働ける場を作るだけではなく“アウトドアや自然が好きな人が一緒に働いたら何か面白いことが生まれるのではないか”というアイデアからスタートしたプロジェクトなんです。「HINOKO TOKYO」も含め、それぞれのプロジェクトに一貫して言えることは、働く場が中心にありながらも、働くこと、暮らすこと、遊ぶこと、人生で重要な部分を占める要素をシームレスにつなげていくということですね。これはトレイルヘッズを立ち上げた頃から変わらず考え続けていることです。
「OFFICE CARAVAN」
今回取材はリモートでの実施だったが、当日山口さんはHINOKO TOKYOに停めたこのOFFICE CARAVANから参加。時折自然の音が聞こえる中で、とてもリラックスした様子でインタビューに応じて頂いた。
――今回の「森ワーク」の舞台になる「HINOKO TOKYO」について伺いたいです。なぜ檜原村という場所を選ばれたのでしょうか?
なぜ檜原村だったのかというと、これは本当にご縁ですね。トレイルヘッズを創業する前からの付き合いでお世話になっていた方がいまして、その方をきっかけに、僕も檜原村によく遊びにいくようになったんです。都心からも近いし、環境もすごく良くて、なにかの形で僕らのフィールドが持てたらいいなぁとずっと話していたんです。そしたら「空いている敷地があるよ」と紹介をしてもらえるようになりまして。その中で出会ったのが現在「HINOKO TOKYO」を建てた場所なんです。「OFFICE CARAVAN」でいろんな場所に移動しながら働くというプロジェクトをはじめていましたが、やっぱり移動に時間と体力を使っていて。移動するのも良いけど一箇所どこか気持ちよい場所を決めて、そこに定住するのもいいかもと。そのタイミングで場所を紹介して頂いたので、じゃあ「OFFICE CARAVAN」をまずチェックインさせてそこで働けるようにしちゃおうと。そんな流れでトレイルヘッズの檜原村支社みたいな拠点ができたんです(笑)。
――すごいベストなタイミングだったんですね。はじめはOFFICE CARAVANの拠点のような意味合いがあったんですね。
そうですね。実はHINOKO TOKYOは元々僕らだけで運営してきたわけではないんです。古民家を改装したカフェ「御根家 One-Ya」を運営している方が、古民家と一緒に周辺のキャンプ場も借りてまして、“もし興味があれば一緒にやりませんか?”と声をかけていただいたことを機に、トレイルヘッズがキャンプ場を運営することになったんです。まずは、自分たちで草を刈ったり木を切ったり、手を加えながら土地をならしていきました。トイレも新たに屋外用を設置したり、小さいところから少しづつはじめていきました。
「HINOKO TOKYO」
今年の春には新たにアウトドアサウナが楽しめる「HINOKO SAUNA」がオープン。真っ黒な外観が目を引く建物には檜原村の特産である杉やヒノキの木を使い、外壁は杉板を真っ黒に焼く『焼杉』を施している。焼杉は、HINOKO TOKYOの会員の方々にも参加してもらいワークショップ形式で実施した。
決してサウナだけではない、HINOKO TOKYOの多様性
――「HINOKO SAUNA」は今、予約が取れないほど人気のようですね!
キャンプ場と「OFFICE CARAVAN」だけで運営しているときは身近な人たちが使ってくれていて「知る人ぞ、知る」存在でしたが、サウナができてこんなに爆発的に広がるとは正直、思っていませんでした。会員待ちの方もいらっしゃったり(*)、僕の周りでも「サウナにいってみたい!」という方が増えていますね。ただ、僕らもサウナだけをメインにしたいのではなく、自然の中で遊ぶことと、働くことを融合させたいという思いがベースにあるので今回の「森ワーク」につながったと思います。サウナもいいけどもちろんキャンプもいいし、自然の中で働くということもやろうと思えばできちゃうよね、というメッセージを発信したいという気持ちはあります。周りからは「サウナの人になるんですか!?」とも言われますが(笑)、全然そんなつもりはないんです。
* 好評につき、現在HINOKO TOKYOでは新規会員登録受付を中止中
実はこの秋、「森ワーク」が始まるのと同じタイミングでコンセプトムービーを新しく作りました。この動画にはまさに「HINOKOでこんな時間を過ごしてほしい」というメッセージを込めています。例えば川に入ったり、近くの山に登ったり、夜はキャンプで焚き火を囲んでというような、サウナ以外にも自然の中で楽しむことが日常になればいいなと強く思っています。こういうメッセージは今後も出していきたいですね。
「HINOKO TOKYO」のコンセプトムービー
すぐ近くには秋川が流れており、釣りも楽しめる。もちろん焚き火やBBQも。
普段の仕事その全てを自然の中でやってみる、新たなチャレンジ
――「森ワーク」がどういったプロジェクトなのか、またどのようなきっかけで生まれたのか教えてください。
きっかけはやはり「OFFICE CARAVAN」がベースにあります。例えば、お父さんがキャラバンで仕事をしていて、その下で家族がテントを張って遊んでいるところが見える。そういった仕事と遊びを切り分けなくても滞在できる場所として出したいと。「森ワーク」のプロジェクトが加速したきっかけは、コロナ禍で働く場の変化があったことが大きいです。コワーキングスペース「MAKITAKI」の入居者や手伝ってくれているメンバー、あとは「HINOKO TOKYO」の設営を手伝ってくれているメンバーと「コロナ禍でアウトドアの未来はどうなるのか?」というテーマのワークショップをオンラインでやったんです。いくつかのグループに分かれてディスカッションしたのですが、その中で出たアイディアで「HINOKO TOKYO全体を働く場として考えるのはどうだろう」という意見があったんです。ちょうど「OFFICE CARAVAN」もあったし、コロナ禍でみんなどこでも働けるようになったり、じゃあHINOKO TOKYOを働く場として考えた時にどんな場が作れるか?と思ったのが「森ワーク」の始まりですね。
――「OFFICE CARAVAN」のコンセプトから、「HINOKO TOKYO」まで拡張していったんですね。
コロナ感染が拡大する直前の2020年1、2月あたりは「OFFICE CARAVAN」を使う人はそこまで多くなくて。印象としては、平日よりも休みの日にキャンプメインで来てちょっとトレーラーも使う、という方が多かったんです。とにかく「面白そうだね!」という反応があっても具体的に自分が使うという声は少なかった。そんなこともあって、一時は「OFFICE CARAVAN」を友達の会社に貸しだしてしまったんです。その後コロナ禍になってみんなが働ける場所を探しはじめた時に「そういえばOFFICE CARAVANってオフィスにできるの?」って周囲に聞かれはじめて。そのタイミングでは「もうないよ!」って。貸し出すのを先走っちゃいましたね(笑)。そんなこともあって「森ワーク」の話になり、去年の年末に、“森の中で働くとしたらどんなシーンが生まれるか?”というみんなのアイデアをまとめたものをもとに、今回の「森ワーク」で必要と思われるサービスを作っていきました。
――ディスカッションでのアイデアが「森ワーク」のプロジェクトになっていったんですね。
このイラストで描かれたマップには「森ワーク」の一日の流れを組んでいるのですが、これを組むときに意識したのが、単にバケーションとセットにしたワーケーションという考え方ではないということ。世界中、仕事によるところはありますがオフィスに行かなくても働けるようになった状況で、平日家で仕事をするなら、自然の中に来て日常の仕事を森の中でやってみては?という提案が「森ワーク」のベースになっています。だから、無理やり休日につなげようとか、特別な場所に来たからオフサイトミーティングをするみたいなイメージではなく、普通に個人ワークをしたり雑務をしたり、という使い方もして欲しいのです。仕事って集中する時もあればみんなでディスカッションしたり、いろいろなシーンがある中で、その全てを自然の中でやってみるということを目指しました。
――とても興味深いです!実際のお客さんの反応はいかがですか?
昨年はモニターという形でいろんな方に来て頂いて、12組・39名にアンケートを取りました。その中で一番突出していたものとして、幸福度が一番高いのが焚き火をしている瞬間という結果がありました。焚火を眺めることでネガティブ感情が薄くなって幸せな気持ちが高まる。なので、もしかしたらサウナも近いのかもしれませんが、来た人みんなが幸せになる必殺技みたいな(笑)。
――分かります(笑)。
アンケートでは、良い部分、悪い部分も聞いたのですが、音が気持ちよいとか景色が良いというのは良い特徴として上りました。気になる部分としては、寒暖差が激しいとか、椅子の座り心地など使っている家具が気になるという声もあり、これは発見でしたね。その結果を踏まえて現在では家具もオリジナルで開発したものを導入しています。森の中で働くと一言でいっても、スタイルはほんとにそれぞれで、チームで作業している人たちは机を近くにして並べていたり、集中したい方は一人でポツンと端の方でオンライン会議していたり。夜になると焚火を囲んでのディスカッションが行われていたり、結構ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)という、アクティビティに応じた働き方が森の中っていろいろできるなという気づきもありましたね。
――まさに先ほどおっしゃっていたことですよね。「HINOKO TOKYO」を通して働き方に広がりができる。
そうですね。あとは意外と森の中でも仕事は集中できるよね、という意見もありましたね。中には、コロナでオフィスを縮小したので、全員が集まるようなMTGはこういう場所でやってみるのもいいかも、という満足度の高い声も頂きました。
「森ワーク」
時にはみんなでディスカッション。時には一人で黙々と作業。焚き火を囲んで休憩もよし。
ホワイトボードや机などの家具も独自に開発。屋外のでこぼこな地面に対応できるよう、各脚がそれぞれ高さ調節できるなど、工夫されている。
みんなが自然体でいられる環境をつくる想いの先にあるもの
――改めて、「森ワーク」プロジェクトを通じて発信していきたい考え方やワークスタイルはありますか?
僕らのコンセプト同様、働く時間と暮らす時間、遊ぶ時間を線引きするのではなくて繋がっている。それぞれが楽しめる時間の作り方や場作りができたらさらにハッピーになれるんじゃないかなと思っています。これは自分自身の経験でもあり、僕もまだトライしている最中ではあるのですが、この考え方がベースにあります。コロナ禍で一斉にリモートワークとなって、一気に変わっていく気配はあったんですが、僕は少し懐疑的に見ていました。実際にここ最近、オフィスの捉え方がさらに変わってきています。去年はすごいスピード感で状況に対応しようと、オフィスを手放す動きがあったのですが、様子をうかがっていた企業は逆にいま、オフィス再建に動き出したりしているんですね。一度離れたとしてもまた都市で働きはじめる人も多くなるかと。ただ、長い目で見たときに、働き方が窮屈と感じたときに、場所や時間、スケジュールの使い方、その選択肢が増えていることが大切ですし、そういった選択をする人が増えたらいいなと思います。「森ワーク」自体も一気に拡大させるものではなく、働く場の選択肢を持つきっかけになったり、そういった選択意識をもった人が徐々に増えていくようなサービスとして提供できたらいいなと思っています。
――都市と自然を横断するように働く山口さんならではの洞察ですね。トレイルヘッズやご自身にも変化はあったのでしょうか?
確かに、働き方・場所についての考え方は、大きな変化が起きた時代だったと思います。ただ、一斉に多くの人の価値観が本当の意味で変わるかと言ったらそんなことはないのかなと。個々の自由や幸せを追求していくということは、自身で起業するのも、フリーになるのも、組織に所属するのも、どんな立場の人にとっても重要なことだと考えています。そこにフィットするような働く場や制度がどんどん増えていくといいなと。もっというと、そもそもなぜ、僕らがアウトドアを「働く」「暮らす」「遊ぶ」のフィールドとして捉えているかというと、何年か前に会社の一番重要なミッションを「back to nature」に変えたんですね。それは、自分たちや自分たちと関わる人が自然体でいられる環境を大事にしていたいと願っているからです。僕らにとって人として気持ちよい場所は、依然として自然の中、自然のある場所だと思っています。
自然の場で過ごす時、僕らは自然の場を借りている立場なので、当然自分たちが持ってきたゴミなどは必ず持ち帰って処理するし、少しでも自然の場を気持ちよい空間として使うにはマナーを守らないといけない。アウトドアスポーツをやる人たちは特にそういう気持ちを持っている人が多いですよね。同じように、働く場がそうなると、自分たちは気持ちよく働かせてもらっている立場であり、その場所や環境を大切にしようっていう気持ちが芽生えるだろうなと。檜原村をはじめ、自然環境を乱さない、守っていくという意識が、働く場を変えることで企業、個人の意識へと繋がっていけると良いなと思います。それはまた次のテーマですね。そのような課題に僕らは全力で取り組んでいます。自分たちが理想とする選択肢に対しても、やれたらいいなではなく、実践してみるということはずっと大事にしていきたいです。
――働くことや遊ぶことを通して、個々の意識が広がることは社会にとっても価値のあることですよね。最後に、「森ワーク」に興味がある方へ、そしてまだまだ新しい働き方に踏み出せない方たちに向けて。
「アウトドアに慣れていない方も森ワークにきてください!」と言いたいところですが、温度や天候など周囲の環境によって変動する要素も多いですし、誰もがここにきて気持ちよいと感じるかというと、コンディションによって左右されてしまうところがあります。それが自然という場所なのですが、変動に対して、不快なところも気持ちよいところもすべて体験してもらえたらと思います。たとえ檜原村まで来れなくても、例えば近所の公園でも良いと思いますし、少しの変化だけでも働き方の違いを感じることもできると思います。まずは身近なところから試してみて、興味が広がっていつか、「森ワーク」を体験してもらえたら嬉しいですね。自然の中で働くってめちゃくちゃ気持ちいいですよ!
トレイルヘッズ制作の「働く場についてのレポート」より転載
働く場所にはさまざまな選択肢があることがわかる。
Text&Edit by Ken Mochizuki/Asami Shishido
写真提供:トレイルヘッズ
PROFILE
山口陽平(トレイルヘッズ株式会社 代表取締役)
1983年群馬県生まれ。2006年法政大学経営学部経営学科卒業。
大手不動産会社、オフィスや店舗デザイン会社を経て、働くことや遊ぶこと、暮らすことをシームレスに繋げるために2014年にトレイルヘッズを創業。これまでに200を超える、スタートアップを中心とした成長企業のオフィス作りに携わる。また移動式モバイルオフィスの「OFFICE CARAVAN」、外遊び好きが集まるコワーキングスペース「MAKITAKI」、さらには東京都檜原村にある会員制キャンプ場「HINOKO TOKYO」の企画運営も手がける。
INFORMATION
【森ワーク】プラン概要
期間:2021年10月6日〜12月17日の平日のみ
場所:HINOKO TOKYO (東京都西多摩郡檜原村下元郷44)
人数:1日1グループのみ。1グループは6名まで。
付帯備品:WI-FI、WORKテーブル(6台)、チェア(6脚)、ホワイトボード、LEDランタン、焚き火台、ガスバーナー、ポータブルバッテリー(4台)、コーヒーキット、薪2袋、薪割りセット
費用:日帰りプラン(利用時間 10:00〜19:00):¥16,500(tax incl.) / 4名まで
宿泊プラン(利用時間10:00〜翌19:00):¥27,500(tax incl.) / 4名まで
※5名以降は1人あたり¥3,300(tax incl.)追加でご利用いただけます
※プラン詳細はこちら
●お申込み
フォームよりお申込みください。:https://hinoko.jp/moriwork/reserve/
●「森ワーク」レポートについて
昨年秋に森ワークのトライアルを実施しました。ウェルビーイングの観点でアンケート調査をおこない、その結果をレポートにまとめました。森ワークの具体的な使い方、1日の過ごし方、心身への良い影響などについて理解を深めていただける内容です。ぜひご覧ください。