<東京2020オリンピック・パラリンピック>の文化プログラムを先導する東京都のリーディングプロジェクトとして始動した「TURN」。障害の有無、世代、性別、国籍、住環境などの背景や慣習の違いを超えた多様な人々の出会いによる相互作用を表現として生み出すアートプロジェクトだ。アーティスト/東京藝術大学美術学部長の日比野克彦監修のもと、2015年より活動してきた。
6回目の開催であり節目となる<TURN フェス6>は、「出会いが広がる」というテーマを掲げ、8月17日(火)〜19日(木)の3日間、東京都美術館にて開催された。今回の記事では、本イベントをプロジェクトディレクター・森 司氏とともに振り返る。
INTERVIEW:
森 司(TURNプロジェクトディレクター)
コロナ禍で開催された
<TURN フェス 6>。
その思いとは?
──今年で5回目の開催を迎えたわけですが、どのような思いで開催に至ったのでしょうか?
昨年はコロナで<TURNフェス>を開催できなかったので、今年は開催したいという思いで実施に向けて動きました。新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、仮に設営後に入場規制がかかっても、作品が並んでさえいたら成り立つのではないかと思い準備を進めてきました。コロナ対策を幾重にもした上で開催に至り、ホッとしています。
──メインテーマ「出会いが広がる」というのは、どのような意図があるのでしょうか?
これまで<TURN フェス>は、その名の通り“フェス”の構造で実施していたイベントでした。3日間の中で、ライブパフォーマンス、トークセッション、映画上映、作品の展示、ワークショップ。それを1つの屋根の下で開催することで成立する空間を構成してきました。この構造は、そこに人がいて、賑わいがあってこそ成立するものでした。
しかし、コロナ禍の影響で、多くの人を呼ぶことができなくなりました。そこで、三密を回避した展覧会形式に力点をおくべきだと。そこから、「出会い方」の変化に着目しました。人と直接会えなくなった一方で、多くの人がウェブ会議システムなどを介して初めての人に出会う機会も増えたと思います。こういった出会いの広がりから生まれた作品を中心に発表することから、「出会いが広がる」をテーマに添えました。
「安心して来てね」と言える空間づくり
──展示の振り返りをしていきます。まずは全体を通して、当日はどのような様子だったのでしょうか?
去年までの<TURN フェス>の会場を知っている人たちからは、今回は「落ち着いた空間」という評価をしていただきました。美術館という空間のフレーム力、その場所が持つメッセージ性の強さを再認識しましたね。
── 一般的な展示会場に比べ、作品ごとの間隔が広々としていて、コロナ禍だから空間を広く使っているのかな? という印象を受けました。これにはどんな理由があるのでしょうか?
一般的な美術館の展示と比べてみると<TURN フェス6>の展示空間は、間抜けな感じがするかもしれません。でも、これには理由があります。例えば盲ろうの人は、多くの場合は同伴者がいて、1人で来場されることはないんですね。彼らは触手話などを介して人とコミュニケーションをとります。また、作品に「触る」ことを通じて情報を得ます。そのため、2〜3人くらいで動くんです。仮に、1箇所に盲ろうの人のグループが2組入ると、6人くらいの人数になる。盲ろうの人など多様な人が参加することを前提に空間を設計していないと、そういう人たちが安全に歩けて、展示を楽しめる空間にはなりえないんです。
──なるほど。これがアクセシビリティの視点なんですね。
美術館はまだまだ健常者が来ることを前提に、ハードやコンテンツが設計されていて、僕たちは、彼らを無自覚に排除してしまっていることを学びました。こうした空間でなければ、彼らは「来るな」と言われていると感じてしまうかもしれません。ですから「安心して来てね」と言える状況を作れているのかを総点検してきました。
他にも、アクセシビリティカウンターを用意し、参加者の鑑賞をサポートしたり、所々に椅子があって休憩できるようにするなどの工夫を施すことで、従来の美術館の展示の在り方を更新することができたと思っています。
──そうした工夫は、準備期間でどのように考えられてきたのでしょうか?
「TURN」の活動を通じて、様々な知覚をもった人たちと出会ってきました。その中で感じたのは、例えば盲の人の耳の能力や、ろう者の目の能力はすごいと感じました。盲ろう者の人たちの「触覚」はすごく鋭敏です。いわゆる「健常者」の情報の取り方、展示の楽しみ方も全く異なるものだということ。こうした特性を彼らから直接学び、空間づくりに活かしました。
<TURN フェス6>展示内容を振返り
『かたちのない手ざわり/接地面をなぞる(山本千愛)』
──それでは具体的な展示内容をいくつかピックアップして振り返っていきたいと思います。まずはアーティスト・山本千愛さんの『かたちのない手ざわり/接地面をなぞる』について。「12フィートの木材を持ってあるく」という表現行為は、個人的に最も印象的な展示でした。
山本さんの作品は「日常にエラーを持ち込む」という視点から生まれたものです。彼女は棒を持つことによって日常に意図的なエラーを持ち込んでいます。山本さんは、2020年の夏に12日間かけて東京都港区を130km歩きました。そこでの道のりや人との出会いを記録した映像を展示会場では紹介しています。
山本さんは1日に約4時間30分歩いています。一般的な展覧会だとそのような映像があった場合、短尺版を展示するんですが、僕はパッケージ化することに抵抗感があって。12日間の記録映像を12台のモニターでいっぺんに流すことにしました。
その結果、アスファルトに引き摺られる木材の音が混ざりあって、せせらぎ感のある爽やかな音が鳴っていました。夏の暑い中の歩行なのに!(笑)
『同じ月を見た日(アイムヒア プロジェクト|渡辺篤)』
──続いて、アイムヒア プロジェクト|渡辺篤さんの『同じ月を見た日』について。展示内容は、コロナ禍で不安が渦巻く時期に「家から見える月」の写真をインターネット上で募集し、それらの写真を展示するというものでした。
渡辺さんの表現は現代の出会い方の設計を表現とリンクさせていますし、それが今回の<TURN フェス6>のテーマにマッチしていたと感じました。渡辺さんは、過去に3年間引きこもりを経験した当事者でもあります。 テーマとして「夜の月」を選んだのも彼らしい良い視点だなと。自分自身は部屋にいながらも「みんな一緒だよね」と思える。その設定がいいなと思いました。
──コロナ禍で生活様式が変化したり、うつを抱えてしまった人たちにとって、夜は特に孤独を感じやすい時間帯ですもんね。
そういう意味では、「月は世界中どこから見ても同じ面」というメタメッセージが内包されています。昼間に棒を持って歩く山本さんの表現と対極的でもあり、僕の中で必要な作品だったと改めて感じています。
『遠くの地面を歩く(岩田とも子)』
──岩田とも子さんの『遠くの地面を歩く』は、多国籍の子どもたちが通う保育園の子どもたち一人ひとりの目線から地面の写真を撮影し、その写真を繋げることで「新しい地面」を生み出す、という展示でした。これは、コロナ禍でどのように制作されたのでしょうか?
岩田さんと子どもたちが交流を始めた当初は、コロナ禍のために対面で会うことができず、まずは岩田さんから保育園に、お手紙と岩田さんが探した地面の写真を送ることから交流を始めていました。
──子どもたちに趣旨を理解してもらうのは難しそうですね。
そうですね。岩田さんの場合は、交流先である「ハーモニープリスクール」のスタッフの人たちが趣旨を理解してくれて、やりとりを進めることができました。まずはアーティストと施設のスタッフ間で信頼関係を構築しなければ実現できなかったものでしょう。
岩田さんは子どもたちが撮影した足元の写真をコラージュして、「地面」をつくり出しています。これだけではありません。また違う施設の方々が撮影した写真を素材として壁にかけ、それをパーツとして活用。来場者の手で組み合わせて、ようやく1つの作品として完成です。
<TURN フェス6>の3日間で1つの作品を完成するのが限界でしたが、リモートの応答から何かを想起するのは、イワトモ(岩田さんの愛称)さんらしい手触り感があって。ちょっとしたことなんです。ちょっとしたことなんだけど、表現のハードルを下げつつ、新しい出会い方や繋がり方を想起させてくれる。完成した作品はまさに、「遠くの地面を歩いている」ような感覚を与えてくれました。
マイノリティや生きづらさを抱える人の日常と活動を映し出す映画作品
──<TURN フェス>では以前からも映画上映を行っていたようですが、作品群がとても豪華! なかでも路上生活者経験のあるダンスグループを追ったドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』は、巷でも話題になっていた作品ですね。
彼らには過去の<TURN フェス>で展示会場で踊ってもらったことがあります。彼らは、身体表現をする上で居場所を持つこと、あるいは本人が捨てたり逃げたりしたものと別に、自己肯定感を持つことが擬似的に味わえる良い作品だと思います。開催期間中は、そうした「TURN」にも通じる感覚があると感じる作品を7本上映しました。
──上映作品一覧にある河合宏樹監督の『うたのはじまり』(※)は、「絵字幕版」とあります。どういった表現なのでしょうか?
映画を楽しんでもらうための音声ガイドや字幕ガイドと同じで、音楽を視覚的に表現したものです。『うたのはじまり』は、ろう者(聴覚障害者)の齋藤陽道さんの子育て期のドキュメンタリーです。彼は歌の授業がずっと嫌いだったんだけど、ご自身が父親になったとき、初めて子守唄を歌う……というのが見所の作品なんですが、「絵字幕版」はそれを視覚的に表現するために用いられた試みですね。
また、聴覚的に楽しめるコンテンツとしては、<TURNフェス6 オンラインプログラム>の『TURN Tunes』も配信しているので、ぜひ聞いてください。
※『うたのはじまり』は、ろうの写真家として知られる齋藤陽道(さいとう・はるみち)が、かつて嫌いだった「うた」と出会う過程を追ったドキュメンタリー映画。Qeticでは『うたのはじまり』を手がけた河合宏樹監督と齋藤陽道氏、そして縁の深いクラムボンの原田郁子氏の鼎談インタビューを実施した。記事はこちらから
。
──オリジナルラジオ番組『TURN Tunes』ですね。オンラインプログラムは、マチーデフさんの『吃音the mic プロジェクト』、展示内容の舞台裏などを発信する番組『TURN TV』など、全体を通して「見る、聞く、読む」を体験できる充実したプログラム構成となっていますね。
そうですね。『TURN Tunes』はアーティストの稲継美保さんがナビゲーターを務め、音で楽しめるコンテンツになっています。『TURN TV』は、目で楽しんでもらうためのコンテンツです。<TURNフェス6>で展開される様々な企画をナビゲートして、見所をフィーチャーしています。どちらも5回に渡ってサイト上で放送しました。
<TURNフェス6 オンラインプログラム>のコンテンツは9月30日(木)までの期間限定でTURNフェス2021特設ウェブサイトから視聴できるようになっている。本稿で語ったアクセシビリティやダイバーシティに関する理解を深めるには最適なコンテンツが目白押しだ。気になる人はぜひチェックしてほしい。
Text:YUTA ISHIKAWA
Photo:冨田了平
写真提供:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
PROFILE
森 司
TURNプロジェクトディレクター。1960年愛知県生まれ。公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京事業推進室事業調整課長。東京アートポイント計画の立ち上げから関わり、ディレクターとしてNPO等と協働したアートプロジェクトの企画運営や、人材育成・研究開発事業「Tokyo Art Research Lab」を手がける。「東京都による芸術文化を活用する被災地支援事業(Art Support Tohoku-Tokyo)」、オリンピック・パラリンピックの文化プログラムの展開に向けた東京都の文化事業「TURN」のディレクターを兼務している。
INFORMATION
TURNフェス6
2021年8月17日(火)〜19日(木) 9:30〜17:30(入室は閉室の 30 分前まで) ※会期終了
東京都美術館(東京都台東区上野公園 8-36) ロビー階 第1・第2公募展示室、講堂
入場無料
参加作家・団体:井川丹、伊勢克也、五十嵐靖晃、岩田とも子、大西健太郎、気まぐれ八百屋だんだん、クラフト工房La Mano、板橋区立小茂根福祉園、永岡大輔、ハーモニー、松本力、マチーデフ、山本千愛、アイムヒアプロジェクト|渡辺篤、富塚絵美、佐藤慎也、本多達也、橋本瞭、島影圭佑、梶谷真司、三科聡子、田村大、丸山素直、PARC、野口竜平、ほか ※順不同
TURN フェス6:オンラインプログラム
2021年7月19日(月)〜 9月5日(日) ※9月30日(木)までアーカイブを公開
参加作家:アイムヒアプロジェクト | 渡辺篤、マチーデフ、山本千愛、永岡大輔、飯塚貴士、稲継美保、松本力、田村大、パポとユミ、向坂くじらとカニエ・ナハ、ほか ※順不同
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