『ムーンライト』『ミッドサマー』など話題作を次々と送り出して、ハリウッドの新勢力として注目を集める映画製作会社、“A24”。
新作『WAVES/ウェイブス』は、音楽と映像を巧みにミックスした骨太の人間ドラマだ。ハイスクールのレスリング部で花形選手のタイラー。華やかな兄の影で目立たない妹のエミリー。過酷な運命に翻弄される二人を軸にして、様々な愛の形が描かれていく。

脚本と監督を手がけたのはトレイ・エドワード・シュルツ(Trey Edward Shults)
カニエ・ウエスト(Kanye West)、フランク・オーシャン(Frank Ocean)、レディオヘッド(Radiohead)、テーム・インパラ(Tame Impala)など、30曲を超える曲を使用。さらに、カメラワークや画面の比率など映像表現を駆使して、青春映画の新しい傑作を生み出した。作品に対するこだわり、そこに込められた想いについてトレイ・エドワード・シュルツ監督に話を訊いた。

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LONDON, ENGLAND – OCTOBER 14: Director Trey Edward Shults attends the FilmMaker Afternoon Tea during the BFI London Film Festival at The Mayfair Hotel on October 14, 2015 in London, England. (Photo by John Phillips/Getty Images for BFI)

Interview:Trey Edward Shults

クリエイティヴなインスピレーションを与えてくれたのは
Frank OceanとKanye West

━━『WAVES/ウェイブス』は、脚本を書く前から映画のためのプレイリストを作っていたそうですね。

音楽は僕にとって大切な存在で、かなり前から、個人的に好きな曲を集めて膨大なプレイリストを作っていたんだ。そして、脚本を書き始めた時、そのプレイリストからストーリーや各シーンに合いそうな曲を選んでいった。この映画はミュージカルではないけれど、歌詞の内容がストーリーやキャラクターについて歌っていると感じられるようにね。

━━映画のために選曲をするうえで、絶対外せなかったアーティストや曲はありました?

この映画の精神を表していて、クリエイティヴなインスピレーションを与えてくれたのはフランク・オーシャン(Frank Ocean)カニエ・ウェスト(Kanye West)の曲だ。編集の時に、よくジョークを言っていたんだ。

前半のタイラーの物語はカニエ、後半のエミリーの物語はフランクの世界観だってね。そのなかで一曲を選ぶのであれば、フランク・オーシャンの“Seigfried”かな。“Seigfried”は僕が最も好きなシーンの直後に流れて、エミリーと恋人のルークの旅のところでクライマックスを迎える。僕は彼らと同じように恋人と癌で危篤状態だった父に会いに行ったことがあって、映画で描かれた旅はその再現なんだ。

僕と恋人にとって旅は大切な意味を持っていて、僕達は人生の大切な局面でいつも旅をしてきた。そして、“Seigfried”は僕も恋人も大好きな曲でもあるんだ。

━━フランク・オーシャンの音楽のどんなところに惹かれますか?

僕は彼の音楽に心底惚れていて、自分にとってはなくてはならないものだ。なかでも、『Blonde』は生涯で最も気に入っているアルバムなんだ。彼が作る曲はパーソナルで、音楽的にもレベルが高い。いつ聴いても心に響くし、古びることはない。今でも『Blonde』をつい最近リリースされたかのように聴いているよ。聴く度に新しい発見があるんだ。

ありのままの姿を映し出した主観的で没入型の映画を作ること

━━多彩な音楽に加えて、本作ではカメラワークや撮影方法もユニークですね。

今回目指したのは、タイラーやエミリーのありのままの姿を映し出した主観的で没入型の映画を作ることだった。例えば360度回転するカメラは、登場人物の頭の中に入り込んでもらうのが狙いだったんだ。

オープニング・シーンでタイラーと彼女のアレクシスの間でカメラを360度回転させているけど、あれはタイラーの感情、2人の関係、10代の恋を表現している。タイラーとアレクシスは思い切り愛し合っていて、思い切りケンカもする。若くて、自由で、ワイルドで、美しい2人だから、彼らの生の感情や恋心を表現するにはカメラを回すしかないと思ったんだ。

この360度カメラは若い恋のモチーフとして、エミリーとルークが旅に出るシーンで再び使ってる。

━━シーンによって画面の比率を変化させる演出もユニークでした。

画面のアスペクト比も、登場人物の心情を感じてもらうには効果的だったと思う。映画の冒頭はワイドレンズを用いて1.85:1の比率にして、タイラーの充実した忙しい生活を撮った。

その後、彼の世界が崩れていくにつれてアスペクト比も変わる。医者から人生を一変させる知らせを聞いた後は2.40:1になり、クスリをやっている時はアナモフィックレンズを用いて2.66:1にしている。悲劇が起きた直後に1.33:1にしたのは、そうすることで閉塞感が増すし、顔をアップでとらえるのに美しい比率だからだ。

物語がエミリー中心に切り替わってからも、彼女はまだ深い悲しみに浸っていて周囲と距離を置いているから、しばらく1.33:1を保ってフォーカスを浅くしている。エミリーが心を開き、恋をしようと決めた瞬間、彼女の感情に合わせて2.66:1に戻すんだ。そして、最後で1.85:1に戻し、エミリーの傷は次第に癒され周りの人々との絆が強まっていく様子を捉えたんだ。

サウンドを通してキャラクターの世界に入り込んでいく

━━物語に入り込んでいたせいか、そんなに変化していたとは気づきませんでした。前半にタイラーを主人公にした物語、後半をエミリーの物語の二部構成にしたのはどうしてですか?

人生の二面性を描いた物語だからだ。善と悪、愛と憎、男と女、といった具合にね。

僕たち人間は、その繋ぎ目にある混沌とした部分で悩み苦しむことが多い。だから物語を二分割して、兄の視点と妹の視点から描くのが適切だと感じたんだ。僕は映画の「視点」を大切にしていて、他人の人生を経験できるのは映画の観客の特権だと思う。それは共感に繋がるからね。

だから、まずは1人の人物に焦点を当てて、その人がどのような人生を歩んできたのか、悲劇が起こるまでの経緯をその人の視点から見てみたかった。そして次は悲劇の影響を受けた人の視点から、その傷が癒やされる過程を描きたかったんだ。

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━━本作はサウンドとヴィジュアルを緻密に作り込むことで、登場人物を通じて世界を体験するような作品になっています。あなたが映画表現の可能性を考える時、大切にしていることはありますか?

僕にとっては、物語キャラクターがすべてだ。その次に大事なのは、物語やキャラクターの真の姿を捉えて、それを表現できる映画技法を見つけること。

ヴィジュアル面では、どのようにカメラを使えばストーリーを伝えられ、登場人物の経験を追体験してもらえるかを常に考えている。サウンドも重要な要素さ。今回のような主観的な作品を作る時は特にね。レコーディングからサウンド・デザイン、ミキシングまですべて手を抜けない。サウンドを通してキャラクターの世界に入り込んでいく、その感覚がたまらないんだ。

だからヴィジュアルとサウンドには同じくらい注意を払っている。映画作りのどの段階にいるかによって、どちらに重点を置くかは変わってくるんだ。

《太陽は影では輝けない/鳥は籠の中では飛べない/誰かがその姿を消しても/気持ちは消えることはない》

━━タイラーと同じ10代の頃、あなたはどんな音楽や映画に夢中になり、そこからどんな影響を受けたのでしょうか。

インキュバス(Incubus)デイヴ・マシューズ・バンド(Dave Matthews Band)311なんかをよく聴いてたよ。最近ではあまり聴かなくなったけどね。カニエ・ウエストレディオヘッドは今もよく聴いてる。

映画に関して言うと、ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)ダーレン・アロノフスキー(Darren Aronofsky)スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)のファンだった。

なかでも、僕の人生を最も大きく変えた映画は、ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』だ。レスリングで肩を痛め、人生の方向性を見失っていた年に公開されて観たんだ。肩を痛めたことは僕の人生を一変させてしまった。とてつもない精神的ダメージを受けて鬱になりつつあった。そんな時に『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を観て衝撃を受けたんだ。映画が大好きだったことを思い出して、映画こそが僕にとっての情熱であり、大切なものだと気付いたのさ。

━━『WAVES/ウェイブス』には、あなたの人生も描かれているんですね。『WAVES/ウェイブス』というタイトルに込められた想いについて教えてください。

タイトルの意味は、観る人によって捉え方が違うものであって欲しい。僕としては、この映画のテーマ感情を表したつもりだ。人生や愛には常に波があり、この映画では僕たちがいかにその波とシンクロしているかを描いている。この映画で描かれる感情も波のように流れていくんだ。

また、物語の舞台がフロリダだから、水が大切なモチーフになっていて、感動的なシーンはどれも水の近くで展開されることにも関係している。さらに“Waves”というカニエ・ウエストの曲があって、その歌詞の内容が映画に似ているんだ。こういう歌詞なんだけどね。

《太陽は影では輝けない/鳥は籠の中では飛べない/誰かがその姿を消しても/気持ちは消えることはない》

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映画『WAVES/ウェイブス』予告編|7月10日(金)公開

Text by 村尾泰郎

INFORMATION

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WAVES/ウェイブス

2020年7月10日(金)より TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ(『イット・カムズ・アット・ナイト』)
出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
作曲:トレント・レズナー&アッティカス・ロス (『ソーシャル・ネットワーク』、『ゴーン・ガール』)
原題:WAVES /2019年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/135分/PG12
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

配給:ファントム・フィルム

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