あなたは「ケルトグラス」という言葉を知っているだろうか? それはアイルランドをはじめとするケルト地域の伝統音楽と、アメリカ南部のブルーグラスを掛け合わせた、ルーツ・ミュージックの新しい潮流である。そのケルトグラスの未来を背負って立つアイルランドの4人組こそが彼ら、ウィ・バンジョー・スリー(We Banjo 3)だ。
彼らは、「バンジョーの魔術師」とも謳われるエンダ・スカヒルを中心に、彼の教え子でもあったマーティンとデイヴィッドのハウリー兄弟の3人で2012年に結成され、今はエンダの弟ファーガル・スカヒルが加わり4人で活動している。
それぞれがバンジョーやフィドルのアイルランド・チャンピオンである彼らの音楽は、超絶技巧かつ超弩級のバンジョー・エンターテイメントだ。その圧倒的なステージ・パフォーマンスは世界各地で話題を呼び、昨年にはアイルランド代表としてオバマ前アメリカ大統領の前でパフォーマンスを披露し、目下の最新作である3rdアルバム『ストリング・セオリー』はUSビルボード・チャートのワールド部門で一位に輝いている。
名実ともにアイルランドの伝統音楽シーンを牽引し、ケルトグラスの潮流を世界に広める旗手と言えるだろう。
東京・大阪での公演と<LIVE MAGIC! 2017>出演のため、2015年以来二度目となる来日を果たした彼らに話を聞くことができた。同席したのは、エンダ・スカヒルとマーティン&デイヴィッド・ハウリーのオリジナル・メンバー3人。
若い人を中心に、日本人には馴染みが薄いであろうアイルランド音楽やバンジョーの歴史や魅力について、エンダはまるで先生のように分かりやすく明快に、マーティンとデイヴィッドは若者らしいカジュアルな語り口で答えてくれた。
Interview:ウィ・バンジョー・スリー
——まず、アイルランド音楽やバンジョーという楽器について、あまり馴染みのない我々日本人に教えてもらえればと思います。そもそも今のアイルランドで、トラディショナルなアイルランド音楽はどのような状況にあるのでしょうか?
デイヴィッド 今また流行りつつあるところなんだ。現代的な方法で、アイルランド音楽が変わり、進化している真っただ中にある。今までも、それぞれの世代のアイリッシュ・ミュージシャンが時間をかけて、新しいタイプの音楽を最先端に取り入れながら発展してきた。そして今、アイルランド音楽はただの伝統音楽じゃなく、再びアイルランドのフォーク・ミュージックになろうとしているんだよ。
エンダ アイルランド音楽は1960年代までは不人気だった。でも、60年代以降、フォーク・リヴァイヴァルが起こったことによって、70年代・80年代にザ・チーフタンズやダブリナーズといったバンドがより広い意味でポピュラーになっていったんだ。それ以外のもっとトラディショナルなものも、小さいレベルで見ると完全に廃れたわけではないよ。パブに行くと演奏されていたりね。
——アイルランド国外や、他の音楽シーンにも人気が出てきている?
エンダ 最近は多くのミュージシャンやバンドにとって、アイルランド音楽がクールなものになりつつあるんだ。例えば、エド・シーランが今年出したアルバム『÷』の中に、“ゴールウェイ・ガール”という曲があるんだけど、ゴールウェイというのは僕らの出身地の地名なんだよ。その曲で、彼はビオーガというアイルランドのトラッド・バンドと一緒に曲を作って演奏している。そういう例もあって、若い世代にとってアイルランド音楽がクールに思われるようになっているんだ。また、アメリカでもアイルランド音楽がファッショナブルになってきていて、それには僕たちウィ・バンジョー・スリーも少なからず貢献していると思う。
——あなた達の音楽はバンジョーをベースにしていますが、バンジョーという楽器の魅力はどこにあると思いますか?
デイヴィッド バンジョーはとてもハッピーな音のする楽器なんだ。でも、ルーツ楽器だから、自然な響きがする。フォーク・ミュージックというのは魂で感じる音楽だから、多くの人にとってアクセスしやすいサウンドになっていて、考えなくても、ただ感じるだけでいいんだよ。あとはリズムがあることだね。バンジョーはメロディとリズムをブレンドさせることのできる楽器だと思う。
エンダ 歴史的には、バンジョーは17世紀にアメリカで生まれた楽器なんだよ。アフリカから強制的に連れて来られた奴隷たちが、音楽を演奏することで生きているって感じて、本当に辛い生活の中を生き抜いてきたという歴史がある。だから、僕はバンジョーを演奏するたびに心を震わせるようなスピリットを感じるんだ。デイヴィッドがハッピーなサウンドと言ったけど、そのハッピーな音の奥にはそういった痛みがあって、それはどの世代にも届くものだと思うんだ。
——ハッピーな音の裏に苦難の歴史があって、それが奥深さに繋がっているんですね。
エンダ アイルランド音楽にも同じような側面がある。アイルランドも800年に渡ってほかの国に植民地化されてきたという歴史があって、その中で音楽やダンスが大事な役割を担ってきた。アイルランドの音楽やダンスはとてもハッピーだけど、それは痛みを背負いながら生きていくための救いにもなっていたんだ。そういう意味で、バンジョーとアイルランド音楽はとてもリンクしているんだよ。
2017.10.16 渋谷クラブクアトロ
写真協力:プランクトン
——ただバンジョーは、フィドルやイーリアン・パイプといった楽器と比べると、アイルランドの音楽に使用する楽器というイメージは薄いですよね。
マーティン バンジョーには二種類あって、僕たちが使っているのは四弦のバンジョー。アメリカのブルーグラスで使われるのは五弦なんだよ。四弦のバンジョーがアイルランド音楽に使われるようになったのは、たぶんここ50年ほどのことだと思う。
エンダ アイルランド音楽でバンジョーを初めて使ったのは、ダブリナーズのバーニー・マッケンナなんだ。最初にアイルランド音楽が録音物になったのは、100年ほど前のことで、場所はアメリカだった。バンジョーはアフリカから来た楽器だけど、五弦バンジョーの5つ目の弦を付け加えたのは、実はアイルランド人なんだよ。それからバンジョーはブルーグラス、オールドタイム・ミュージック、ミンストレル・ミュージックと、色々な音楽に発展して影響を与えていった。アイルランドでは、70年代から80年代に人気が出て、今では四弦バンジョーは本当にポピュラーな楽器になっている。
——バンジョーという楽器のアメリカにおける発展にも、アイルランドが深く関わっていたと。そうしてアメリカで生まれたバンジョーという楽器に、現代のアイルランド人であるあなた方が強く惹かれたのも運命的な話ですね。エンダがウィ・バンジョー・スリーの結成を思い付いたきっかけはブルーグラスとの出会いだそうですが、アイルランド音楽にはないブルーグラスの魅力というのは、どういう点でしたか?
エンダ 最初に感じたのは、全く違うスタイルのバンジョーの使い方だったという点だね。バンジョーは本来ハッピーでアップビートなサウンドだけど、ブルーグラスにはブルージーな響きもある。ブロック・マクガイア・バンドの一員として、ツアーでアメリカを回っていた時に構想を思い付いたんだけど、そのツアーでアイルランド音楽をプレイしながらも、アイルランド音楽とブルーグラスとミックスすれば面白いものが出来るんじゃないかって感じていた。それで、伝統的なアイルランド音楽に加えてブルーグラスの奏法も取り入れた、バンジョーをベースにしたグループの結成を決意したんだ。
——アイルランドをはじめとするケルト音楽とアメリカのブルーグラスをミックスさせた音楽ということで、あなた方のような音楽は「ケルトグラス」と呼ばれていますね。
デイヴィッド その呼び名はとても良いと思う。僕たちは、ただブルーグラスをやっているアイルランドのバンドという風には思われたくないし、そうなりたくもなかった。もっと違う何かに挑戦したいんだ。僕自身、単なるアイルランド音楽のギター・プレイヤーだとは思っていないし、僕らにはそれぞれに違う影響があって、それが一人ひとりの音楽的スタイルを形作っている。ブルーグラスとアイルランド音楽、その他にもいろいろなものが加わった音楽、それがケルトグラスなんだよ。
——ケルトグラスという新しい動きは、あなた達以外のミュージシャンにも広がってきているのですか?
マーティン トランスアトランティック・セッションズというミュージシャンの集まりがあるんだ。ジェリー・ダグラス、サム・ブッシュ、ティム・オブライエンといったブルーグラスのミュージシャンと、アイリッシュ・トラッド・バンドのルナサのメンバーやアイルランドのシンガー、ポール・ブレイディ等が一緒になって立ち上げたプロジェクトで、もう長いこと活動している。そこではアメリカのブルーグラスと、スコットランドやアイルランドのケルト音楽が一緒になっていて、アメリカの曲とイーリアン・パイプの演奏を合わせたりしているんだ。
——昨年はウィ・バンジョー・スリーにとって飛躍の年でもあったと思います。まず、アメリカではオバマ前大統領の前で演奏する機会があったそうですが、その話はどういう経緯で実現したのですか?
エンダ 毎年3月に、「フレンズ・オブ・アイルランド」という名前の昼食会が開かれているんだ。ロナルド・レーガンの時代に南北アイルランドの友好のために始まった、ワシントンでは最も大きいアイルランドに関するイベントで、毎年アイルランドのバンドが演奏に呼ばれていてね。昨年、僕たちがアメリカ・ツアーの最中で、アイルランドの外務省からメールをもらって、その日はちょうど空いていたからお呼ばれしたんだ。とても光栄なことで、とてもエキサイティングだったよ。大統領に副大統領、その他にも大物の政治家がたくさんいて。バラク・オバマはバンジョーが好きで、演奏してみたいって言ってくれて、マーティンがレッスンしますって持ちかけたんだけど、当時はやっぱり忙しくて実現しなかった。
マーティン 今なら退職したから時間あるかもね。バンジョーではゴルフは出来ないから、たぶんドナルド・トランプはバンジョー好きじゃないだろうな(笑)
——また、昨年リリースした『ストリング・セオリー』は、ビルボード・チャートのワールド部門で1位にも輝きました。
エンダ とても光栄に感じているよ。だって、僕たちは自分達でマネジメントも行っていて、レーベルにも所属していないんだから。一位になれたのは、純粋にアメリカのファンがアルバムを買ってくれたおかげなんだ。そういったサポートは本当に特別だし、アイルランドのインディペンデント・バンドがビルボードの一位になったのは僕たちが初めてだからね。
——あなた方のこれまでのアルバムは、どれも歌い継がれている楽曲のカバーとオリジナルが混ざり合った構成になっています。伝統と革新が融合するバランスもウィ・バンジョー・スリーの素晴らしい魅力ですね。
エンダ 数百年続いているバンジョー音楽の可能性をモダンなコンテクストで探求するのが、そもそもバンドを始めた起源なんだ。それからバンドも進歩してきて、これまでに4枚のアルバムを作ってきたわけだけど、次のアルバムはもっとオリジナルが多くなると思う。ケルトグラスのクリエイターとして認識されるようになって、その役割を全うするためには新しいものを生み出していかなくてはいけない。それが自分達の使命だとも思ってるんだよ。
——新しいもの、と言う点で、アイルランド音楽やブルーグラス以外に聴いている音楽はありますか?
デイヴィッド 僕はアイスランドのアウスゲイルをよく聴いてるよ。ああいうエレクトロニック・サウンドとアコースティックの融合したような音楽も好きなんだ。
マーティン 夏にたくさん音楽フェスに呼んでもらえて、とてもラッキーだったよ。そこで今まで見たことのないバンドのライブを見ると、それぞれの音楽的なストーリーを感じられるんだ。イースト・ポインターズっていうカナダのバンドがいるんだけど、彼らのライヴは本当に素晴らしかった。とてもオーセンティックで、ソウルフルで。
エンダ 僕も幅広い音楽を聴いているんだけど、今はブルース・ギターが好きだね。あと、僕はピンク・フロイドの大ファン。とても小さいサウンドからスタートして、大きく発展させていく彼らのスタイルが好きなんだ。それと、僕には7歳の息子がいるから、その子が好きなポップ・ミュージックも自然と耳に入ってくる。ファレル・ウィリアムスの“ハッピー”とかね。でも、彼はブルーグラスも好きで、ダストボウル・リヴァイヴァルがお気に入りだったりもするんだ。
——2015年には初来日しましたが、その時に日本人アーティストとの交流はありましたか?
マーティン 前回日本に来たときに、日本のアーティストともコラボレーションしたんだ。上間綾乃と沖縄の音楽を一緒にプレイして、とても美しいと思ったよ。三味線奏者の上妻宏光とも共演して、教えてもらったりもした。将来的には日本のアーティストともコラボして、音楽をブレンドしてみたいと思ってる。
——ウィ・バンジョー・スリーと言えば、やはりライブ・パフォーマンスが凄いことで有名ですが、自分達のライブの魅力はどこにあると思いますか?
マーティン アイルランド音楽とブルーグラスをミックスするプロセスは、とても有機的なものなんだけど、僕たちはそれをテクニックだけに依存しないエンターテイメント・ショーにしようと心掛けている。僕たちはよく、エゴについて話すんだ。ミュージシャンとしてのエゴは、エンターテイメントを目指すのなら扉の中に置いておくべきだというような事をね。テクニックを見せつけ過ぎるんじゃなくて、必要な時に必要なテクスチャーとしてテクニックを使うようにしている。
デイヴィッド 僕たちのライブのコンセプトは、見に来ている人に向けてただ演奏するんじゃなく、彼らもショーの一部になってもらうってことなんだ。だから、バンドと観客との繋がりに何よりもフォーカスしている。ただお客さんに演奏しているんじゃなくて、彼らに話しかけるようなパフォーマンスにしたいんだ。この夏のツアーは、「ライト・イン・ザ・ウエスタン・スカイ」というタイトルだったんだけど、それは自殺とメンタル・ヘルスに関する問題に着想を得たもので、音楽で前向きになって欲しいという思いが込められている。実際に、ツアーTシャツ1枚につき2ドルがメンタル・ヘルスに関するチャリティに寄付されるようにしているんだよ。
——最後に、バンドとして次の目標を教えてください。
デイヴィッド 今書いている新曲は、本当にケルトグラスを代表するような曲になっていると思う。楽しい部分もありつつ、良いメッセージもあるというような。
エンダ それで、次に狙うのはグラミー賞だね!
We Banjo 3 – Pressed for Time @ Gate to Southwell Festival 2015, Marquee 1
2017.10.16 渋谷クラブクアトロ
写真協力:プランクトン
RELEASE INFORMATION
ストリング・セオリー
NOW ON SALE!
ウィ・バンジョー・スリー
[amazonjs asin=”B073DP7RGP” locale=”JP” title=”ストリング・セオリー (輸入盤国内仕様:解説付き)”]
詳細はこちら
EVENT INFORMATION
ウィ・バンジョー・スリー来日公演2017
2017.10.18(水)
OPEN 18:00/START 19:00
梅田クラブクアトロ
ADV ¥5,800/DOOR ¥6,300
全自由・整理番号順入場 (ドリンク別,当日入場口にてドリンク代500円いただきます)
※CDセット券の取扱いは終了しました。
2017.10.20(金)
OPEN 18:30/START 19:00
山形・文翔館議場ホール
自由席:一般 ¥3,100/高校生以下 ¥1500
臨時託児所は要予約
2017.10.21(土)
START 16:00
ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
S席 ¥4500/A席 ¥4000
未修学児は入場できません
詳細はこちら
EVENT INFORMATION
Peter Barakan’s LIVE MAGIC!
2017.10.21(土)
OPEN 12:00/END 21:30予定
2017.10.22(日)
OPEN 12:00/END 20:00予定
※We Banjo 3は10月22日(日)に出演。
「LIVE MAGIC! セッション・パーティー feat. We Banjo 3」
※時間は10月上旬に公式HPで発表
恵比寿ガーデンプレイス ザ・ガーデンホール/ザ・ガーデンルーム
text & interview by 青山晃大