横浜のドヤ街・寿町へ6年間通い、そこで出会った76歳の親友とのエピソードを綴ったxiangyuによるルポエッセイ『ときどき寿』(小学館)。2023年1月22日、東京・青山ブックセンター本店にて『ときどき寿』の刊行を記念したトーク・サイン会が開催された。

著者であるxiangyuの対談相手として登壇したのは、xiangyu同様ミュージシャンでありながら、エッセイストとしても活動する吉田靖直(トリプルファイヤー)。今回、Qeticでは事前に両者から、双方に対する「事前質問」を募っており、当日は互いの質問に対する回答を中心に、セッションが繰り広げられた。

エッセイを執筆するようになったきっかけや、それぞれの書籍に対する印象にまつわるエピソードを通し、二人の「エッセイスト」としての価値観を垣間見ることができた今回のトークイベント。本記事ではその内容を、対談形式でレポートする。

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『ときどき寿』(小学館) 刊行記念
xiangyu × 吉田靖直(トリプルファイヤー)トークイベント

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隠蔽工作したくなるの、私も分かるんですよ(xiangyu)

xiangyu 吉田さんとは、私が2019年8月に自主企画した<香魚荘827>にトリプルファイヤーをお呼びしたのが、ちゃんと接するきっかけでしたよね。

吉田靖直(以下、吉田) その直前、確か7月に石川県で開催された<加賀温泉郷フェス2019>でもお会いしている気がする。ご挨拶してもらって「めちゃくちゃ明るい人だな」っていう印象がありました。陽のオーラが出ている人だなって……そう考えるとめちゃくちゃ久々ですよね。

xiangyu 久しぶりですけど、たまにライブハウスにお客さんとして訪れている吉田さんのことはお見かけしています。ただお互いプライベートだと話しかけにくさがあり(笑)。結構同じ場所で遊んでますよ。

吉田 僕も実は「xiangyuさんだな」と気づいたことはあったのですが、話しかけにくいと思っていました。あと<加賀温泉郷フェス2019>の時は「太陽っぽい」と思いましたが、『ときどき寿』を読んでいると意外と暗いですよね。僕は一見暗そうだけど、実は結構根が明るい人間なので、ある意味両極端ですね。

xiangyu 確かに私は根があまり明るくないです(笑)。一人で家の隅っこでコソコソしている方が好き。でもこの仕事、そうも言ってられないじゃないですか。だからなるべく「今日も元気に」と言い聞かせています。

こういった話を2人でしっかりするのは、今回が初めてですね。吉田さんは『ここに来るまで忘れてた。』という「街」をテーマにしたエッセイを書いていて、共通するものを感じたんです。個人的にも楽屋とかではなく、よりパブリックな場でお話ししたいと思っていたので嬉しい。

特に「ピザ屋のバイトの話」と「バイトを仮病で休んだ話」が好きで。“隠蔽工作”したくなるのって、私もかなり分かるんですよ。でも、吉田さんほど「怒られたくなさ」「ばれたくなさ」に執着していません(笑)。

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吉田 とにかく怒られたくないんですよ。でもxiangyuさんのように友達との約束を「コロナかもしれない」ってドタキャンするのは大概だな、と思いましたよ(笑)。エッセイでも書いていましたが。

xiangyu えー! 共感してくれると思ってたのに!

吉田 僕はどちらかというと「ドタキャンされる側」なんです。「なんでみんな急にコロナになるんだろう」って。だから結構エッセイに登場する遅刻の話に関しては「ひどいこと書いてるな」って思いました(笑)。xiangyuさんは「xiangyu」名義じゃない時から『Maybe!』でコラムを連載されていたんですよね。それ以前からどこかで連載は持っていたんですか?

xiangyu 『Maybe!』が初めてです。もともと編集長とお友達だったんです。連載のきっかけは彼女が寿町に連れて行ってくれたこと。寿町へ通ううちに、友達に話したくなるような出来事が増え、日記のようにiPhoneでその日あったことをメモっていました。

時間が経ってからまとめて編集長に送ってみたら「メモが面白いから連載にしない?」と声をかけてくれて。その6年間の連載をまとめたのが、今回刊行する『ときどき寿』です。吉田さんが文章を書き始めたきっかけはなんだったんですか?

吉田 『共感百景』(テレビ東京)に出演した時、出版社が声をかけてくれて連載が始まりました。ブログは大学生の時に書いていて、3ヶ月に1回、200字の記事を更新する程度。xiangyuさんと同じく、仕事として執筆するのは雑誌の連載が初めてでした。

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自分の考えを出すということ自体には、
歌詞も文章もあまり抵抗はありません(吉田)

xiangyu 先ほど言った「ピザ屋のバイト」のお話然り、吉田さんは自分の下心も包み隠さずエッセイに書いている印象があります。それが吉田さんらしくて好きなんです。トリプルファイヤーの歌詞も吉田さんが手がけていますが、文章と歌詞を書く時って、何か違いはありますか?

吉田 特に明確な違いは無いですね。強いて言えば、文章の方が書いていれば終わりがくるからやりやすいかも。歌詞は考えても終わりが来ない時があるんです。

ただ、自分の考えを出すということ自体には、歌詞も文章もあまり抵抗はありません。むしろ人が恥ずかしくて言わないことや「これを言ったら嫌われる」ということは、チャンスだと思っています。学生時代もそういうウケの取り方をしていたので。

xiangyu なるほどなあ。私は文章と歌詞が必ずしも地続きじゃないかもしれないです。「文章のような歌詞」を書いたことがないんですよね。吉田さんの歌詞と文章は「吉田さんらしさ」が一貫しているので、意識しているのかなって思いました。

吉田 それしかできなかっただけ、でもあるのですが、そう言われると良いことのように思えますね。確かにxiangyuさんの“風呂に入らず寝ちまった”の歌詞を読んだ時はもっと「感覚的な人」という印象があったんです。エッセイストのxiangyuさんと歌手のxinagyuさんは、ちょっとイメージが違うかもしれません。

xiangyu – 風呂に入らず寝ちまった (Lyric Video)

xiangyu 今回の『ときどき寿』は、数年前は隠していたコンプレックスのように今まで表に出してこなかったことを書いているかも。口にするのは難しかったけれど、紙に向かって書くことはできたんだ、と気づく瞬間は多々ありました。「意外と文章なら思ったことを言いやすい」っていう感覚はありますか?

吉田 話している時は「断片で捉えられるかも」という怖さがあるけれど、文章ならちゃんと相手に伝わる、という安心感はあるかもしれません。特に煮詰まることも無いのですが「文章にする意味あるのかな」っていう時はあるんですよね。「誰も読む人いないだろうな、面白くない」って感じて、途中で書かなくなる。書いたら書いたで「これって実は伝えたかったんだ」ってなる時もありますが。

xiangyu 『ここに来るまで忘れてた。』を読んで、吉田さんがその時々で何かに突き動かされて行動し、それをテーマに文章を書けていることに面白さを感じました。何が吉田さんをそうさせてるんですか? 私は知らない街に降り立つとき、「こっちに行けば面白そう」という直感がはたらきつつも「お店が休業していた」「行列だった」というリスクを回避しようとしちゃうんです。

吉田 僕は調べることもありますが「駅のどっち口から出た方がお店が多い」といった判断も直観に委ねることが多いです。xiangyuさんは失敗した時の安全策を用意することが多いんですか? この本を読んでいる限り、そういう几帳面さはなさそうな印象がありました(笑)。

xiangyu 私は安パイなタイプですよ、意外と。人を待たせる分にはあまり罪悪感もないのですが、自分の時間を削がれることがすごく嫌なんです(笑)。だから駅の南口と北口という分岐で「こっちが栄えているだろう」という直観が間違っていたとき、逆方面に戻るロスタイムを面倒に思っちゃう。

吉田 そういうことなんてめちゃくちゃありますよ。飲食店の多い商店街で1時間くらい飯屋を探し回った結果、結局は序盤で見つけたラーメン屋さんが一番良いや、って結論に至る(笑)。しかもそういう時に限って嫌いなタイプのラーメン屋さんだったりする。

xiangyu まさにそれを回避したいんですよ!(笑) 失敗したくない。それに当たるともう一回昼飯をやり直したくなるから調べるんです。

吉田 一生に楽しめる食事って限られているのに、その一回がクソみたいなメニューで潰されてしまう感じですよね。ただ、クソだったとしても「おかげでもうここに来なくて済む」とか「こういう店構えには入らないようにしよう」って学べるじゃないですか。

そもそも寄り道は好きで、会社員時代は帰り道を3時間くらいかけ、買い食いとかをしながら帰っていました。その分本筋の行動を取るのは苦手。できるだけ後回しにしたいのか、文章を書くときもデスクトップのフォルダ整理などから始めますからね。

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私は無理やり伸びしろを増やそうとしているのかも。(xiangyu)

吉田 xiangyuさんの書籍で僕が気になったのは、本の最後があまり感動的にならず、平熱で終わっていくところでした。その読後感が良いなと思ったのですが、ああやって淡々と終わらせたのは、何か背景があるんですか?

xiangyu 当初はもっとエモめの文章で終わらせようとしていたんです。でも担当編集者さんと「エモいのってどうなんだろう?」ってなって。実は最終話に限らず、6年間の連載を通し「本当にそう思ってるの? カッコつけてない?」とか「文章は上手くなったけど、書き始めた頃の方が尖ってたよ」って煽られることはよくあったんです(笑)。

言われた時はカチンとくるけど、冷静に考え直すと確かに「これって私の意見なのかな?」って疑問を感じることは多かったりもして。連載の最終回もそんな感じです。だから「寿町で友達ができて嬉しい」という、一番伝えたいこと、純粋に思っていることを伝えて終わらせよう、っていう結論に至りました。

吉田 確かに書くことに慣れてくると、カッコつけてまとめたくはなりますよね。「最後はちょっと感動っぽくしないと」と不安になるけれど、いざ読んでみるとスッと終わる方が良かったりもする。

xiangyu 吉田さんの文章は読みやすい文体だけど、私が陥りがちな「カッコつけ」が全然ないですよね。私は第三者的な人に言われて初めて「カッコつけてやろうとしていた」と気づいたのですが、意識はしているんですか?

吉田 「自分が思っているか」は気をつけていますね。結構自問自答はしていると思います。

xiangyu じゃあ、文章を書く上で参考にしてる作家さんとかっていますか? 吉田さんは話し方もそうですが、独特なリズムがあると思いました。

吉田 好きな作家はいるのですが、別にそれを真似しようとは思わないです。むしろ真似になったら嫌だなって。それよりも、小説とかを読んでいる時に「この比喩は凄そうだけれど、本当に意味があるのか?」っていう視点で読むことはあります。実は良いものである可能性もあるけれど、それが分からない限りは「良さげ」なものに手を出さないようにしているんです。

xiangyu 私も好きな作家は真似しないようにしようって思ってます。というのも実は、文章の書き出し方がわからなくなることが多いんです。それで、自分の中には存在しないテーマのはずなのに、試しに好きな作家さんが取り上げているテーマで書こうとすることがあって。

ただ、例えば西加奈子さんの書いているテーマに沿ってみたり、文体を真似ようとしても、結局「良い感じの体裁」で終わっちゃうんです。

吉田 好きな作家って「今はできないけれどこういう文章も良いよね」という理想像でもあるわけじゃないですか。これからできる可能性もあると思います。やろうとしてもできない、ということはいっぱいあった方がいいですよね。

僕の場合はやりたいことの幅が狭いせいか、「これをやりたいのにできない」という壁に当たることがあまりないんです。でも、それって伸びしろがなさそうじゃないですか。伸びしろとなるものはいろんなものから摂取しつつ、どう伸ばせばいいかを後から考えればいいかもしれないですね。

xiangyu めちゃくちゃいい話じゃないですか。私は無理やり伸びしろを増やそうとしているのかも。すごく勉強になりました。

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xiangyuさんを司る構成要素は、
一冊を通して浮かんできた(吉田)

吉田 もうひとつ、僕が『ときどき寿』の中で気になったのは、映画『ほとぼりメルトサウンド』のエピソードでした。脚本を「第一印象でしっくり来なかった」という言い方をされていたのですが、どういうところがしっくり来なかったんですか?

xiangyu 脚本が出来上がった時、思っていたよりも私のエピソードにめちゃくちゃ寄せまくっている印象を受けたんです。すごく「xiangyuの映画」っぽさがあって、映画監督ともそのことを伝えました。結論、完成したものからは抱いていた嫌悪感も感じませんでした。完成した映画のなかで、寿町の6年間が示されていたのは嬉しかったです。

映画『ほとぼりメルトサウンズ』予告編

吉田 最初に嫌悪感を抱いたのはなぜだったんですか?

xiangyu 寿町で人間関係を構築するのに、とんでもなく時間がかかったからかなあ。普通に寿町の人から嫌な顔をされたこともありましたし。そうやって努力して構築した人間関係のエピソードを、搾取されている感じがしたんだと思います。

ただ裏を返すと、あまりにエピソードが私の中で大切すぎたのかも。独り占めしたかったんだと思います。今回は監督なりにエッセイから街を解釈してもらえた。私が広げきれなかった寿町への考え方を、さらに引き伸ばしていただいたように思いました。

吉田 『ときどき寿』を読む限り、寿町とは遠ざけ過ぎてもいけないし、逆に特別視してもいけない場所なのかな、と思っています。そもそも横浜の人にとっての寿町って、普通に遊びや飲みの目的でフラッと訪れる場所なんですか?

xiangyu 近くには野毛という飲屋街やストリップ劇場のある日ノ出町などもあるのですが、寿町自体は用事がないと立ち入らない人の方が多いと思います。

というのも、普通の街とは成り立ちも違うんです。もともとは日雇い労働者が「そこのエリアに来れば仕事を斡旋してもらえるから」と集まるようになり、そこから出来ていった街。住むために人が集まり、発展していったわけではないんですよね。そういう歴史があるからこそ、一般的な居住地とも違うと思います。

吉田 大阪の西成みたいな街なんですね。ただ西成には飲み屋もあるから、若い子たちが集まりそうじゃないですか。そういう場所があるわけでもないんですか?

xiangyu もちろん寿町の中にも韓国の惣菜を扱う昔ながらの店や、小さな居酒屋などはあるんです。ただ、そこを目がけていく人はあまり見たことがない。何より、1日あればぐるっと町内を回れるくらいの広さなので、西成とは規模感が違うかも。今度一緒に行きましょうよ。

吉田 「行ってみた」というノリもはばかられるので、自分からは行けない場所だと思っていました。でも『ときどき寿』を読んで寿町に関心が湧いたので、誘っていただけるなら是非。

改めて、『ときどき寿』を通してxiangyuさんは遅刻癖はありながらも行動力はあるんだ、という印象を受けました。なんとなくxiangyuさんを司る構成要素は、一冊を通して浮かんできたと思います。僕も今年は行動の年にしたい。

xiangyu 『ときどき寿』は寿町にフォーカスを当てつつも、「この街にとってxiangyuはどういう存在なのか」も分かる本になったと思います。ぜひ多くの人に読んでみていただきたいです。そして、私も今日の帰り道は寄り道をしようと思いました(笑)。すごく良い本に出会えたなと感じています。ありがとうございました!

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PROFILE

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xiangyu

2018年9月からライブ活動開始。 日本の女性ソロアーティスト。読み方はシャンユー。 名前はVocalの本名が由来となっている。
Gqom(ゴム)をベースにした楽曲でミステリアスなミュージックビデオも公開中。2019年、5月22日に初のEP『はじめての○○図鑑』をリリース。2020年にも6月5日、デジタルEP「きき」をリリース。2021年5月にはドトール愛が爆発した「ミラノサンドA」をシングルリリース。
毎年夏に開催している自主企画イベント<香魚荘>では音楽のみならずxiangyuが今面白いと思うヒト・モノ・コトが集うイベントを開催している。音楽以外でも元々活動しているアートやファッション、映画への出演など、垣根を超えた活動を行っている。
また、2022年の7月16日からはxiangyu自身が主演・主題歌を担当した、映画『ほとぼりメルトサウンズ』が新宿のK’s cinemaより順次、全国公開されている。

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吉田靖直(トリプルファイヤー)

バンド「トリプルファイヤー」のボーカル。1987年香川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。音楽活動のほか、映画やドラマ、舞台をはじめ、大喜利イベント「共感百景」「ダイナマイト関西」などにも出演。また雑誌や各種WEBサイトでコラム執筆も多数あり、マルチな活動で注目を集めている。趣味は「ヤフーニュース」コメント欄を見ることと、サウナに行くこと。著書に『持ってこなかった男』(双葉社)、『ここに来るまで忘れてた。』(交通新聞社) 、『今日は寝るのが一番よかった』(大和書房)がある。

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INFORMATION

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ときどき寿

2022年11月25日(金)
著:xiangyu

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ここに来るまで忘れてた。

2021年10月28日
吉田靖直

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