シンガーソングライター・湯木慧(ゆき あきら)の最新シングル“心解く”が9月29日(水)にリリースされた。映画『光を追いかけて』の主題歌として書き下ろされた今作。彼女自身が作品の舞台となる秋田へ足を運び、土地の空気や風景、地元の人々との会話をすることで生み出された。

《変わらないよ 運命は》と突き放しながら、《今を、どう生きる》と問いかける。試写のエンドロールで楽曲を聴いた時、空を覆う雲の切れ間から一筋の光が差し込む瞬間のような清々しさを覚えた。これまでに“命”や“光と影”をテーマとした楽曲をリリースしてきた湯木の価値観そのものが、映画と見事に調和していた。

彼女は秋田という地で何を思い、そして映画から何を感じ取ったのだろうか。映画への主題歌書き下ろしに初挑戦した湯木に、楽曲制作の裏側を聞いた。

予告編『映画を追いかけて』

INTERVIEW:湯木慧

映画『光を追いかけて』に通ずる自身のテーマ

━━映画『光を追いかけて』の主題歌を書き下ろす、というオファーはいつ頃受けたんですか?

去年の7月くらいですね。曲自体は10月頃には完成していました。ただ映画の公開もコロナの影響で延期になっちゃったので……楽曲も作品もやっと公開できた!って気分です。実はお話をいただいた時は、作品の内容をほぼ何も聞かされてなかったんですよね。告知映像とタイトルだけで決めました。

━━そうなんですか! なぜ情報が少ないにも関わらず、引き受けようと思ったのでしょう。

普通なら依頼された時、少なくとも映画のあらすじなどを確認すると思うんですけどね。ただ “光”と“影”のバランスというのは、私自身が今まで楽曲制作をするうえで核となるテーマだったので、迷いなく共鳴できると思いました。成田洋一監督も私の作品を理解したうえで、お声がけいただいたんだろうな、と感じました。

実際、オファーを頂いてから初めて監督とお会いした時、無言の了解みたいな空気感がありました。何も言われなくても、どういう曲を求められているかがなんとなく分かるというか。

━━監督との意思疎通がしやすかった、という感じですか?

「どんな作品ですか?」「どういった曲を作りましょうか?」みたいな詮索をするわけでもなく「これがいい」と意見が合致する感覚がありました。最初は寡黙な方だったのでちょっと緊張しましたけどね(笑)。

監督からも「こういう曲を書いてほしい」といった具体的な要望はなくて、何を話していたかを覚えてないくらい。「楽器を最小限に抑えてほしい。ギター1本かピアノだけ、アカペラでも構わない」ってお願いされたくらいかな。

━━楽曲制作のために、映画のロケ地となった秋田県に足を運んだと伺いました。

そうなんですよ。2泊3日だけでしたが、もっと長く滞在しているような気分になってます。実は秋田に行ったのは初めてでした。映画に出演しているのは秋田にゆかりのある俳優の方ばかりなのに、私だけが秋田に縁もゆかりもないのは申し訳ないなって。「作品に共鳴できるから作れる!」いう確信はありながらも、同時に「まずは足を運ばないと始まらない!」とも思ったんです。

完パケ直前の『光を追いかけて』を秋田に向かう道中で観ていたので、「あ、ここはあのシーンだ」「ここで何を思ったんだろう」みたいに半分映画の世界に入りながら、秋田を巡りました。実際に真希(作中のヒロイン・不登校の少女)が佇んでいた屋根に登ったりもしたんですよ。

━━秋田を訪れてみて、楽曲制作にどういったインスピレーションを受けましたか?

単純には言い表せない場所でしたね。言葉にできない閉塞感というか……土地が繋がっている感じがしなかったです。東京とも地続きだし、ちょっと移動すれば隣の県にも入れるはずなのに。秋田は独立してるような、不思議な空気が漂っていました。

白でも黒でもなくて、灰色がかったような不透明さ。暗すぎるというわけでもないけど、明るいわけではない。そういった独特の空気は、楽曲のコード進行で影響を受けた気がします。レコーディングでは初めてグランドピアノを弾いたんですけど、そのはっきりしない感じを思い浮かべながらそーっと弾きました。

━━「楽器を最小限に」という成田監督の要望に対し、ギターではなくピアノを選んだのが意外だったんです。やはり“空気の不透明さ”が関係しているんですか?

ギターの音がちょっと明るすぎたんです。秋田に実際にギターを持っていって、田んぼで弾きながら「どんなコード進行なら秋田と合うんだろう」って考えたんですが、ギターはキラキラしすぎてて。もっとまっすぐな音で、揺れない、重い感じが欲しいなって思ったんですよね。

映画と秋田での体験から見出した「解く」感覚

━━秋田での体験と歌詞の関係についてもお聞きしたいのですが、“心解く”の歌詞って誰の目線で紡がれているのでしょうか?

最初は、主人公・彰(あきら)の目線で書いていました。ただ、彰の想いだけを詰め込むことはしたくなかったんですよね。真希の目線にもなりたいし、先生の目線かもしれないし、もしかしたらリアルに秋田に住んでる人かもしれない。誰かの立場になってしまうと、偏ってしまいそうだったので「誰にもならない」という選択肢をとりました。

映画に登場する人々も、感情がどんどん変わっていくんですよね。一人ずつ思っていることは違うし、たくさんのニュアンスで《変わらないよ 運命は》と言っているんです。同じ言葉を使っていても、思うことや考えることは人それぞれ異なる。そのことを意識しながら言葉を選びました。

━━《変わらないよ 運命は》というメッセージは現実的で、少し残酷な言葉のようにも思えます。

映画に出てこない“悪い人”みたいなものを楽曲に入れたかったんです。《変わらないよ 運命は》という毒を吐く人。目を背けてしまっている痛いところを突きたいと思いました。映画の中に出てくる登場人物は、みんな良い人で特別な想いを持って動いているんです。その世界が、あまりに綺麗すぎる、と思っちゃうくらいでした。

秋田も実際に訪れると綺麗な場所だし、ご飯も美味しいです。人も優しいし、前を向いて何かを変えようとしている。それなのにどうにもならない……ということは、無意識に目を背けてしまうような“何か”があるんじゃないかなって。そこを突きたかった。

━━そこで、綺麗な世界を表すがまま「前を向いていこう!」みたいなポジティブなフレーズにならなかったのは、何か理由があったんですか?

映画の力が強かったのかもしれません。秋田の人に話を聞くと、やはり映画の中と同じで、どうにかしようと動いている人はたくさんいるんです。本当に地元の皆さんは『光を追いかけて』のことを応援してくださっていて。

ただ同時に「映画が届くところに届いて、秋田が認知されて、街づくりが変わるかもしれない」という願いのようなものも感じました。もし映画を先に観ていなければ、もっと「前を向いていれば何かが変わる」というニュアンスの歌詞になっていたかもしれないです。

━━ではそういった“影”の要素に相対し、まさに映画のキーワードにもなっている“光”については、どう捉えましたか?

作中の「光」って「問いただすもの」の象徴だと思うんです。秋田の環境や、住む人の感情を表す方法を探した時、すごく様々な要素が複雑に絡まっている感じがしました。

ただ同時に解ける感覚もあったので、「解く(とく・ほどく)」という言葉は「光」に通じる重要なキーワードになる、と思ったんです。誰かの視点、というのに強いて当てはめるなら『光を追いかけて』という映画そのもの、あるいは「光」の視点を意識したかもしれません。

━━そもそも今回の“心解く”って、普段の湯木さんの曲作りと同じアプローチ方法だったのでしょうか?

全然こんな作り方しないんですよ! 今回は超絶贅沢フルコース。時間をたくさんもらったし、実際にロケ地に行ってその場で弾かせてもらう、なんてことは毎回できない。すごく貴重な経験だったと思います。

あと、普段自分が体験したことを曲にする時は、体験したその日のうちに作ることが多いんです。赤ちゃんが生まれる瞬間を記録したドキュメンタリー映像をYouTubeで観て“産声”という曲を作ったり。1個の材料で1曲作る感じです。今回は材料が120個くらいあるなかで1個の曲を作るような勢いだったので、すごく大変でした。

中学時代の生配信から一人で走ってきたから、型を与えられるお芝居をしてみたい

━━今回は初めて「映画のために曲を書き下ろす」という試みで。舞台への楽曲提供や、すでにある楽曲の映画の主題歌起用、といった経験との違いを感じることはありましたか?

映画って、すでに一つの総合芸術作品として完成されているじゃないですか。作中にもBGMや挿入歌があるし。それなのに、さらにそこへ独立して完成した音楽を加えるってすごいなあと。邪魔しちゃいけないし、むしろ主題歌があることによって考えたり、余韻に浸ったり、悲しくなったりしてほしい。感情を動かせる要素にならなきゃと思いながら作るのは難しかったです。

しかもこの映画そのものが、直接的にメッセージを伝えようとはしない作品。メッセージを伝える最後のチャンスとして「主題歌」の立ち位置を捉えるようにはしました。あと今回の経験で気づいたのが、自分はすでにある物語の誰かになりきって歌詞を書くのが好きなのかもしれない、と。舞台の曲についてお話をいただいた時は、主人公など特定の誰かの気持ちを代弁するような歌詞を書いていました。ただ、今回は誰かになるわけじゃなかったからこそ難しかったなあ。

━━逆に、自分自身のことを書く時は「主人公・湯木慧」の視点になる?

それが、ならないんですよ。自分の曲でそれができたら、幅も広がって豊かになると思うんですけどね。これからはそれが課題です。「自分は何者なのか」というのを考えると訳が分からなくなっちゃって。自分自身の役が無くなる感じ。実は次の作品も「何者」がコンセプトの根底にあります。

━━「自分が何者なのか」を考えるきっかけがあったんですか?

そういった命題に向き合おう、という考えはずっと前からあったんですよね。ただ映画の主題歌制作を通して、特に強く考えるようになりました。

自分の中にもう1人の自分がいる感覚というか。映画の人物たちのように、今いる自分と過去の自分、未来の自分は話すことが変わっていくし、今の自分の中にも「変わらないよ 運命は」って違うニュアンスで呟く別の自分がいる気がするんです。本当の自分はどっちなんだろう、って。

怒涛のようにレーベル〈TANEtoNE(タネトーン)〉を立ち上げて、これからやってみたいことを考えたとき、それが分からなくなりました。「自分はこうなりたい」というのが見つけられてないんです。ただ、同時に今の自分は何者にでもなれる。何者にもなれるからこそ、誰かから役をもらいたい。だから今、一番お芝居に挑戦してみたいです。

━━お芝居ですか!

何者になりたいかが分からない今、探している間にいろんなものになってみればいいんじゃないかなと。いろんな人になってみたい。誰かになるのが好きだということに気づき始めました。やっぱり誰かを憑依させて、演じながら曲を作るのが楽しいんだなって。

━━誰かの役を演じて歌詞を書くのが好き、というのに通じますね。そういえば、先月リリースしたミュージックビデオ“拍手喝采”でも、ダンスに挑戦されていましたよね。

拍手喝采 – 湯木慧

新しいことをしてみたい、という突発的なアイディアでダンスを入れたくなって。しかも、自分が振り付けを作るのではなく、考えてもらった振りを教えてもらったんです。まさに「誰かに型を用意してもらう」ことの第一歩でした。

極端かもしれないけど楽曲提供もされてみたいし、誰かに「作ってください」ってお願いしてみたいんです。誰かが作ったものを歌ってみたい。

━━「自分が何かをしたい」ではなく「役が欲しい」というモチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか?

もちろん洋服などのクリエイティブにも挑戦してみたいし、来年デビュー5周年に向けて自主企画に挑戦してみたい、という「自分が何かをしたい」欲もあるんです。でも、それ以上に「いろんな役を引き受けながら自分を見つけたい」っていうフェーズに入ってるんだと思います。

“一匹狼”などのミュージックビデオを撮ってくださってる松本倫大さんが「人は誰かと話したり、一緒にいる中で対比したりして自分を見出す」って話していたことがあったんです。でも自分はずっと一人で活動しているから、自分を見つけられなくなっている。分からなくなっているからこそ、いろんな役になることで自分を比べられると思いました。

生配信を中学の時に始めてから一人で自由に独走してきたからこそ、型を欲しているというか。型にはまった自分がどこまで全力でこなせるかも知りたいです。音楽も、以前は「自分が好きな曲が好き!」という聴き方だったのですが、「この曲のどういうところが好きか」「こういう曲を作るにはどう昇華するのか」を考えるようになりました。最近だと洋楽やK-POPも聴くようになりましたし。成長する時期というか、何か新しいものを取り入れて、変わっていくタイミングなんだと思っています。

━━その、湯木さんがたくさんの「何者」を吸収し、変化していくタイミングで取材できたのは嬉しいです。

コロナ禍で自問自答する時間が増えて「どうにかしたいんだけどどうにもできない」って葛藤することが多くなったことも関係しているのかもしれないですね。しかも、「動くか動かないか」「自分はどうなりたいのか」っていう葛藤を、自分だけじゃなくいろんな人が抱えるようになった。

実は、私はコロナ禍をきっかけにネガティブじゃなくなったんです。自分は一人で悩みを抱えていると思っていたけど、みんなも同じように悩み、休んでいるかもしれないと気づいたら、少しだけポジティブになりました。

自分がなりたいと思ったものになれるし、役はどこかに転がっている。何にでもなれる時代なんだと思えるようになりました。《変わらないよ 運命は》ではないんですよね、きっと。

湯木慧 – 心解く

PROFILE

湯木慧(ゆき あきら)

表現することで、“生きる”ことに向き合い、“生きる”ための感情を揺さぶる鋭いフレーズとメッセージで綴った楽曲と、五感に訴えかける演出を伴うライブパフォーマンスを武器に、シンガーソングライターとしての活動だけでなく、イラストやペイント、舞台装飾、ミュージックビデオの制作などにも深く関わり、自身の個展とアコースティックライブを融合させた企画等もセルフプロデュースするなどマルチなフィールドで活動する。2019年、自身の21歳の誕生日である6月5日にシングル“誕生~バースデイ~”でメジャーデビュー。8月7日にはメジャーセカンドシングル“一匹狼”をリリースし、ワンマンライブ<繋がりの心実>をキネマ倶楽部(東京)、Shangri-La(大阪)にて開催。11月にはGallery Conceal Shibuyaにて初の単独個展<HAKOBUne-2019->を開催し、「音楽」のみならず「アート」面でもその存在をアピールした。2020年8月19日にメジャーファーストEP『スモーク』をリリース。23歳を迎えた2021年6月5日に日本橋三井ホールにて初のホールワンマンライブ<拍手喝采>を開催し、新レーベル“TANEtoNE RECORDS”の設立を発表。8月8日に第1弾シングル“拍手喝采”をリリース。そして、映画主題歌でもある第2弾シングル“心解く”を9月29日(水)にリリース。

HPTwitterInstagram

INFORMATION

SSW・湯木慧が映画『光を追いかけて』で歌う“光”と“影” ━━ロケ地・秋田県で感じた感覚を書き下ろした主題歌 interview210927_yukiakira_011

心解く

2021年9月29日(水)
湯木慧
配信品番:LDTN-0003
スペシャルCDパッケージ品番:LDTN-1001

ダウンロード・ストリーミング
はこちら

SSW・湯木慧が映画『光を追いかけて』で歌う“光”と“影” ━━ロケ地・秋田県で感じた感覚を書き下ろした主題歌 interview210927_yukiakira_012

光を追いかけて

2021年10月1日(金)
グランドシネマサンシャイン他全国順次公開
監督:成田洋一
出演:中川翼、長澤樹、生駒里奈、柳葉敏郎、中島セナ、駿河太郎、小野塚勇人 他
9月23日(木祝)秋田AL☆VEシアターイオンシネマ大曲シネマズにて先行公開

詳細はこちら