2012年の設立以降、FKJを筆頭に様々なDJ/アーティストが所属し、ニューディスコ、ハウス、ファンクなどを自在に横断するパリの注目レーベル〈Roche Musique〉。
このレーベルに初期から所属するアーティストのひとり、Zimmerが、キャリア初のアルバム『Zimmer』を完成させた。
今回のアルバムには、彼がアルバム制作に際して意識したという2面性=2つの異なる要素を持った楽曲群を収録。様々なジャンルを自在に行き来する彼のDJセットの雰囲気にも通じるように、スローディスコからハウス、ダウンテンポ、テクノまで様々な音楽性を横断することで、静謐なムードから激しく高揚するようなビートまで広い振り幅を作品に追加。
そこにパナマ(Panama)やローム(Laume /Yumi Zouma)をゲスト・ボーカリストに迎えたヴォーカル曲なども加えることで、全編を通して起伏に富んだ音の流れや時間の経過を描いていくような、恍惚としたサウンドスケープを広げている。
満を持してのフル・アルバムとなるこの作品の制作風景や、彼のこれまでの歩みについて、Zimmer本人にメールインタビューで聞いた。
Interview:Zimmer
━━あなたが最初に音楽に夢中になったときのことを教えてください。
両親の家にピアノがあって、それが最初の音楽との出会いです。
ピアノを弾いてみたい、と思ってレッスンを受けて、それを10年間続けました。
その後、僕が16歳の時、友達と一緒にフランスのアヌシー湖のそばの公園で開催されたフリー・コンサートに行きました。そこでは大きいステージでDJがプレイしていて、あんな様子を見たのは生まれて初めてでした。パワー、人々の一体感、照明と爆音――それは僕にとって、まるでお告げのような体験でした。その瞬間から、僕も音楽に携わりたいと思うようになったんです。
当時は「音楽で食べていくなんて無謀だ」と思っていましたが、たくさん努力して真剣に挑んできました。楽曲制作には細心の注意を払い、DJのやり方を習い、そして楽曲をプロデュースする方法を教わりました。最初の頃は同時にデザイン方面でのキャリアも培っていましたが、ある日、目が覚めた時に自分はすでにDJとして世界中を回っていて、それだけでも十分な収入があると気がつきました。それから、仕事を辞めて完全に音楽だけに集中するようになりました。
━━影響を受けたアーティストはどんな人たちですか?
”boule à facettes”という音楽ブログに取り上げられている音楽に心を動かされることが多く、あとはYouTubeの虜になっていました。だいたい2008~09年頃、新しいコズミック・ディスコ的なものに心奪われていましたね。エアロプレーン(Aeroplane)やブレイクボット(Breakbot)、モウリネックス(Moullinex)、トッド・テリエ(Todd Terje)のようなアーティストたちです。宇宙的な(=コズミックな)メロディーとグルーヴの融合が大好きでした。
━━音楽以外にも、刺激を受けたり、好きでいたりするものはありますか? 映画や本、アートなど何でも大丈夫なので、教えてもらえると嬉しいです。
映画が大好きです。映画がクリエイトする感情の幅広さは素晴らしいですし、まさに完全なアートフォームだと思っています。ただ、ひとつだけ欠点だと思うのは、映画はライブでは表現できないこと。瞬間的に作り出されるものではないですから。僕は瞬間的に生みだされるアートにとても惹かれるので、僕にとっては音楽がとても魅惑的です。
同じ理由で、スポーツも大好き。スポーツは人々、そしてみんなの目の前で起こる出来事が融合したものだと思うんです。若い頃はフォトグラファーの真似事をしたこともありますが、真剣にやれないなら音楽以外にアーティスティックな趣味を持つべきではないなと思って辞めました。観客としては、インスタレーションにとても惹かれます。ディア・ビーコン(ニューヨーク近郊の現代美術館)はすごかったです。だから、自分もセノグラフィー(自身のライヴでの舞台美術)には時間をかけています。
━━現在所属しているフランスのレーベル〈Roche Musique〉については、どんな魅力を感じていますか?
僕が思うに、レーベルがスタートしたばかりの時はいわゆる〈Roche Musique〉っぽいサウンドがとても色濃かったと思います。とてもグルーヴィーで、スロウで、ある一定のムードやコード進行があるようなサウンドです。
たとえば、フレンチ・ハウスをもっとスロウにしてセクシーにしたような、フレッシュなサウンド。〈Roche Musique〉のそれぞれのメンバーが違う方向性を開拓しようとしている今もなお、そのスピリットは根付いていると思う。レーベルに所属している僕たちが進化し合っているのを見るのはとても面白いと思っています。
Roche Musique Best Of
━━フランスのクラブ・シーン自体にはどんな魅力を感じていますか?
とても活気に満ちていて、常に進化しているところです。僕はDJのために本当に色んなところを旅しているのですが、フランスに帰ってくるたびに新しくてかっこいい場所がオープンしているんです。
前より外に出かける頻度が減ったことは確かですが、かつては〈Roche Musique〉の仲間たちといつもクラブに行っていました。僕たちは若かったし、そもそも音楽のために生活していましたから。水曜にはSocial Club(パリのヴェニュー)に行って、朝6時まで過ごしていました。楽しかった!
━━そもそも、あなたが〈Roche Musique〉に加入することになったのはどういういきさつだったんでしょう?
2010年に、僕がパリに引っ越してから半年後にジャン・セザール(Jean Cézaire/Roche Musiqueの設立者 以下、ジャン)と出会ったんです。トーマスという音楽友達――彼はのちに、僕の最初のマネージャーになります――がNouveau Casino(パリ11区オベルカンフ地区のクラブ)で開かれていたパーティーに僕を連れて行ってくれて、そこでジャンやチェロキー(Cherokee)、ダリウス(Darius)、カーテル(Kartell)達を紹介してくれたんです(すべて〈Roche Musique〉のメンバー)。すぐに彼らと意気投合して、Chez Moune(パリ18区ピガール地区のクラブ)やSocial Clubといった場所で、よく一緒にパーティーをすることになりましたね。いつも、ジャンを交えて「いつか一緒に仕事したいね」と言い合ったりもしていました。
そこで2014年に、それまでのレーベル〈Discotexas〉を離れてフランスのレーベルに移籍したんです。そのタイミングでジャンが〈Roche Musique〉をスタートしたので、すごく自然な形で〈Roche Musique〉に参加しました。
Zimmer – Looking At You(Discotexas, 2011)
━━〈Roche Musique〉のアーティストから刺激を受けて、自身の音楽が変化していった部分はあると思いますか?
もちろん、あると思います! 〈Roche Musique〉に入って間もないころ、僕は「ホリゾンタル・ディスコ(Horizontal Disco)」と呼んでいた音楽ジャンルに夢中でした。スロウ・モーションでスムーズな楽曲です。
でも、ツアーが増えていくうちにもっとアップテンポな楽曲も必要になってきました。それで、次のフェーズに進んだという感じです。今の僕はもう少しダークな雰囲気の曲を作っている感じ。ちょっとテクノのヴァイブスもあるけど、もっとエクスペリメンタルなサウンドです。今、自分の(音楽の)パレットを拡げているところですね。
━━では、今回のアルバム『Zimmer』について聞かせてください。初のアルバムをリリースしようと思ったのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
基本的に、準備が整ったらリリースしようと思っていました。2017年から2018年にかけて、2年を費やして制作したアルバムです。2017年の終わりにはアルバムを完成させていたかったのですが、自分が持っているビジョンを形にするためには、もっと新しい曲が必要でした。
僕はいつも、自分がベストだと思う曲を作るためには、それに必要な時間をじっくりとかけるタイプ。曲が完成した、と思ったタイミングで、アルバムの制作をストップしました。リリース日が決められているプレッシャーを感じずに制作に集中できたおかげで、ベストなアートが出来上がったと思います。自分がそうしたいと思った時や言いたいことが出来た時に曲を書いていきました。
Zimmer – Zimmer
━━制作にあたって、何かテーマのようなものを考えていましたか。
核となるアイデアは、「自分が感じている音楽の魅力を、2つの極端な方向において探っていくこと」。とてもアトモスフェリックで、ドリーミーな音楽を聴く時は、まるであなた自身の音の旅に出るような気持ちになりますよね。かたや、パワフルな音楽はクラウドに一体感を与えます。僕は、こうした極端な感覚をラディカルな方法で探ってみたかった。
そして、はっきりとわかる方法で、この2つの感情の間を行き来するような旅路をクリエイトしたいと思ったんです。このアルバム全体には、まるでミックステープのような連鎖感があり、全編を聴いてもらうことでテーマが完成する作りになっています。
━━実際の制作は、どんなふうに進んでいったのでしょう?
まずは2017年の初頭にデモをたくさん作って、いくつもの異なるサウンドやリズム、メロディーを考えていきました。時には、楽曲のアイデアを紙に書いて、どんな仕上がりになるのか試してみたりもしました。他には、たとえばアルペジオ・ギターを片手に8分音符を使ってスロウな曲を作ってみることもありました。
シンセから作りはじめることもありましたね。JUNO(ローランド社の定番シンセ)を使って、コード進行だけを思いつくままキーボードで弾いて、さっと1曲仕上げるというように。でも、どのデモ曲にも共通点があって、それは「時間を掛け過ぎない」ということでした。僕はどの曲もフル・トラックを2時間以内で作ります。そして一度出来たら、その曲を仕上げる作業に移る。最初のセッションで完璧なサウンドに聴こえなければ、「これ以上作業しても無駄だ」と切り捨てていきました。
DJとしてのツアーも忙しかったし、移動中、色々な場所でトラックを制作した部分もあります。たとえば“Thunder”は、LAのコーヒー・ショップで朝10時に作った曲。みんなが起き始めるころ、僕はヘッドフォンの中で超激しいテクノ・サウンドを創っていました。
Zimmer – Landing
━━ゲスト参加しているパナマ(Panama)やローム(Laume from Yumi Zouma)との出会いはどんなものだったのですか? また、彼らとの制作で印象的だったことは?
両アーティストとも、僕がもともとファンでした。2人とも、声にとてもドリーミーなヴァイブスを感じるので。そこで、それぞれにSoundcloudを通じてコンタクトを取って、いくつかインストを送ったところから制作をはじめました。僕が一緒に曲を作りたいと思うのは、基本的に、「自分の楽曲に欲しい何かを持っていて、かつ、僕には不可能なこと」を感じるアーティスト。ロームとは、ロンドンにいる時に一緒にレコーディングをして、パナマとはすべての作業をネット上で完結させました。実際に彼に会える日が楽しみ!
━━彼らは〈Cascine〉や〈Future Classic〉のような人気レーベルから作品をリリースしてきた人たちですね。
そうですね。両レーベルとも、とてもエキサイティングだし、素晴らしい楽曲をたくさんリリースしていると思います。他のレーベルだと、クラブ・ミュージックならフランクフルトの〈Running Back〉や、パリ~ケルンの〈Correspondant〉が大好きです。
━━アルバム名をあなたの名前『Zimmer』にした理由を教えてください。
このアルバムは、自分が音楽の世界に足を踏み入れてからの、ある種の最高到達地点のようなもので、ZIMMERとして探求したいもののすべてが詰まっています。コンテンポラリーなエレクトロ・ポップやテクノ、自分が描くディスコのビジョン、ヨーロッパ的なクラブ・ミュージックや、スロウなエレクトロ・バラード……。自分のキャリアにおけるランドマーク的な作品なので、セルフ・タイトルを冠したことはとても理にかなっていると思います。
━━アジアと欧米のクラブ、フロアに、違いを感じる部分はありますか?
ここ最近、アジアはとてもいいエリアになっていると思います。アジアのいくつかの国では、エレクトロ・ミュージックが新たなブームになっているし、初めてエレクトロに接するときはとてもフレッシュな気持ちになりますよね。とても強いパワーを感じます。
━━また、あなたが普段DJとして選曲時に大切にしていることなどもあれば教えてください。あなたの場合、様々なジャンルを自在に行き来していますよね。
すごくいい質問! 僕がDJするときは、めちゃくちゃ踊るんです。そして、「ダンス」として何の曲が聴きたいかを考える。自分のDJセットをどんな方向に持っていきたいかを常に考えていて、2、3曲先のことを考えてながら、その方向に辿り着くためのヴァイブスや、どのように曲をビルドすべきかを考えながらDJをしています。
僕みたいにジェットコースターのようなDJをする場合、ビジョンを持つことが重要です。エネルギーを失っていくのではなく、動かしていくことが大事。テクノからディスコへ、アップテンポからスロウテンポへ曲を変えていくのはチャレンジでもあります。でも、うまくいけば、それは魔法みたいなものになる。DJをするときには、リスクを厭わないことが大事だと思っています。
Zimmer @ Papa Cabane for Cercle
━━昨年から始めているライブセットについては、どんな思いからはじめたものだったのでしょう? また、どんな手応えを感じていますか。
ライブのときは、もっと内向的になる感じがしますね。キーボードを叩いて、シンセをいじって、すべての音源をミックスして、エフェクトを加えるなど、たくさんのことをしなければならないので、より集中力が必要です。
でも、ライブのゴールはみんなを旅路に連れていくこと。だから、各地でライブを行う時にはいつも自分の照明機材も一緒に持ち運んでいます。その照明を使うことで、オーディエンスを正確に自分のビジョンが示すムードへと連れていくことができる。照明はとてもパワフルなツールだと思います。プログラミングが正しければ、ミニマムな設備で多くのことが出来るから。
━━楽曲で表現したいことと、ライブで表現したいことに違いはありますか?
僕はDJとして「作品」を作り上げていくことにとても注力しています。そして、ライブ・パフォーマンスは全く別物として作り上げたいと思っています。DJとして15年間もやって来ているので、そろそろキーボードを弾いて、(クラブではなく)コンサートの時間に演奏して、自分で全てをトータル・コントロールできるフルセットのライブをしたいです。
自分にとって、音楽とは感覚そのもの。そして、照明は音楽の次に重要なもの。トーンを整えて、現実から逃避するような感覚を増してくれます。だから、僕は自分の照明機材とともに移動しています。自分と自分のチームが行く現場には、それぞれの曲に対して「マップ」があり、その地図こそが、自分のビジョンを完璧に(照明として)映し出してくれるのです。
━━あなたが音楽をつくるうえで最も大切にしていることを教えてください。
常に自分自身を再創造することだと思います。何事も当然だと思わず、自分が共感できる、面白く感動させるアートを作るために頑張ること。そしてそれが他の人々にも届くといいなと思っています。
今は、みんながようやく僕のアルバムを聞いて、どんなリアクションをしてくれるのかが楽しみ!! そして、秋のツアーに向けて自分のライヴをネクスト・レベルに持っていく予定です。
Text by Jin Sugiyama
Zimmer
本名:バプティスト・ムール
アルプスとカリフォルニアで育った後、パリに2010年に移住して音楽制作を開始。
2011年に1stEPを発表。ほどなくしてジマー特有のスローで夢見心地なダンストラックや職人気質なリミックス、そして一連のミックステープ作品は世界中から注目を集めるようになり、若干25歳にしてヨーロッパ、北米そしてアジアツアーを敢行するスターDJとなる。
2014年、パリの人気レーベルであるRoche Musiqueに加入し、それまでのディスコ調ビートからインディーポップ風ハウスへと作風が変わる。
続いてEP2作『Coming of Age』(2015)と『Ceremony』(2016)を発表し、エレクトロシーンにて確固たる立場を築き、NYやサンフランシスコなど北米での公演も軒並みソールドアウト。そして2019年、アーティスト名を冠に掲げた本作を堂々と引っ提げ、世界中のフロアを揺るがす。
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