次世代クリエイターが挑戦する、ソニーのテクノロジーとファッションの可能性とは?
インターネットの例を出すまでもなく、テクノロジーの進歩・発展は、これまでにいくつもの重要なクリエイティビティを生み出してきた。ある面において、クリエイティブはテクノロジーから生まれると言い切ってしまっても間違いではないだろう。
ソニーが渋谷モディ1階にある情報発信拠点「ソニースクエア渋谷プロジェクト」で継続的に開催している『Square Program』は、まさにテクノロジーの面からクリエイターを支援・育成するプロジェクトだ。本プロジェクトでは、クリエイターや渋谷の街の人々と共創することでクリエイティビティを広げ、次世代のクリエイターを育成するためのワークショップを定期的に行ってきた。その一環として、2019年7月6日に、ファッションとテクノロジーをかけ合わせた「次世代デザイナー ファッション×プログラミング コンテスト」が開催された。
本コンテストは、ソニーのロボット・プログラミング学習キット「KOOV®︎(クーブ)」を使い、テクノロジーを融合させたファッションアイテムを制作するコンテストだ。制作のルールは2つ。「KOOV®」を使って制作することと、「KOOV®」の着色や分解をしないこと。あとはまったく自由な発想でファッションとプログラミングを掛け合わせた作品が求められる。
審査員には株式会社ソニー・グローバルエデュケーション代表取締役社長の礒津政明氏とソニー株式会社クリエイティブセンター シニアアートディレクターの奥村光男氏のほか、ANREALAGE(アンリアレイジ)のデザイナーである森永邦彦氏が就任。
学生側からしてみれば、世界的デザイナーから直接作品を評価してもらえる貴重な機会となった。以下、当日のレポートやグランプリを受賞した学生のインタビューをお届けする。
SESSION1:innovation
コンテストレポート
コンテストに参加したのは、全部で5組のバンタンデザイン研究所の学生たち。1組ずつ音楽が流れるランウェイを歩き、審査員の前でプレゼンテーションを行う。作品の独創性だけでなく、どのチームもテーマやコンセプトがしっかり作り込まれていたのが印象的だった。
最初に発表した「亮8亮」チームは、「地球温暖化・空気汚染が悪化し人間が地下で暮らすようになった近未来」を想定し、じょうろ型浄水器付きランドセルや仮想汚染物質を検知するシューズなどを制作。森永氏が「外の世界と自分を繋げるのは概念として新しい。人が感知できないものを身体にまとえるのはKOOV®ならでは」と述べれば、礒津氏は「社会問題をファッションで解決するというアイデアが素晴らしい」と評価した。
2番目に発表した「松丸」チームは、自動で口元まで昇降するドリンクホルダーや小テーブルを搭載したベストを制作。ボタンひとつで服からテーブルが出現する様には、会場からも驚きの声が上がった。森永氏は「人のアフォーダンスが変わり、動き自体も変わる。手が解放されることで何か進歩が生まれるかもしれない」と評価。奥村氏は「1組目、2組目から非常にインパクトが強い。しっかり作り込まれ、しかもちゃんと動作しているところが素晴らしい。力のバランスや布の強度など大変なはずなのに」と感心していた。
グランプリに選ばれたのは、「雨の憂鬱を晴らす傘」を制作した小林さんと坂上さんによる「koogami」チーム。 作品のコンセプトはタイトルの通り、雨の日の憂鬱な気分を晴らすことのできる空間づくりにある。 これは傘にKOOV®を取り付けた作品で、雨が当たると赤外線センサーが反応し、音が鳴ったりLEDライトが光ったりする。それによって、傘の中がまるでライブハウスのような空間へと変わるという仕組み。日常の何気ない瞬間を特別な空間へと変える発想が見事だった。タイルやビーズやネット、チューブなどを使った装飾も特徴的で、滴る雨粒やアスファルトに反射する雨などが表現されていた。
評価ポイントとしてあげられたのは、これまでの常識的な傘の機能を更新し、人に新しい感情を与えていること。また、今後のアップデートの可能性や未来への期待が見込まれること。こうした点が評価され、めでたくグランプリとなった。
SESSION2:thinking
作品制作レポート
さて、ここでいったん時制を戻して、今回コンテストに参加した学生たちがどのように作品を制作していったのか見ていきたい。
コンテストに参加したバンタンデザイン研究所の学生たちは、ソニーによる5回のレクチャーを受け、約2ヶ月間にわたり今回の作品を制作した。基本的に学生たちの創作意欲を喚起し、学生のクリエイティビティを最大限発揮してもらうため、がっちりと固まったカリキュラムは立てず、主に「KOOV®︎」の使い方やプログラムの構築、アイデアのブラッシュアップなどをソニーがサポートし、制作活動に入っている。
また、定期的に進捗確認の場を設け、各チームと直面している課題や今後の方向性について話し合いながら一緒に作りあげていった。
学生は授業を通して日常的に制作活動を行っているが、どのチームも制作活動の中にプログラミングを取り入れることは初めてだったため、アイデア出しやコンセプトを固めるのに時間を要していたようだ。制作過程においてはKOOV®︎のブロックをつなぎ合わせる素材選びに悩んでいたり、思い通りの動きをプログラミングで実現させることに苦労していたり、各チームとも様々な試行錯誤をくり返していた。
チーム内やソニーの担当メンバーと相談を重ねることで、直面していた課題も自分たちのアイデアと発想力で乗り越えることができていた。「イメージしたものを作り上げたい」という彼らの創作意欲と学習能力も寄与したのだろう。
SESSION3:creative
グランプリチームインタビュー&ソニー担当者インタビュー
また、今回の取り組みについて、グランプリを受賞したkoogamiチームとソニーの担当者へ直接話を聞くことができたので、以下に抜粋する。
グランプリ「雨の憂鬱を晴らす傘」
小林さん、坂上さんインタビュー
──受賞して、率直にどんな気持ちですか?
小林 信じられないです。いろんな困難があって自信をなくしたり、まわりの人の作品ができていく過程も見ていたので焦りもありました。だから受賞する自信はまったくありませんでした。そもそも参加すること自体、「2人で楽しめたらいいよね」という感じだったので……。
坂上 本当に最初は「楽しそうじゃない?」という、半分ノリで始めたものだったんです。傘というアイデアも、話の流れで出たいくつかのアイデアのひとつでした。バッグや靴、襟、メガネなど、アイテム系は組み合わせ次第でいろいろできるとは思っていたけど、プログラミングを使うということを考えた時に、傘がいちばんつくりやすいんじゃないかなと思ったんです。KOOV®を初めて見た時に「クリアな素材だから、ビニール傘に合いそうだな」と思って。ちゃちなものにならないよう、ビニール傘感を残しつつ装飾を加えていければいいのかなと試行錯誤しました。
──なぜこのテーマになったんでしょう?
坂上 わたしたちは2人ともサカナクションが大好きで、サカナクションがきっかけで仲良くなったんです。彼らのライブは演出が本当に素晴らしくて。『Ame(B)』という曲もあるし、そういったところから連想していきました。
小林 サカナクションは、雨や夜をモチーフにした曲が多いんです。ライブハウスの暗いなかでの明かりや雨の演出にヒントを得て、雨が傘に当たった時に何かが反応したら面白いんじゃないかと考えました。でも傘というアイデアに行き着くまでは、ノリというか、本当にいつものお喋りの延長みたいな感じでした。
──KOOV®を使った制作は、普段の制作と何が違いましたか?
坂上 やっぱり普段はこういう素材を使わないし、ましてやプログラミングをファッションとあわせて考えたことなんてなかったから、そこは新しい感覚でした。わたしたちの作品は服ではなく傘だったので、既存のものをいかにきれいに見せるかも工夫しました。装飾では重さや位置が重要で、付けていたものを外したり、位置を変えたり、ということを何度も繰り返したんです。プログラミングをつける位置もかなり重要で、傘の上にキラキラしたPVC(ポリ塩化ビニル)シートを貼っているんですけど、そこだけ反応しないことがあったりして……。
小林 とにかくプログラミング自体が全然わからなかったので大変でした。一定以上の数値に達したら音楽が鳴る仕組みなんですけど、その数値も光の当たり具合で変わってしまうので、何度も変える必要がありました。
坂上 実はプレゼン中にも数値を測り直していたんです(笑)。明度や彩度で変わってしまうみたいなので、そのあたりを考慮したプログラミングができるようになればもっと可能性が広がる気がします。
小林 それから、普段の制作では共同作業をすることがあまりないんです。今回は2人で制作したからこそ自分にはないアイデアが出てきた。それを共有することで、今までは考えなかったようなこともできるようになりました。
坂上:自分が良いと思っているものが他人から見てどうなのか、ということをすぐに確認できたのも良かったです。しかも自分たちでつくっているから正直な意見をもらえる。部外者ではないからこその補い合いがありました。
──森永さんから直接評価やコメントをいただきましたが、それをどう受け止めましたか?
小林 本当にありがたいですし、改めて森永さんの活動を見て、自分も常識にとらわれない挑戦的なことをこれからもしていきたいと思いました。
坂上 わたしはプレゼンを褒められたのがすごく嬉しかったです。緊張して全然うまくできなかったし、変な間があいたり、逆にもたついてしまったり。用意してきた言葉を読むだけになってしまったのに、言葉のチョイスを評価してもらえた。憧れていた人にそんなことを言われて……今後の自信に繋がると思います。
ソニー株式会社 ブランド戦略部
岡野さんインタビュー
──「ソニースクエア渋谷プロジェクト」が始まった経緯を教えてください。
今後、未来を共に創っていく若年層へむけ、「ソニー」ブランドを発信するための情報発信拠点として、2017年4月から運営を開始しました。国内だけでなく海外からも文化創造の拠点として注目を集める渋谷で、渋谷に集まる流行に敏感な方々やクリエイターとコミュニティーを形成し、「ともにつくる=共創する場」として強化していきたいと思っています。
──クリエイターとの共創に力を入れている理由はありますか?
今年1月に「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことを弊社の新たな存在意義として打ち出しました。それを実現するための運営指針として、「人(クリエイター)に近づく」ことを重要視しており、感動を生み出すクリエイターがソニーのテクノロジーに触れる機会を作ることで、また新たな感動を生み出すことを目的としております。
──クリエイターの中でもなぜ学生に向けて、このような機会を作ろうと思いましたか?
上述した存在意義を達成するためには、未来の世界を感動で満たしてくれる若手クリエイターの育成・創出が不可欠と考えております。そんな彼らがソニーのテクノロジーと出会い、新たな表現の可能性やきっかけに気づくことで自己成長へとつなげてもらうための機会として作ろうと思いました。
──学生とのコミュニケーションで印象的だったことを教えてください。
テクノロジーを活用したファッションが世に出始めているなか、学生がそれをやりたいと思っても通常授業では学ぶ機会がなく、参考資料などもないためどこから手を付けていいのかわからないという現状があることを伺いました。今回の企画が、まさにその課題に対する一つのアプローチとなり、今まで身近に感じられなかったテクノロジーやプログラミングに触れるきっかけを与えられたのではないかと感じています。
また、「理数系科目が苦手」と言う学生や、パソコンでメールを送るのも苦手な学生もいたのですが、最後の方には当然のようにKOOV®を使いこなせていました。ここは、KOOV®のロボット・プログラミング学習キットとしての製品力の高さだけでなく、プログラミングに必要な思考力は養えるものだというポテンシャルを感じました。
──今後どんな取り組みを行っていく予定ですか?
色々な可能性を検討していますが、様々なテーマで今後も学生や若手クリエイターとソニーのテクノロジーが出会い、彼らのクリエイティビティを広げられる機会を作っていければと思います。そしていつか、ソニースクエア渋谷プロジェクトでの体験が少しでもきっかけとなり、世界を驚かし感動で満たしてくれるクリエイターが生まれれば嬉しいです。
新たなテクノロジーが新たなクリエイティブを生む
コンテストの最後は、森永氏の次の言葉によって締めくくられた。
「新しい機能が生まれれば新しいデザインが生まれ、新しいライフスタイルが生まれる。それによって、今の日本でしかできないことがある。他のファッションにはない融合を目指して頑張ってください」 (森永氏)
ファッションとプログラミングという組み合わせは、今後のファッションとプログラミング両業界において大いに注目されるに違いない。しかし、なにもファッション×プログラミングだけに止まらず、あらゆる分野のクリエイティブがテクノロジーの進化の影響や刺激を受けているわけである。今後は、広義の意味におけるアートとテクノロジーがより密接に関係し合っていくことがより求められるだろう。
そうした意味で、今回のコンテスト、ひいてはソニーがソニースクエア渋谷プロジェクトで継続的に開催している『Square Program』は、ひとつの画期的な先行事例として語り継がれていくに違いない。新たなテクノロジーが新たなクリエイティブを生むということ、またそうしたテクノロジーを使って積極的に若手クリエイターの育成に力を入れることがさらなるクリエイティブを生むということ、『Square Program』はその模範的な例であったと言えるだろう。
なお、最優秀作品は8月末まで、渋谷モディ1階のソニースクエア渋谷プロジェクト内で展示しており、誰でも無料で鑑賞することができる。
Text by Sotaro Yamada
Photo by Haruka Yamamoto
ソニースクエア渋谷プロジェクト
【場所】渋谷モディ1階(東京都渋谷区神南1-21-3)
【営業時間】11:00~21:00
※年中無休 但し1月1日、及びイベント準備期間は除く
ソニースクエア渋谷プロジェクトサイト:https://www.sony.co.jp/square-shibuyapj/