小袋成彬が主催するDJパーティー<ANTS HOUSE>の東京編が8月4日(金)、5日(土)に開催された。今回は4日にSpotify O-EASTで行われたパーティーの前編をレポートでお届けする。この日にはAru-2、Dreamcastmoe、Nariaki Obukuro、Packet、Stefan Ringer、Vinyl Delivery Serviceらが出演、本記事の取材と執筆は高久大輝が担当した。

なお、<ANTS HOUSE>の大阪編は8月10日(木)にGORILLA HALL OSAKAにて開催。またオフィシャルアフターパーティーが8月12日(土)に東京・CIRCUS TOKYO、13日(日)に京都・WEST HARLEM KYOTOで開かれる。さらに、小袋成彬&NOMIZOが8月15日(火)に福岡・Kieth Flack、8月20日(日)に仙台・CLUB SHAFTで、オールナイトセットを披露する。未知の音楽と出会い、風通しの良い世界に浸る真夏のお祭りをぜひお見逃しなく。詳細は記事の最後にて。(Qetic)

REPORT:ANTS HOUSE
2023.08.04(FRI)@Spotify O-EAST

会場に着くとすでにオープンDJのPacketがターンテーブルを回している。会場にいた方はその正体を知っていて当然だが、Packetをここで初めて知った方はこの名前を直訳してみればだいたい察しがつくだろう。ステージ前方のフロアにせり出すように設置されたDJブースで、シャツにネクタイを締めたPacketがジャズやソウル寄りのゆるやかなラウンジミュージックで少しずつ増えるオーディエンスを迎えている。ときどきエンジンをふかすように威勢のいいヒップホップも聞こえる、パーティーのオープニングにふさわしい焦らすようなセットだ。終盤に近づくと低音を上げ始め、ぶち上げる準備を着々と整えていく。サウンドシステムの調子も良好そうだ。

価値観が吹っ飛ぶような音楽体験──小袋成彬主催パーティー「ANTS HOUSE」レポート(2023.08.04@Spotify O-EAST) music230808-antshouse-11

そしてPacketが、いや、言ってしまおう、小袋成彬がDJブースの横にカールコードで吊り下げられたマイクを手にして呼びかける。「<ANTS HOUSE>へようこそ! まあ長いパーティーなんで、くつろいでいってください」。そう、ANTS HOUSEは15時からスタートしたPacketのオープンDJからSpotify O-nest、および7th FLOORで行われる朝5時までのアフターパーティーも含めると14時間のノンストップパーティーだ。来場者にはリストバンドが配られ、会場の出入りは自由。これが今回の<ANTS HOUSE>の重要な要素であることは間違いないだろう。つまり、自分の意思でフロアにいるということ。疲れたら休めばいいし、お腹が空いたら渋谷の街にご飯を食べに行けばいい。ステージにいるアーティストやブースにいるDJだけでなく、クラウドの一人ひとりが主役であり、パーティーの一部であるという感覚は、クラブに慣れた方なら当然に感じるかもしれないが、普段接していないとなかなか理解できないものだったりするはずだ。権威主義と言うと少し大げさに聞こえてしまうかもしれないけれど、私たちの生きる社会では、例えばテレビもYouTubeもSNSも、どこかに中心があるかのように錯覚させる物事で溢れているのだから。ダンスフロアによく紐づけられる「解放」という言葉の意味は、そういったところにあるのかもしれない。デカい音が、身体や心に染み込んだ“常識”や“普通”を洗い流していく。

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バトンを引き継いだのは日本を代表するプロデューサーでもあるAru-2。明るくゆったりとしたムードでスタートだ。気分は夏休み、というか今は金曜とはいえ平日の16時くらいだからフロアにいる人の多くは実際に夏休み中なのだろうか、などと呑気に考えながら揺れていると、清志郎の「踊ろう」という声が響いて現実に戻される。今を楽しむ他ない。生音中心のAru-2のセットは、キックよりも強調されたベースラインがグルーヴを引っ張っていた印象。なおかつ、彼のプロデュースする曲のグルーヴにある“揺れ”の感触が全体に行き渡っているようで、ラテンなニュアンスなどを取り入れても一貫性がある。2時間のセットもフィニッシュに差し掛かると強烈なビートでフロアを揺らしてみせた。セットの比較的序盤でAru-2がマイクを取って言った「良い音楽をみんなで共有しに来ました」という真摯な言葉が胸に残っている。

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「BEAUTIFUL SET!!」とAru-2に賛辞を送るのは、ワシントンD.C.から今回来日したシンガー/プロデューサーのDREAMCASTMOEだ。Aru-2のセットよりキックが強調された、ダイナミックなセットで、ハウスやパーティーラップなどをプレイしてクラウドを盛大に揺らしていた。同時に、マイクをよく握り、コールアンドレスポンスを含めフロアと積極的にコミュニケーションを取る、人柄の滲んだDJでもあり、この時間でクラウドの一体感は一層増していった。自身の楽曲もプレイし、力強くスウィートな歌声を響かせる姿を見るとついライブセットも見たくなってしまう。DREAMCASTMOEの時間もあと20分ほどというところで、機材のトラブルで音が止まってしまう場面もあったが(この前にも一度音が止まったがそこは自力でバッチリ持ち直していた)、そこは小袋が“Butter”を披露しフォロー。予期せぬ事態も力を合わせて乗り越えていた。トラブルからの時間はDREAMCASTMOEと小袋のB2B的な形に移行。DREAMCASTMOEが今年の3月に71歳の若さで亡くなったブルーアイドソウルのレジェンド、ボビー・コールドウェル(Bobby Caldwell)の“Open Your Eyes”をプレイし「R.I.P.」と叫んだシーンも感動的だった。

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DREAMCASTMOEへとシャウトと拍手が送られて、Nariaki Obukuroの時間だ。なんとStefan Ringerと作ったという新曲からスタート! SNSで新曲を披露することは事前に知らされていたが、この日はStefan Ringer、Aru-2との曲を合わせて、DJプレイにミックスする形で5曲ほど披露する大盤振る舞い。前作『Strides』はスウィングするようなトラックも印象的だったので、新曲はそういった部分を掘り下げるようなモードとも言えそうだし、全体としてはやはりボディミュージック的な躍らせるアプローチな気もする。なんにせよ、リリースが待ち遠しい。

DJは日本語ラップからアフロビーツ、グライムなどなど彼の今住んでいるロンドンも感じるオールジャンル的なセットだ。ロックの要素は薄いのかなと思っていたらサウスロンドンのポストパンクもセレクトされる、事前にSNSで「価値観が吹っ飛ぶような音楽体験を必ずご提供いたします」と投稿していた通りの気概を感じる横断的なプレイだった。

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さて、ひとまずのクロージングDJはアトランタのStefan Ringerだ。パーティーの前編も終わりの気配が漂ってくる。そんな気配を察知してか、すでにパーティーの始まりから7時間ほど経ち散々踊り倒してきたクラウドでさえも、なぜか「もっと踊りたい」と飢餓感を露わにする。自分でも不思議なのだが、クラブで散々遊んだ日の朝方ほど音が止まるのが嫌で仕方ない瞬間があるのだ。Stefan Ringerはそんな飢餓感に応えるように、四つ打ち中心のセットでダンスを煽る。フロアは踊りまくり。もちろん本人も踊りまくり。そんな様子を見て思い返すとこの日のDJは一様に踊っていたし、なんなら薄い幕の降りたステージ上(おそらく楽屋的な役割の場所となっていた)がときどき少し透けるのだけど内側にいるスタッフや関係者が踊りまくっていた。それだけでも、ナイスなパーティーだと言いたくなる。この辺りはもう楽しくなってしまって仕方なかったので詳細はご容赦いただきたいが、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)“N95”のドラムンベース的なリエディットがプレイされたことはかろうじて覚えているので書き留めておく。

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テッペンまで踊り倒して、パーティーの前編は終幕。「アフターパーティーはレコードオンリー」と小袋が話していて、後ろ髪を引かれる思いで会場を後にした。

帰り道で、宇佐美まことによるミステリー小説『夜の声を聴く』の中にあるこんな文章を思い出していた。

僕に欠けていたもの──それは身をもって知る知識、感覚だ。自然の優れた循環機能は、僕に畏怖の念を抱かせる。僕はどんどん謙虚になる。幼い頃、教室で知ったかぶりをしていた自分を恥じる。

これはIQが非常に高い故に周囲に溶け込めず書庫で本を読みふけるような幼少期を過ごした主人公が自然を肌で体験したときの描写だ。ここにある感覚はクラブに初めて足を運んだときの感覚とも、この<ANTS HOUSE>で感じたこととも似ている。さらに言えば小袋の言う「価値観が吹っ飛ぶような音楽体験」というのとも似ていると思う。

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世界中から集まったDJが世界各地で生まれた音楽をプレイし、まだ知らない音楽がたくさん鳴っている。巨大なサウンドシステムで。広いフロアで。言葉や写真、映像には残らない何かを体験すること。現実でもインターネットでも、つい自分の目に映るものがすべてだとばかり思ってしまうが、そんな自分の偏狭さを実感するような、SNSにもWikipediaにも載らない、あるいはアルゴリズムの外側から殴られるような衝撃を味わうこと。人々が踊り、踏むステップに歩幅の違いがあると身をもって知ること。<ANTS HOUSE>は、ダンスフロアでの体験に限らず、この時代に自分だけでは届かない何かに触れることの重要性を感覚的に確信できるような体験だった。

ちなみにUKダブの重鎮にして生きる伝説、マッド・プロフェッサー(Mad Professor)も出演する<ANTS HOUSE>の大阪編は8月10日。ご存知の方はもちろん、まったく知らない方にもぜひ足を運んでもらいたい。きっと衝撃の一夜になるはずだ。

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INFORMATION

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ANTS HOUSE

2023.08.10(木)
大阪・GORILLA HALL OSAKA
4PM-5AM

Cami Layé Okún
Nariaki Obukuro
Stefan Ringer
Mad Professor
Melodies International

Re-entry permitted👌
No admission for those under 20 after midnight

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ANTS HOUSE 外伝(東京)

2023.08.12(土)
東京・CIRCUS TOKYO
11PM-5AM
DJ
Nariaki Obukuro
Stefan Ringer
Theo Terev
Midori Aoyama
Ticket
前売り 3,000円/当日 3,500円
※ANTS HOUSE 外伝のフライヤー持参で当日2,000円

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ANTS HOUSE 外伝(京都)

2023.08.13(日)
京都・WEST HARLEM
8PM-5AM
DJ
Cami Layé Okún
Nariaki Obukuro
Seiji Ono
Stefan Ringer
Ticket
前売り 3,000円/当日 3,500円
※ANTS HOUSE 外伝のフライヤー持参で当日2,000円

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Nariaki Obukuro(DJ SET)(福岡)

2023.08.15(火)
福岡・KIETH FLACK
8PM-ALL NIGHT
DJ
Nariaki Obukuro
NOMIZO(CMYK)

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Nariaki Obukuro(DJ SET)(仙台)

2023.08.20(日)
仙台・SHAFT
8PM-ALL NIGHT
DJ
Nariaki Obukuro
NOMIZO(CMYK)

チケットはこちらから小袋成彬