強烈なインスピレーションとなったハイチへの訪問
バンド史上初となる2枚組、75分13秒という超大作に仕上がった4作目『リフレクター』は、リード・シングル“Reflektor”と同様にバンド自身と、ジェームス・マーフィー&マーカス・ドラヴスが全編でプロデュースを務めた。マーカスはエンジニアを担当した2nd『ネオン・バイブル』(07年)以来の付き合いだが、ジェームスといえば、2011年にLCDサウンドシステムとしての活動に終止符を打ったNYシーンのカリスマ的存在で、言わずと知れた〈DFA〉の総帥。もともとアーケイド・ファイアの連中とは警戒し合っていたそうだが、6年前にお互いのライヴ・パフォーマンスに衝撃を受けて意気投合して以降、その親交はずっと続いていたようだ。リズム&ビートを強調した今作の方向性において、彼ほどパーフェクトな適任者は他に見当たらない。
Arcade Fire “Reflektor”
また、アルバムのオープナーにもなった“Reflektor”には、アーケイド・ファイアの大ファンとしても知られるデヴィッド・ボウイをはじめ、盟友オーウェン・パレットや、今年の<タイコクラブ>でも初来日を遂げたサックス奏者=コリン・ステットソンといった錚々たるゲストが迎えられている。けたたましい人力ビートによる恍惚感が、どこまでも上り詰めていく7分超えのディスコ・ポップには世界中のファンが驚かされたが、はっきり言ってアルバムは我々の予想をあっさりと超えてきた。ディスク1の“Here Comes the Night Time”を筆頭に、予想もつかない変幻自在な曲展開と、リオのカーニヴァルを彷彿とさせる圧倒的な多幸感。ディスコ、パンク、エレクトロ、ニューウェイヴ…etcのフレーヴァー、そしてコンガ(!)のビートが隙間なく詰め込まれたこの『リフレクター』は、さしずめアーケイド・ファイア流のウォール・オブ・サウンドと言えようか。どことなくダブ・レゲエの匂いがするのは、何もジャマイカの廃城でもレコーディングが行われたことだけが理由ではないだろうが、スティール・パンを多用したトロピカルな味わいもアルバムの雰囲気を印象づけている。
『リフレクター』のサウンド・プロダクションには、大きく分けて2つのポイントがある。まずは「ハイチ」との関わりだ。メンバーのレジーヌ・シャサーニュはご存知の通りフロントマン=ウィン・バトラーの妻であり、両親がハイチ共和国からの移民。2010年に発生し、31万6千人もの命を奪ったハイチ地震のチャリティー・ライヴを現地で行ったアーケイド・ファイアは、そこで大きなカルチャー・ショックを受けたという。「ビートルズもローリング・ストーンズも知らないハイチの人達の前で演奏したことが、僕らにとってパワフルな体験となった。純粋にリズムだけで、人との結び付きを見出そうとしたから」とウィンが述懐(日本語盤ライナーノーツより抜粋)するように、ハイチでのオン・ステージのみならず、現地カーニヴァルへの参加なども、共通言語としての「音楽」を見つめ直すキッカケになったことは想像に難くない。『リフレクター』のツアーではカラフルな民族衣装とアイライナーで着飾り、ハイチ在住のパーカッショニストも参加しているそうで、ドラマーのジェレミー・ギャラが繰り出すグルーヴも明らかに力強く、プリミティヴなものへと変わった。ゲリラ的なプロモーションが話題を呼んだ「Reflektor」のシンボルもまた、ヴードゥー教の儀式「Vèvè(ヴェヴェ)」にインスパイアされたのだとか。
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