トム・ヨークとプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチが作り上げた──彼らの言葉を借りれば“ふたりきりで部屋に籠り、真空状態で作り上げた──『ジ・イレイザー』の緻密で完璧なサウンドをライヴでより肉体的に表現してみたい……、それから間もなく、世界の音楽ファンたちに強烈なセンセーションを与えたアトムス・フォー・ピースの結成は、トム・ヨークのそんな思い付きから生まれたものだったのだという。
トム・ヨークによるこの構想を現実のものにするために集められたメンバーは、ジョーイ・ワロンカー(ドラム)、マウロ・レフォスコ(パーカッション)、そしてレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー(ベース)とプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチ。ジョーイはベック、R.E.M.、エリオット・スミスらの作品で叩いてきた職人肌で、マウロはラテン畑のすご腕パーカッショニスト。かねてより『ジ・イレイザー』をとても気に入っていたというフリーは、フェスなどのステージ裏で密かにトムとこの話を膨らませていたようだ。先日、ウルトライスタとしても素晴らしい作品を発表したばかりのナイジェル・ゴドリッチに関しては、レディオヘッド、U2、ベックなどの作品を手掛け、トムが全面的な信頼をおくプロデューサーとしてみなさんもご存じのことだろう。スーパ―・バンドという形骸化したレッテルを貼り付けられることに、トムやナイジェルはいささか居心地の悪さを感じているようだが、このプロジェクトが世に明らかにされた時の我々の興奮をどう言葉にすればよかったのだろう。2年前のフジロックで“神がかった”と言う他ない強烈なライヴ・パフォーマンスを見せられて以来、僕たちは“その次”を期待せずにはいられなかった。しかし僕らリスナー以上に、このプロジェクトに興奮していたのは彼ら自身だったのかもしれない。「僕がレディオヘッド以外のバンドとプレイするのは16歳の時以来初めてだってことに気付いたんだ。それは正直言ってかなり強烈な衝撃で、困惑させられたよ」とトムは語っている。
かくしてアトムス・フォー・ピースによる待望のファースト・アルバム『アモック』が遂に完成した。アイゼンハワー米大統領が提唱した“平和のための原子力”というスローガンをバンド名に冠した(もちろんポジティヴな意味で使っているわけではない)彼らの最初のアルバムは、全体をダークで荒涼としたムードが支配する。それはどこかブリアルやダブステップが放つあの感じとも似ているかもしれない。が、決してズブズブと底に沈んでいくようなダークさではない。フリーのベースは躍動感のあるグルーヴを生み出し、ジョーイやマウロが叩き出すリズムは先鋭的なクラブ・ミュージックからアフロビートまで取り込み、楽曲に様々な抑揚と展開を与えていく。その生々しきグルーヴとリズムのうねりが、本作に強烈な生命力を与え、マグマのような熱となってリスナーに放射される。フライング・ロータスのアルバムに参加したり、カリブー、ネイサン・フェイク、フォーテットらが参加したリミックス集『TKOL RMX 1 2 3 4 5 6 7』を発表したりと、ここ数年の間、トム・ヨークは先鋭的なエレクトロニック・ミュージックに好奇心を刺激され続けてきたわけだが、本作ではトムのそうした趣向性も大いに注入されたものになっていると言ってもよさそうだ。トムはこうも語っている。「重要なのは、マシーンとそうじゃないものの奇妙なせめぎ合いなんだ」。マシーンと人間そのものの生命力が激しくぶつかり合っているような……、素晴らしくも奇妙なそのサウンドを何と表現したらよいのだろうか。あなた自身の耳と感性で確かめていただきたい。
(text by Naohiro Kato)
Atoms For Peace “Judge Jury and Executioner”
モット シリタイ アトムス・フォー・ピース アレコレ
Qetic編集部は今回、アトムス・フォー・ピース新作やバンドについて様々な情報をゲット! これを読んだらさらに彼らの新作が待ち遠しくなるハズ!!
★バンド名、アトムス・フォー・ピースの由来とは・・?
トムの父は原子物理学者であり、英国のセラフィールド(注:使用済み核燃料再処理施設)に出入りしていた姿を幼い頃から見てきた。何の防護処置もせず、プルトニウムを入れた試験管を持って歩き回っていたと話す父。それに対して、昨今は原子力への意識が激変。昔と今のギャップを興味深く思い、“アトムス・フォー・ピース(平和のための原子力)”と相反するネーミングにした。
★レディオヘッド『ザ・キングス・オブ・リムス』とアトムス・フォー・ピース『アモック』は正反対?!
『ザ・キングス・オブ・リムス』は1時間ノイズが続いた後、それが自然と形を成していき、瞬時に完成した。それに対し『アモック』は、電子機器で音作りに取り組み、それを生のドラムに変換。さらに、そこから部分的に電子音に戻したり、別の音に進化させたりと複雑なプロセスを経て、完成には長い時間を要した。
★トムの作詞もいつもと真逆の方法?!
いつもは家で書き仕上げた歌詞をスタジオに持ち込んでいるのに対し、今回は不思議なことにスタジオにいる時にしか歌詞を書けなかったというトム。また、作詞にあまり時間を割かずに、歌詞を単なるフレーズとして編集し、整合性を与え過ぎないようにした。
★“Judge Jury And Executioner”が最初のバンド曲かも・・?
バンドを結成した時の彼らには曲が足りず、『ジ・イレイザー』の収録曲の演奏だけでは、たった38分でライヴが終わってしまうことに。そこで、トムのラップトップにある未完成の曲や既存の曲の中からバンドを交えて完成させたいものを探し、既に歌詞も付いていた“Judge Jury And Executioner”に白羽の矢がたった。
★アルバム名『アモック』の意味とは・・・?
「amok(荒れ狂う)」という言葉は元々、オランダによる植民地支配の抑圧に耐えられなくなったインドネシア人が通りに出て、無差別に人を殺すという意味。ところが、トムが受け取ったイメージは、茶目っ気があって楽しい、子供たちが走り回っている風景。不思議なことに、彼にとってダークな歴史を連想する言葉ではなかった。
(text by Yuka Yamane)
Release Information
2013.02.20 on sale! Artist:Atoms For Peace(アトムス・フォー・ピース) Title:Amok(アモック) Hostess Entertainment HSE-60150 ¥2,580(tax incl.) Track List |