10月、渋谷の街の各所にあらわれた“招待状”を模したゲリラ広告。招待される側の記名欄には監督作『カメラを止めるな』で一躍、時のひととなった上田慎一郎、幻冬舎の名物編集者である箕輪厚介、ホテル経営者の龍崎翔子、実業家の家入一真、タレントのベッキー、そして現渋谷区長の長谷部健の名前が書かれている。“影響力の強いインフルエンサーや話題の人物に宛てた招待状”のていでバズを獲得したこのプロモーション、一体なんのためのものだったのだろうか。

その実体は、11月5日に開催されたキューバ発祥のリカーブランドであるバカルディが主催する<BACALDI“Over The Border”2018>という完全招待制フリーパーティー。昨年、TOKiMONSTAやSofi Tukker、Anna Strakerらを招聘し好評を博したこのイベントは、バカルディがキューバ革命を契機に亡命、越境し、世界に広まっていくという社史になぞらえ、地域や人種、性別、表現領域を越境せんとするアーティストたちを支援するプログラムとしてローンチしている。

第2回となる今回もロンドンからLittle Simz、東アフリカからKampire、東京からYukibeb、DJ KOCO a.k.a. Ssimokitaらが参加。加えて、YARHiroyassu Tsuri a.k.a. TWOONEJOE CRUZなどによるインスタレーションや作品展示もあり、音楽とアートの側面から、主題である“既存の概念からの越境”を具現化しようとする試みだといえる。

渋谷駅のほど近くに建設され、上層階にはグーグルの日本法人がオフィスを構えることでも話題となった今年開業の大規模複合施設、渋谷ストリーム。そのなかに置かれたSHIBUYA STREAM Hallが今回の会場だ。会場は渋谷ストリーム内の4階から6階の三層で構成されており、この日は4階に展示スペースとDJブース、5階にインスタレーションと展示を中心としたギャラリースペース、そして6階をライブステージとした会場構成。メインのフロアはキャパシティ300〜400人ほどであろうか。ステージに配されたR領域制作のメタリックで硬質なオブジェはあたかもメタボリズム建築と化したミラーボールで、時折、ライティングを乱反射しフロアを照らす。

文頭で触れたプロモーションの成果か、会場には多様なタイプの来場者が集まった。最新ストリートファッションに身を包んだひとあれば、スーツに身を固めたひと、業界関係者であろうか、きらびやかなパーティードレスをまとったひと、もちろんコンフォートな装いも多い。それはそのまま渋谷という場所のクロッシングぶりを象徴しているようにも感じる。各々の所作についても、流れる音楽に合わせ軽く体を揺らしてみたり、ライブに声をあげ熱狂してみたり。はたまたブレイクダンスをしてみたり、そのダンサーをスマホで撮影してみたり、そして延々とバカルディラム製のモヒートを飲んでいたりなど、楽しみ方は趣舎万殊。個人的な肌感覚でいえば、普段ナイトクラブには行かないタイプのひとも多く集まっていたのではないかと思う。そういったひとたちがこのイベントや出演者のパフォーマンスにどのような感想を持ったのかは興味深いし、これが間口となってカルチャーへの興味を持つことは十分意義のあることだ。

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オープンの19時と同時に6階のメインステージではロサンゼルスのプロデューサーコレクティブ〈Soulection〉に所属するDJ、Yukibebのプレイがはじまった。Lil Kim“Crush On You”やEve“Let me Blow Ya Mind”、Missy Elliott“Get Ur Freak On”に代表される往年のクラシックに、The Internet“Girl”やElla Mai“Boo’d Up”など、現行R&B/ヒップホップを混ぜ込むさすがの手腕。〈Soulection〉レーベルが持つ端正なサウンドイメージをDJプレイで実践しつつも、流動的なクラウドのニーズにもしっかり応えている。

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続くのは東京を代表するDJでありディガー、DJ KOCO a.k.a. Shimokita。今回はJUN INOUEによるライブペインティングとのコラボレーションである。約2m×約4mの白いキャンバスに、ときに豪快、ときに緻密に墨汁で描かれる線。しなやかな川の流れを思わせる躍動した流線を横軸に、縦軸の朱が“越境”を示唆する。対峙するDJ KOCOもオールドスクールヒップホップからファンク、ディスコ、ブラジル音楽などの新旧楽曲をクロスオーバーさせ、見事にグルーヴを紡いだ。60分セットの聴後感と完成したドローイングの空間配分に共通するのは独特な“間”。ジャンルレスではありながら、ある種の美学に根ざしたDJイング。そしてグラフィティと書という異なる手法の融合。両者のシンクロニシティーは、越境するプレイヤーにこそ宿るマインドセットゆえ、というのは過言だろうか。

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しばしの転換を経て、DJブースにはKampireが登場。本名をKampire Bahana、東アフリカはウガンダ出身のいま最も注目されるべきDJのひとりである。彼女がセットの一筆目に選んだのはBlinky Bill“Atenshen”。ケニア発の、響き渡るホーンが特徴的なダンスホールチューンだ。冒頭15分ほどをダンスホールやアフロビーツでまとめ、徐々に速度を加速させていく。しばらくしてBPMが120を超えるころには、それまで様子見だったフロアの空気感にも熱が込もりだす。彼女のDJを大雑把に言えば大胆にしてアップリフティング。ただ、その度合いのなかにも精緻な濃淡があり、そのグラデーションのそこかしこには、彼女が世界中のダンスフロアで獲得した経験値が感じ取れる。これまで自分が抱いていたアフリカのエレクトロニックミュージックについての認識を改めさせられるような、かの地の音楽的更新をまざまざと見せつけられるようなセットだ。

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DiploやKanye Westら現代ポップミュージックのトレンドセッターがこぞってアフリカへ赴く理由の一端が垣間見えた、などと考えているうちにBPMは150、ミニマルなクドゥロであるMacroHard“Wormhole”で65分のセットを終えた。終演後、Kampireのインスタグラムアカウントに最高のプレイであったことを書き込むと、彼女自身からこの8週間のワールドツアーのラストを東京で迎えられたことが幸福だということ、いまだに日本でDJできたことが信じられないということ、自分のプレイもさることながら後発のLittle Simzのパフォーマンスが素晴らしかったということが書かれた返信。現状、欧米圏やアジアベース以外のDJやプロデューサーが日本に招聘されることは少ないが、今回を契機としてこの状況が打破されることを願う。世界にはまだまだ彼女のようなまだ見ぬ素晴らしいアーティストがたくさん存在している。

そして、Kampireも絶賛したLittle Simzのショーケース。序盤は彼女のツアーにも帯同するDJ OTGがDJプレイでクラウドを扇動。10分ほどして“Good For What”のイントロがかかると、長いドレッドヘアにデニムジャケット姿のLittle Simzが登場した。“Offence”に代表されるドープなブレイクビーツから、“Shotgun”や3作目のアルバムに収録予定の新曲“Selfish”などのメロウチューンまで幅広いタイプの楽曲を乗りこなす彼女だが、なかでも白眉だったのが“Dead Body”などのグライムスタイルのパフォーマンスだ。リワインドの高揚とアスリートのように躍動するラップ。間違いなくこの日のハイライトのひとつだろう。2016年リリースのアルバム『Stillness in Wonderland』から受け取れる靜のイメージとはひと味違ったアグレッシブな側面は、グライムの本場、ロンドン出身である彼女の真価であるように思う。約30分のステージではあったが、昨年の<TAICO CLUB>に続き、日本のオーディエンスにライブ強者としての強い印象を残したはずだ。

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約4時間の濃密な音楽体験であった。“Over The Border”の旗印の通り、ジャンルや地域性を越境し、音楽とアートの新しい楽しみ方をサジェストするこのような試みは稀有だ。このようなトライアルが今後も継続的に実施されることは、東京という場所をよりカルチャーの混交点に押し上げる端緒にもつながるはずだ。最後に本稿では文字を割けなかったが、4階フロアを彩ったLil MofoDJ SARASAYOSA&TARRという素晴らしいDJたち、そしてメインのステージを最高の音響空間に仕上げたHIRANYA ACCESSの藤田晃司にも最大級の賛辞を送り、筆を置きたいと思う。

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text by 高橋圭太