コムアイ(水曜日のカンパネラ)とオオルタイチのユニット、YAKUSHIMA TREASUREによる初の企画イベント<Beat Compañero/波動の交わり>が、10月23日(水)に東京・渋谷WWW Xで開催された。
当日はアルゼンチンより、サンティアゴ・バスケス(Santiago Vazquez)とフアナ・モリーナ(Juana Molina)、ミロ・モージャ(Miloo Moya)が参加。「ビートの祭典」というテーマにふさわしい、リズミカルで独創的なパフォーマンスが繰り広げられた。
当日のレポートに入る前に、まずはイベント開催までの経緯をおさらいしておこう。水曜日のカンパネラがオオルタイチとの共作EP『YAKUSHIMA TREASURE』をリリースしたのが今年4月のこと。屋久島に何度も足を運びながら、大自然や動物、島民たちの生み出す音をフィールドレコーディングしつつ制作された同作には、「歌の原点に戻る」というテーマが込められていた。Qeticのインタビューでコムアイはこのように語っている。
「散歩していて鼻歌をうたう時とか、小躍りしちゃう時とか。誰かに聴かせたり見せたりするのではなくて自然に出てしまうものに憧れます。(中略)YAKUSHIMA TRASUREは本当に即興が多いんです。ふっと湧いてきたら、それをそのまま出す」
YAKUSHIMA TREASURE名義による今年8月の東京・恵比寿リキッドルーム単独公演では、ステージ上に屋久島を生み出すべく、華道家の上野雄次が土を盛ってその上に苔を生けながら、コムアイとオオルタイチによる儀式的なパフォーマンスが披露された。当日について、「ストーリーを決めずにその場で使いたい音や、想いを組み立ててセッションをする感じでした」とコムアイも振り返っているように、ポップソングの定型からも解放された自由気ままな“即興”は、このユニットの根幹を成すキーワードである。
だから今回のイベントで、日本でも人気の高い「アルゼンチン音響派」の代表格、サンティアゴ・バスケス(以下、サンティアゴ)とフアナ・モリーナ(以下、フアナ)が迎えられたのは大いに納得。同地を代表するパーカッショニストで、多種多彩な楽器を操るサンティアゴは、ハンド・サインという独自の合図によって即興演奏を生みだす“指揮者”としての顔も持ち、ワークショップや文化イベントを積極的に開いている。
一方のフアナは、自身の歌とギター、サンプラーやシンセサイザーを駆使しながら、ラテン・カルチャーと電子音楽が融解したかのような、実験的でエキセントリックなループ・サウンドで知られている。彼女は以前から、自身の楽曲がどれも即興演奏から生まれたものだと語っていた。そんな両者とYAKUSHIMA TREASUREは、即興的なアプローチに加えて、大自然を思わすオーガニックな手触りと匂い、既存のジャンルに収まらないミクスチャー感覚でも通じ合う部分がある。
もっと辿れば、オオルタイチも意味をもたない非言語歌詞を用いた即興パフォーマンスと、過去と未来、宇宙と地球をつなぐようなアクロバティック極まりないダンス・サウンドで2000年代初頭から活躍してきた。サンティアゴとは2006年に大阪でセッションし、2013年のリミックス・アルバム『僕の楽しい仕事』ではフアナの楽曲“SON”を取り上げるなど、以前から交流もあったという。
さらに今回は、アルゼンチン発のヒューマン・ビートボクサー、ミロ・モージャ(以下、ミロ)に加えて、ドラマーの芳垣安洋(以下、芳垣)とベーシストの岩崎なおみ(以下、岩崎)も出演。国境を越えたリズムと即興の祭典<Beat Compañero/波動の交わり>がいよいよ幕を開けた。
EVENT REPORT
2019.10.23(WED)@渋谷WWW X
Beat Compañero/波動の交わり
開演前のBGMは、今日のイギリスを代表する詩人、ケイト・テンペスト(Kate Tempest)が今年発表したポエトリー・リーディング・アルバム『The Book of Traps and Lessons』。神妙な語り口と音響が、ミステリアスな空気を醸成していく。水曜日のカンパネラファンだと思しき人々から、長年のワールド・ミュージック系リスナー、ダンサブルな音を求めるクラバーまで、フロアは大勢のオーディエンスで賑わっている。予定されていた開演時間から遅れること15分、出演者がステージ上に姿を現した。
ステージ向かって左からサンディアゴ、ミロ、フアナ、中央にコムアイとオオルタイチ、右に岩崎と芳垣がそれぞれ陣取る。それにしても、まさかのオープニングから全員登場。1曲目はコムアイが打楽器を鳴らし、トーキング・ヘッズ(Talking Heads)の“I Zimbra”をうっすら想起させるファンキーな曲調で始まった。曲を主導するのはオオルタイチの奏でるファニーな電子音。サンディアゴは次々と楽器を持ち替え、カラフルな色彩感とリズムを添える。そこに岩崎と芳垣のリズム隊が切り込むと、演奏はますますダンサブルに。コムアイの可愛らしいスキャットに、フアナも声とギター・カッティングで応酬。いきなりアッパーかつエキセントリックな7分間に、観客のテンションも一気に昂ぶる。
その後、コムアイがメンバー紹介を兼ねて開演のご挨拶。
「今の曲は……、improvisation completely(完全に即興)。リハーサルもやっていません。ステージに出てきたあと、“誰からやる?”という感じで始めました(笑)。今日はやったことがないことをやるので、皆さんも楽しんでもらえるかなと」
彼女の言うとおり、以降のステージは出演者各自のソロパートに、“完全即興”のコラボ・セッションを挟んでいく形で展開された。まずは、YAKUSHIMA TREASUREによるライブ。前述のEP収録曲“地下の祭儀”で時空が歪むようなエフェクトが響いたかと思えば、オオルタイチが手掛けた水曜日のカンパネラの曲“ユタ”では、変調させた2人の声が絡まりながらサイケデデリックに加速していく。
それから、弦をサンプリングした“島巡り”のイントロが鳴りだすと、今度はフアナがヴォーカルを担当し、再び即興セッションに突入。よろめくような歌メロに、トリッピーな電子音とミロのビートボックス、ピーピーと鳴る笛も加勢し、非現実的なムードに客席も呆気にとられていた。「次は声だけでいこう、輪唱やってみたいです」とコムアイの提案。彼女が口ずさみだすと、フアナとオオルタイチも声を重ねていき、両脇からサンティアゴと芳垣がブラジルの打弦楽器、ビリンバウを演奏してサポートする。
どこかシュールな流れに風穴を開けたのが、ミロのビートボックスによるソロ・パフォーマンス。重低音のドローンに始まり、ラテン系のビート、バウンシーなリズム、ブレイクビーツなど緩急自在に切り替えていくのだが、その迫力たるや凄まじく、ヘヴィな一音一音が弾丸のように迫ってくる。知名度の差をひっくり返す圧倒的スキルは、コムアイも「妖精が見えた気がした」と漏らしたほどだ。
続いてはサンディアゴのターン。音が弾け散るようなビリンバウ独奏は、途中からミロのビートボックス、オオルタイチの宇宙語とパーカッションが加わり、変則ドラムンベース状態に。そこから親指ピアノ「ムビラ」を取り出すと、美しい旋律が響き渡る。息を呑むようなリフレインに、コムアイとフアナが呪術的なコーラスを添える一幕もあった。
そして、今度はフアナの番。パーカッシブな発声を重ねてグルーヴさせたかと思えば、「えっと、あの、その」と日本語も交えつつ、コムアイと一緒にファニーな声を吐き出し、早回しループさせることで発狂寸前のサウンドスケープを築いていく。さらにギターを手に取り、歌と演奏をループさせるお家芸も披露した。
いよいよイベントも終盤。瞑想的でリラックスしたジャム・セッションのあと、サンティアゴが身を乗り出す。指揮者となった彼のハンド・サインに合わせて、バンド全体がアクセルとブレーキを交互に踏み、スピーディーに転調しながらフィナーレに向かう。オオルタイチはおもちゃのギターを奏で、ミロのビートボックスと芳垣のドラムが火花を散らすと、コムアイとフアナは艶やかでルーズな歌を添える。
アンコールは、フアナのギター・ループとコムアイの歌を軸とした厳かなナンバーと、ミロの人力スクラッチが賑やかな即席パーティーチューンの2曲。最後まで予測不可能のまま、2時間近くに及ぶコラボ大会は幕を閉じた。
変幻自在のステージに観客もさぞかし驚いたと思うが、みんな満足そうな笑みを浮かべながら感想を語り合っていた。個人的に印象的だったのは、ライブの中盤あたりから、近くにいた子供が全力で踊っていたこと。「ビートの祭典」というテーマが伝わった、何よりの証ではないだろうか。
音楽が生まれる瞬間の喜び、一緒に演奏することの楽しさを再発見するような<Beat Compañero/波動の交わり>を経て、コムアイとオオルタイチはどこへ向かうのか。今後もコラボを重ねながら、宝物(Treasure)のような景色を見せてほしい。
Photo by fukumaru
Text by 小熊 俊哉
YAKUSHIMA TREASURE(水曜日のカンパネラ × オオルタイチ)
2019年4月にYouTube Originalsで発表された、水曜日のカンパネラと屋久島のコラボレーションを試みる作品 Re:SET。
この作品を通し一枚のEP「YAKUSHIMA TREASURE」が誕生した。
島のカエルの鼓動や木々をうつ雨、岸壁の風、波の音に耳を澄まし、村のおばあちゃんたちとうたい、あの手この手で採集された音をもとに様々な曲が制作された。
屋久島の自然を壊滅させてしまった縄文時代の鬼界カルデラ噴火を題材にした「屋久の日月節」をはじめ、水曜日のカンパネラとオオルタイチが屋久島と取っ組み合い、紆余曲折を経て生み出したタカラのような曲たちをライブセットで披露する。
コムアイ
アーティスト。1992年生まれ、神奈川育ち。ホームパーティで勧誘を受け歌い始める。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして、国内だけでなく世界中のフェスに出演、ツアーを廻る。その土地や人々と呼応して創り上げるライブパフォーマンスは必見。
好きな音楽は民族音楽とテクノ。好きな食べ物は南インド料理と果物味のガム。
音楽活動の他にも、モデルや役者など様々なジャンルで活躍。2019年4月3日、屋久島とのコラボレーションをもとにプロデューサーにオオルタイチを迎えて制作した新EP「YAKUSHIMA TREASURE」をリリース。同名のプロジェクト「YAKUSHIMA TREASURE」として各地でライブやフェスに出演中。
オオルタイチ
1999年より活動を開始。『漂流する内的民俗』をキーワードに電子音と非言語の歌が融合した音楽を展開。The Residents、Puzzle Punks、Aphex Twin等の音楽に影響を受けながら、当初は即興演奏を軸に楽曲制作を行っていたが、90’ダンスホールレゲエとの出会いによりトラック制作を本格的に開始。かねてより衝動的な即興表現として用いられていた声の要素はパトワ語の響きに触発され、さらに歌のようなものへと変化を遂げ、現在のスタイルが形作られた。ソロ名義以外にバンド・ウリチパン郡やYTAMOとのユニットゆうきなどでも活動。近年では水曜日のカンパネラへの楽曲提供や、舞台音楽の制作なども手がけている。
EVENT INFORMATION
Beat Compañero/波動の交わり
2019.10.23(水)
OPEN 18:30/START 19:30
渋谷WWW X
LINEUP:
YAKUSHIMA TREASURE
サンティアゴ・バスケス
フアナ・モリーナ
ミロ・モージャ
主催:株式会社つばさプラス
制作:SALMONSKY
後援:TRUE COLORS FESTIVAL
協賛・協力:QETIC
お問い合わせ:WWW X 03-5458-7688
オオルタイチ活動20周年コンサート『Hotokeno』
2019.12.7(土) 東京編
渋谷WWW
2020.1.18(土) 大阪編
千日前ユニバース
出演:Oorutaichi Special Band