「音楽と自然の美しさを共にする川辺の一夜」をテーマとする没入型音楽イベント<by this river>が10月19日(土)から20日(日)にかけてオールナイトで開催される。場所は神奈川県相模原市・藤野に位置するオートキャンプ場の「DAICHI silent river」だ。「都内から1時間でたどり着く秘境」と謳われる自然豊かな環境での開催で、国内外から音楽家が招集されており、空間演出やフードの出店までこだわっている。こうして情報を並べてみると、新たに誕生した野外フェスのようだ。

しかし、中心となって企画した藤野育ちの音楽家・松永拓馬と、彼の2ndアルバム『Epoch』でタッグを組んだ篠田ミルに話を聞いてみると、どうも「新たなフェスを開催する」というような単純な話でもないようだ。かと言ってコロナ禍以降増加してきた野外レイヴでもないらしい。『Epoch』のリリース時にインタビューしたときに伝わってきた彼らの音楽へのこだわりも一貫しつつ、どんな人にも開かれたイベントとして制作されていることが話を聴いていくうちに明らかになった。

とは言っても、初開催であるがゆえにイベントの内容や目的、アクセス方法から会場での過ごし方など分からないことが数多くあるのも事実だ。今回は松永拓馬と篠田ミルの2人の口から基本的な話を起点に掘り下げてもらったので、すでにチケットを購入している人も、まだ迷っている人にも、そして残念ながら事情があって来れない人であってもぜひ読んでいただきたいインタビューだ。

INTERVIEW
松永拓馬 × 篠田ミル

まず、このイベントの意義や意図から教えてください。

松永拓馬(以下、松永):フェスやレイヴのような既存の枠組みではない音楽体験をしてほしいというのが一番にあります。僕らの音楽を最も良いかたちで伝えるには、伝わる環境から作るべきだと思ったんです。曲には自然の中で遊んで得たインスピレーションや、藤野という地元で育ってきたフィーリングが必ず落とし込まれてる。自分たちがやりたいことを視覚や聴覚以外でも伝えたい。それで開催しようということになりました。

篠田ミル(以下、篠田):結局のところ、音楽はどこで鳴るのかが決定的に重要だということを僕らは考えているんです。例えば賛美歌は教会で歌われることに意味があるし、クラブミュージックはクラブで鳴らされるために設計されている。そういった音楽と場所の結びつきを突き詰めていくと、僕らの関心のある音楽はライブハウスやクラブといった場所だとあまりしっくりこなかったんですよね。

では、どうしてこのDAICHI silent riverという場所を会場に選んだのでしょうか?

松永:一番の決め手は、そのような文脈を言わなくても感じられる場所だったからです。みんなのきもち(東京拠点のレイヴクルー)と藤野の廃墟ビルでやった『ちがうなにか』のリリースパーティは良いかたちで伝わった。ただ、同じ場所で1人でもう一度やるのは違うと思ったから、他の場所を探していた時にDAICHI silent riverを見つけました。ここのコンセプトに「足りないことを楽しむ」「静かに立ち止まる」「自然と生きるための想像」と書かれていて。ここがダメだったらもう開催しないぐらいのこだわりを持って計画しました。

バリエーションを見つめて──フェスでもレイヴでもない没入型音楽イベント<by this river>の妙味を松永拓馬と篠田ミルに訊く interview2410-by-this-river4

『Epoch』のリリースパーティという位置付けではないんですか?

松永:よくある流れに回収されるのがすごく嫌だったから、ありがちなリリースパーティーはしたくなかった。制作の流れや生活環境はそれぞれ違うのに、「リリース後のアウトプットが一緒なのは不自然じゃない?」という疑問がずっとあります。特に同世代はリリースパーティをやる箱も同じだったりする。みんなと同じやり方だと伝わるものも伝わらなくなってしまうと思ったんです。

この場所の良さは何ですか?

松永:逃げ場のある野外っていうのがポイントだと思う。クラブのナイトイベントあるあるとして、パーティの趣味が合わないとその一晩が楽しめないまま終わってしまうってことがある。終電もなくて帰れない状況で音楽にもハマらなかったら……みたいな状況は嫌だから、逃げ場のある野外でやりたかったんです。

逃げ場があるということは、フェスのようにステージが複数あるわけではない?

篠田:基本的にはそうですね。音が鳴らない時間があっても全然良いということは大事にしています。silent riverは環境自体の音がリッチなので、必ずしもずっと音を鳴らす必要はない。だからステージの転換も急ぎません。演者の音が止まった瞬間に急に周りの音が聴こえてきてハッとすることもあるだろうし、その感覚がイベントにとって一番大事。なのであえてワンステージでシームレスに音が鳴り続ける設計にはしていないです。

松永:今回はステージの配置を工夫して、スピーカーが会場を包み込まないようにしているから、良い意味で音楽が全体を支配していないんです。

篠田:包み込まれてしまうと、ずっとフロアで鳴る音楽に向き合わざるを得なくてしんどい。だから、みんながそれぞれ音との距離感を調整できる設計にしたいという考えがイベントの根幹にある。これはブライアン・イーノがアンビエントミュージックの概念に至った経緯と通じるものがあると思います。イーノは交通事故で入院中、友人が持ってきたレコードをかけてベッドに横になったけど、音量を低くしすぎてしまった。でも、音量を調整する元気がなかったからそのままにしていたら「これもアリじゃないか」と思い至った。そこでイーノは彼なりに音楽との新しい関係性を見つけたんだと思うんです。このイベントもそれに近いかなと思います。

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私も含めてこのイベントを「フェス」と捉えていたり、「レイヴ」だと思っている人がいると思うんです。お話を聴いていると、そういった枠組みではなく、音楽と環境の関係性そのものにアプローチした試みなのだと思いました。

篠田:コロナ禍以降、自分たちも頻繁にレイヴに遊びに行ったけど、だんだんそういうイベントも飽和してきた。そこで違ったアプローチをしたくなったんです。これって90年代のセカンド・サマー・オブ・ラブでレイヴが爆発的に広まった後、その反動でレイヴシーンでチルアウトやアンビエントが広まった流れと似ているなとも思います。

松永:言われてみると確かにそうかもしれない。ただ、カウンターとして提示しているというよりも、「こういうバリエーションどう?」みたいな提案ですね。だから、それぞれが新しい体験を持ち帰ってくれたら一番嬉しい。

篠田:レイヴで踊ってきた人たちは「こっちもアリなんだ」と衝撃を受けるし、逆にそうでない人はレイヴに近い環境で音楽を聴くこと自体に新鮮な驚きがあると思う。どんな層にも響くイベントだと思います。

時間が10月19日の15時から翌日12時になっているのも通常のナイトイベントでは見たことない時間設定です。ラインナップを見ると国内外から演者が集結していて、バンドもいますよね。どういったスケジュールなのでしょうか?

松永:開場は早めにするけど開演自体は19時ごろの予定で、朝の7時まで音が鳴ります。終わってもすぐ追い出すことはないので、各々帰りたいタイミングで帰ってもらえれば。イベントとしてはsilent riverという自然の中で夜を過ごすことに重きをおいています。

篠田:夜通し野外で遊んでいると、時間や環境の変化によって聴きたい音のバリエーションもたくさん出てくる。一晩中シンセサイザーのアンビエントだったら飽きが来るし、ハマらない時間帯もある。そう考えると、演者の音楽性や手法が必ずしも一貫している必要はないと思っています。

松永:夜に外で何が起きているのか向き合う体験って中々ない。夜に打ち勝つイメージがあるレイヴに対して、夜という時間に寄り添うと新しい発見があるんじゃないかと思う。

篠田:silent riverは夜に打ち勝てないというか、気づいたら持っていかれるんですよ。僕らも何度か泊まったけど、暗闇が深くなったり空が白んできたり、星が見えたり音が変わってきたりとか、そういう移ろいを感じるだけで夜が終わる。そこにあえて音楽を置くということに向き合った結果のラインナップです。

松永:夜の空の色の変わり方って多分みんなあまり見たことないんじゃないかな。寝てる間に外ではすごい営みが起きてる。そのことを一番プレゼンしたい。みんなが知らない新しい体験。場にいるだけで自然にチューニングされていく。そういう体験が生きる上でも新しい視点になるのかなと強く思う。

大自然の中で夜を眺める経験に音楽がくっついているみたいなイメージ?

篠田:(音楽は)お供って感じですね。

松永:そうですね。だからフェスに臨むぞっていうより、夜に何が起きてるんだろう?って散歩するぐらいの軽さで捉えてほしい。そこでそれぞれの発見があるってことが一番望ましいかなと思ってます。

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それでもラインナップについて具体的なことも聞きたいです。例えば今回は海外から3組、中国のGUZZ、アイスランドのMikael Lind、アルゼンチンのQOAを呼んでいますね。

松永:巡り合わせやタイミングが重なったのもあるけど、音楽性にその土地の匂いがするという共通点はあると思う。例えばMikael Lindのアイスランドの自然を感じさせる音を藤野の森で聴いたらどうなんだろう?という関心があった。そういう興味を基準に集めました。

篠田:それぞれやっていることは違うけど、テクスチャへのこだわりがある点が共通していると思う。必ずしもアンビエントミュージックじゃなくても、テクスチャに対する関心や繊細な感性を持つ人が演奏することで、夜の繊細な移り変わりの中に音楽を置くことの必然性が出てくる。

松永:大型フェスだと集客や盛り上がりの視点が入ってくるけど、良くも悪くもそういうものを一切排除してバリエーションを重視した。だからラインナップひとつとっても他とは違うイベント体験にはなると思う。

国内からの出演者についてはどうですか。

松永:それもこのイベントで誰が聴きたいかが基準です。中でも個人的にアツいと思うのが、Seiichiro ItoとRinna Shimizuの2人でのパフォーマンス。音楽のイベントで一晩中ずっと同じ舞台から同じスピーカーで聴くのは演者が変わっても飽きてくると思う。中身がどうであれシステムが一緒だから。なので場所も変えて視覚情報の方が強くなる時間を作りたかった。逆に音が間引かれた分、環境の音が聴こえてきたりする。そういう色々な振り幅でやりたい。だから、彼らはイベントにとって大事な出演者だと思う。

音楽パフォーマンスではないってことですか?

松永:それは自分もまだ詳しくは分からないんですが、これとは別で一度パフォーマンスを観に行ったことがあります。その時のパフォーマンスの中身で言うと、石膏で作った柱を急にバールでぶち壊す音が倉庫中に響き渡った後、急にローズピアノとギターを弾き始める。倉庫に止まってる車のウィングも彼ら自身で作ってるんですけど、最後にその車のエンジンが鳴り響いてパフォーマンスが終わる。うわ、何これ、バリエーションやば、みたいな。それにファッションや空間演出を専門にしてる2人だから視覚的にも楽しめた。そのパフォーマンスにはイベント作る上でインスパイアされたから、今回呼べるのはすごく嬉しい。自分が感じてほしいのは本当こういうことだなってそのとき思ったんです。

一晩でどれだけのバリエーションを出せるかが大事なんですね。

篠田:ちょっとここで味変しようかなとか、そろそろお粥食べたくない?みたいな、そういう変則的なコース料理の作り方に近いかもしれない。全て「このタイミングであの音があったらありがたいな」っていうチョイスです。

松永:自分たちは飽き性だから、理解できなくても何これ?って思ってた方がまだ楽しいかなっていうのはあります。jan and naomiとかTenniscoatsはバンドだから安心感もあるし、Kazumichi Komatsuだったらあの環境で机にラップトップ一台だけのスタイルもカッコいい。全方位にバリエーションを作りたいっていう意識があります。

バリエーションという意味ではご飯にもこだわっていると思いますが、そちらについても詳しく教えてください。

松永:ご飯は本当に太い軸になってます。この環境にさらに美味しいご飯もあったら最高だと思ってこだわりました。

KAFE工船っていうコーヒー屋は大家さんの息子が僕の高校の友達っていう縁もあって今回呼ぶことができました。本気で日本一好きなコーヒーなので、それだけでも飲みに来てほしいくらい価値のあるコーヒーです。美味しいのは大前提なんですけど、焙煎所が藤野にあるのもイベントの強度を考えるとすごく重要。藤野の特産品の柚子を使った柚子ラーメンも出してくれるらしいのでとても期待してます。

繁邦は恵比寿にあるベーカリーとフレンチのお店です。土地のもので作ることに興味を持ってくれて、トマトとか柚子を使った料理を考えてくれました。全員がその土地のもので料理を作るのが重要でした。

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アクセス方法と準備についても訊いておきたくて、このイベントすごい興味あるんだけど、これどうやっていけばいいの?みたいな声もあると思います。

松永:車と電車&バスの2つの方法があります。ひとつは駐車場チケットを買ってもらって車で来る方法。車は近くに停めてピストンバスで会場まで行けます。

もうひとつはJR藤野駅までは電車でそこから事前に買ってもらったバスチケットでバスに乗って来る方法。詳しくは<by this river>の公式アカウントでも告知しています。

あと、そもそもの考え方として、家を出たところからスタートしてる感覚も大事にしてほしいなって思う。秘境なので簡単に来れる場所ではない。都心から車でも電車でも1時間半くらいかかりますが、その1時間半も楽しんでくれたら嬉しいです。

篠田:準備に関しては、イベント側として一番推奨してるのは折りたたみ椅子です。持ってくると楽だと思います。地面に敷くものは来場者全員に現地でプレゼントしようと思っています。

気温とかはどうですか?

松永:東京とそんなに変わらないですね。10月下旬だから長袖はあった方がいいかも。寝るならライトダウンを着てゆっくりするのもありかもしれないけど、音楽を楽しむ上ではダウンまではいらないくらいだと思います。

篠田:東京近くの里山で野宿してみるぐらいの気持ちで準備すると良いと思います。荷物が重すぎると動き回るのがしんどいので、快適さ重視で準備してくると楽しめると思う。川辺は石がゴツゴツしてるのでちゃんと歩きやすい靴を履くのがいいと思います。雨が降ったらしんどいかもしれないので、ゴアテックスのスニーカーやシェルアウターがあるといいかも。

松永:あと、サウナもあるので水着とかタオルがあるといいです。でも人によっては服を脱ぎたくない人もいると思うから、水着がなくても服のまま入れるサウナも用意しています。木のサウナだから匂いが良くて入るだけで救われる感じがします。

最後にひとつ訊いておきたいんですが、このイベントって今後どう見据えてるんですか?

松永:とりあえず全て未定です。バリエーションのひとつだから、これを恒例にすることは考えてないですが、形態を変えて続いていくのは確実な気はします。次やるとなってもたぶんその頃には自分たちも飽きちゃってるから、違うシチュエーションになったり、そもそも音楽じゃなくなる可能性もある。続けていくプロジェクトではあるけど、今回のは今回きりのプレミアです。演者は絶対同じにしないし、一期一会の出会いを感じに来てくれると良い体験になるのかなと。

なるほど。まさに和ろうそく(注:『Epoch』リリース時のインタビューを参照)ですね。

松永:本当にそうなんですよ。和ろうそくも当日設置しようとは思ってまず。ちなみにフライヤーも和ろうそくです。フライヤーもイベントを象徴する1枚が撮れたと思っています。空に星があって、地面のライトは人工だけど、光は天然のもので、1個だけ違う火がついてる。しかも会場で撮った写真だから、全部うまくハマったなっていう。狙ってないからハマるんだなと改めて思いました。 当日もそういう出来事が欲しいですね。

Interview&Text:最込舜一
Photo:Kenta Yamamoto

INFORMATION

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by this river

会場:DAICHI silent river(神奈川県相模原市緑区牧野11455)
日時:10月19日(土)15:00〜10月20日(日)12:00
出演者:GUZZ、jan and naomi、Komatsu Kazumichi、Mikael Lind、Miru Shinoda、QOA、Rinna Shimizu、Seiichiro Ito、Tenniscoats、堀池ゆめぁ、松永拓馬
出店:土偶、 KAFE工船、繁邦
特別協賛:AUGER
空間演出・照明:遠藤治郎
音響:MASSIC inc.
デザイン: Atsushi Yamanaka
写真:Kenta Yamamoto
香設計:Ahare Space Project
制作協力:N.A.S.A. Creative
主催:by this river運営事務局

チケットはこちら公式HPInstagram松永拓馬篠田ミル