国内外の福祉施設に在籍するアーティストとともに、新たな文化の創造を目指す、岩手県発のアートライフスタイルブランド「ヘラルボニー(HERALBONY)」。創設者である双子の兄弟 松田崇弥・文登氏の自閉症の兄が、7歳の頃、自由帳に記した謎の言葉からとられたブランド名には、“一見意味がないと思われるものを世の中に新しい価値として創出したい”という意味が込められている。

昨年、〈Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)〉や〈Dior(ディオール)〉などのメゾンを傘下に持つ「LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)」が設立した、世界各国の革新的なスタートアップを評価する“LVMH Innovation Award 2024”にて、日本企業として初めてファイナリスト18社に選出された同社。同年5月に開催された授賞式にでは、6部門のうちの“Employee Experience, Diversity & Inclusion”でカテゴリ賞を見事受賞し、その後、フランス・パリに新たな子会社「HERALBONY EUROPE」を設立するなど、全世界から注目を集めている。

そんな同社が、2022年に設立した音楽レーベル〈ROUTINE RECORDS〉と、Cornelius(小山田圭吾)によるコラボレーションを発表した。本稿では、両者による展覧会『Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-』に先駆け、7月23日(水)に開催された内覧会のレポートをお届けする。

まず、この音楽レーベルでは、知的障がいのある作家たちが日々繰り返す“ルーティン(常同行動)”に伴う音に着目している。彼らの行動習慣にまつわるさまざまな音を聴取/音源化し、鑑賞者がそれらを用いて自ら音楽を生み出す体験や、プロによるオリジナル曲の作曲を通じて、普段触れることの少ない知的障がいのある人々と鑑賞者との垣根なき日常を繋ぎ合わせることを目的としており、過去には『金沢21世紀美術館』にて展示活動を実施。同企画内で、キーボーディスト/トラックメイカー/プロデューサーのKan Sanoとのコラボレーションも行っている。

そんな〈ROUTINE RECORDS〉のプロジェクト第2弾として発表されたCorneliusとのコラボレーションは、松田崇弥氏が小山田氏に送った一通の手紙から始まる。小山田氏と言えば、2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックの閉会式で楽曲の提供を行う予定であったが、学生時代に知的障がいのある同級生らをいじめていたことが問題となり、辞任。これを受けて松田崇弥氏は、“誰かの過去にレッテルを押し続ける社会”に疑問を持ち、再び対話の場を持つことに意味を見出したいという想いから、手紙を送ったという。

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Photo by 淺田創

この一通の手紙をきっかけに、小山田氏は「へラルボニー」が主催する展覧会の鑑賞や創業の地・岩手への訪問、福祉施設での作家との交流を通じて、作家たちの創作現場に触れることに。そして、約1年半の月日をかけ、楽曲制作・映像編集・展覧会設計をともに行ってきた。

今回のコラボレーションについて小山田氏は、「手紙の言葉に触れ、ずっと気にかかっていたことが頭に浮かびました。過去に知的障害のある方々に対して、配慮を欠いた発言をしてしまい、批判を受けたことがあります。それ以降、自分なりにこの問題との関わり方を考えてきました」とコメント。

「その少し後に、誘っていただいてへラルボニーの展覧会を訪れました。会場で作品に向き合っていると、内面がそのまま現れたような線や形にひかれました。描こうとして描いたというより、内側からこぼれ出てしまったように感じられました。手紙には、“ルーティンレコード”という構想についても書かれていました。知的障害のある方々の日常にある、繰り返される動作やふるまいに宿る音に目を向けるという考え方に、無理なく馴染む感覚がありました。ふだんあまり交わることのない人たちとのあいだにある距離が、少し変わるような感覚もありました。この曲は、そうした表現や日常の断片に触れながら、自分なりの仕方で音にしてみようと考えて制作したものです」と明かしている。

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Photo by 淺田創

会場には、13人の作家たちが生み出した作品と、それぞれの作品のテーマとなったアイテムを寄せたデスクが設置された。今回参加した6人の作家は、それぞれ自身のデスクに着席。彼らの制作風景や、AIを通してアニメーション化した作品を組み合わせて制作した、楽曲 “Glow Within”のMVを背後に映しながら、松田崇弥氏は「今回の取り組みというのは、ただ美しい、面白い楽曲を制作したいということではなく、新しい社会運動としての投げかけとして、作家の皆さまにある種覚悟を持って参加していただいております」と説明を始めた。

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Photo by 橋本美花

「私の4歳上の兄貴は重度の知的障がいがあるのですが、ずっとテーブルを叩き続けたり、『さんね〜』という謎の言葉を永遠に繰り返したりですとか、“常同行動”を行います。(中略)それ自体、家でともに過ごしている私にとっては、当たり前のBGMだったんです。ただ、一緒に電車に乗る、イオンに行くとかそういう場面になると、周囲に怖い人のように思われてしまって。私自身、中学生の頃は兄貴の常同行動というものがすごく恥ずかしく感じ、離れて過ごしてしまうこともありました」。

「(しかし)家でずっと流れている愛しいBGMのようなものが、一歩外に出ると奇異の目に晒される音に変貌を遂げてしまうということを、すごく残念に思っていたんです。そう感じていた際に、この“ルーティン音”を、まさにヒップホップのズンチズンチといったトラックのように昇華できるのではないかと思いつきました」。

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Photo by 橋本美花

ここで、作家のKaede Wajima氏の「いつまで続くの?」というレスポンスにより、会場の緊張感がほぐれ、一気に和やかな雰囲気に。そこから6人の作家の自己紹介が始まった。「好きなものは落語、トリビア、みんなのうたです」「好きなアニメは名探偵コナン」「電車が好きです」。彼らが自己紹介として話すのは、自身が関心を持つもの、そして好きなもの。これは、彼らが生み出す作品に大きな影響を与えている。

自己紹介が終わると、松田氏は今回のコラボレーションに関して「(今回のコラボレーションは)小山田圭吾さん自身を援護するものではなく、障がいのある作家とともにクリエイションを行うへラルボニーとして、さまざまな問題から目を逸らさないでいただきたいという表明でございます」と言及した。

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Photo by 淺田創

「へラルボニー」のNoteにおいて、松田氏は「数ヶ月に一度、過去に犯した過ちが表沙汰となり、日本中の誰しもが知る“悪者”と断定され、姿を消す。そして記憶からも消えていく。人は皆、語ることのできない傷や、表に出せない過ちを抱えながら、この複雑な世界を生きている。そもそも“清廉潔白な人生”など、果たしてこの世に存在するのだろうか。私自身も、中学生の頃は、髪を染め、ピアスを開け、学校に背を向け、ひどい態度で日々をやり過ごしていた過去がある。人を傷つけることも、してきた。過去を美化するつもりは一切ない」と記す。さらに、「ただ、その過去を受け止め、反省し、学びながら挑戦し続けることで、人は変われると信じている。信じているというよりも、変われると確信している」と強調する。

小山田氏のトラックに乗る、作家13人の織りなすさまざまな“ルーティン音”。制作期間の約1年半の月日というものは、私たち鑑賞者からは計り知れないほど、両者にとって濃密な時間だったに違いない。コラボレーション楽曲 “Glow Within”を聴いてみると、好きなものに夢中になり、作品を生み出し続ける作家たちのピュアな心が垣間見える。彼らの奏でる“ルーティン音”、そして作品を生み出すピュアな心を通して、私たちも、決して“清廉潔白”とは言いきれない過去を受け止め、新しい未来へ向かっていけるような、希望と自由が感じとれるはずだ。

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Photo by 橋本美花

Text by Satomi Kanno

INFORMATION

Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-

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会期:7月24日(木)〜8月11日(月)
時間:11:00〜19:00
場所:HERALBONY LABORATORY GINZA GALLERY(東京都中央区銀座2丁目5-16 銀富ビル1F)
定休日:火曜(祝日の場合は水曜)
入場料:無料

HERALBONY ISAI PARK(岩手)

会期:8月30日(土)〜9月26日(金)
時間:10:00〜19:00
場所:HERALBONY ISAI PARK(岩手県盛岡市菜園1丁目10-1 パルクアベニュー川徳 1階)
休館日:カワトク休館日に準ずる
入場料:無料

※会期中、作品の入替えあり

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へラルボニー Note