FINLANDS TENTH ANNIV.〜記念博TOUR〜
2022.12.06 @KT Zepp Yokohama
時計とかカレンダーとか例えばビールをケースで買うときとか、たまに例外はあるものの、おそらくほとんどの人は十進法的物事の捉え方で日常を生きているだろうし、だとすれば“10”というのはそれ相応の重みを有した数字だと言っても、さほど異を唱えられることはないだろう。“十年一日”や“十年一昔”などと意味はまったく違うのに似たような字面の慣用句が存在したり、英語にも“decade”と“10年”を一単位とした単語があったり、論拠とするにはあまりに浅いと筆者も自覚してはいるけれども、とはいえ、やはり10年というのはなかなかに看過できない重要な節目であることは間違いない。では、はたしてFINLANDSにとっての10年とは如何なるものか。2022年12月6日、FINLANDSの結成10周年を記念して全国6都市を回ったツアー“FINLANDS TENTH ANNIV.〜記念博TOUR〜”の最終日である神奈川県・KT Zepp Yokohama公演にその答えを観た気がする。
ところで第三者がざっと振り返っただけでもFINLANDSの10年は少なからず波瀾万丈で、殊に直近3〜4年間にバンドに訪れた変化は実にドラマティックだった。今や唯一の正式メンバーとなった塩入冬湖(Vo.& G.)もまた2021年末に結婚、2022年夏には出産と、人生における一大イベントを立て続けに迎え、公私共に新たなフェイズへと突入した。起伏に富んだ道のりのなか、それでも音楽とFINLANDSだけはけっして手放すことなく歩き続けてきた10年間。そこにあった怒涛も慈しみも丸ごとすべて抱きしめるかのように、ワンマンライブではバンド史上最大規模となるステージのど真ん中に立ってギターをかき鳴らし、広々とした空間に向かってその独特な歌声を存分に飛ばす彼女の姿は、ここにきてますます軽やかで、奔放で、この上なく美しかった。
関東地区においては塩入の産休後初にして9ヵ月ぶりとなるFINLANDSのライブとあって、いつになくソワソワとした期待感を充満した場内。開演時刻を5分ほど回って客電が落ちるや、ステージ後方の壁一面を使ったスクリーンに映像が流れ始めた。スケール感のある演出に固唾を呑むオーディエンス、未だ収束しないコロナ禍での公演ゆえ観客はマスク着用を義務付けられ、また、大声での歓声を上げることもできない状況ではあったが、期待が一気に膨れ上がるのが肌に伝わる空気でわかる。上空から捉えた風景や象徴的なモチーフのコラージュ、オイルアートなどが次々と映し出されるなか、サポートメンバーの澤井良太(G.)、彩(B.)、鈴木駿介(Dr.)が登場し、最後に塩入も姿を現して自身のギターを肩にかけると“FINLANDS 2022.12.6. KT ZEPP YOKOHAMA KINNENHAKU TOUR FINAL”の文字が浮かび上がり、直後に黒地と白文字に反転。鈴木のスティックカウントを合図に“HEAT”のイントロが勢いよく迸った。のっけから切れ味鋭く攻め込むアッパーなバンドアンサンブル、FINLANDSでしかない不敵な音の暴れっぷりに「ああ、これを待っていた!」と叫びたいほどの歓喜が身体中を駆け巡る。当然ながらブランクなど微塵も感じさせない。
立て続けにドロップされた“東名怪”、2014年リリースの2ndミニアルバムに収録の1曲であり、澤井がFINLANDSで初めて携わったというこの曲がセットリストに並んだのは、やはりアニバーサリーライブゆえだろうか。ちなみに今回の選曲は塩入だけでは客観視できないからとこの7月に開設された公式FC『事情通』を通じて募ったリクエストやサポートメンバーたちの意見も多分に反映されているという。その直後に今ツアーがライブ初披露となる4月に配信リリースされた新曲“ピース”を畳みかけて8年という歳月を軽々とワープ、なのに両曲の間にまるでギャップを感じさせないことにも舌を巻かずにいられない。楽曲のポテンシャルもさることながら、FINLANDSが常に現在進行形で進化を続けている証左を目の当たりにした形だ。
もちろん10月と11月に2ヵ月連続で配信リリースされた最新曲“like like”“キスより遠く”も演奏された。この世の中では健全なものや溌剌としたものが愛されて、濁ったものやスムーズにいかないものは淘汰されてしまうものなのだと思うとMCのなかで率直に語り、けれど、せめて自分だけはそうした濁りやスムーズにいかない想いをごまかしてなかったことにするのではなく、実在していたことを思い続けながら一緒に生きていきたいと決意にも似た気持ちを口にして、独白のごとく歌われた“like like”に覗く切実な本音と疼くような痛み。ステージの床に設られた2台のミラーボールが会場いっぱいに散らす光の粒が目の奥に沁みる。また、“キスより遠く”の前には、この日の未明に行われたサッカーワールドカップの日本対クロアチア戦に触れつつ「私も日々、もっと挑んでいかなくちゃいけない。好きな人に対しても、好きなこと……私にとっては音楽ですけど、音楽に対しても“これぐらいでいいや”じゃなくて、誰よりも自分がときめける音楽を作りたいし、バンドを始めたときに感じた興奮をこれからもきちんと覚えておきたい。私たちはちゃんと毎日好きな人や好きな物事に対して挑み続けるべきだろうなって思います」とも塩入は言った。そうして放たれる〈あなたが欲しいの〉の破壊力と言ったら! どちらものっぴきならなくて、嘘も衒いもまるでないから、とにかく刺さって仕方がなかった。しかもライブだからなおのこと、そのむき身のリアルに容赦なく抉られてしまうのだ。
“ゴードン”や“カルト”、“Hello tonight”といったライブに欠かせない定番ナンバーから“ラヴソング”に“Stranger”と2021年にリリースされた最新アルバム『FLASH』に収録の楽曲や前述の新曲たちに至るまで、FINLANDSの歴史を網羅したラインナップはファンを新旧もれなく喜ばせたに違いないが、なかでも特筆すべきは“ロンリー”だろう。FINLANDSの前身バンド、THE VITRIOL時代の楽曲をここでまさか聴けようとは。
「バイトや習い事、人と付き合ったりとかも全部含めて、10年続けられたことってFINLANDS以外なかったんですよ。気づいたら10周年っていうことは、本当にいい10年間を過ごせたんだなと思ってます。ただ、10年前と変わったことはたくさんありまして、10年前より好きな人や好きなものや好きな時間や好きな環境が本当に増えました。そんな10年を一緒に作ってくださって本当にありがとうございます。先のことはまったく想像できませんが、目の前にあるカッコいいと思うものを選び続けていけば、自分が行きたい未来に行けると今でも思っています。10年前にはもう絶対にやることはないだろうなと思っていた曲をこの晴れ舞台でやることも今、私はすごくカッコいいと思っています」
10年分の感謝も綯い交ぜにして叩きつけられる今なおヒリヒリとした初期衝動、“ロンリー”は向こうみずな躍動感を現在のFINLANDSがアップデートさせてただの再現になるはずもなく、けれど、おそらく今のFINLANDSにはない当時ならではの要素もふんだんに盛り込まれてはいるはずで、そんな現在と当時とのせめぎ合いから生じる化学反応が、歌にも演奏にも波及してバチバチと火花のごとき煌めきをたぎらせているのがなんとも面白く、実に新鮮だった。
「今日のことをみなさんも忘れてしまう日がいつか来ると思います。私にもそんな日がいつか来るかもしれません。でも今日を忘れられるのは、今日という日を経験した人だけ。今までのことだって全部そう、経験したから忘れることができます。私たちは忘れたくないなと思う気持ちをきちんと持っていられる生き物だと思います」
“ウィークエンド”“バラード”と鉄板中の鉄板チューンを続けざまに畳み掛け、ラスト1曲を前にした狂騒と興奮のピークのなかで塩入はそう言った。たとえ記憶はなくなろうと今日という日がたしかにあったという記録はなくならない。ならば記念は言わずもがな、だ。そうして10周年のアニバーサリーを締め括ったのは“ULTRA”だった。2015年にリリースされた1stミニアルバム『ULTRA』の表題曲であり、本作でもラストを飾っているこの曲を書いたときから塩入は、いつか自分がひとりになることを予感していたのだと、今ツアーより販売開始されたFINLANDS初のZINE『FINLANDS BON』内のインタビューでも明かしていた。裏を返せばそれはひとりになってもFINLANDSを続けていくと密かに覚悟を決めていたということでもある。だからと言って未来に予防線を張ることも、未来に対して斜に構えることもなく、その瞬間その瞬間に全身全霊を注いで今、たどり着いたこの場所の、なんとかけがえのないことか。スクリーンに投影された映像の、砂漠に揺れる一輪の薔薇。凛としたその真紅と、朗々と歌を紡ぐ彼女の唇の赤が重なって、どうしようもなく目頭が熱い。そんな感傷など塩入自身はきっと求めていないはずだが、それでもやはりFINLANDSの来し方に思いを馳せずにはいられなかった。
たかが10年、されど10年。“十年一日”でも“十年一昔”でも、どっちでもいいのだろうとこの日を観終えてつくづく思う。大事なのは10年という期間、FINLANDSの音楽が鳴り続けてきたことで、ここから先も変わらないだろうということだ。そう実感できたことが、このライブ、引いては“FINLANDS TENTH ANNIV.〜記念博TOUR〜”の意義だったような気さえする。FINLANDSの10周年はたしかに大きな節目ではあって、けれど集大成ではなく、むしろ圧倒的に今と未来を確信させるものだったという事実が素直に嬉しい。
「心から愛を込めて。ありがとうございました」
塩入とメンバーが去ったステージのスクリーンにエンドロールが流れ、これまでFINLANDSを支えてきたスタッフとファンへの心からの感謝がメッセージとして映し出された。さらには2023年に再録アルバムのリリースが予定されているらしいことも。“Coming soon”の文字に溢れんばかりの希望を抱きつつ、ほどなく届けられるだろう次のニュースをひたすら楽しみに待っていたい。
Text:本間夕子
Photo:はっとり/小野正博
INFORMATION
FINLANDS
塩入冬湖(Vo.Gt)とコシミズカヨ(Ba.Cho)の二人で2012年に結成。
「RO69JACK」での入賞経験を持ち、全国各地で話題のフェスやイベント、大型サーキットフェスにも多数出演。2017・2018年に出演したサーキットフェスでは全会場入場規制となる。
2015年に「ULTRA」「JET」と2枚のミニアルバム、2016年にはフルアルバム「PAPER」をリリース。「JET」に収録の“さよならプロペラ”は北海道日本ハムファイターズのテレビCMに起用されるなどポピュラリティも併せ持つ。2017年ミニアルバム「LOVE」、2018年フルアルバム「BI」とコンスタントに作品をリリースしオリコン上位に食い込む。
「BI」リリースツアーのワンマンライブにおいて、渋谷クラブクアトロをはじめ、追加公演含めすべてソールドアウトさせた。
2019年3月には初のEP「UTOPIA」をリリース。
そのリリースツアーファイナルでもあった4月10日渋谷クラブクアトロのステージを最後にコシミズが脱退。
同年、『BI』リリースツアーファイナルの渋谷クラブクアトロでのライブ映像を収めたDVDを発売。 DVDリリースツアーファイナルの恵比寿 LIQUID ROOMもソールドアウト。
2021年リリース「FLASH」での東名阪リリースツアーファイナル公演はZepp DiverCityにて開催、こちらもソールドアウトさせた。
現在、正式メンバーは塩入冬湖のみで、ギター・ベース・ドラムにサポートメンバーを迎え活動。
また、塩入はadieu(上白石萌歌)、Salyuなどに楽曲を提供するなど作家としても活動している。