「サイケデリック」っていうのは、使い回されすぎている言葉だと思うよ
——トーイ、テンプルズ、ザ・ウィッチーズといったバンドが有名になったと同時に、ここ数年は「サイケデリック」が大きなトレンドとなっていますよね。ジェフさん自身も、ある程度それを予見していた部分はあるんでしょうか?
いや、まったくそんなことはなかったね。そもそも僕自身は彼らを「サイケデリック」と呼びすらしないよ。トーイは僕にとってはポスト・パンクで、ピンク・フロイドや13thフロア・エレベーターズよりもワイヤーやマガジンなんかに近いと思うし、ウィッチーズはロック・バンドで、サイケデリアよりもザ・クランプスやニルヴァーナと共通項があると思う。テンプルズはサイケデリックだと認めるよ、極彩色のソングライティングや、バンドのメロディーに60年代の音楽からの影響が見てとれるところなんかがね。でも、同時にノエル・ハリソンみたいな優れたソングライターからの影響も感じられる。僕は「シーン」という枠でものを見たりはしないんだ。あまりにも色々な物事に触れてきたし、ハッピー・マンデーズや他のバンドと仕事をしていたころには、人々は彼らの音楽を「バギー」なんて呼んでいたけれど、それが何を意味するのかさえ知らなかったね。
TOY – “Motoring”
——なるほど、すごく興味深いですね。
だから、今もさっき挙げられたようなバンドを「サイケデリック」だとは思っていないし、ザ・ヴォイヤーズなんかもガレージ・バンドや、パルプみたいな感じだと思うし、サイケよりもロキシー・ミュージックなんかに近いね。だからそういうシーンを予見してはいなかったし、今もそういう見方はしていない。もう僕も50代だし、机に座って「今何が巷で流行っているのか?」なんて考えたりしないよ。昔はそれを直感的に知っていたし、そもそもその流行りを作り出す側にいたんだ。今はただ心を動かされるようなバンドのライヴを観に行って、それらのバンドと仕事ができればラッキーだと思う。トーイはそういう出会いだったんだ。「良いバンドだ」って人に教えてもらって、送られてきた1曲のトラックがものすごく良かったからライヴを観に行った。「サイケデリック」っていうのは、使い回されすぎている言葉だと思うよ。インディー・ロックで手っ取り早くみんなの注目を集めるための合い言葉みたいになっている。ごまかしやズルのように感じるね。けなすつもりはないけれど、多くのジャーナリストを含めてたくさんの人が怠けるのにちょうど良い言葉として使い始めたんじゃないかな。
The Voyeurs – “Stunners”
——今のお話から考えるとあまり適切な質問ではないかもしれませんが、先ほどの3バンドも出演経験のある<AUSTIN PSYCH FEST>の動向は決して無視できないと思っています。イギリスのサイケ・シーンと、アメリカのサイケ・シーンにはどんな共通点/違いがあると考えますか。
アメリカのシーンについては何も知らないよ。60年代のサイケデリアについての知識は多少あるけど、今起きていることについてはさっぱりだね。今、僕がアメリカのサイケデリック・シーンに顔を出したら、みんな僕のことを私服警官だと思うんじゃないかな(笑)。
——そんな中、日本でもデビュー作『Wonderlust』がリリースされたキッド・ウェーヴは、90年代のUSオルタナティヴ・ロックを思わせるサウンドです。彼らにはどんな可能性を感じていますか?
可能性は山ほどあるよ。素晴らしい曲をいくつも持っているし、もっとも短期間で決まった契約のひとつだったね。僕らには普段から大量のデモが無選別に送られてきて、そのどれもが「あなたたちにはたくさんデモが送られてくるのは知っていますが、どうかどうか僕らのバンドを聴いてください!」っていうEメール付きなんだ。いつもできる限りすべてを聴くように努力はしているよ。今みたいに忙しい時期には無理だけれどね(笑)。だから、できるだけいつも返信はしている。でも、キッド・ウェーヴはちょうど手の空いているタイミングに、「こういうバンドをやっています」っていうとてもシンプルで直球のメールを送ってきて、そのメールのシンプルさと文体が気に入ったからMP3の再生ボタンをクリックしたんだ。そうしてトラックを聴いたらそれがとても良くて、それが“Gloom”っていう曲だったんだけど、それを聴いて「こいつはすごくすごく良いじゃないか!」と思った。それで「これを聴いてみなよ!」って同僚に転送して、バンドのソングライターでヴォーカルのリー(・エメリー)にすぐ返事をした。(メールが届いてから)8分くらいで返信したんじゃないかな。曲を2回再生して、携帯を出すのにかかった時間さ。
Kid Wave『Wonderlust』ジャケット
——ビビッときたんですね。
「この曲すごく良いよ、他の曲もある?」ってメールをしたら、今度は“Best Friend”が送られてきて、「君すごく良いよ、気に入った!」って返事をしたんだ。彼女はすごく良いソングライターだし、とてもフックがあってメロディックで、タイムレスな曲を書く。どこかちょっとザ・ブリーダーズみたいな90年代のアメリカンなバブルガム・ポップぽいよね。たとえば“Gloom”なんかは、ニュー・オーダーのベースラインがダイナソーJr.のポップな曲に混じったような感じがするし。とにかくそうして連絡を取るようになって、直接会ってみて意気投合したはいいけど、彼女はバンドのメンバーを集めなきゃならなかった。リーはスウェーデン人で、ギターのマティアス(・バット)はまだスウェーデンにいて、彼らには固定のベース・プレイヤーがいなかったから、最初のうちしばらくはライヴをすることができなかったんだ。でもとにかく彼女には素晴らしい曲があって、とてもインターナショナルでタイムレスな曲を書くと思うし、10代の若者にも訴えかけるような魅力があって、とてもクールなんだ。今は長期的に続くものっていうのは一夜のうちに広まったりはしないし、彼らもちゃんと注目が集まるまでには少し時間がかかるかもしれないけれど、成功するに値するバンドだと思うね。
Kid Wave – “Gloom”
——何千、何万とバンドがいる中で、「契約したい」と思うバンドは何が決め手となっているんでしょうか?
まず何よりも、それをすごく好きにならないことには始まらない。まず曲を聴いてみて気に入って、他のみんなにも聴かせて共有して、「お、これは良いぞ!」ってなったら電話をかけて、そのバンドが近いうちにライヴをするならそれを観に行って、そうでなければ会いに行って一緒に一杯やるか喋るかして、良い人たちであればそこから話が始まるんだ。どんなにそのバンドの音楽が好きでも、もしも人として好きになれなければ契約はしないよ。でもそれが良い人たちで、一緒に仕事をして楽しそうで、かつ真剣にやっているのなら、それだけで条件が満たされる。でも、とにかくまずはそのバンドの音楽を好きになることだね。
——イギリスではBO NINGENやGrimm Grimm、ヤックのドイ・マリコなど日本人アーティストが活躍していますが、〈ヘヴンリー〉からリリースしたいと思える日本人アーティストやバンドはいますか?
Grimm Grimm – “Hazy Eyes Maybe”
少し前にGrimm Grimmを観たんだけど、彼は素晴らしいと思ったね。たしか2年くらい前に曲を送ってきてくれたと思うんだけど、ちょうどそのころ忙しくてちゃんと聴く時間がなかったんだ。でもヴォイヤーズのサポートをしたことがあって、すごく面白いと思った。彼は〈ATP〉から出すアルバムを作っているみたいだから、それを聴くのを楽しみにしているよ。曲を送ってきてくれた時にもっと注意を払えれば良かったと思うね。あとは、僕の息子たちがすごく気に入っている日本人のアーティストがいるんだ。18歳の息子と16歳の息子がいるんだけど、2人とも音楽が大好きでさ。ただ、名前が思い出せないな……。僕の友人でジャーナリストのエマが去年かもしかしたら一昨年に東京の<Red Bull Music Academy Japan>にインタビューのために行ったんだけど、そこで彼にもインタビューをしたらしい。良いルックスをしていて、長髪に”ゼン”な雰囲気で、何の楽器を演奏しているのか知らないけれど何かの楽器を手で叩いて、共鳴を手でコントロールしていて、とても興味深いんだ(※)。まあ、彼とサインしたいかどうかは別だけれど、(息子たちは)日本の今の音楽を知っているフリがしたいだけかもしれないな(笑)。BO NINGENもすごく良いね、機会があるときは必ず観に行っているよ。
(※おそらくSeihoのことかと思われる)
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