の日、私は故郷へ帰省していた。

大きな川のほとりで生まれ育った私は、幼い頃からどこへ出かけるにも橋を渡った。直線距離では程近い目的地へ行くにも、目の前に流れる川を迂回して橋を渡らなければならない。川育ちの私は、同じ川の対岸で育った幼なじみと仲が良かった。川に架かる橋の真ん中で待ち合わせをしては、2人でよく競争をしたものだ。これは都会に出てから気づいたことだが、川育ちのヤツとは不思議と仲良くなれるってことだ。まぁ、そんなこと今はどうでもいい。

その日、私は地元の幼なじみに再会するため、橋を渡ってこの町に帰ってきた。私と幼なじみは、高校時代にロックバンドを組んでいた。ステージが備え付けられたこのバーに集まっては、よくライブをしていたものだ。そして2年前、私と幼馴染はこのバーでハウラーのデビュー・アルバム『アメリカ・ギヴ・アップ』に出会った。

北アメリカ最大の河川、ミシシッピ川の北側に位置するミネソタ州、ミネアポリス出身の5人組ロックバンド、ハウラー。フロントマンのジョーダン・ゲイトスミスは、60年代アメリカンロックと80年代パンクに多大なる影響を受け、その音楽活動を開始した。その後、ザ・ストロークスやザ・リバティーンズなど、その時代を代表するロックバンドを輩出してきた老舗レーベル〈ラフ・トレード〉のレーベル・オーナー、ジェフ・トラヴィスに見いだされ、彼らは瞬く間に人気者となる。2011年8月には、NMEが選ぶ「あなたがこれから愛してしまう新人バンド25」に選出され、2012年に『アメリカ・ギヴ・アップ』を発表した。私と幼なじみは、ロックンロールの初期衝動が詰まったそのアルバムを聴いた瞬間、彼らの虜になった。その秋には、あのザ・ヴァクシーンズとの全英ツアーを果たすなど、彼らの快進撃は止まらなかった。当時、弱冠19歳というジョーダンの大活躍に、同世代の私たちの胸は高鳴った。

あれから2年、私はハウラーの新作『ワールド・オブ・ジョイ』を聞きながら友人を待っている。いつもの場所で、いつものギムレットを傍らに、ライナーノーツに目を落としてみる。シン・リジィ、ストゥージズ、ヤードバーズ、リプレイスメンツ、ザ・スミス、バーズ、モダン・ラヴァーズ、キッス……、実に多様なアーティストからインスピレーションを受けた本作は、ジュークボックス状態のアイデアをメンバーが互いに出し合い、シャッフルしていったアルバムだ。

ハウラー『ワールド・オブ・ジョイ』はポジティブなメッセージがぎっしり詰め込まれた1枚 music140325_howler-jkj

アルバム冒頭の“Al’s Corral”や“Drip”といったナンバーは、若干21歳のジョーダン(Vo.)が言うところの「『ナゲッツ』風味のジャンキー・ガレージ」で、まずはお得意のガレージで瞬間着火してみせる。そこから一転、“Don’t Wanna”は、リヴァーヴの効いたソフト・ロック調で、“Yacht Boys”は一気にサイケデリックに転んでいく。“Louise”みたいにギター・ポップ調の胸キュン・ソングまである。ジョーダンがダミ声を甘く掠れさせながらメロウな旋律を歌い上げる“Here’s The Itch That Creeps Through My Skull”の余韻もいい。ハウラーの音楽に余韻を感じるなんて、前作では全く考えられなかったことだ。“Indictment”のコーラス・ワークも驚きだし、ラストの“Aphorismic Wasteland Blues”が文字通りブルース&カントリーでさらなる新機軸のヒントを残して終わる、というのも最高だ。今作、『喜びの世界(World Of Joy)』は、前作とは打って変わって、ポジティブなメッセージがぎっしり詰め込まれた一枚に仕上がっている。

ミュージシャンを夢見て川向こうに飛び出した私と、そのまま川のほとりに残った幼なじみ。彼が来たらどんな話をしようか。今も未だ、2人で未来の話をできるのだろうか。たとえどんな回り道をすることになっても、ギブ・アップには早すぎる。「川育ちの僕らには、回り道ぐらいがちょうどいい。」なんて冗談を言えば、アイツは笑ってくれるだろうか?

ハウラーが奏でたこの世界は、喜びに満ちているはずだと、確かにそう私に信じさせてくれた。2年前に鮮烈なデビューを果たした彼らは、その後も燃え尽きること無く確かな成長を遂げていた。前作の『アメリカ・ギヴ・アップ』というアルバムは、自身のロックンロールのルーツと愛を初期衝動のままに再確認・再構築していった、まさに乱暴に描かれた彼らの原風景のようなアルバムだった。そして今作の『ワールド・オブ・ジョイ』で、ハウラーが開け放ったエントランスの先のロックの荒野が、こんなにも豊かで眩しい音楽の世界になったことを確かに証明してくれたのだ。

ふと、入り口の方で音がして、ライナーノーツから顔を上げる。ドアの隙間から差し込む西日に目を細めながら、私はそこに眩い光の洪水を見た。

(text by 元澤英悟)

Howler -“Don’t Wanna”

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