12年に地元のローカル・レーベルからリリースしたデビュー作『Hundred Waters』がピッチフォーク・メディアの8.1点を筆頭にインディー系媒体で高評価を獲得し、フォークやクラシックと抒情的なエレクトロニカをブレンドした音楽性も相まって早耳リスナーの間で話題になったフロリダ州ゲンズヴィルの4人組、ハンドレッド・ウォーターズ。彼らがなんと、レーベル初のインディー・バンドとしてスクリレックスが所属する〈OWSLA〉と契約(!)。約2年振りとなる2作目『ザ・ムーン・ラング・ライク・ア・ベル』を完成させた。
ザ・ムーン・ラング・ライク・ア・ベルJK写真
もともとフロリダ大学在学時にメンバーが揃い、ゲンズヴィルで共同生活をして音楽を作っていたハンドレッド・ウォーターズは、6ヵ月かけてアートワークを含む全てを制作した『Hundred Waters』で12年に〈Elestial Sound〉からデビュー。どことなく儚げで神経質そうな顔が浮かぶ、幻想的なサウンドスケープがインディー・リスナーの間で話題になり、彼らはその年の<SXSW>に出演する。実はこの時、彼らのステージをスクリレックスのマネージャーで〈OWSLA〉を運営する1人、ティム・スミスが目撃。興奮した彼はすぐさまスクリレックスに音源を聴かせ、バンドにスクリレックス、ディプロ、グライムス、トキモンスタらが集って夜ごとパーティーを繰り広げるトレイン・ツアー<FULL FLEX EXPRESS TOUR>のオファーが舞い込んだ。すると完全にアウェイだと思われていたそのツアーで、彼らは音楽的な価値観が正反対のミュージシャン/観客が自分たちの音楽に熱狂してくれる姿を発見。そうして〈OWSLA〉と契約してデビュー作を再リリースすると、その後はスター・スリンガーやエイラブミュージック、トキモンスタらが参加したリミックスEP『Thistle』 を発表。ザ・エックス・エックスやアルト・J、ジュリア・ホルターといった気鋭のインディー勢とツアーをこなし、様々な街を移動する生活の中で、自分たちがいた世界はちっぽけなものだったと痛感したそうだ。
Hundred Waters“Thistle”(Official Music Video)
とはいえ〈OWSLA〉と契約してから初めて制作したアルバム『ムーン・ラング・ライク・ア・ベルズ』は、そうして世界を広げた彼らが「自分たち本来の個性」を見つめ、むしろそれだけを目指して突き進んだ美しくユニークな作品だ。アルバムはいきなり一分弱のアカペラ“Show Me Love”でスタート。続く“Murmur”では耳元で囁くようなフレーズのリフレインに乗ってエレクトロニックな音が高揚し、先行シングルの“Cavity”や8曲目“Down From the Rafters”へとなだれ込むと、9曲目“[Animal]”では後半一気にクラシカルな雰囲気のビートが登場。そして最後は意味深なタイトルの“No Sound”で幕を閉じるまで、音のクオリティやビートの多様性を底上げしつつも、EDM的なものとは全く異なる音楽性を追究している。また特徴的なのは、全編を通してニコル・ミグリスのヴォーカルが以前より力強く楽曲を引っ張っていること。本格的な音楽教育を受けた彼女はシンセの前に陣取って時にはフルートを吹いたりもする才女で、ショートカット&文系インディーらしいファッションでバンドの雰囲気を特徴づけている。
「ファーストの頃の私は、自信を持って歌う方法を初めて学んでいたんだと思う。でも今は、自分のヴォーカル能力にもう少し自信を持てるようになった」(ニコル)。
とはいえこれはヴォーカルに限った話ではなく、彼ら自身の魅力をより研究し、これまで以上にエレクトロニックでありつつもオーガニックな質感も忘れていない楽曲は、うっとりと魅了される幻想的な世界観をより顕著に。まるで「月の裏側からやってきたステレオラブ/セイント・エティエンヌ」とでも言いたくなる、官能的な孤高の美を手に入れている。お手製のアートワークも健在。今回はトレイヤー・トライオン(Electronic、G)が書いた白黒のイラストにニコルが色を付けたもので、アイディアが降りた時に紙がなく紙飛行機をばらしたものに書かれたそうだ。
“Murmurs”
バンドはツアー中に見つけたアリゾナ州にある砂漠の街アルコサンティを会場に、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルやマジカル・クラウズ、エスクモらを招いて3日間に及ぶ本作のリリース・パーティーを開催。<FORM>と名付けられた完全無料のこのイベントはシリーズ化も予定されていて、恐らく彼らの興味は音楽制作以外にも広がっているのだろう。何しろハンドレッド・ウォーターズのモットーは「どのジャンルにもフィットしない、分類不能のアートを作る」こと。新作『ザ・ムーン・ラング・ライク・ア・ベル』には、そんな彼らの個性がぎっしりと詰まっている。
Cavity
(text by Jin Sugiyama)
Release Information
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