ム・ビームという、とてつもないヒゲを蓄えたおっちゃんがいる。アイアン&ワインというソロプロジェクトで唄う彼は、”USインディー界の最重要シンガーソングライター”なんて紹介されたりする。2002年に老舗レーベル〈サブポップ〉からデビューして以来、これまでにスタジオアルバムを4枚リリースしていて、前作『キス・イーチ・アザー・クリーン』(11年)は全米チャートで2位にもなった。来日公演は2007年に1回あったきりだけど、アメリカでは根強い人気を誇る。僕はアメリカの大学に通っていたのだけれども、美学部の友達はアイアン&ワインを流しながら何カ月もかけて1枚の油絵を描いていたし、音楽学部の友達はアコギ1本でアルバムの全曲カバーをして、それを録音したものを彼女にプレゼントしていた。思うにアイアン&ワインは草を食うアメリカ男子から厚い支持を集めているのではないだろうか。

そんなヒゲのおっちゃんの魅力は、なんと言ってもそのウィスパーボイスとシンプルで信頼できる曲作りだ。元々アコギの弾き語りを認められて〈サブポップ〉と契約したわけだから、その作曲力はお墨付き。前作『キス・イーチ・アザー・クリーン』では突然キーボードやホーン隊を起用してファンを驚かせたが、元の楽曲が良いのでやはり広く受け止められた。そして前作の延長線上にあるのが新作『ゴースト・オン・ゴースト』だ。1曲目の”Caught in the Briars”からアイアン&ワイン節の耳当たりの良いギターリフと唄声を、ホーン隊とキーボード、そしてコーラスが心地良いハーモニーで包み込んでいて、ついついのっけから1曲リピートしてしまう。先日解禁された”Grace For Saints And Ramblers”も歩きながら聴いていると足取りが軽くなってしまうような爽やかな仕上がりだ。一方で”Singers And The Endless Song”や”Lovers’ Revolution”のような大人の男の色気を感じさせる曲もあり、また”Grass Widows”や”Winter Prayers”は過去のアコースティックアルバムが好きなファンも納得のストレートな楽曲もしっかり用意されていて、サム・ビームの懐の広さを感じさせる。

Grace for Saints and Ramblers

キャリア10年を迎えたヒゲのおっちゃんが放つ、アイアン&ワインというプロジェクトの現時点での集大成『ゴースト・オン・ゴースト』。サム・ビームについて良く知っている人にも、全く知らない人にも、ぜひオススメしたい絶品だ。

そして、先日テキサス州オースティンで行われた<SXSW>ではライブも観てきた。間違いなく今、アイアン&ワインは聴きどきだ。新作についてのインタビューもしてきたので、あわせてお届けする。

Live Report: Iron & Wine

アイアン&ワインは今が聴きどき! 至高の一品『ゴースト・オン・ゴースト』のリリースを控える心優しいヒゲのおっちゃんに会ってきた! music130430_iron-and-wine_live_06-1

2013.03.13(Wed)@Austin City Limits Live at the Moody Theater

まるで中学生の読書感想文のような書き出しになってしまうけれども、今年の<SXSW>で一番心に残ったのはアイアン&ワインのライブだった。そもそもあのフェスは新人バンドを発掘するためにあるようなものなので、10年選手のヒゲのおっちゃんを挙げてしまうことに対し、我ながら「いいの?もっと若くてヒップなバンドを選ぶべきじゃないの・・・?」と思う気持ちも無いことも無いが、フェスを振り返ったときにまずあのヒゲが思い浮かんでしまうのだから、もうこれはしょうがない。告白しよう、僕はあのヒゲのおっちゃんが好きだ。実際、彼のライブを観るのも3回目だ。そして今回は過去2回より格段に良かった。

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今回アイアン&ワインがライブを行ったのは、1970年代から続くアメリカで最も古い音楽番組「オースティン・シティー・リミッツ」の撮影が行われる2750人収容のミュージックホールだ。
ほんの数年前まではライブでもアコースティックギター片手にひとりで歌っていたサム・ビームだが、この日はベースやドラムはもちろんのこと、ピアノにホーン、ストリングスにコーラス隊まで従えて、重厚なステージを組んでいた。そしてライブが始まるや否や、僕はその音の厚みに圧倒されてしまった。前作『キス・イーチ・アザー・クリーン』のツアーのときには感じられなかった、サムと他の楽器隊との完璧な調和が音に表れていた。ギター片手に語りかけるように歌うそのスタイルはそのままに、仲間たちといっしょに力強く、元気が出る音楽を奏でてくれるサム。ヒゲ好きの森ガールなら嫁入りを決意し兼ねないほどの包容力だ。森ガールなんて日本の森にまだ生息しているのか知らないけれども。

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この日のセットリストは新作『ゴースト・オン・ゴースト』から”Graces for Saints and Ramblers”や”Caught in the Briars”、そして”Boy With A Coin”に”Tree By The River”など、近年の代表曲を振り返るような構成で、演奏する側も観る側も大盛り上がり。手拍子が会場全体に広がり、仕舞いにはホーン隊がステージ上で踊り出していた。

そしてこのライブの翌日、サムに話を聞いて来た。新作のレコ発ツアーでは日本にもぜひ行きたいと言っていたので、来日公演が実現したらぜひともあのヒゲをその目で拝んで欲しい。優しい人なので、ライブ後に丁寧に頼めばヒゲも触らせてくれるかもしれない。

Photo Gallery

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Interview:Iron & Wine(サム・ビーム:vo&guitar)

――アメリカではかなり知名度が浸透していますが、日本にはまだまだアイアン&ワインについて知らないオーディエンスがたくさんいます。あらためて、あなたの言葉でアイアン&ワインというプロジェクトについて聞かせてもらえますか?

そうだね。僕の名前はサム。アイアン&ワインっていうバンドをやっているんだ。僕は元々アコースティックギターが趣味で、暇なときに曲を書き貯めていたんだんだけど、10年ぐらい前に僕の曲を聴いたシアトルの〈サブポップ〉っていうレーベルが目をつけてくれて、それから本格的に音楽活動を始めたんだ。10年の間に色々なスタイルの音楽を書いてきたよ。

――なぜアイアン&ワインという名前を選んだのですか?

ジョージア州の片田舎で映画の仕事をしていたとき、雑貨屋で「Beef Iron & Wine」(直訳すると「牛と鉄とワイン」)っていうサプリメントを見かけたんだ。飲むと体に良いらしいんだけどね。ただその「鉄とワイン」っていう言葉の組み合わせが妙に気に入ったんだ。僕が作る音楽は、曲調が聴きやすいのに歌詞が荒れていたり、逆に歌詞が優しいのに曲調が激しかったり、正反対の要素が組み合わさっていることがよくあるんだけど、「鉄」っていう強そうなイメージと「ワイン」っていう楽しいイメージの組み合わせが、僕の音楽性とも合っているような気がしてちょっと名前を使わせてもらったんだ。

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アイアン&ワイン誕生のキッカケ「Beef Iron & Wine」

――<SXSW>に出演するのは今年で何回目ですか?

何回目だっけな?(笑) デビューしたてのころに2、3年続けて出演したきりだったからかなり久しぶりだけどね。

――今年の<SXSW>はいかがですか?

良い感じだよ。出演するバンドの数もかなり増えて、どんどん規模が大きくなっているよね。

――現在、オースティンの近くに住んでいると聞きました。この街の住み心地はいかがですか?

かなり満足しているよ。オースティンは色々なものがどんどん新しくなっていくクリエイティブな街なんだ。アーティストにとって住みやすい環境だよ。

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――2011年にリリースされた前作『キス・イーチ・アザー・クリーン』は、それまでのアコースティックなスタイルとは打って変わって、キーボードやホーンを導入した作品になっていました。ツアーを回ってみて、お客さんの反応はいかがでしたか?

ほとんどのファンが支持してくれたよ。一聴して気に入るというよりは、じわじわ好きになる感じだったみたいだけどね。もちろん否定的な意見もあったけど、アコースティックな昔の曲は嫌いだけど、新しいスタイルは好きっていう人もいたからね。

――以前のアコースティックなスタイルに比べて、様々な楽器を使って大人数で音楽を作り上げるということはいかがですか?

人といっしょにものを作れるっていうのは素晴らしいことだよ。色々なアイディアが出てくるし、インスピレーションがどんどん沸いてくる。ライブでも色々な形で楽曲を表現できるしね。人数が増える分、考えなきゃいけないことは増えるけど、それだけの価値はあると思うよ。

――昨日のオースティン・シティ・リミッツでのライブはまさにその「価値」が音に出ていました。

ありがとう!僕たちも楽しんで演奏できたよ。

――そういったなか作られた新作『ゴースト・オン・ゴースト』ですが、どのような音楽になっているのでしょうか?

一つ前のアルバム『キス・イーチ・アザー・クリーン』は「怒り」を表現した曲が多くて、荒々しいサウンドが打ち出されていたんだけど、『ゴースト・オン・ゴースト』はもっと落ち着いた作品になっているよ。アレンジも前作より複雑に作り込まれているしね。ストリングスをたくさん使っているから、繊細な一面もあるし。前作とはかなり違った印象になっていると思う。

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――楽器編成などで変わったことなどありますか?

新作ではギターがほとんど使われていないね。エレキギターは全然使わなかったし、アコースティックギターは少し使ったけど、前と比べるとかなり減ったね。ストリングスとかキーボードの音とかを代わりに使ったからね。

――『ゴースト・オン・ゴースト』はどういったインスピレーションの元に作られたのですか?

僕はアルバムを作るときに持ち曲のなかから1枚のアルバムにまとめられそうな曲を集めてくるんだ。例えば前作は「川」が出てくる曲を中心にまとめたんだ。その前は「犬」がテーマだったから『シェパーズ・ドッグ』っていうアルバムタイトルにしたんだけどさ(笑)。 今回はあるカップルについて書かれた曲を中心にまとめたんだ。カップルの喧嘩とか、カップルと世界の関係性とかね。『ゴースト・オン・ゴースト』というタイトルも、2人の精神的な重なりを表しているんだ。

――最後に、あなたの夢はなんですか?

自分が今やっていること以上のことは特にないかな。好きなことをして生活していけるっていう現状がすでに幸せだからさ。夢ならもう叶ってるかな(笑)。

text & interview by Dan Shimizu
photo by Taisuke Yamada & Dan Shimizu

Special comment from Iron & Wine

Release Information

2013.05.01 on sale!
Artist:Iron & Wine (アイアン&ワイン)
Title:Ghost On Ghost (ゴースト・オン・ゴースト)
4AD / Hostess
BGJ-10172
¥2,200(tax incl.)
※初回仕様限定盤はボーナストラック・ダウンロードカード封入(MP3)、歌詞対訳、ライナー ノーツ付

Track List
01. Caught in the Briars
02. The Desert Babbler
03. Joy
04. Low Light Buddy of Mine
05. Graces for Saints and Ramblers
06. Grass Windows
07. Singers and the Endless Song
08. Sundown (Back in the Briars)
09. Winter Prayers
10. New Mexico’s No Breeze
11. Lovers’ Revolution
12. Baby Center Stage