クラシック音楽をベースに持つ姉妹によるピアノ連弾ユニット。この情報からイメージされる音楽は高尚でアカデミックなものだろうか。もしくは牧歌的で癒やされるものだろうか。本稿の主役、Kitriはそうした二元論的なイメージに属さない、ポップミュージックに揺さぶりをかける存在である。

謎に包まれた姉妹ピアノ連弾ユニットKitriを紐解く|ポップメーカーとして進化し続ける楽曲スタイル column_220228_kitri_02

大橋トリオも惚れ込んだKitriが生み出す独特の世界観

姉のMonaと妹のHinaは幼少期からクラシックピアノを習っており、二人が小学生と中学生の頃、連弾に取り組むようになる。その過程でHinaは合唱への強い思いを抱き、一時、ピアノから離れたこともあるそうだが、音大で作曲を先行し、自作の作詞作曲を続けていたMonaと2015年から地元・京都で活動開始。自主制作した音源が家族全員ファンだという大橋トリオの手に届いたことをきっかけに、大橋トリオが手掛けた映画『PとJK』のテーマ曲にボーカルとハミングで参加した。2019年1月にEP『Primo』でメジャーデビュー後は大橋トリオのプロデュースにより、ピアノ連弾とデュエットをベースとしつつ、他の生楽器やエレクトロニックなサウンドも導入。童話的な中にもミステリアスな要素を融合したオリジナリティの高い作品をコンスタントにリリースしてきた。ライブにおいても単独公演以外に安藤裕子藤原さくらを招いた共演、2019年には<Spotify Early Noise Night in Osaka>に出演するなど、時代の価値観を更新するアーティストと肩を並べる存在として注目度を増している。

中でもKitriの名を広め、ファン層を拡大したのは2021年11月にTVアニメ『古見さんは、コミュ症です。』のエンディングテーマ“ヒカレイノチ”を担当したことだろう。「週刊少年サンデー」に連載され、シリーズ累計550万部を突破した原作のアニメ化作品だ。極度にコミュニケーション下手な主人公が普通すぎるクラスメイトと「友だちを100人作る」という目標に向かって努力するというストーリーはフランス語で「意気地なし(Quitterie)」の意味を持つKitriにリンクする部分も。本楽曲では、これまでの内省的な歌詞表現や、ミステリアスで寓話的な作品性をポップスとして昇華。本質はそのままに、明るいメロディや素直に気持ちが熱くなるサビへの展開、若い世代の日常的な風景と心象を描いた歌詞で、Kitriのポップメーカーとしての新境地にフォーカスがあたる機会となった。

Kitri -キトリ-「ヒカレイノチ」“Hikare inochi” Music Video [official]

ジャンルに捉われない作品から解く彼女たちの進化

連弾ボーカルユニットとしてのKitriの音楽性は結成当初から数年で驚くべき進化を遂げてきた。自主制作で作ってきた楽曲を大橋トリオのプロデュースで再録音した2017年のパイロット盤『Opus 0』はピアノ連弾と繊細なボーカルが主体のシンプルなプロダクションだったが、2019年1月のメジャーデビュー作であるEP『Primo』以降はピアノ以外の生楽器やエレクトロニックなSEも導入する。同年7月には早くも2ndEP『Secondo』をリリース。音楽用語としては一番目、二番目ではあるが、料理の「一皿目、二皿目」に相応するのもジャンル感に縛られないKitriらしさが感じられる。

1stアルバム『Kitrist』収録の“羅針鳥”では打ち込みのクールなビートやロー感が、幼さを残す二人の声と良い対称を生み出し、都会的なムードの中にも脆さや危うさを醸成。“矛盾律”はピアノのトリルが不気味なムードを生み出し、ドラムやストリングスが複雑に絡むアレンジと曲展開で、Kitri流のプログレ感が聴き応え十分な楽曲だ。

Kitri – キトリ-「羅針鳥」 Rashin dori

Kitri -キトリ-「矛盾律 」 “Mujunritsu”

さらに2021年4月リリースの2ndフルアルバム『Kitrist Ⅱ』では複数のアレンジャーとタッグを組み、曲が必要とするアレンジを進化させた印象だ。クラシックや現代音楽をオリジナルに昇華するアーティストで、DAOKOや角銅真実らの作品にも参加している網守将平とともにアレンジした“未知階段”ではピアノ連弾とストリングスが互角に螺旋を描くようなダイナミズムを聴かせる。同曲は現在アートディレクターとして活躍する吉田まほが東京藝術大学大学院の修了制作として2012年に制作・提出したアニメーション作品『就活狂想曲』にインスピレーションを受けたMonaが作詞作曲を手掛けている。

Kitri -キトリ-「未知階段」 “Michi kaidan” Music Video [official]

ポストジャンル的な楽曲へ自然と帰結するのは彼女たちのルーツがクラシックにあり、
ピアノの連弾の上で日本語を歌うことに起因しているのではないだろうか。初期からジャンル語りが無効なアーティストだが、『KitristⅡ』には豊穣なミクスチャーが存在しており、“赤い月”ではアストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)にインスパイアされたラテンのエッセンスをアレンジャーの礒部智(超常現象)らと楽曲に落とし込むことに成功。同じく礒部と共同アレンジした“NEW ME”ではピアノをレアグルーヴ風のリフで演奏し、Kitriとして初めてR&Bに接近したアプローチも見せた。

Kitri -キトリ-「赤い月」 “Akai tsuki” Music Video [official]

Kitriの楽曲の聴感の大きな特徴として、姉妹ならではの声質の近さが作り出す、ハーモニーの美しさと、二人でありつつ一つの人格のように聴こえるメタな感覚が挙げられるだろう。ハーモニーの美しさは“小さな決心”や、楽器的にユニークな声の重なりを味わえる“水とシンフォニア”、ピアノメインのシンプルなアレンジに祈りのように響く“Lily”など、挙げるときりがないが、二人とも大きく強く張ることはなく、話しかけるような温度感のボーカルがシリアスなテーマや、ポジティブな内容も浸透するように伝えることに成功している。

また、クラシックでおなじみのフレーズをさりげなくアレンジに忍ばせている楽曲も散見され、“水とシンフォニア”にはエドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ(Edvard Hagerup Grieg)作曲、ペール・ギュント組曲の“”を一部、効果的に配している。

作曲やアレンジのオリジナリティはもちろん、Kitriの特徴は日常的なことから死生観まで、時にストイックだったり、毒を含んだ言葉の表現も現代において共感を呼ぶ要因だろう。楽曲全体が世界観ありきなのは当然だが、例えば前出の“未知階段”。就活をテーマにしたアニメ作品にインスパイアされているとはいえ、《ドアを開けた途端 転がり込む棘》とか、シンギュラリティに着想を得た「人間プログラム」でのAI目線に思える《余談となるが 君のロジックじゃ使えない》など、ワードチョイスの切れ味やメロディへの乗せ方はボカロカルチャーの作詞家にも通じるリアルタイム感すらある。曲が進むにつれ、自分の力で前へ進んでいく主人公が描かれているが、特に多く作詞を手掛けるMonaの洞察力がKitriの音楽にリアリティをもたらしていることは自明だろう。

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噛めば噛むほど「ビター」な一面を見せる新作EP『Bitter』と、これからのKitri

ポップシーンに独特な立ち位置を築いてきたKitriの新作EPはこれまでにないニュアンスのタイトルが付されている。題して『Bitter』。

「Kitriの楽曲に表と裏があるとしたら、今回は普段は秘密にしているような裏側の世界をのぞいてもらえるような、そんな作品になりました。それぞれ歌詞のテーマも世界観も違う4曲ですが、どれも噛めば噛むほど「ビター」な味わいがあります。」と、新しい試行を感じさせるコメントが寄せられている。

実際に聴き進めていこう。1曲目の“踊る踊る夜”は低音部のピアノリフとベースがグルーヴを作り出し、上モノのピアノフレーズはジャズの調性で、さらに絡んでくるトランペットが新しい聴感を演出。Hinaの作詞による歌詞は真夜中のアトリエで様々なモノが踊りだす様を空想しているが、同時に真夜中に創作意欲が沸き立つようなワクワク感にも満ちている。現代のジャズテイストはCRCK/LCLKSなどが好きなリスナーにも届きそう。これまでにない楽器のアレンジは“矛盾律”などでもアレンジを手掛けた神谷洵平だ。続く“実りの唄”も神谷との共同アレンジ。架空のフォークロアをテーマにした楽曲で、日本とも北欧とも南米ともとれるようなメロディと楽器の使い方がユニークだ。Kitriならではのホーリーなコーラスワークも聴きどころで、厳しい季節を耐え、新しい季節を待つ凛とした1曲に仕上がっている。

Kitri -キトリ-「踊る踊る夜」“Odoru Odoru yoru”Music Video [official] with subtitles(字幕)

一転、パーカッションが耳に飛び込んでくるイントロから新鮮な“左耳にメロディー”。バースのリーディングの独り言も告白めいていてドキッとさせられる。HinaとMonaの共作による歌詞の1番では通勤電車で偶然隣り合わせになった男性のイヤホンから聴こえる音楽に運命を感じ、2番では男性目線の反応が描かれる、なかなかスリリングなストーリーがこれまでの歌詞表現にはない新境地。アレンジは“NEW ME”などを手掛けてきた礒部智との共同作業で、都会的な側面をさらにアップデート。レアグルーヴ調のブロックからクラシカルなコーラスにつなぐ手法も面白い。ラストの“悲しみの秒針”も礒部との共同アレンジで、これまでで最も歌謡テイストの強い哀愁味のあるメロディに驚かされる。いつもの場所でも、遭遇したくない瞬間に出くわしてしまった主人公の心情と、雨の日の体感すらも綴ったのはMona。アレンジ次第ではベタになりそうなテーマとメロディを抑えたボーカルやSEで、静かに迫るような仕上がりに。わずか4曲のEPではあるものの、自分だけの秘密を明かされるような濃厚さが印象深い。

物静かな女性のもうひとつの実像を見るような表現の深度と、ピアノ連弾シスターズという形容を軽々と超える大人なサウンド。シンガーソングライター好きのリスナー、ポストジャンル志向のリスナー、もちろん新鮮なポップスを探しているリスナーにも、よりKitriの音楽は伝播していくだろう。本作を機に、ライブのスタイルにも注目していきたい。

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Text:石角友香

RPOFILE

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Kitri(キトリ)

姉のMonaと妹のHinaによるピアノ連弾ボーカルユニット。クラシックをベースに持ちながら実験的な音楽を創造し独自の存在感を放つアーティストとして、2019年1月、日本コロムビア BETTER DAYS レーべルより 1st EP「Primo」でメジャーデビュー。同月、初のワンマンツアー「キトリの音楽会♯1」を開催。7月には 2nd EP「Secondo」を発表し「キトリの音楽会♯2」の全国ツアーを開催。2020年1月1st アルバム「Kitrist」を発表。ツアーは延期となったが、その間「Lily」、「人間プログラム」、「赤い月」と、起伏に富んだ楽曲の 3 作連続配信やライブで観客を魅了しているカバー曲のアルバム 「Re:cover」を制作、また「Kitriのきとりごとらじお」(FM大阪)のレギュラーDJを7月から務め常に精力的 に世の中へ発信し続けた。二度の延期を経たツアー「キトリの音楽会 #3 “木鳥と羊毛”」を2021年1~2 月に満を持して開催。2月に先行シングル「未知階段」で、新たな表現の扉を開け、4月に2ndアルバム「Kitrist II」をリリース。同月、α-STATION でのレギュラー番組「Kitristime」(トリスタイム)もスタート。 6〜7月には、Kitri初となるバンド編成でのライブを、Billboard Live 横浜と大阪で実施。11月にTVアニメ『古見さんは、コミュ症です。』のエンディングテーマ「ヒカレイノチ」をリリースし、国内外から注目を集める。

HPInstagramTwitter配信まとめ

RELEASE INFORMATION

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Bitter

2022年3月11日(土)
TrackList
1 「踊る踊る夜」
2 「実りの唄」
3 「左耳にメロディー」
4 「悲しみの秒針」
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