LCDサウンドシステム休止中の活動
ここで、LCDサウンドシステム休止中にジェームス・マーフィーが行ってきた活動についても少し触れておこう。まず何と言っても、最も大きな注目を集めたのはアーケイド・ファイアの2013年作『リフレクター』へのプロデュース参加に違いない。LCDサウンドシステムとしても共にツアーを回った経験があり、マディソン・スクエア・ガーデンでの解散ライブにもアーケイド・ファイアが参加するなど、以前から深い親交のあった両者だが、音源を通してのコラボレーションはこれが初。エレクトロニックなダンス・サウンドを取り入れた同作は、アーケイド・ファイアにとっても転機となる重要な一枚となった。
その他、ニューヨークのインディ映画界を代表する才能、ノア・バームバックの監督作品『グリーンバーグ』(2010年)、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(2014年)のスコアを手掛けて、映画音楽にも挑戦。また、ニューヨークの地下鉄で改札機ごとに異なる発信音が出るようにし、改札機でシンフォニーを奏でるプロジェクトを立ち上げたり、ブルー・ボトル・コーヒーとのコラボで「ハウス・オブ・グッド」という名前のシグネチャー・コーヒーを発売したりするなど、音楽だけにとどまらない多岐に渡る活動を行ってきた。
LCDサウンドシステム再結成のきっかけ
だが、そういったポップ・ミュージックの表舞台からは一歩引いた活動のかたわら、曲は常に書いていたのだという。2015年、そんな曲が溜まっていることに気付き、彼はLCDサウンドシステムのメンバーだったナンシー・ワンとパット・マホニーに相談を持ちかける。それが再結成を決断するきっかけとなった。
「僕はパットとナンシーをうちのアパートでのお茶に誘って、彼らにこう言った。「ちょっと曲を録音するつもりなんだ。バンド名を作るべきだと思う? それとも“ジェームス・マーフィー”名義にするか、LCDにすべきか」。みんなでよく考えた。僕たちは過去5年間すてきな生活を送っていたし、彼らはミュージアム・オブ・ラヴ、ファン・マクリーンといった人たちと素晴らしい音楽を作ったり、他にも色々やっていた。僕も何とか愉快でおバカなことを色々やっていたけど、それはバンドに夢中になっていた人たちを概ね苛立たせた。何せ、地下鉄の回転式改札口とコーヒーなんてLCDらしくないからね。ともあれ、彼らは2人とも「LCDのアルバムを作ろう」といった。」(再結成時にジェームス・マーフィーがバンドのfacebookに掲載したコメントから引用)
LCDサウンドシステム復活の立役者はデヴィッド・ボウイ?
さらに、今年7月英BBCのインタビューで語ったところによると、再結成の後押しには、故デヴィッド・ボウイのアドバイスもあったようだ。デヴィッド・ボウイは、ジェームス・マーフィーが最も影響を受けた憧れのヒーロー。生前には、『ザ・ネクスト・デイ』収録曲“ラヴ・イズ・ロスト”のリミックスや、遺作『★(ブラックスター)』へのパーカッション参加などで実際に交流があった。
David Bowie – Love Is Lost (Hello Steve Reich Mix by James Murphy for the DFA)
LCDの再結成に悩んでいることを彼に話した際、「それは君にとって、居心地の悪いことなの?」と聞かれ、そうだと答えたところ、「よかった。そうあるべきなんだよ。」と言われた。ジェームス・マーフィーは、その言葉を聞いて、デヴィッド・ボウイがキャリアを通じて常に居心地の悪い場所に身を置いてきた人だったことを改めて認識。それが再結成に踏ん切りをつける気持ちの変化の端緒となったのだという。
新アルバム『アメリカン・ドリーム』
2015年末、LCDサウンドシステムはクリスマス・シングル“クリスマス・ウィル・ブレイク・ユア・ハート”をサプライズ的にリリース。2016年に入ると再結成を正式にアナウンスし、メジャー・レーベルの〈コロンビア〉と新たに契約を交わしたことや、<コーチェラ>や<ロラパルーザ>といったフェスへのヘッドライナー出演を発表していった。そして、今年5月にアルバムに先駆けたシングル『コール・ザ・ポリス/アメリカン・ドリーム』をリリース、<フジロック>での来日等も経て、いよいよ全貌が明らかとなったのがニュー・アルバム『アメリカン・ドリーム』というわけだ。
人力のファンクネスと硬質なエレクトロニクスが互いに反響し合うダンス・ビートに、引き攣ったノイズを鳴らすギター。デヴィッド・ボウイ譲りのロマンティックなメロディ。隙間を活かし、立体的に配置されたサウンド・デザイン。一聴するだけでも、本作がLCDサウンドシステムのシグネチャー・サウンドが詰まった一枚になっていることはすぐに分かるだろう。一つひとつの音色・構成に丁寧な工夫が凝らされ、繰り返し聴くたびに新しい発見と深い中毒性が生まれてくる。
デビュー曲“ルージング・マイ・エッジ”の時点から表れていたように、ジェームス・マーフィーのソングライティングは、年を取っても生き長らえ、次第に時代遅れになっていく自分への不安が大きなテーマとなっている。今では47歳という年になったことで、そのフィーリングはより強まっているようにも思える。例えば、3曲目の“アイ・ユースト・トゥ”では若かりし頃の自分に思いを馳せながら、今現在の途方に暮れた気持ちをこんな風に綴っている。《かつてぼくは自分の自由な意志でひとり踊っていた/かつてぼくはひと晩中ロックが流れてくるのを待っていた/それで君はどこに行った?/君はぼくを遠くに連れ去るとぼくを手放した》
アルバムの前半5曲は、自身の内面に深く潜っていくような、とても切実でパーソナルなムード。だが、BPM120前後のテクノ・ビートに乗せて、《そう、ヒット曲なんてみんな同じことを言っているんだ/今夜しかないって/ああ人生には限りがあるもの/だけどマジか 永遠みたいに感じるのさ》と、瞬間と永遠が交錯する音楽ならではの魔法を歌う6曲目の“トゥナイト”から、まるで雲間に光が差すように、その視界は少しずつ開けていく。そこから、名曲“オール・マイ・フレンズ”を髣髴させるロックとハウスの美しい邂逅“コール・ザ・ポリス”、ドリーミーなエレクトロニクスに彩られたミドル・バラード“アメリカン・ドリーム”とリード・シングル2曲に続いていく流れは、間違いなく本作のハイライトだろう。
LCD Soundsystem – tonite
LCD Soundsystem – call the police
LCD Soundsystem – american dream
本作中もっともパンキッシュで攻撃的な9曲目“エモーショナル・ヘアカット”では、途方に暮れたような前半とは打って変わって、《シャッフルなんてクソ喰らえ/自分の音を繰り返しかけるんだ》と自分の音楽観を肯定して若い世代を鼓舞するような、力強いメッセージを発するように。そう、本作は、四十代も後半にさしかかったジェームス・マーフィーが「中年の危機」に直面し、それを乗り越えていく様を描き出した、セラピーのようなアルバムと言えるのかもしれない。
2010年代になり、EDMを筆頭とする新手のダンス・ミュージックやヒップホップ/R&Bの隆盛に押されて、インディの潮流はすっかりシーンの隅っこに追いやられてしまっていた。
しかし、2000年代のインディ・シーンを牽引してきたLCDサウンドシステムの帰還は、すっかり蛸壺化して狭いコミュニティの中で充足する今のインディ・バンドに新鮮な気持ちを与え、奮起させるカンフル剤ともなるに違いない。
LCDサウンドシステムにとっても、インディ・シーン全体にとっても、ここからがまた新しい時代の始まり。一個人の人生だってバンドだって、途中で終わりなんて諦めなくていい。居心地の悪さを感じたとしても、何度だって自分のやり方で新しく始めればいい。この『アメリカン・ドリーム』は、死に遅れて途方に暮れる全ての人々に優しく寄り添い、勇気づけてくれる。
RELEASE INFORMATION
アメリカン・ドリーム
2017.09.01(金)
LCDサウンドシステム
SICP-5601
¥2,200(+tax)
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