きのこ帝国のドラム・西村“コン”を中心に、シンガーソングライターのタグチハナ、可愛い連中のベース・バンビによって2019年11月に結成されたadd。映画『Bittersand』の主題歌や深夜ドラマ『ホメられたい僕の妄想ごはん』のEDテーマなど、3人の個性から生まれるアンサンブルを発揮し続けてきた彼らが、10月15日に初ワンマンライブ <add one-man live “add up”>を開催した。そして「大切な発表がある」と告知されていた本ライブでは、バンド名を「Lilubay」に改名することを発表。新たな決意とともにバンドのリスタートとなった濃厚なライブレポートをお届け。
2021.10.15(FRI)
<add one-man live “add up”>
@新宿MARZ
このレポートを書いている時点ではすでに「Lilubay(リルベイ)」に改名した“元add(アド)“。改名の理由は「色んな理由で純粋に届きづらかった音楽をより広く知ってもらいたいから」ということで、3人がバンドとして前に進む状況がシンプルに嬉しい。
単独公演は昨年9月の配信ライブ<add Streaming Live “MORE”>以来の観覧となったが、フィジカルに訴えかけるバンドとしてのダイナミズムと、タグチハナ(Vo/Gt)個人のストーリーに心を掴まれる歌唱のバランスは配信ライブとリアルライブではかなり印象が違った。正直、もっと広い空間で鳴らされても遜色のない音作りだったからだ。
映像と温度が広がる
美しい余白のあるアンサンブル
鐘の音やそれを歪ませた音とタグチの声やシンセが混ざりあったSEが流れ、光の粒がぼかされた映像が映る幕が上がる。光の粒は遠い記憶とも、道の先に灯る手がかりにも思える。ライブでは、音源でも大いに作風に影響を与えている沼能友樹がサポートギターで参加。本編は、意外にも彼らのレパートリーのなかでも軽快な“kaerimichi”からライブは始まった。西村コン(Dr)とバンビ(Ba/Cho)のフレージングが「歌う」ようなプレイで愛らしさを際立たせる。特にバンビのメロディアスなベースはストリングスのような役割すらある。ゆっくり歩くようなテンポの“ローレンス”では、サビの高音でタグチの声の切ない成分が危うさを纏って響く。そして、気がつけば彼女の声を耳が追っていることを感じた。このバンドにおいてタグチの声が担う大きさを改めて思わされる。
久しぶりの観客を前に、フロアを温める2曲が続き、映画『Bittersand』の主題歌に書き下ろした“ニヒルな月”がいい緩さを醸す。音はハイファイだがニュアンスはローファイなカントリー。こうした淡々とした曲調の中で、自分の傍で歌ってくれているようなパーソナルなタグチの歌唱は心を揺さぶる。緩やかなコードストロークと雄弁なベースラインの対比も歌を活かす。さらにスローな“NAKED MIND”ではサビ後からの西村の自在なフレージングが、歌詞が持つ衝動的な側面にリンクするようで耳にも目にも楽しい。衝動的とは言っても、そこにはロマンとメランコリーがあって、それこそがタグチの「ネイキッド・マインド」の表現方法なのだなと感じ入る。
続けて4曲披露したあと、観客を前にしてのワンマンライブが実現したことに笑顔で感謝するタグチ。饒舌なタイプのメンバーは一人もいないが、その分、表情から喜びが溢れ出ている。
オレンジのライティングは朝日のイメージなのだろうか、“日和”のオープニングを彩る色はもしくは一日を思い返す夕日かもしれない。そんなふうに自分の中に映像と温度が広がるのも彼らの音楽の余白の良さだ。スローでたゆたうようなグルーヴは大きな強みでもあるし、どんな空間でも気づけば自分の内側を覗き込むような感覚に陥る。タグチの声は特徴的だが、自分の中で鳴っているような不思議な浸透力もあるのだ。
続く“energy”もスロー。とはいえ、西村のマレット(※)を使ったフロアタムからシンバルの震えはどこか山深い夜を想起させる。ライブアレンジの妙味に没入し、アコギメインのアレンジで歌がより聴こえる。柔らかいのに芯のあるタグチの声が、ライブハウスであっても1対1の関係の中で演奏を味わせてくれることに気づく。
日常的な景色が歌われる“舌鼓”ではシンプルな構成が丹念に積み重ねられていく中で、バンビのフレージングがシンフォニックなフックを付けていた。まるでそこにずっとあったようなエバーグリーンなメロディは続く“永遠の子ども”につながっていく。子どもの語り口を借りながら、喪失から得た確信を歌うようなこの曲。サビ終わりの《今夜だけ 少しだけ 君にただ 会いたい》という歌詞がライブではより一層、切実な響きで伝わった。いまはもういない誰かと過ごした時間は、生きている自分の哲学の一部だったりする━━そう思えたのだ。
※鍵盤打楽器にも使用されるヘッドの付いたばちのこと
バンドの個性が詰まった「小さな入り江」
歌う時の祈るような集中した表情を崩して、笑顔のタグチは次の曲を紹介する前に「皆さんに直接音楽を届ける時間が嬉しくて。いただいたメッセージやお手紙もすごく力になってます」と話し、結成当初から大事に歌っている曲と称し、“鯨”の演奏を始めた。1曲1曲入り込み、歌い終えると現実に戻ってくるようなタグチの歌唱だが、特にアコギと歌だけの1番には震えた。
同曲を収録するEP『Telescoping』の意味には「あまりにも衝撃的なことが起こると、その前後の記憶が曖昧になる」という含意もあるそうだ。そのことを知ってから、よりサビの《どうしてこんなになるまで 傷んでしまった 心の行く方よ、守ってやれなくて ごめんね》という部分に、涙声寸前のタグチの声と相まって、自然と喉の奥がきゅっとなる。傷ついてもなお人の心に触れようとするときに必要な「治癒」のプロセス。こんなに有機的で心地よい音楽でありながら、意図せず人間の深いところへ降りていく。このバンドの個性が詰まった演奏だった。
そこから即興的なセッションを挟んで混沌とした空間が作られた“名のない日”のイントロ。混沌から日常に戻るような素直なシンガーソングライター的な展開が効果的だ。まだ全然力を出し切った実感のない自分をさらけ出すサビは、誠実な人にはほぼ刺さったんじゃないだろうか。提案ではなく、自分の様子を徹底して描き出すことで生まれる説得力。《全力で叫べ 全部にそう言われてる気がした》と、自分を俯瞰していたタグチはこの場所で全力で叫んでいた。
その後のMCで改名を発表。タグチの手描きのイラストだろうか、泡の中に「Lilubay」と書かれた絵で新しいバンド名を紹介した。海の中の小さな入り江をイメージしている言葉で、海の中の小さな空間=安堵と秘密の空間でもあり、そこから大海原にも出ていけるスペース。まさに、いまとこれからの彼らにぴったりな名付けだと思う。西村曰く発音はサンドイッチ店の「サブウェイ」と同じとのこと。そして改名後初の音源となる“FAITH”をさっそく披露してくれた。
歌い始める前、タグチは「人と会うことが減って、自分と話す時間が増えたけど、いつも誰かを思い出し続けることはできる、そういう時間を作り続けられたらいいなと思って書いた」という話をした。
バンビのミュートしたベースは心音のようで、自分の気持ちが透けるようなニュアンスで、タグチのボーカルはときにスケールアウトするほど強く伸びやか。西村のマシーンライクな細かい打音も新鮮な聴感で、サポートも含め生音で自在な表現へ踏み込んでいくスタンスはさらに強度を増しそうな予感を残した。
新曲を本編ラストに配置する野心を見せた彼ら。ライブのストリーミング配信が本編で終了したせいか、リラックスした表情でフロアの一人ひとりを見つめるように歌われたアンコールの“もっともっとみたいな気持ちになってよ”は、まさに受け手の心情に重なる。繊細かつ大胆、シンガーソングライター的なパーソナルな表現と、複数の人間のあいだに生まれる予測不能なダイナミズム。大海につながる入り江=Lilubayは栄養豊かな音楽の宝庫だ。これから生み出される作品に期待したい。
Lilubay – FAITH
Text:石角友香
Photo:Kana Tarumi
PROFILE
Lilubay
2019年11月、西村”コン”(きのこ帝国)を中心にシンガーソングライターのタグチハナ、バンビ(可愛い連中、ex.アカシック)によって結成。個性のある3人が、不思議なほどまとまり、特定のジャンルに囚われない抜群のアンサンブルを生む。
2020年9月2日(水)1st EP『Not Enough』をリリース。リード曲「もっともっとみたいな気持ちになってよ」は全国14か所のラジオ局でパワープレイを獲得。2021年、5月リリース「ニヒルな月」は、映画主題歌に抜擢。立て続けに、7月リリース「舌鼓」は深夜ドラマ「ホメられたい僕の妄想ごはん」エンディングテーマとして起用された。10月15日、初のワンマンライブにて「Lilubay(リルベイ)」に改名を発表。10月16日には「Lilubay」として第1作目、新曲「FAITH」を配信リリース。
RELEASE INFOMATION
FAITH
2021年10月16日 (土)
各種音楽配信サービスにてダウンロード、ストリーミング配信
配信リンクはこちら