平日の月曜日。夕方17時。東京・原宿のとあるアートギャラリーに、Night TempoがDJとして姿を現した。残暑が厳しく、色褪せた日常の合間に涼やかな風を吹き込むように、シティ・ポップを中心とした75分間のラウンジセットを届ける。この時間の趣旨がどのようなものかは後々に語るとして、照明をやや落としたギャラリーで、小さなミラーボールが回転しながら、四方に飾られたアート作品の上に無数の光彩を走らせていく。フロアに集まった150名以上のオーディエンスも、徐々に頭や肩を揺らし始めてきた。
山根麻衣「ウェイブ」から始まった、この日のラウンジセット。75分間の持ち時間のうち、序盤で特にフロアが好感触を示したのは、ハイ・ファイ・セット「スクールバンドの女の子」。そこから森川美穂「ジャスミンを揺らさぬように」へとシームレスに繋げる。
ダンサブルではなく、あくまでもBPMの緩い楽曲選びをしつつ、本人がプレイ中にあくまで言葉数少なく語っていたのは、当日のセットリストのほとんどの楽曲を、オーディエンスはおそらく知らないだろうということ。だからこそ、楽曲を聴きながら調べてみるのはどうだろうか?……なんて優しく提案する形で、いわゆる“dig”の楽しさを教えてくれる。あえてニッチなラウンジセットとすることで、本人公認の“Shazamイベント”となったわけだ。
実際に、ギャラリー2階からフロアを見下ろすと、音楽検索アプリ・Shazamを起動している様子がちらほら。一方で、DREAMS COME TRUE「週に1度の恋人」などは、いわゆる“大ネタ”のような扱いで、楽曲と一緒に思わず歌詞を口ずさんでしまうなど、メジャーソングとの塩梅も欠かさない。また、前述の通りあくまで緩めな時間の流れでありながら、後半になるにつれて荻野目洋子「キラー通りは毎日がパーティ」や当山ひとみ「Kissしたい」など、キックのサウンドが明瞭で、それゆえにわかりやすくグルーブを備えている楽曲を使い、本気で踊らせにこようとする場面も見られた。
そんなラウンジセットの終盤には、Night Tempo曰く、その場の誰も知らないだろう、とっておきの楽曲をドロップ。1984年にリリースされたという、泰葉「かくれんぼ Story」。……申し訳ないが、筆者も知らなかった。とはいえ、最後は全員におなじみの楽曲を選んできたという気遣いも。ラストを飾ったのは、亜蘭知子「Midnight Pretenders」。The Weekndが2022年に「Out Of Time」にてサンプリングしたことで話題を集めた楽曲である。聞き覚えはありながら、筆者も念のためShazamを掛けたのだが、結果に表示されたのが原曲ではなく、「Out Of Time」の方だったのが微笑ましい。
さて、後述すると綴った、このイベントの詳細をいよいよ明かそう。まず、場所は前述の通り、東京・原宿。なかでも、これまで数多くのアーティストが、さまざまなブランドとコラボし、サプライズイベントを開催するなどで語り草を残してきた、音楽やアートなどの数多のカルチャーが交差する場所=キャットストリート。その中心に位置するX8 GALLERYである。
同ギャラリーで2023年9月3日まで開催され、Night Tempoが今回、ゲストとして迎えられたのが『Music Time Travel -あの頃の夏へ-』。ユニバーサル ミュージックを主催とし、同レーベルより1990年代から現在にかけてリリースされた、“夏にまつわる楽曲”の歴史などを知ることができる展示企画である。
2階建ての建物のうち、1階に写真家兼、本施設のオーナーであるレスリー・キーと学生のコラボレーション展示が。2階に上がると、全5種類の企画を鑑賞することができ、キャットストリートの歴史と、夏にまつわる名曲を巨大年表にまとめた「Time Travel on Summer Song」、スキマスイッチやナオト・インティライミらが影響を受けた夏歌プレイリスト企画「Time Travel Playlist – Side A:Artist UNIVERSAL MUSIC」なども。あの頃に戻りたい夏、戻りたくない夏。あるいはまだ知らない夏ーーさまざまな時代から寄せ集めた音楽を通して、タイムトラベル体験に浸るというのが、この企画最大の趣旨となっていた。
実際、ユニバーサル ミュージックから過去の同時期にリリースされたジャケットを見比べて、当時のトレンドだったタッチなどを感覚的に掴めたほか、iPodなどの携帯音楽プレイヤーや、Spotifyなどのストリーミングサービスをはじめ、ユーザの音楽への親しみ方に対して、テクノロジーの発展がどのように寄与したのかを学べるところも大きなポイントだと感じられた。
20代の筆者個人でいえば、自身が生まれる前にはすでに存在していた音楽に、まさにタイムトラベル的にアクセスできたこと。さらに、ここまで記した情報に対して一度に、かつあらゆる観点から網羅的に触れられる展示として、非常に有意義なものだったといえる。
また終演後には、Night Tempoとレスリー・キーが対談する形で、関係者向けインタビューにも対応。本稿の最後に、抜粋した内容を掲載するのでぜひご覧いただきたい。
平日の月曜日。夕方17時。夕暮れまで間もない時間帯というシチュエーションも含めて、ふたつの意味での“マジックアワー”を見せてくれたNight Tempo。7月19日に配信と7inchアナログで『早見優 ‒ Night Tempo presents ザ・昭和グルーヴ』を発売したほか、10月には東京・Spotify O-EASTを皮切りに、名古屋、大阪、北九州の全4都市を巡る、新作アルバムを引っ提げたワンマンツアー『The Night Tempo Show – Neo Standard』を開催するなど、今後の活動からも目が離せない。
なお同ツアーには、Night Tempo、元Maison book girlの矢川葵、元AKB48/NMB48の市川美織の3名で構成されるFANCYLABOが全公演に登場するほか、東京公演のみスペシャルゲストも出演予定とのこと。チケットは好評発売中なのでお見逃しなく。
Night Tempo×レスリー・キー 対談インタビュー
──『Music Time Travel -あの頃の夏へ-』開催にあたり、レスリーさんが考えていたことはありますか?
レスリー 今回の縁を繋いでくれたのは、なんといっても“ユーミン”(松任谷由実)。ユニバーサル ミュージックを代表するアーティストであり、私の人生を変えてくれた。My only ユーミンのことを考えていました。僕自身、1980年代にシンガポールで放送されていた『NHK紅白歌合戦』に出会ってから、1曲ごとに衣装やステージセットさえ大規模に変えてしまう、日本の歌番組の本気さとレベルの高さに魅了されて。あれから何十年も経って、ユニバーサル ミュージックの皆さんからこのギャラリーでの企画開催を相談いただいたとき、私も冗談半分、本気半分で「ユーミンのことを広められるならば」と答えたんですよ。そうしたらまさか本当に実現するとは(笑)。
──冗談半分ではあったのですね(笑)。そもそもこのギャラリーが誕生した経緯は?
レスリー 写真家として活動を始めてから15年ほど経った頃のことですかね。私はやはり、日本が大好きで、この国で自分だけのギャラリーをプロデュースしたいと思いました。そこから2014年に6カ月ほどかけて、渋谷、原宿、表参道、千駄ヶ谷、恵比寿などを週1回のペースで巡り、ギャラリーを建てられる場所を探したんです。あれから約10年が経って、ようやく空き物件が見つかって。どれだけ考えても、ギャラリーを構えるならば、日本の若者だけでなく、世界のアート、ファッション、音楽の交差点であるキャットストリート以外に選択肢が思い浮かばなかったし、表通りから一本入った場所で、本当に落ち着ける場所なんです。
──レスリーさんは、そうしてひとつ夢を叶えたと。Night Tempoさんにとって、今後の夢などは?
レスリー 私もすごく気になります。例えば、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)はさまざまなレーベルから、自身の作品のコピーライト(原盤権)を買い戻すなどしていますが、Night Tempoさんもそういったことは?
Night Tempo 僕はプログラマーとしても働いているので、正直なところ音楽でお金を稼ぐよりも、自分が楽しいと感じられることを大切にしたいんです。だからこそ、自分が望まないことは絶対にやりたくない。楽しく、そして長く音楽を続けることが僕にとっての夢ですね。
レスリー 実は、Night Tempoさんとぜひ叶えたい夢がひとつあって。いつか『NHK紅白歌合戦』の審査員をやってみたいです。一緒にやってみませんか? そもそも『紅白』って観てますか?
Night Tempo ちゃんとチェックしていますよ。いつか一緒にできたらいいですね(笑)。
──そういえば、Night Tempoさんは現在、韓国と東京の二拠点生活を考えているそうですね。
Night Tempo そうなんです。いまはビザ発給に向けて頑張っている最中ですね。最近は、日本の方々と一緒にコンテンツを作って、海外に広めていきたいと考えているんです。となると、日本の会社としっかりと仕事をするために、この土地にも拠点が必要だなと。
レスリー でも、Night Tempoさんの音楽はグローバルだし、どんな場所でも活躍することに間違いはないと思います。僕はその点を本当に尊敬しているし、なにをいっても心は日本、東京にありますよね?
Night Tempo それはたしかに(笑)。
レスリー うんうん。……いや、そうはいっても、ビザは絶対に発給されてほしい(笑)。日本のアーティストは、オーディエンスのためにクオリティの高い作品を作っているし、オーディエンス側もそれをリスペクトしてくれる土壌があると思っていて。日本人は、芸術を“心”で感じてくれる。だからこそ、Night Tempoさんも日本にさらなる拠点を設けることで、ますますやりがいを感じられるはずですよ。