新しい聴衆・三月 #01
2023.03.10〜12@有楽町I’M A SHOW
<新しい聴衆・三月>と題されたイベントの初回が3月10日〜12日の3日間にわたって有楽町I’M A SHOW(アイマショウ)で開催された。
コンセプトは「新しい音楽的な感動が生まれる所に、新しい聴衆も誕生する」。そのコンセプトに沿うように、事前にアナウンスされたのは、日替わりのゲストアーティストが2組、弾き語りとハウスバンドとのセッションという二部構成で演奏を披露するという、やや変則的な建てつけ。しかもハウスバンドは徳澤青弦(band master/vc)、佐藤征史(b)、マーティ・ホロベック(b)、宮川純(key)、石若駿(ds)という国内屈指と言っても過言ではない錚々たる顔ぶれ。告知された段階で、ラインナップされたアーティストを日頃から追いかけるファンにとっても、フレッシュな音楽体験を期待するには十分だ。
古くからエンタメの街として親しまれてきた有楽町。その駅から数分、有楽町マリオン別館をエレベーターで7階へ上がると、華やかさと落ち着きを兼ね備えたロビーが出迎えてくれる。補足しておくと、I’M A SHOWは昨年の12月に出来たばかり。大人っぽい雰囲気の劇場だが、かと言って敷居が高すぎることもない、柔らかな印象を受ける。個人的にはライブを観る目的で、こうして新しい場所と巡り会えるのも嬉しい。席について開演を待つ間もノーストレスだ。
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2023.03.10(FRI)
堀込泰行/崎山蒼志
Opening Act 工藤将也
程よい緊張感に包まれた会場に一つ目の音を響かせたのは、1日目のオープニングアクト、工藤将也。ユーモラスでヒューマンな歌詞を穏やかな歌とアコギで届ける。肩肘張らない佇まいも魅力的だ。ちなみにこの3日間、各日にオープニングアクトとして一部の早耳のリスナーから注目を浴びる新進気鋭のアーティストたちが配されていて、これも本イベントの見所の一つとなっている。
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1. 水筒
2. 光のごちそう
3. ガスガスガス
4. 家
5. から騒ぎ
転換を経て本編へ。崎山蒼志の弾き語りでのライブがスタートする。若干緊張気味の滑り出しに見えたが、持ち前のギターのテクニックと独特の声色がさまざまな表情を見せる歌の力でぐんぐんと会場を味方につけていく。工藤のアコギの鳴りが穏やかだったのに対し、崎山のそれは少しギラついていて、その違いもまた面白い。ハウスバンドを呼び込んでからはすでに本調子だっただろう、猛者たちに支えられギターも歌もさらに勢いに乗った演奏は圧巻。自分はここでやっと気が付いたのだが今回のハウスバンドにはベーシストが二人いるため基本的には佐藤かマーティのどちらかがステージにあがっていたということをお伝えしておく。崎山の時間はマーティがベーシストで、崎山がステージをはけたあとも演奏は続き、シームレスにハウスバンドの紹介へと移り会場を改めて沸かせて第一幕が終了した。
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1. 国
2. ソフト
3. 旅の中で
4. 嘘じゃない
5. 舟を漕ぐ
6. 覚えていたのに
7. Samidare
8. 通り雨、うつつのナラカ
休憩を挟み、この日のトリである元キリンジでお馴染み、堀込泰行へ。おそらくこの日のアクトの中では場数も、これまでコラボレーションしたアーティストの数も圧倒的に多いであろう、さすがの貫禄で会場に安心感が漂う。さりげなく共演した工藤と崎山を讃え、小粋なMCで笑いを誘うのも慣れたもの。イントロの名フレーズがチェロで演奏された“エイリアンズ”も格別だった。改めてハウスバンドを紹介し(堀込のバックでベースを弾いたのは佐藤だった)ラスト“You & Me”、アンコールでは弾き語りに戻り「馬の骨」名義での楽曲“少しでいいのさ”を披露して1日目を見事に締めくくった。
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1. 光線
2. さよならデイジーチェイン
3. home sweet home
4. Sunday in the park
5. What a beautiful night
6. エイリアンズ
7. You & Me
2023.03.11(SAT)
岸田繁/中納良恵
Opening Act 鮎牛蒡
2日目のオープニングアクトは鮎牛蒡。ピアノとボーカルをメインにときおり紙をクシャクシャと鳴らしたりとアンビエントも担当する咲穂と、ドラムの芦川和樹によるデュオ。エクスペリメンタルなサウンドの中を愛嬌のある声が不意に伸びやかに響き、ストレンジで幻想的な空間を現出させてみせた。
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1. 歩道橋をゆく、トパーズの沢蟹
2. 吹雪に錨
3. 口移し
本編はEGO-WRAPPIN’でもよく知られる中納良恵。2日目は鮎牛蒡のアクト時からグランドピアノがステージに置かれ、演奏者が座るとステージの向かって右奥(上手側)を見つめる形、つまり我々観客に半分背を向けるような格好に。見ている側からするとこれが意外と心地よかったりしたのだが、ライブの序盤で観客を気遣う言葉を投げかける。肝心の演奏もさすがというべきか、パワフルかつ繊細に緩急をつけながらも、何より楽しんで演奏しているのが伝わってきて、こちらも自ずとテンションが上がっていく。また、2日目である3月11日は東日本大震災から12年が経過した日であることに触れ、“サニーサイドメロディー”を演奏。言わずと知れた名曲だが、聴きながらあの日と今が交錯し、言葉にできない感情が湧いてくる。ハウスバンドとの化学反応も楽しくあっという間に次にバトンを繋ぐ。
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1. あなたを
2. Dear my dear
3. サニーサイドメロディー
4. 写真の中のあなた
5. SA SO U
6. ソレイユ
7. ケムニマイテ
8. 濡れない雨
岸田繁は弾き語りで“鹿児島おはら節”から。MCではこの日はちょうどWBCの日本対チェコ戦が行われており、終始気になる素振りを見せつつ、くるりがアマチュア時代にEGO-WRAPPIN’と対バンしたときのエピソードを語り、あまりの上手さにこの先やっていけるか不安になったと笑う。そんなラフな雰囲気の中でさらりと“soma”を演奏。どちらも素晴らしかったが、しっかりと想いを話した中納とは対照的にMCで震災について一言も語らず、曲を通して表現する様がニクい。そして公演前に誰もが思っていたであろう、ベースが佐藤でドラムが(くるりのサポートをしている)石若ということは、それってほとんどくるりでは? という心配は不要で、ベースにはマーティ。チェロが演奏に絡んでくると楽曲の表情が変わるのだな……マーティのベースのニュアンスも心なしか佐藤より太いような……などとハウスバンドとのセッションで届けられる“Baby I Love You”、“taurus”、“渚”を聴きながらその新鮮さを楽しんでいると「最後に1曲ダンスナンバーを」と岸田は告げ、ラストの“スロウダンス”へ。アンコールでは佐藤が現れ、岸田、佐藤、石若の3人でくるりの新曲“愛の太陽”をプレイ。WBCでは日本も快勝していたし、心地よく1日を終えた。
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1. 正調鹿児島おはら節
2. キャメル
3. カリフォルニアココナッツ
4. soma
5. Baby I Love you
6. taurus
7. 渚
8. スロウダンス
En. 愛の太陽
2023.03.12(SUN)
ハナレグミ/中村佳穂
Opening Act 関口スグヤ
最終日となる3日目のオープニングアクトは関口スグヤ、とアナウンスされていたがバンド・ろくようびとしての出演。エネルギッシュな演奏で会場を温め、極めつけはゲストボーカルに山本賢伸を呼び込んでの“突然変異”。ロックスターさながらマイクスタンドを操り堂々と歌い上げ、文字通り会場をロックした。
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1. チャンス!
2. レッツ・サンキュー
3. Giraffe’s Blues
4. 突然変異
ロックされていたのは会場だけでなく、この人も。本編1人目のアーティスト、中村佳穂もまさかの“突然変異”の引用からライブをスタート。途中で「純くん!」と宮川にピアノの演奏を任せてハンドマイクで歌ったり、編成も流動的。一度でも彼女のライブを観たことのある人ならわかると思うが、相変わらず歌とMCの境界線がほとんどなく、さらにおそらくは世界的タップダンサー・熊谷和徳との共演以降に導入されたであろうタップシューズからも音を奏で、身体全体で音楽を表現してみせる。ハウスバンドとのセッションも凄まじく、ラストに“さよならクレール”がプレイされたあと、「凄いものを観てしまった」という余韻が会場全体に漂っていたほどだ。
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1. adlib solo
2. You may they
3. きっとね!
4. 悪口
5. 忘れっぽい天使
6. 口うつしロマンス
7. SHE’S GONE
8. さよならクレール
3日間にわたって開催された<新しい聴衆・三月>を締めくくるのはハナレグミこと永積 崇。すでに十分すぎるほどボルテージの高まった会場は、プレッシャーにもなるはずだが、イベントのコンセプトをなぞるかのような“祝福”、くるり“男の子と女の子”のカヴァーで粋なスタートを切り、一気に観客の心を掴んでいく。中村のステージを踏まえ「僕はもう小さくいきますよ」と冗談を言いつつ、震災で歌うのが難しくなったことを振り返り“光と影”へ。チェロとウッドベースをフューチャーした“ハンキーパンキー”を終えると徳澤は「これが終わればもう緊張しない」と漏らすワンシーンも。コロナ禍で光って見えた当たり前のこと、まだ働く父のことを語り“発光帯”をしっかりと一人ひとりに届け、ライブはいよいよクライマックスへ。アップテンポな“明日天気になれ”で自然と観客が立ち上がり、ラスト“Peace Tree”を演奏したステージにはスタンディングオベーションが降り注ぐ。
アンコールでは中村佳穂もステージへと戻ってきてハウスバンドとともに“get back”と“家族の風景”を永積の語りで繋いでマッシュアップ。感動が矢継ぎ早に押し寄せる大団円を迎えた。
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1. 祝福
2. 男の子と女の子
3. 光と影
4. 音タイム
5.ハンキーパンキー
6. 発光帯
7. 明日天気になれ
8. Peace Tree
9. Get Back(中村佳穂) ~ 家族の風景
アーティストたちが持ち寄ったストーリーと技術が有機的に繋がって新しい感動を生んでいた、そう文章にするのはたやすいが、実際にそうなのだから仕方がないだろうと開き直りたくなるような3日間。改めて出演したアーティスト、そして新たな表現が生まれる瞬間を支えたハウスバンドの面々に拍手を送りたい。「新しい音楽的な感動が生まれる所に、新しい聴衆も誕生する」というコンセプトをまさに体現した新鮮で濃密なイベントだった。
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House Band
徳澤青弦(band master/vc), 佐藤征史(b),
Marty Holoubek(b), 宮川純(key), 石若駿(ds)
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取材・文/高久大輝
写真/Ryo Sato
INFORMATION
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新しい聴衆・三月 #1
2023.03.10(金)〜12(土)
有楽町I’M A SHOW
◆3月10日(金)堀込泰行 崎山蒼志 opening act. 工藤将也
◆3月11日(土)岸田繁 中納良恵 opening act. 鮎牛蒡
◆3月12日(日)ハナレグミ 中村佳穂 opening act. 関口スグヤ
House Band:徳澤青弦(vc, band master), 佐藤征史(b), Marty Holoubek(b), 宮川純(key), 石若駿(ds)
【主催・制作・企画】サンライズプロモーション東京