『All Melody』

これまで紹介してきた作品以外にも、オーラヴル・アルナルズとのコラボ作品群、ベルリン映画祭で銀熊賞を受賞した『ヴィクトリア』のサウンドトラック、友人であるセバスチャン・シングウォルドやレデリック・グマイナーと組んだユニット、ノンキーンなど、ニルス・フラームは多岐に亘った活動を展開し、そして新作『All Melody』に至る。

『All Melody』の内容に言及する前に、本作の制作過程について触れておこう。本作はドイツの名門スタジオ、ファンクハウスで制作された。東ドイツ時代に国営のラジオ放送局として設立したこのスタジオの第3ホールに、自身のスタジオを作ることを許されたニルス・フラームは、「新しいケーブル配線、電気系統、木造の加工、そしてコントロールルームでの新しい音響を施行した後に、私たちはカスタムのミキシング・コンソールを作り始め」(セルフライナーノーツ引用)たという。

理想の音響設備を整えるためにほぼゼロからスタジオを作り上げていったというのだ。他にも、ファンクハウスにある反響室で音を鳴らし、それをマイクで拾ってコントロールルームに送り返したり、より良いリヴァーブを手に入れるため、スペインのマヨルカ島にあった井戸に楽曲を送り込んだり、彼の病的なまでの音響へのこだわりが本作の圧倒的な完成度を支えていることは間違いない。

『All Melody』でニルス・フラームが新境地にチャレンジしていることを冒頭曲“The Whole Universe Wants To Be Touched”は告げる。ここにはこれまでのニルス・フラームのソロ作には無かったヴォーカル/コーラスがある。曲のアンビエンスを静かに形作るハーモニウムと共にハミングと聖歌の狭間のような静かなメロディのリフレインによって本作は幕を開ける。このヴォーカル/コーラスを担当しているのは、ニルスがロンドンのThe Barbicanでのライブの際に結成した合唱団Shards。

これまで自身のソロアルバムには外部アーティストをほとんど入れてこなかった彼は、今回はコラボレーションに積極的であり、このことが本作の大きな魅力の一つとなっている。Shardsはこの曲の他にも、点描的な音色が空間の様々な定位で明滅する“A Place”、コーラスと管楽器が静かに息づく静謐なアンビエント・ミュージック“Human Range”、まるで教会で録音してきたかのような厳かなコーラスが響き渡る“Momentum”、そしてこの後に紹介する“Kaleidoscope”で本作に貢献している。

ポスト・クラシカルを代表する音楽家ニルス・フラーム。最新作『All Melody』へと至る歩み music_nilsfrahm_6-700x1048

『All Melody』で決定的に重要な役割を担っている音楽家はもう一人いる。ドイツはハンブルグのマルチ・インストゥルメンタリスト、スヴェン・カシレックだ。マリンバやヴィブラフォン、エレクトロニクス等様々な楽器を駆使して繰り出される彼のリズム・ミュージックは、最新のエレクトロニック・ミュージックとも拮抗する。ケニアや沖縄の音楽家たちともコラボレーションしてきた彼は、本作ではベース・マリンバを用いてニルスの音楽に新たな彩りを添えている。特に趣向を凝らしたリズム・アプローチが面白い“Sunson”、“All Melody”、“♯2”、あたりは完全にスヴェンがいたからこそ可能になったものだろう。

“Sunson”でニルスが奏でる鍵盤が、ドローンのレイヤーを形成し、時間の経過につれ音色が変容していく。そのレイヤーは次第に途切れてゆき、軽やかなリズムとなる。次第に尺八のような音色が挿入され、他の音色とポリリズムを形成する。これら全ての音色/リズムの移行がシームレスに行われてゆき、ニルス・フラームが当代随一の音響工作の達人であることをリスナーは改めて思い出すことになる。

タイトル曲“All Melody”は、空間をたっぷり使ったシンセサイザーのリフレインにビートが絡んでくるナンバーで、このさざ波のようなリフレインは『Spaces』の収録曲“Says”にも同様の構造が採用されており、ニルス・フラームお得意のサウンド・デザインといえる。だがこの曲は音色の変遷がこれまでの彼の作品よりもはるかに複雑で、そこからは明確な進化を感じ取れる。そういった音色とリズムの複雑性は、繊細に配置された多彩な音色のポリリズムにシンセのレイヤーが折り重なる“♯2”でもいかんなく発揮されている。

他にもEfterklangのメンバーと共にLiimaを結成したTATU RÖNKKÖや、チェリストのアン・ミュラー等といった、豪華な顔ぶれが本作の魅力を下支えしている。

ニルス・フラーム自身も本作では八面六臂の大活躍をしている。使用楽器は、ピアノ、ハーモニウム、チェレスタ、メロトロン、パイプ・オルガン、いくつものアナログ・シンセ等々間違いなく過去最多。これらが様々な加工を施され、混ざり合い、ドローン/アンビエント的なサウンドにもなり、未曽有の音響を産み出している。

一聴しただけではどの楽器が使われているのか判然としない楽曲すらあり、そのオリジナリティには圧倒される。一方で、これまでの彼の作品で聴けたようなピアノ曲も存在している。ハンマー音=グリッチ・ノイズというニルス・フラーム流の定式が健在なピアノ曲“My Friend The Forest”やインタールード的な“Forever Changeless”、様々な表情を見せるトランペットの音色に竹楽器が導かれ、それがストリングスのドローンに変容しながらニルスのピアノと共に並走する“Fundamental Values”がそれだ。

今作で最も注目すべき楽曲が“Kaleidoscope”だ。Shardsのコーラスがうっすらとしたレイヤーを形作り、そこにまさに万華鏡のように空間に広がるカラフルな音色群が現れ、鮮烈なサウンドスケープを形成する。『All Melody』が持つすべての魅力がここに凝縮されているようだ。ニルス・フラームの新境地が端的に提示された楽曲と言えるだろう。続く、最終曲“Harm Hymn”の厳かな鍵盤のリフレインで本作は幕を閉じる。

最後に『All Melody』は、ニルス・フラームが音楽家としてネクスト・ステージへと移行した傑作として認知されるべきだろう。スタジオをほぼゼロから作り上げ、これまで以上に音響にこだわったことやShardsやスヴェン・カシレック等の外部ミュージシャンを参加させたことは、自身の環境を変えることで音楽性を前進させることを目指し、それが成功している。

サウンド・デザインについてのトライアルとして明確なのは音色の幅をさらに広げ、そしてその音色の境界線を限りなく無くすことではないだろうか。

ニルス自身がセルフライナーノーツで「私は『All Melody』を演奏するハーモニウムのような音のシンセサイザーを聴き、それらはシンセサイザーのようなハーモニウムの音色と共に混ざり合います」という言葉があったが、まさにそのように全ての楽器が混ざり合い、互いが互いを模倣するようにして音楽が連なっていく。この緩やかで、過激な連続性こそが本作の最大の魅力であり、それはそのままポスト・クラシカルのハードコアである。

Nils Frahm – All Melody (Official Album Trailer)

ポスト・クラシカルを代表する音楽家ニルス・フラーム。最新作『All Melody』へと至る歩み music_nilsfrahm_2-700x523

RELEASE INFORMATION

All Melody

ポスト・クラシカルを代表する音楽家ニルス・フラーム。最新作『All Melody』へと至る歩み music_nilsfrahm_1-700x700

2018.01.26(金)
ニルス・フラーム
AMIP-0126
¥2,400(+tax)
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EVENT INFORMATION

ニルス・フラーム来日公演

2018.05.22(火)
OPEN 18:30/START 19:30
梅田CLUB QUATTRO
ADV ¥7,500円(1ドリンク別)

2018.05.23(水)
OPEN 18:30/START 19:30
恵比寿 LIQUIDROOM
ADV ¥7,500円(1ドリンク別)

主催者先行受付:01.23(火)12:00~29(月)23:59
http://w.pia.jp/t/nilsfrahm/

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text by 八木皓平