日本は古来より鬼が行脚するという言い伝えがあるそうだが、2022年の日本では日食なつこというひとりのアーティストがさまざまな姿に擬態して全国各地を巡り歩くことを蒐集行脚と呼ぶらしい。旅の道連れはドラマーkomaki。このふたりで蒐集しながら、蒐集されながら行脚するツアーは全国11か所で開催され、5月20日、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)にて開催された東京公演は日食なつこ史上、最大規模の公演となった。

日食なつこ
蒐集行脚
2022,5,20 @LINE CUBE SHIBUYA

LIVE REPORT:<蒐集行脚>──日食なつこの音楽を前には自分と向き合わずにいられない music220620_nisshoku-natsuko-03

渋谷駅からLINE CUBE SHIBUYAまでの坂道を歩きながら、音楽と生活について考えていた。すれ違う人の何人が日食なつこの音楽を聴いたことがあるかなとか、名前も知らないけれど同じ方向に歩いているこの人は今から一緒に日食なつこのライブを観るんじゃないかとか、じゃあこの人はどんな生活をしていてここに居るのかなとか。そんなことを考えながらLINE CUBE SHIBUYAに辿り着くとそこには日食なつこの音楽を求め各地から行脚してきたであろう人で溢れており、いきなり大袈裟かもしれないけれど、同じ時代に生まれ、同じ音楽を求め、同じ音楽にきっと救われている同士だなと思った。

広いホールに並ぶピアノとドラムセット。アルバム『ミメーシス』では様々なミュージシャンの参加もあったが、本ツアーライブは日食なつことkomakiのふたり体制である。バンドとして最小限のこの体制だが、日食なつこの音楽の威力を最大限に引き出すのがkomakiのドラムであり、彼のドラムにより日食なつこの音楽に命が吹き込まれる瞬間をこれまで何度も見てきた。あのミニマムかつマキシマムなライブをLINE CUBE SHIBUYAで観ることが出来ると思うと開演前から拳に力が入る。

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ライブは“99鬼夜行”からスタート。

渋谷からここに来るまですれ違った人の顔が浮かぶ。ライブに集まった人にもそれぞれ生活があって、家族がいて、仕事がある。どんな人がどんな偶然で一緒に日食なつこの音楽を聴いているのか。そんなこと考えなくてもいいのに会場をぐるっと見渡して一緒に音楽を体験していることに奇跡を感じてしまう。名前も顔も知らないけれど、2022年5月20日に日食なつこのライブを観たという共通項があるだけで僕たちは仲間な気がする。“99鬼夜行”から“クロソイド曲線”に続く流れでは渋谷からの坂を登り切った先で今、日食なつこの音楽を体感している自分自身に力が湧く感覚を覚えた。

シリアル”の不気味さはライブで聴くことでよりリアルを増していた。文字通りのシリアルキラーソングは日食なつこのアングラな魅力をこれでもかと打ち出してくる。こういう曲を歌わせたら日食なつこは本当に凄い。シリアルキラーが去った後に羽ばたくカラス。ここで“サイクル”がくるのも完璧だ。ライブが終わってから気付くことだが、この日のセットリストは大きくひとつの物語になっていた。先に言ってしまうと、だからこそ“水流のロック”も“廊下を走るな”も演奏されていないのだ。活動の集大成ともいえるLINE CUBE SHIBUYAでのライブで、所謂「人気曲」を演奏することよりも「1本のライブの流れ」を優先することを選択した日食なつこから、このツアーにかける強い意志を感じた。

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正義はいつも一方通行で、正義の名のもとに消えていくものがあるということを“meridian”を聴きながら考える。光を望まないものだっていて、そういう人の断末魔をこの曲で聴いた気がする。《希望だけじゃ生きてゆかれないよ》という言葉が耳の中でリフレインする。そうやって深い穴に落ちたその場所を底無しの闇とするならば“最下層で”の日食なつこの歌声はその闇を蹴散らす力を持っていると思う。“最下層で”を聴きながら涙を堪えるのに必死だった。自分の現状と置き換えて聴くことでこんなにも漲るなんて。どん底なんだったら上がるだけなんだから、日食なつこに出会えた僕らは大丈夫だ。“泡沫の箱庭”じゃないけれど、手の温もりのその奇跡を思い知るようなライブが目の前で繰り広げられているのだ。それは目に見えない太陽の熱のようなもので、その太陽に照らされた僕たちがこのライブの先で何を思うか、何を起こすか、“タイヨウモルフォ”を聴きながら静かにその闘志を燃やしていた。

そんな太陽に恋をした雨雲の切ないラブソング“雨雲と太陽”が起こす魔法のような奇跡だって自分に置き換えたらなんだってやれる気がする。雨雲と太陽だって手を繋げるんだ。人間同士が争ってる場合じゃない。ズルくていじわるな世界に魔法が起きたらいいな。でも太陽だって駄目なときもあって、そんなときは一緒に駄目になろうよと優しく包み込んでくれる“vip?”の温かさにもやっぱり救われる。どうしようもなく駄目なときって、どうしてもある。そんなとき、ただ隣にいてくれるような音楽が僕にとっての必需品で、それは“vip?”のような曲だったりする。LINE CUBE SHIBUYAで、さっきまで“シリアル”が流れていたことが嘘みたいに優しい時間が流れた。

日食なつこの音楽と向き合い、自分と向き合う時間になる

フロア後方のスクリーンに日食なつことkomakiがツアーを回るうえでの必需品が記される中で演奏された“必需品”は、洗剤や牛乳といった日常品が切れる中で一生懸命やっていると足りなくなってくる人の気持ちと重ねて歌うナンバー。そういえば自分に今足りないものってなんだろうと考えたら、それは洗剤も牛乳もだけど、止まる勇気や泣きたい自分を抑えないことだったりするのかもしれない。一生懸命やっているのに、なんて言いたくはないのにな。椅子に座ってじっくり日食なつこの音楽と向き合うと、全部自分のことみたいに考えてしまう。でもそうやって自分とゆっくり向き合うことなんて普段はあまりないから、本当に良い時間と機会を過ごしていると思う。

そうやってライブを正面から受け止めていると自分で溜め込んだものが雪崩を起こし心に風が吹いたような感覚になる。そこで“なだれ”がくるもんだからどこまで自分の心情と寄り添うライブなんだと感動する。凍りつき終わったはずの桃源郷だって、氷も溶けて流れたときに何があるか。感情は何度だって目を覚ますんだ。“hunch_A”で日食なつこは《曖昧な感触だけ掴んで乗っかる上昇気流》《何かが始まるのはいつも強い風の中》だと歌っていた。この心の高鳴りを信じたい。何処までだって飛べる気がする。最下層から這い上がった鳴りやまない心のビートはもう止められない。1本のライブでこれだけ心情を揺さぶられるんだから音楽って本当に凄い。

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味見のような人生を繰り返すつもりはないし、自分の人生を全うして自分の死を迎えたい。“レーテンシー”で日食なつこが歌う《僕の明日を君が枯らす権利与えた覚えはない》という言葉に首がもげるくらい頷く。こういう力強い言葉を投げかけてくれるのも日食なつこだ。そういった強い言葉をポップに連打することで多くの人に届けてしまう手法は「本当はこわいグリム童話」のようだ。子供からお年寄りまで届くのだけれど、そこに秘めた真意を知った時に突き刺さる音楽。そりゃ虜になるはずだ。人生は選択の連続で、選んだのか選ばされたのか、空っぽだったはずの体はいつの間にか色んなものを詰め込んで重くなってしまったけど、未来は僕らの手の中だってことだけはずっと信じているから、その為に反逆を起こそうぜって気持ちは持っている。

うつろぶね”はそんな僕たちが生きる為のテーマだ。LINE CUBE SHIBUYAに鳴り響く日食なつこが擬態した「歓びのうた」が何かの合図に聴こえた。アンコールはなし、ラストは“√-1”。まるで踊るかのように跳ねるピアノの上で歌う日食なつこの歌声は会場に集まった僕らをアジテーションする力強さを帯びていた。

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結局孤独だし、まどろみさえも恐怖するような夜は絶対にある。きっと消えることはない。でもそれらを知り向き合い生きていく強さを持つ手段として、僕らには日食なつこの音楽がある。自分自身を投影し、生き方を考えながら、朝が来たら幻と化してしまうかもしれない夢をかき集めて生きていきたい。音楽に何を求めるか自由だし、音楽は娯楽であって然るべきだけど、日食なつこの音楽を前には自分と向き合わずにいられない。LINE CUBE SHIBUYAのフロアに舞った花のような人生を、音楽と共に送りたい。そうやって人生を蒐集しながら行脚出来たらなんて素晴らしい人生だろう。

Text by 柴山順次(2YOU MAGAZINE)
Photo by 新倉映見(えみだむ)

PROFILE

日食なつこ

1991年5月8日岩手県花巻市生まれ、ピアノ弾き語りソロアーティスト。
9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始める。高校2年の冬から地元岩手県の盛岡にて本格的なアーティスト活動を開始。直接人の心の琴線に触れるような力強い歌声、そして緻密に練り込まれた詞世界、作曲技術が注目を集め、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』、『FUJI ROCK FESTIVAL』など大型フェスにも多数出演。2021年にリリースした3rd Full Album「アンチ・フリーズ」が第14回CDショップ大賞2022・入賞作品に選出。ギターやベースなどの楽器、そして時にドラムのような打楽器のパートさえもピアノひとつで表現する、独自のプレイスタイルを軸に活動を続ける。ライブではピアノ弾き語りのほかに、ピアノ×ドラムのみのシンプルな形態で臨むがことが多く、ライブハウスやホールだけでなく、カフェやクラブ、お寺や重要文化財等でもライブを行い、数々の会場をプレミアムな非日常空間に作り変えてきた。強さも弱さも鋭さも儚さも、全てを内包して疾走するピアノミュージックは聴き手の胸を突き刺さし、唯一無二の音楽体験を提供する。

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