最新作『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』

ここまで5つの切り口からPJハーヴェイというアーティストの沿革に触れてきた訳だが、最後に最新作『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』について紹介しないわけにはいかない。まずはサウンドから。

PJハーヴェイを知る5つのキーワードで最新作『ザ・ホープ シックス・デモリッション・プロジェクト』を聴く! music160500_pnharvey_2

『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』ジャケット写真

久しぶりにストレートなギターが戻ってきた。2曲目、”ザ・ミニストリー・オブ・ディフェンス”の冒頭のギター・リフを聴いて欲しい。初期のPJハーヴェイを思わせるこれぞブルーズ・ロックという圧倒的な説得力のあるサウンドが鳴っていることにまず興奮を覚える人も多いはず。

ただ今作は単純な原点回帰というわけではないのもポイント。管楽器をはじめとした50年代のミュージック・ホール音楽的な意匠、古のブルーズやゴスペルの素材などをコラージュしながら、『ホワイト・チョーク』以降で試みてきた非ギター音楽の成果をしっかり取り込んでいるし、戦争カメラマンのシェイマス・マーフィーとの旅で集めてきたフィール・レコーディングのサンプル――中でも人々の声――は本作に独特の瑞々しさをもたらしている。

PJ Harvey – The Wheel

次に本作のテーマについて。

やはり転機となった前作『レット・イングランド・シェイク』の延長線上にあると言って良いだろう。前作では祖国イングランドの近現代史を振り返ったわけだが、今回の彼女のスコープはイングランドに留まっていない。

現代のアフガニスタン、コソボ、そしてワシントンDCへとシェイマス・マーフィーと共に足を運び、紛争、内乱、抑圧、搾取、差別、暴力、格差といった人類の蛮行と向かい合ってきた形跡が刻まれている。中でも世界の矛盾と荒廃と闇が集約されている最大の帝国=アメリカへのフォーカスは大きな前作との違いだ。欧米のメディアの中に”本作は『レット・アメリカ・シェイク』である”という論調が見られるのもそれが故。

ただ本作にあるのは分かりやすい弾劾や告発ではない。彼女が自ら調べ、足を運び、目の当たりにし、感じたことを彼女なりのアングルで提示しているだけだ。そこには分かりやすい解決策の提示や怒りや嘆きといったかつてのような激情は鳴りを潜めている。

“老いて・減っていくこれまでの世界のマジョリティ”と、“若く・増えていくマイノリティ”の軋轢の中でこれから益々不安定になるであろう世界。それに向かい合った音楽が、昨年あたりから増えてきているのはきっと偶然じゃないはずだ。

グラミーを5部門受賞したケンドリック・ラマーはアフリカン・アメリカンの立場から改めて自らのルーツであるアフリカ、そして母国アメリカ(コンプトン)と向き合い、新たな若きリーダーシップの可能性を力強く提示したし、アノーニは、アメリカの愚行を描く『ホープレスネス』という作品をリリースしている。

ANOHNI – 4 DEGREES (Official Preview)

筆者の解釈では、本作は上記に触れたような作品群と同じ問題意識に対する、マジョリティ(西洋世界の白人)からのリアクション/回答なのだと思っている。それ故、安易な告発に陥らない慎重さと真摯な姿勢があるのではないだろうか。性急に解決策を出すより、まずは丁寧に歴史を紐解き、現実と向き合うこと。視点を整理し、咀嚼することの重要性、それをPJハーヴェイは作品を通して体現しているような気がするのだ。

こうして作品のテーマについて書くとすごく重苦しそうな作品だな……。と敬遠してしまうかもしれないが、安心して欲しい。本作は、重苦しい作品が多いPJハーヴェイの中では『ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザ・シー』以来の前向きさに溢れていると言っていい。

例えば、皮肉なタイトルの冒頭曲”ザ・コミュニティ・オブ・ホープ”は、あっけらかんとしたハツラツさがあり、拍子抜けするくらい朗らかなのだ。この風通しのよい前向きさはアルバムの全体を覆っている。

PJ Harvey – The Community Of Hope

”現実がどんなに酷く、凄惨だったとしても目を見開いて直視せよ”、”未来がある限り、希望が途絶えることはない”。まるでそんなPJハーヴェイからのメッセージが聞こえてくる、そんなアルバムである。

そして本作は4月22日付けのUKチャートにて、2010年代の最強のポップの女王=アデルを押さえまさかの第1位を記録した。

RELEASE INFORMATION

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