エレクトロニカ/ポストロックシーンを代表するアメリカのアーティスト、TYCHO(スコット・ハンセン)が、8月にアルバム『Infinite Health』をリリース。1月に約8年ぶりのジャパンツアーを敢行し、東京と大阪でライブを行った。
スコットはISO50名義で活動するビジュアル・アーティストとしても有名であり、言わずもがなTYCHOのビジュアルも手掛けている。今回は、グラフィックアーティストとして活動する日本の気鋭アーティスト、ポセイドンを招いて、TYCHOのビジュアルについて話し合ってもらい、その魅力を追求する。
対談
Scott Hansen(TYCHO) × Poseidon
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TYCHOはオーディオビジュアル作品として表現している
ースコット・ハンセン
ポセイドン:はじめまして、東京を拠点にPoseidon(ポセイドン)という名義で活動しているグラフィックアーティストです。アナログとデジタル、両方の手法をミックスさせて制作をしています。デジタルでの作業時に偶然発生するバグやノイズを作品に使っているので、自分の絵は近くで見るとピクセルで描かれているようになっているんです。このやり方を4年ほど続けていて、どんなビジュアルを生み出すことができるのか、ある種、実験のようなことをしているんです。今日は自分の作品も持ってきたので、ぜひ見てください!
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スコット・ハンセン(以下、スコット):ありがとうございます。いいですね! 紙やプリントの質感も好きです。“Stipple”みたいなスタイルだと思いました。いわゆる点描画のような絵のことですが、そこに通じるものがあると思います。美しい。ちなみにアプリケーションは何を使っているんですか?
ポセイドン:Blender(3DCGなどが作れるソフトウェア)やPhotoshopです。輪郭か形を描くときにBlenderを使うんですが、元は写真を使って原型を構築していくような感じです。
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スコット:Blenderですか! いいですね。たいていはPhotohopかIllustratorで制作しているので使ったことがないんですよ。私も3Dのデザインを習得したいと思うんですが、どのように始めたんですか?
ポセイドン:まずは2Dから始めて、作品を作るうちに3Dの世界にのめり込んでいったんです。とにかく誰もやったことがない表現を探求したくて独学で学んだんです。ですが、まだまだ実験段階というか新たな表現を探しているところなんですよ。
スコット:なるほど。なかなか面白い表現に挑戦していますね。3Dはまったく新しい世界に思えるけど怖くてなかなか始められなくて(笑)。
──TYCHOのアートワークもそうですが、スコットさんがPhotoshopを使用されているのは知られるところですね。改めてグラフィックデザインを始めたきっかけやルーツについて教えてください。
スコット:子供の頃から絵を描くのが好きで点描画などをよく描いていたんです。Photoshopを使い始めたのは大学生の頃で、そこでデジタルの面白さに気づきました。それまでグラフィックデザインというものを意識したことはなく、そもそも、その言葉を知らなかったくらいなんですよ。強く惹かれるようになったきっかけは音楽でした。アルバムのアートワークやライブのポスターなどを見ていくうちに自分もそういうものを作りたいと思うようになったんです。
──その後、すぐにグラフィックデザインをやるようになったんですか?
スコット:いえ、最初はソフトウェア関連の仕事に就いて、徐々にTシャツやポスターなど印刷物の制作を始め、それが仕事になっていったんです。並行して音楽活動もやっていて、ある時に今後10年は音楽に専念しようと決意したんです。TYCHOのプロジェクトでは、音楽だけでなくライブのビジュアルやアルバムのアートワーク、グッズのデザインなども表現における重要な要素です。なので、単純に音楽だけをやっているのではなく、オーディオビジュアル作品として打ち出しています。今もデザインを手掛けていますが、自分をグラフィックデザイナーだとは思っていないんですよ。デザイナーは毎日デザインについて考え、手を動かし続けるものだと思いますけど、今の私はそこまで日々デザインに向き合っているわけではないですからね。でもアルバムが完成してからは、再びビジュアル制作に多くの時間を費やしていて、その作業を楽しんでいるところなんです。
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ポセイドン:音楽とビジュアルの関連性をどのようにうまく結びつけながら制作を進めてらっしゃるんですか?
スコット:大体の場合、音楽が先にあり、アルバムのアートワークはその後に制作しています。その方が自分にとって自然な流れなんですよ。幼い頃からビジュアルアートに親しんできたので、音楽に合わせてデザインを考える方が得意なんです。だからこそ、デザインのために音楽を作るのではなく、音楽に寄り添う形でグラフィックを作る方が自分には向いているんですよね。そのようにしてビジュアルを通じて音楽自体に新たな視点を加え、オーディエンスにより深い音楽体験を届けたいと考えているんです。
「サークルは無限性を感じられる完璧な形」
──TYCHOのアルバムではサークルのモチーフを使用することが多く、ニューアルバム『Infinite Health』も、どこかの惑星を連想させるようなビジュアルになっていました。サークルを使う理由や、今作のビジュアルについて教えていただけますか?
スコット:サークルは無限性を感じられる完璧な形で、ずっと惹かれてきたモチーフですし、すべてのアルバムのアートワークにおける核となる要素なんです。過去作でもサークルをメインに用いてきましたが『Infinite Health』では初めて三次元空間を表現しましたね。三次元空間の合成写真のように感じられるようにしたいと思って。
Tycho – Phantom (Official Video)
ポセイドン:三次元的なアプローチにしたいと思ったのはなぜですか?
スコット:例えば、『Dive』(2011年発表のアルバム)などのアルバムでは写真をコラージュしながらイラスト調のビジュアルを作ってきたんですけど、今作は他と違っていて、より人間的なアルバムにしたいと考えたんです。それこそがコンセプトで、過去のアートワークの流れを受け継ぎつつ、進化したものとして、異なる時代や空間を象徴するようなクラシックな雰囲気を持たせたいと考えたんです。音楽もアートワークも同時に作り出したもので、アルバムの世界観に深く入り込んでいたので、音楽のコンセプトと強く通じるものがあるんです。
ポセイドン: TYCHOの音楽からアートワークやビジュアルが生まれているわけですよね。今作『Infinite Health』を聴いて感じたのは、超自然的で現実を超えた表現をしているということだったのですが、それを表現しようと考えたきっかけは何ですか?
スコット: 以前、パタゴニアへハイキングに行ったことがあるんですが、そこにはるでSF映画のような景色が広がっていたんです。見たことのない奇妙な形をした木々が生い茂っていて、私が知っている自然とはまったく異なる風景が広がっていました。同じ地球にいるはずなのに、初めて見る地球の姿に圧倒され深く感動したのを覚えています。この経験から影響を与えられた部分はすごく大きくて、その感覚を模索しながらイメージしていくことが、自分のクリエイションに対するテーマになっているんですよ。だから、自然的な表現も非現実的に感じたんじゃないでしょうか。
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──音楽的に見ても、『Infinite Health』は『Dive』のようなメロディ感があるようにも聴こえます。そういった意味で、今作は原点回帰の集大成的な作品でもあるのかと思ったのですがいかがでしょう?
スコット:そういう側面はあると思いますよ。『Dive』は特に、明確なコンセプトを持たず、ただ曲を書きながら自然に形になっていった作品でした。そこからボーカルを入れた作品が作りたくて『Weather』(2019年発表のアルバム)へと繋がっていったんです。一方で昔作っていたような音楽を作らなくなり、随分と離れてしまったなと思う部分もあるんのですが、同時に、すべての作品には共通する要素があり、繋がりがあるとも考えています。今回の『Infinite Health』では、自分にとって心地よく、流れていくような作品にしたいと考えたんです。あまりコンセプチュアルなものにこだわらず、大きく方向性を変えるのではなく、一度リセットし、再調整するような感覚で制作に向き合いました。そういった意味で原点に戻ったと感じられる部分があるんだと思います。今作を作ったことで、今後は再びコンセプチュアルな作品に挑戦できると感じています。
ポセイドン:その流れていくような感覚というのは、僕は聴いていて感じたことです。『Infinite Health』の音楽に没頭すると、多面的に感じられて音が幾層にも連なって聴こえ、いろんな表情が感じられたんです。そんな風に、どんな音を積み重ねて楽曲を作り上げているのかを考えながら聴くのが楽しかったです。
スコット:それはポセイドンがアーティストだから、どんな風に作られているのかを分析したくなるってことなんでしょうね。没頭してありのままを楽しむのもいいし、どのようにして作られたのかを想像しながら聴くのにも、他とは違った楽しさがありますよね。
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──最後に、今後のTYCHOの動きについて教えてください。
スコット:実は今、別のアルバムに取り組んでいるんです。2、3年かけて完成させたいアルバムが2枚あって、楽曲の中にはCautious Clayがフィーチャリングで参加してくれた「Infinite Health」のようなボーカルとのコラボ曲もいくつか予定しているんですよ。ですが、まずはアルバムのツアーに専念しようと思います。夏にはまた日本でライブしますし、秋にもクラブでやりたいと考えています。とりあえず、ライブのことを考えるのが楽しみです。
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Interview&Text:RYO TAJIMA
Photo:大久保 貴央
*またTYCHOは、7月25日(金)、26日(土)、27日(日)に新潟・湯沢町 苗場スキー場で開催される<FUJI ROCK FESTIVAL ’25>の初日に出演することが決定している。
INFORMATION
Infinite Health
TRACKLISTING:
01. Consciousness Felt
02. Phantom
03. Restraint
04. Devices
05. Infinite Health
06. Green
07. DX Odyssey
08. Totem
09. Epilogue
10. Phantom Edit *Bonus Track
TYCHOInfinite HealthPoseidon
FUJI ROCK FESTIVAL ’25
2025.7.25(金)26(土)27(日)
新潟県・湯沢町 苗場スキー場
FUJI ROCK FESTIVAL ’25