どこからともなく美しく完成した形で目の前に現れた音楽――。そう言い表すに相応しいファースト・アルバム『3』を先頃リリースしたのが、Un Son Douxである。“甘い調べ”を意味するフランス語のフレーズを名前に選んだこのユニットのメンバーは、女優としても知られる紺野千春(ヴォーカル)と、東京在住のフランス人ミュージシャンであるJonathan DGX(ヴォーカル/プロダクション)。これまでそれぞれにマイペースに音楽活動を行なってきたふたりは、3年前に、シャンソンの名曲をカヴァーするコンピレーション・アルバムで共演したことを機に、意気投合して曲作りをスタートしたという。
『3』は、端的にはドリーム・ポップと総称できるサウンドに貫かれている。しかしそこでは、女性の声と男性の声、フランス語と英語と日本語、日常的風景とスピリチャルなメッセージ、歌とラップとスポークンワード……と、多様な表現と視点が交錯。そして抑制を効かせながらも、ディスコに、エッジーなインディロックに、曲ごとに微妙に揺らいで、実に幅広い音楽的蓄積を窺わせる。そんなミステリアスなダイアローグを交わす、ふたりの大人のミュージック・ラヴァーたちに、音楽歴からコラボのプロセスまで話を訊いた。
Interview:Un Son Doux
――まずはおふたりの音楽的背景を聞かせて下さい。
紺野千春 私は中学生くらいの時にザ・ビートルズを始めとする洋楽を主に聴き始めて、ずっと好きだったのはジョニ・ミッチェル、一番崇拝しているのはポーティスヘッドのベス・ギボンズですね。短大に進学するタイミングで故郷の鳥取県から上京して、自分のアイデンティティを探し求めながら、当時HMVやタワーレコードに通って手当たり次第に音楽を聴いていました。そして当時からバンドをやっていたんですが、周りにもミュージシャンが大勢いて、以前から仲良くしていた立花ハジメさんと2007年にThe Chillを結成。アルバムを1枚発表しました。ミュージシャンとして世に出るような活動は、The Chillが初めてでしたね。
Jonathan DGX 僕の場合は、好きなミュージシャンを選ぶのがすごく難しいんだ。その時々の気分にもよるし、ロック、クラシック、音楽のタイプごとにヒーローがいるから。ただ、ニルヴァーナを聴いてギターを弾き始めたことだけははっきりしている。彼らのアルバム『ネヴァーマインド』を聴いて、「今すぐにギターを弾かなければ」と思ったんだ。それが10歳とか12歳の頃で、とにかくロックをやりたくて友達とバンドを始めた。もちろん、いつかアルバムを発表したいとか、夢はそれなりにあったけど、基本的には楽しむことが目的だったね。その後ドラムとかほかの楽器にも興味を抱いて、音楽を通じて自分を発見していたようなところがある。音楽のスタイルも様々なものを試したけど、原点はロックでありギターであり、ほかの人たちと一緒に音楽をプレイするフィーリングが好きなんだ。
――なぜ東京に移り住もうと思ったんですか?
Jonathan それはただもう、運命だったんだと思う。段階を追って少しずつ起きたことで、何度か訪れて時間を過ごしているうちに、東京で何か新しいものを作り出しているという手応えを得たのさ。同時にフランスでは、友人たちが結婚して家族を持ったりして、遠くに行ってしまったり、誰もが動いていた時期だった。だから僕も違う場所に移ろうかなと。それがこんなに遠く離れた場所だったとは想定外だったけどね(笑)。そして東京に来てからも自宅で音楽を作りながら、機会があればバンドに加わったりしていたんだ。
――そんなふたりがどんな経緯でユニットを結成するに至ったんでしょう?
紺野 今回Un Son Douxとしてアルバムで打ち出したような世界観を、私は以前からずっと持っていて、いつかやってみたいと思っていたんです。俳優としての仕事もありましたし、結婚して子供が生まれたり、環境が変わっていく中で、時折企画盤で歌わせて頂いたりもしていたんですが、そのプロデューサーがジョナサンを紹介してくれて。一緒にやってみたらどうかと勧めて下さったんです。実際に彼と話してみて、好きな音楽をやりとりしている中で、感覚的な部分ですごく通じるものがあって、私のほうから誘いました(笑)。
――その“世界観”とは?
紺野 The Chillでやったことが原点ではあるんですけど、声を張り上げるものではなくて、抑えた表現でありながらもエネルギーが通っていて、聴き手に発信できているような感じ。ちょっと分かりにくい言い方なんですけど(笑)、自分が一番歌いやすい、気持ちいいところで歌っていると思っていて。そういう感覚を、サウンドの雰囲気も含めてジョナサンに具体的に伝えたら、彼がうまくくみ取ってくれて、ふたりで意見を交換しながら曲作りを進めたんです。ただ、レコーディング現場やマスタリング段階での音の細かい調整は、ジョナサンがすごくこだわっていたので、彼に委ねました。
Jonathan 僕は過去にも、こういうエレクトロニックなサウンドを多少作ったことはあったんだけど、あくまで自分が楽しむためであって、本格的に作るのは初めてだった。とはいえ多彩な音楽を聴いて楽しめる人間だから、逆に何でも試してみたかったし、まず全体的な方向性が決まっていて、誰かと一緒に「次はこれをやってみよう」「だったらこうしたらどうかな」という感じで作業するのも興味深い体験だったよ。普段は独りで、自分の気分が向くままに作っているからね。彼女の声を聴いているうちに色んな感情が湧いてきたし、様々なサウンドが想像できた。女性シンガーと組むのは初めてなんだ。だからこそ新しいアイデアが湧いたのかもしれないね。
――言語の壁があることを敢えて利用して、フランス語と日本語に加えて、ふたりの接点と言える英語もミックスしているところが、非常にユニークですよね。
Jonathan そうだね。僕は、チハルが書いた日本語の歌詞の意味は敢えて訊かないんだ。多分説明するのも難しいんじゃないかと思って、英語にしたものを受け取って、イマジネーションを使って自分なりに解釈したよ。そしてじっくり読んで、僕がそれをフランス語に訳して使った曲もある。サウンドに寄り添うと同時に、オリジナルの日本語の歌詞にもマッチした内容にしなければならないから、時間がかかるんだけどね。テキストのやり取りを繰り返して、一行一行熟考して完成させたし、1語を選ぶのに手こずることも多々あった。だから、作詞の面でも非常にコラボレイティヴなユニットなんだ。
紺野 私は逆に、フランス語を見てすぐに理解できるわけでもないんですが、日本語にはない響きで歌うのは楽しいし、ワールドワイドに聴いてもらいたいので、そういう意味も込めて英語とフランス語をミックスしているんです。なかなか1枚の中に複数の言葉が混ざっている作品はないので、その辺は面白いなと思います。
――それに、複数混ざっているのは言語だけでなく、ふたりがともにヴォーカリストを務め、歌、ラップ、ポエトリー・リーディングと、ヴォーカル形式も色々ミックスされています。
Jonathan 曲を作りながら、普通に歌うだけじゃなくて、違う要素が必要なんじゃないかと感じたんだよ。そのほうが面白いし、曲ごとにタイプの違う表現にしたくて。
紺野 だいたい音が先に完成して、その感触をもとにヴォーカルのコンビネーションやスタイルを考えています。これはジョナサンがメインで、これは私がメインとか、そこからスタートするんですが、レコーディングをしてみて「違うかな」と感じて変わることも多々あるので、現場で判断しながらひとつずつ積み重ねていった結果なんですよ。
――デビュー・アルバム『3』は何かしら全体像を描いて着手した作品なんでしょうか?
Jonathan 特に全体像はなかったと思うよ。あまりにもたくさんアイデアがあって、とにかくふたりでコミュニケーションをしっかりとって、バランス良く進むべき方向性を見極めていった気がする。
紺野 最初はスローテンポの曲ばかりになってしまって、ライヴを行なう時にうまく見せられないかもしれないんじゃないかという話になり、ちょっと幅を広げて、テンポ感がある曲やノリのいい曲にもトライしました。
Jonathan 『La Musique』もそういう曲のひとつで、最後に作った曲だったかな。何か踊れる曲をやろうということで。決して難しかったわけじゃないけど、ディスコに走りすぎたらアルバム全体のカラーに合わなくなるから、しっかり考える必要があったよ。
――歌詞について全体に共通のするアプローチはあったんでしょうか?
紺野 私が書く歌詞は、散文詩っぽいんですけど、やっぱりポジティヴでいたいし、気持ち良く聴いてもらいたいから、あまり負の要素を組み込みたくないという意識はありました。たとえ気分的に底辺にいたとしても、あくまで前向きに。あとは、歌詞ももちろん大事なんですけど、完成した曲全体を聴いて、その一部として言葉を受け止めてもらいたいですね。
――『3』というミステリアスなタイトルの所以は?
紺野 ジョナサンの案だったんですけど、“3”という数字は、魂・精神・肉体の三位一体、高い神秘性、新しい生命といったポジティヴな意味を持っていて、面白いなと思ったんです。ヴィジュアル的にも目に留まりますし。
Jonathan 数字にしたいとなんとなく考えていて、ファースト・アルバムだから最初は“1”かなと思った。でも当たり前過ぎるような気がして、“3”を提案したんだ。ファースト・アルバムで、ジャケットにはふたり写っていて、タイトルは『3』。“なぜなんだろう?”って思って、興味を持ってもらえたらいいね(笑)。
text by 新谷洋子